episode Ⅷ アンソニーの切り札


「くっくっく! まずは挨拶代わりだ! これで終わってしまうかもしれないけどね!」



 無数の風の刃が迫って来る。フウザか。


 ズバババ! ズバババババババッ!!


 フウザは最低ランクで威力は低いが、肉眼じゃ拾いきれねぇぐれぇの速ぇ風の魔力で小さな刃に変えてそれを連射するスペル。

 普通に避ける事はほぼ不可能だ。シールドを使って防いでもよかったんだが、俺は敢えてフウザの洪水の流れに向かって走った。



「おおっと! ゼン選手、フウザの中に向かって走り出しましたー! このままだと風の刃に切り刻まれてしまいます! 一体何を考えているのでしょうか!」


「おいおい、あいつ馬鹿じゃねー? 自分から当たりに行ったぜ!」


「ブレイブガードで初めてスカウトで拾った期待の新人ってニュースにも出てたが、こりゃ期待外れだな」


「アンソニー! そんな奴、瞬殺しちまえよー!」



 好き勝手言いやがって。誰が当たるか。

 アンソニーが今も尚連射してるフウザの第一波が俺の体に命中しようとした時、クイックフェザーで背中に翼を召喚し、ギュンとスピードを増して素早く横に逸れた。

 そしてそのままアンソニーの側面から、頬を殴り飛ばす。



「い!? ぐぇぁぁぁ!?」



{アンソニー←1HIT 156ダメージ}



 さっきまで大声で叫びまくってた声援が、ピタッと止まった。



 バトルステージの端までぶっ飛んじまったんだが、そのまま何の抵抗もせずに、リージョンの壁に当たって地面に落ちる。

 背中の翼を戻し、スタッと俺は地面に着地。

 びっくりし過ぎちまってついつい追い討ちをかけ忘れたんだよ。



「あ、アンソニー選手、まだ立ち上がれません! それにしてもゼン選手、急に超絶なスピードでフウザを回避、そして攻撃までスムーズに繰り出して来ました!! と、とてつもない速さでした! 正直私は捉えきれませんでした!!」


「なあ……ゼンが使ったのってただのクイックフェザーだよな? 風属性の支援魔術(サポートスペル)だろ? なんであんなにスピードが変わったんだ……」


「スピードもそうだが、たった1発で150ダメージをあのアンソニーに与えたって事実だ……。あいつ最近ウィザードを始めたんじゃなかったのか?」


「も、もしかして……めちゃくちゃすげぇ奴なんじゃないか。あのゼンって奴……」



 観客がざわついてやがる。ゼノス達とのトレーニングも確かに過酷だったが、個人トレーニングも相当やったからな。何せ12年分だ。

 

 〝ウィザードは知恵で制す〟


 この言葉に行き着いたのには、ブレイブガードの戦い方を見て俺なりに学んだ結果だ。

 アンソニーは油断しまくってた。俺なんか敵じゃねぇってな。

 そこを利用し、瞬間的に実力を解放すれば急激に変化した俺の魔力、スピードについて来れねぇんじゃねぇかと思ってな。



「うぐぐ……」


「アンソニー選手! 立ち上がりました!! しかし、辛そうです!! エンゲージはどちらかが戦闘不能と判定されるか、降参の意思を見せるかで勝負が決まります! アンソニー選手からはまだ降参の表明はありません!! 続行です!!」


「こ、降参……だって? はぁはぁ……はぁ。この僕が? こんな落ちこぼれの貧乏人に負けるとでも?」


「アンソニー! 何やられてんだよ! 早くそんな奴ぶちのめせよ! あんたに20000ゴールドかけてんだからよ!」



 縮地を使ってステージ端から、一気に俺の目の前に現れたアンソニーは、呼吸を整えるとまた喋り出した。

 その表情からは若干キレてるようにも見える。いや、若干じゃねぇな。



「いい気にならないでよゼン。さっきのは油断しただけだよ」


「だろうな」


「正直、ここまでウィザードが出来ると思ってなかったんだ。あの時の君は縮地で近づいた僕の魔力を追う事も出来なかった。だけど今の君はちゃんと捉えていたね。だから遊ばずに見せる事にしたよ。僕の本気の実力をね」


「本当によく喋るなてめぇは」



 体ん中から魔力を爆発させやがった。なんかスペルを使って来やがるな。



「その反抗的な目、本当にムカつくよ。感情が煮え繰り返りそうだよ。落ちこぼれで貧乏で弱いのに強がっちゃってさ」


「その弱ぇ奴に今から負けんだぜ、てめぇはよ。だったらてめぇはそれ以下だ」


「うぬぬ〜! 許さなぁい! 僕はぁ! 君の存在そのものが邪魔なんだよぉぉぉ!!」



 ヴゥゥン!!


 姿が消えて瞬間的に背後に現れる。また縮地か。

 縮地は空間を繋げて一瞬でワープ出来る支援魔術(サポートスペル)だ。超高速に走ってるって訳じゃねぇから動きを捉える事は不可能。

 だから目で追っていてもダメなんだ。一見すると縮地には弱点がねぇんじゃねぇかって思っちまう。

 何せ一瞬だからな。けど俺は。



「が、がはっ……」



 背後に現れたと同時に振り向かず、肘で奴の鳩尾を抉る。



「アンソニー選手! これは効いたかー! 立膝をついてしまいました!」



{アンソニー←1HIT 154ダメージ}



「ば、ばかな……どうして僕の位置が……」


「縮地発動前に一瞬だけ、風の魔力が両足に集まんだよ。縮地を使って来やがる事は予想出来た。あとはてめぇの性格から読んだだけだ」


「僕の……性格を読んだ……だって?」


「てめぇは正々堂々真正面から向かってはこねぇ。あの日、俺に不意打ちでリージョンを展開して、一方的に攻撃しやがったてめぇなら、必ず背後を回るだろうってな」


「うぐぐ……ゆる……さない! 僕を……こんなに大勢のいる中で恥をかかせやが……って」



 許せない? 俺はこの言葉にキレちまったんだ。



「あぁ!? 許せねぇのは俺の方なんだよ!!」



 バキィィ!!



