左手は開けといてよ、主役さん!

 波鶴はづちゃんのお誕生日ディナー。定時きっかりに「お疲れさましたー!!」ってフロア全体に挨拶して飛び出した。普段ロンTにデニムのおれがワイシャツにジャケットにスラックスに高級ブランドの紙袋提げて出社してきてるんだから、先輩方もニヤけて見送ってくれる。

「永山さん! 傘! 使ってください!」

 千葉くんに呼び止められて、え? うそ、雨?

 折り畳みも持ってるっていう気の利く後輩にありがたくお借りして、小雨の中、波鶴ちゃんのところへ急ぐ。

 集合場所で軽く手を上げる波鶴ちゃんは麗しいシックな着物姿で、傘は持ってない。そんな……!!

「雨? 術で避けている。きみも避けてやるから、近くへ寄ってくれ」

 相合傘チャンスではなかった。でも最強の術使いのアモーレに雨を避けてもらえるのも、めっちゃ嬉しい。

 料亭のご店主と波鶴ちゃんは知り合いらしく、にこやかな会話を簡単に交わしてから座敷に上がる。

 波鶴ちゃんはずーっと武士の身分で和食を食べてた男だから、流れるような所作で箸を運ぶ。おれにはそんな上品さ備わってないから、うっとりしちゃって味なんてわかんない。

 時間が欲しい、と言われてる。付き合ってはないけど、お互い他の人とは関係を持たないって約束をしてる。波鶴ちゃんは、悲しい過去を切り離してからおれとまっすぐ付き合いたいって言ってくれる。おれはそういうとこが好きだから、待ってるつもりはあんまなしに、待ってる。

 プレゼントいつ渡そうかな〜……。

「きみは、指輪はするだろうか? 指輪でないアクセサリーの方が好みか?」

 急に切り出された。え? え??

「……えっ。指輪。します。させていただきます」

「全ての指を測らせてもらったが、号数というのは難しいな。どの指がいいだろう」

「えっ……。左手の薬指でお願いします」

 嬉しい。嬉しい!! 出会って数回のデートのうちに測ってくれてたの!? いつの間に!? 最強の術使いだから、お茶の子さいさいなのかもなぁ〜!

「分かった。表に宝石を入れる。アメジストを検討しているが、どう思う? 紫の……」

「え? なんで? おれの誕生石ってアメジストなの?」

「誕生石はペリドットだ。記念品ではなく、きみに護符を贈ろうと思う。護符には結晶が要る。大きければ大きいほど強い護符になるから、比較的安価なものが望ましい。分子構造によっても術の乗りやすさが変わる。これらを鑑みて、アメジストが使われることが多い」

 あ〜……。思ってたやつじゃなかった。でも嬉しい!!

「お守り? 波鶴ちゃん、おれにお守りくれんの〜!? めっちゃ嬉しい!!」

「効果のあるお守りだ。万が一、交通事故に遭ったとき、わずかにダメージを減衰できる程度の」

「えっ……。そんなすごいもん、くれんの」

「わずかに、だ。護符は私の得意分野ではないし……」

 なんか、泣いちゃった。おれ三十路男なのにすぐ泣くから。どうした、って優しさと心配の混ざった表情してくれる波鶴ちゃんが、本当に好きなんだよ。

「おれも、プレゼント、決めらんなくて、指輪、って思って、」

 嬉しい、って満面の笑みを見せてくれるからまた泣く。三十路の涙腺なんてこんなもん。おれは別に店で注文するだけのやつなのに。お守りじゃないのに。むしろ、波鶴ちゃんをマーキングしときたいなんて下心満載のやつなのに。

「右手の、薬指にしよ。おれすぐ調子乗るから、左手はダメだからさぁ〜」

 可笑しそうに了承してくれる。ああ、きっといずれ、この強くて優しい男と一生の約束、できるよね。

 とりあえずのプレゼントは高級リップクリーム。ドラッグストアで一番高いやつの、五倍はするやつ。しっとり唇でキスしようね、とか言っておちゃらけて贈るつもりだったのに、それどころじゃないんだもん……。

 料亭を出たら雨足は強まってた。避けられるっていうけど、千葉くんが貸してくれた傘を開く。波鶴ちゃんの腕を引き寄せて、着物の生地もすっごく上質なのにまたうっとりする。

「指輪か。贈られるのは初めてだ」

 そーなんだ、って上の空で返事した。だってだって胸がぎゅーって、なってんだもん。

 初めて波鶴ちゃんの右手の薬指に指輪を贈った男になる。で、絶対ぜったい、左手の薬指にも贈るからさ。

 あんまり待ち遠しくなるようなこと、言わないでよ、本日の主役さんー!!

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