episode Ⅸ ゼノスの任務 -ディック視点-


「お、おい……何か急にゼンの奴、やられまくってねーか?」



 観客席で俺達ブレイブガードのメンバーはゼンの異変に気が付いた。



「さっき何か話してたみたいだけど、何を話してたんだろうね」


「私も同じ事思ってた。アンソニーは立ち上がれなかったし、あれがトドメになったはず……」



 レイモンドとティナが返事を返して来た。

 その後、暫く試合の流れを見てるがゼンの動きが明らかにおかしいんだよ。あいつなら簡単に避けられる攻撃やスペルを魔力を使わずにまともに食らってやがんだ。



「まだマナが十分残ってるはずだ、なのに魔力を使わないのは何故だ」



 その事をジェノも指摘する。



「魔力を発揮出来ないスペルを使われたか……いや、僕が見る限りそんなスペルは発動していなかった。もしステータス異常になったんだったら、ログに表示されるしね」


「ゼンは敢えて魔力を使ってないような気がするの。でも何で? さっきの数分の会話で何か言われたのかしら?」


「脅されてるってか? だが、ゼンはそんな脅しなんかに屈するようなタイプじゃねぇと思うんだがな……」



 ずっと口を閉じたまま、試合を静観していたゼノスが「まさか」って一言、初めて口を開いたんだ。



「どうしたゼノス。何か分かったのか?」


「いや……相手はアルヴァニアで3本の指に入るぐらいの超エリート、ハイデン一族。そんな卑劣な事をすれば名前に傷がつく。そんな事をするはずがない……しかし……」



 なんだ? ゼノスは何か知ってんのか?



「ゼノス、何か気づいたんなら俺達にも共有させてくれよ」


「アンソニーは、ゼンの最大の弱点を利用しているかもしれん……」



 最大の弱点? あいつの弱点って言うと連携を取らずに1人で突っ込んじまうところとか、フォースエッジが真っ先に思い浮かんだ。

 今日のトレーニングでも注意したとこだったしな。

 だがゼノスが言う最大の弱点ってのとは聞いてる限り違うっぽいな。


 ゼンの最大の弱点……わかんねー。



「その最大の弱点をつかれて、魔力が使えなくなってるって事なの?」


「うむ……もし本当にそうだとしたら、とてつもない卑怯な手だ」


「教えろ。その弱点と言うのは何だ?」



 はぁ、と溜め息を吐いた後、目を閉じて静かに語り出した。



「レリス・ヴァンガード。ゼンの妹だ……。恐らくレリスの事で何かしらの条件を出されたに違いない。以前私は、過酷なトレーニングを寝る時間を惜しんでまで熟していたその理由を聞いた事があった。何故そこまでして強くなりたいのだと」



 ゼンは今の今まで、一切ウィザードを学んで来なかったって言うのは俺も聞いてた。過酷なトレーニングを組んで毎日欠かさずにやってる事も勿論知ってる。

 だがその理由は聞いた事がなかったな……。

 12年の差を埋める為とかよく言ってたから、単純に早く追いつきたい一心で自分に厳しくやってたんだろうって思ってたけど、違うのか……。



「アンソニーを1対1で倒す事。それが目標だと。復讐してやるんだと言っていたのだ。ここからは私の憶測だが、恐らくアンソニーにレリスの事でゼンが戦意喪失する程の何かを握られているのだろう」


「な、なんだよそりゃあ!?」



 なんちゅ〜卑怯なエリート坊ちゃんなんだあのアンソニーとか言う野郎はよ。



「復讐……か。ゼンとアンソニーの間に何かあったと見て間違いなさそうだね」


「ええ。でももし本当にそれが理由なら卑怯極まりないわね。私達で何とか出来ないかしら? 直接関与する事は出来ないにしても、何か出来るはずよ」


「そこでディック、ティナ。お前達に頼みがある」



 ゼノスが改まった顔をして俺とティナの名前を呼ぶ。



「私はクランリーダーと言う立場上、目立った動きは出来ない。悪いが2つ頼まれてくれないか?」


「何よ、改まって。今更遠慮とかする関係でもないでしょう?」


「全くだ。早く言え」


「うむ。まずレリスがいる施設に行って彼女の無事を確かめて欲しい事。もう1つは施設内で何か異常がなかったかを調べて来て欲しいのだ。医療施設〝緑風〟は王都アルヴァニアのイーストエリアにある」


