焼肉奉行殿は炎の王

 波鶴ちゃんはおれと会ってくれる。おれが、波鶴ちゃんの90年前の彼女に似てるから。


 かたや176センチあるヒゲ面の三十路男。かたや90年前の女の子。どこが似てるんだよ、なんてツッコミ始めたらキリがない。でもこれはピンときた。おれのこういう直感は、当たるのよ~。

 昔好きだった子に似てるから気になっちゃうなんて、あるあるじゃん? そういう子がタイプなんだって思えば済む話じゃん?

 だからたぶん、波鶴ちゃんはさ……。


 思い出したいけど思い出したくない。おれといるとその子を思い出す。そのことが嬉しい、けど、つらい。

 脳の容量に限界があるから色々忘れてる波鶴ちゃん。でも、その子のことは隅々まで覚えてる。おれの記憶で上書きするつもりはない。


 波鶴ちゃんにとっておれは、その子との日々に遡るトリガー。そう思ってるから波鶴ちゃんは、おれに踏み込まない。踏み込めない。優しいからね。


 でも、波鶴ちゃんはさ、おれのこと好きだよ。波鶴ちゃんはまだ気付いてないかもね。おれが先に気付いちゃった。

 ……だから、おれから波鶴ちゃんの手を振りほどけないんじゃん。


 六本木の交差点で、ひときわ背筋の伸びた後ろ姿に駆け寄る。オーラがある男、集合場所で見つけやすくて便利だねー。

「波鶴ちゃん。ごめんごめん。お待たせー」

「ああ。構わない」

 オーラだけ見てたから気付かなかったけど、波鶴ちゃんはいつものモード服じゃなかった。ファッションチェック、しちゃいますか。

 袖が肘の上まで来てるオーバーサイズのTシャツに、スウェットのジョガーパンツ。両方黒で固めてるのはいつも通り。カジュアルと思いきや、八分丈から覗く靴下はハイブランドのロゴ入りの、靴下なのに8千円くらいするやつだし。典型的な2万円のハイテクスニーカー、に見えてブランド同士の限定コラボ商品だから4万円ちょい。

 おれは芸能の仕事だからおしゃれだな~と思いますけどね。それが「逆に」デート服なの? ぼんやりした男だったら、部屋着を着てこられたと勘違いしちゃうよ~?

「いいねそのコーデ。足元だけ盛ってんの?」

「いや。焼肉だろう? においがつくのは困る」

「ああ~……。それはマジでそうだわ~」

 波鶴ちゃんの普段着って、全身で10万は余裕で越すもんね。そんな服で焼肉屋は行かないか。髪を金属のかんざしでまとめてるの、白くておいしそうなうなじアピールだと勘違いしちゃってごめんねぇ~。

「デート服なのかと思っちゃった~」

「職場でも言われたが、『焼肉に行く』というと全員納得した顔をするから可笑しい」

 口角を持ち上げて、にやーっとすんの、かわいーね。でももっとかわいい顔できるの知ってるから、今日も見せてね~。


 焼肉屋まで並んで歩く。

 波鶴ちゃん、オーバーサイズすぎじゃない? 普段の高級モード服もだぼっと感はあるけど、それはそういうデザインの服なんだし、高級なだけあって生地はしっかりしてて、あんまり「ザ・オーバーサイズ」じゃないじゃん?

 今日はどうした? 肩の縫い代がガッツリ落ちて、お尻が半分くらい隠れるレベルのオーバーサイズで、しかもファストファッションで買った感じのぺらっとした素材だし……。

 彼シャツ感? 彼シャツ感あるけど、大丈夫そう?


「え、袖邪魔じゃない?」

 ふたりで肉を焼き網に乗せながら心配になる。袖を生肉にもこすりそうだし、なんなら火が燃え移りそうだけど大丈夫? おれが全部焼いてあげるよー?

「邪魔だな。刺青を隠したいだけなんだが」

「あーね!」

 肘の上まで、謎のパワーを秘めたイカついタトゥー入ってるもんねぇ……。刺青隠そうとしたら、そんな彼シャツになっちゃったんだ。五分袖のTシャツってあると思うよ? 天然ちゃんかな?

「おれが焼いてあげる。燃え移ったらシャレになりませんよ」

「火の制御は難しくない。生肉の汁もつかないようにガードした」

「何で?」

「術」

「焼肉に、術を活用するタイミングあるんだ~!?」

 おれまだ波鶴ちゃんの術のうち「便利機能」しか見てないよー!!