{アンソニー←1HIT 208ダメージ}



「あ……が……」


「花をめちゃめちゃに踏み千切りやがって!! クソ野郎が!!」


「ぐぐぬぅ……はぁ……はぁはぁ」


「終わりだアンソニー。この一撃で終わらせてやる」


「こ、こ……この僕が……。全く……歯が立たな……いなんて……」


「500近くのダメージを受けてもまだ立っていられるタフさは、正直すげぇよ。流石フェニックスのリーダー名乗ってるってのはあるな。だが……飛炎!!」



 全身が炎で包まれて、右の拳に全ての高めた火の魔力が集まって来る。



{ゼン←攻撃力25%アップ 7秒}

{ゼン←攻撃力速度25%アップ 7秒}

{ゼン←行動力25%アップ 7秒}

{ゼン←火属性25%アップ 7秒}



「まさ……まさか……お、オリジナル……スペル!?」


「くたばれぇぇ!!!」



 まさに今、一歩を踏み出そうとした時、俺は思わず踏みとどまっちまったんだ。それは全くの予想外の光景だった。

 アンソニーが、降参って俺に言いやがったんだ。

 その一言に俺は固まっちまった。



「な、なんだと? 降参?」


「そう、降参だ。ふふ……ふっふっふ」


「あ? 降参なんてしたら観客から顰蹙を買うぞ? 惨めな終わり方だなアンソニー」


「ゼン、君勘違いしていないかい? 僕が降参するんじゃないよ。君が降参するんだ」


「俺が降参? 今の状況がわかんねぇのか? あぁ? てめぇは追い詰められてんだよ。落ちこぼれにな」


「確かに、喧嘩では君の勝ちかも知れない。認めるよ。今の僕じゃ君には勝てない。だけどこの勝負に勝つのは僕なんだ」



 何を企んでやがんだ……こいつ。



「最初に君に言っただろう? 僕には絶対に勝てないって」


「…………」


「今から僕は、君をサンドバッグに出来る魔法の言葉を言う。この一言で君は僕の操り人形になるんだ」


「あ? 何言ってんだてめぇ」


「アギレラの鎮魂薬」



 アギレラの鎮魂薬……ってレリスの治療に使ってる薬じゃねぇか。



「僕の方で全て抑えている。アルヴァニアにある全てだ。これがどう言う意味か分かるかな? んん? くっくっく」


「てめぇ……まさか……」


「流石ゼンくん。そう、その通り。君がここで僕を倒してしまったらどうなるか分かるよね? 妹の治療には欠かす事が出来ない薬。隣国のベスカから取り寄せるにしても、時間がかかり過ぎる。つまり、僕の薬が絶対に必要となる訳だ」


「卑怯なクソ野郎が……!」


「万が一、本当に万が一にも僕に勝ち目がなかった時の切り札として持っていたんだが、いや用意しておいてよかったよ。くっくっく」



 その薬がねぇとあいつは……レリスはこの世に留めておく事が出来なくなっちまう。毎日、毎時間、その薬を飲んでおかねぇと消えちまう……あいつの魂ごと、何もかも全部が……。

 ダメだ。それだけは絶対にダメだ。



「降参したら……いいんだな?」


「ふふふ、やっと分かってくれたかい? でもね、君に降参なんてさせないよ。だってまだ僕って活躍出来てないからね」



 ドガッ!


 いきなりアンソニーが、顔面を殴って来た。



{ゼン←1HIT 62ダメージ}



「っく……」


「ま、まともに入ったのに……!? たったこれだけのダメージ……。魔力を使わないでくれるかな? 分かってるよね? 薬、欲しいんだろう?」



 言われるがまま、俺は魔力を抑え戦闘態勢を解除する。

 魔力を発揮する時、自動的に全身が透明な膜で包まれるんだ。

 これはスペルでも何でもなく魔力を使うとみんな透明な膜に包まれるんだよ。

 アンソニーだって同じだ。この膜には多少のダメージを軽減する働きがあるにはあるが、その効果は微々たるもんなんだ。

 だが、アンソニーの攻撃はその膜にほとんど吸収されちまって俺にダメージが入らねぇ。


 簡単に言うと、アンソニーの魔力はそれ程弱ぇって事。



「へっ…………俺の魔力の膜でさえも突破できねぇなんてよ。こりゃ想像以上に差がついちまったな」



 バキッ!

 ドガッ!

 ドムッ!

 バキィィ!



{ゼン←4HIT 386ダメージ}



「ぐぐぅ……ぅ」


「おおーーっと!? 今度はアンソニー選手の反撃が始まったぁー! 物凄いラッシュでゼン選手を追い詰めてます!」


『うおぉぉぉぉぉぉ!!』



 歓声が沸き起こる。俺は……こんな事してる時間はねぇんだ。

 薬を……早く届けてやらねぇと……。



「あっはっは! どうだいゼン! これが僕の力だよ! 僕に逆らうとどうなるか身をもって知っただろう?」



 どうすりゃいい? このままだと間に合わなくなっちまう。

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