「使わないつもりだったが……。こんなことなら普段の服でよかった。煙も避けようと思えば避けられるんだ」

「えっ!? おれの服は?」

「煙? 避けてやろう」

「すげー!! ありがとう!!」

 おれ今日、非常に珍しくカジュアルなジャケット羽織ってきてるんですよ。一応ブランドもの。一応、いやいや、本気のデート服なんですよ~!! 助かる!!

「待って。炎も操れるの?」

「ある程度な」

「焼肉の王じゃん。今日波鶴ちゃんが奉行ね」

「奉行か。悪くない。任命したからには全てを私に委ね、従うように」

「命令し慣れてる~」

「当然だ」

「軍人さんだー」

 まあな、と言いつつ苦笑する波鶴ちゃん。初対面の印象より遥かにノリがよくて、もうびっくりです。

「あまり外で軍人と言うなよ。鍵荊カギバラ処理専門部隊を軍扱いしている国はそう多くない」

「あーね」

 でも太平洋戦争前、日本軍があった頃から生きてるんでしょ? 波鶴ちゃん戦争のときは日本軍だったの? 処理班だったの? とか聞こうとして、やめる。

 波鶴ちゃん、おれが昔の話を聞きたがると、遠い目をするから。遠く遠く、90年前の彼女の方を見ちゃうから。一緒に生きてた時代を思い出すのかな。それとも彼女も知りたがりで、おれと同じ質問をしたのかもね。

「波鶴ちゃんってさ、学校は行ったの? 長く生きてればそんなに物知りになるの?」

 現代の一般常識はどこで学んだの? 自然に身につくわけじゃない気がする。

「いや。中高生向けの参考書で学んだ。学歴はゼロだ」

「え? 勉強したけど学校は行かないの? 大学は?」

 波鶴ちゃんって、知的好奇心が強くて頭いいってすぐわかるのに。学ぶことも好きそうなのにー!

「まあ人生のどこかで行くのも悪くはない」

「いいじゃん? 生涯学習の時代ですから。何学部に行きたいの」

「なんだろうな。古い人間だから、新しいことを学びたいな」

 あ、そういう発想になんのね! おもしろ~。

「永山は?」

「おれ? 文学部歴史学科の……西洋史学だよ。日本史にしとけばよかった~!! 南北朝時代に生まれた男と仲良くなると思わないじゃん!?」

「そういう誤算もある。人生だから」

 適当な相槌で、焼けた肉を回収してくれる。

「専門は?」

「卒論は、ビザンツ末期のあれやこれやよ。波鶴ちゃんの人生とビザンツ帝国って関係ある?」

「ないんじゃないか? 大航海時代に『黄金の国ジパング』が見つかる前の話だろう?」

「あーね。めっちゃ歴史を身近に感じてるわ、今」

 あ。焼肉奉行殿が焼いてくれた肉、うまいわー。任命してよかった。

「でも波鶴ちゃん大学にいても違和感ないよ。身体は何歳なの? 何歳から不老なの?」

「20代だったが……25よりは前だ。もう忘れた」

「ふーん。21歳くらいに見える」

「じゃあ21なんだろう。そういうことにしておけ」

 適当だな~。でも、650年生きてる人にとっての数年なんてほんとにどうでもいいんだろうな、と思い至る。誕生日を迎えて、また一歳アラフォーに近づいた、だのなんだので大騒ぎしてるおれたちとは、違うんだよねぇ。

「食欲も21歳なの? 胃もたれしないの?」

「しないな。身体機能は20代だ」

 波鶴ちゃんは、焼き網の上のカルビをトングで威嚇する勢いで注視しながら返事する。

「焼いてあげるから注文しな~」

 おれが言ってあげると、すぐさまメニューを開いて、次はどの脂たっぷりの肉にしようか考え始める。ここ、それなりの高級店よ? そんな、若者向けの焼肉食べ放題の勢いで注文する店じゃないのよー。なんでこんな大食いなのに、肋浮くほど華奢なのよ。術を使うのってめっちゃ消耗するのかな~。

「ほい」

 カルビを波鶴ちゃんの皿に乗せてあげると、ありがとう、と言ってくれる。お箸の使い方綺麗すぎ。

 カルビを飲み込んで、ごはんもしっかり胃に収めて、さらにメニューを見ようとする波鶴ちゃんに、ちょっと聞いてみたくて。

「ね。性欲も21歳ってこと?」

 一瞬動きを止めた波鶴ちゃんは、おれの方を見ずに、憮然とした、っていうかちょっと拗ねちゃった顔をした。

「……まあそうだな。それは計算違いというか、いや、だがそれは不老の定めだし……」

 ごにょごにょ言いながらしっかりメニューを掴んで、次の獲物を検討する波鶴ちゃん。

 まじかー。かわい。一緒に住んで、毎晩求められて、なんなら朝も求められて、おじさんもう無理だよーって音を上げたい。仕方ないな、みたいな顔して精力増強の薬を作ってほしい。作れそう。知らんけど。おじさん頑張るからさ、どうかな? 波鶴ちゃん。

「んー? 不老の術って、一回かけたら永遠にもつの?」

 そもそも「不老」に興味が湧いたわ~。せっかくだから色々聞いちゃお。

「いや、メンテしないと切れる」

「ん?? でも禁止じゃないの??」

「明治……何年だったか? そこで人間を含めあらゆる生物を『新規に』不老にするのが禁止されたんだ。それ以前に不老だったものは、メンテ禁止ではない。それが私だ」

「ははあ~。まあ、ずっと生きるつもりだったのが急に更新禁止とか言われたらね」

「心情の問題というより、当時の政府の要職にも、日本軍にも、不老の者がいた。そいつら全員が一気に消えたら、当時の、まだ足元のおぼつかない明治政府がさらにガタつくだろう。今後も禁止する機運は高まらないだろうと踏んでいる」

 適当な感じで言ってから、カルビをタレにくぐらせ、綺麗に口元に運んで満足そうに頬張る。

 へぇ~。好きな人が死なないって、いいね。おれが死ぬとき、今と全然変わんない波鶴ちゃんが看取ってくれるとか、すごくいい。波鶴ちゃーん。おれもう、波鶴ちゃんに看取られる想像するとこまでガチなんだよ~?

「不老の人って、生きるのに飽きるとかないの?」

「もちろんある。飽きたとか……まあ色々な事情で何人も見送った。メンテをしなければ自然に消えるからな」

「……消える」

「砂になる。厳密には砂ではないが……粉末になる。遺体は残らない。生命のことわりを超えて身体を強化しているんだ。術が切れれば、崩れるだけだ」

 波鶴ちゃんはタンをタレで食べてみて、やっぱりレモンだな、という顔をしながら、当たり前のように説明してくれる。

「え、でも……波鶴ちゃんは飽きてないんだ」

「飽きないな。よい友人もいるし。処理班も、まあ上はうるさいが天職だ。時代が更新されていくのは、なかなかおもしろいものだよ」

 砂に……。

 波鶴ちゃん。おれ、波鶴ちゃんが砂になっちゃってボロ泣きする想像をしてもまだ、波鶴ちゃんにガチになるのやめられないんだよ~……。

「死なない、んだよね?」

「……ん? 不老というのは、文字通り、老いることがないというだけの術だ。不死ではない。当たり前だが病気や事故で死ぬ。私は身体が若いから、例えばガンができたら増殖は早い」

 何も言えなくなっちゃったおれを見て、波鶴ちゃんは箸を置いた。金属の箸なのに、音も立てずに陶器の箸置きに乗せる。そのすっと伸びた指先が、砂になったり、血まみれになったり……。そんな恐ろしい映像が一瞬で頭を駆け巡った。

「だから私の人生設計は難しい。あと何百年も生きることはできる。だが職業柄、明日にでも死ぬかもしれない。私は全国の処理班のうち、純粋な戦力として三番手だ。司令部が市民のため一枚目の切り札を切るとき、それが私の命ということになる」

「……切り札。波鶴ちゃん、が」

「ああ。だが、私はめっぽう強いぞ」

 やわらかい表情で、おれの目をまっすぐに見る波鶴ちゃん。ここが個室だったら、ゆったり頭を撫でてくれそうな雰囲気で。

 おれのことガキだと思ってて、自分の強さへの自信で背筋は毅然と伸びて、市民のために死ぬ覚悟はとっくに決まってて。

 でもかっこいいだけじゃなくて、最初の無表情が信じられないくらいかわいい顔も見せてくれるようになって、波鶴ちゃん自身ちょっと子どもっぽいのも見せてくれたりして。


 でも、いつかは砂になって跡形もなく崩れちゃう男。





小ネタ

・永山さんの予想は当たりで、波鶴拉くんが大食いなのに痩せているのは術で消耗しているからです。

・精力増強の薬は作れません。違法だし。波鶴拉くんは医療系の術は苦手なので。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る