「分かったわ。ディック、行きましょう!」


「よっしゃ! ちょっくら行ってくる!」


「頼んだぞ、お前達」



 俺はティナと共にアルヴァニア城下町を目指す。

 普通に歩いて行けば半日かかっちまうが、飛空馬(ひくうば)を使えば1時間ぐれぇの距離だ。

 

 そう言えば、ゼンの奴に飛空馬を初めて見せた時の驚いた顔ったらよ……へへへ。

「馬じゃねーのかよ!」ってツッコミには笑っちまったよな。

 俺もゼノスに初めて乗せてもらった時に同じツッコミいれちまったからよ。



《ねえディック》



 後ろから追って来るティナがテレパシーを送って来た。



《ゼノスはどうしてレリスの事を知っていたのか、気にならない?》


《……そりゃあおめぇ、ゼンに聞いたんだろうよ》


《私達と仲良くするのをあんなに拒んでる彼が? 自分の事を話すかしら?》



 言われてみりゃあ、そうだよな。

 ゼノスにしか心開かねぇって感じでもなさそうだし。



《ゼノスも、私達に何か隠してる事があるんじゃないかしら? そもそもゼンをスカウトするって言う話も、急に決まったじゃない?》


《だとしても、今はリーダーの任務遂行が最優先だティナ。その話はまた後で考えようぜ》


《そうね……了解よ》



 そうして俺達はアルヴァニア城下町までやって来た。

 イーストエリアの丁度真ん中にある大きな施設。あれがレリスのいる医療施設〝緑風〟だな。



「よしティナ、おめぇはレリスの無事を確かめに行ってくれ。俺はこの施設を調べて回る」


「分かったわ」


《ゼノス、今、緑風に到着した。ティナがレリスの無事を、俺は施設内を調べて回る》


《そうか、よろしく頼む》



 1階の受付でレリスのいる部屋の番号を聞いて、そこでティナとは別れた。

 異常を調べろって事だけど、パッと見は全く何処にでもある普通の医療施設だよな。

 緑風はアルヴァニアで1番大きな医療施設で、設備も整ってるって事以外は特に変わった事はなかった。


 とりあえず、一つずつ部屋を見て回っか。

 まずはそこの職員の部屋からだ。







-ティナ視点-


 レリスがいる部屋は3305号室……。まずはエレベーターで33階ね。

 ディックには途中で切られたけど、やっぱりゼノスは何か隠してる気がするのよ。

 ゼンのスカウトの話も彼からだったし、ブレイブガードを立ち上げてから今まで一切スカウトでメンバーを集めようだなんて考えた事なかった人が、急に今回スカウトしたい人物がいるって……。


 もしかしてゼンが、ユグドラシルの祝福を受けたグランベルクの末裔だって知っていたから?


 でもユグドラシルを発現した時、ゼノスも驚いていたものね。知らなかったのね。

 ゼノスは、私達の知らない所でゼンやレリスと関わりを持っていたのかも知れないわね。でないと、ゼンの最大の弱点なんて言えないはずだもの。



 ポン。


 33階で扉が開く。道なりに歩いて行けば分かるはず……。

 3301号室のプレートが見えた。このまま進んで……3302号室、3303号室、そして3304号室の前に差し掛かった時だった。


 なに? 人の忙しないバタバタとした音が聞こえて来るわね。

 何人か……複数人が焦ってるような声で「ありえない」「早く探して来い」みたいな言葉が扉の向こうから飛び出して来る。

 その部屋は間違いなく3305号室からだった。


 私が扉に手をかけようとした時にバッと開いて、医術士らしき衣服をまとった人物が2人、急いで部屋から出て行ったんだけど、相当焦っていたみたいだった。


 一体何があったのかしら?

 それを確かめる為に、3305号室に入った。


 すると、そこには医術士が1人ベッドの側に立っていた。



「私はブレイブガードのティナ・ウィンスレットです。レリス・ヴァンガードさんの事でお伺いしたい事があります」


「も、もちろん存じてます! しかし何故貴方がここへ? すいませんが今大変な事態なので後にしてくれませんか!」


「大変な事態?」


「薬がないんです。アギレラの鎮魂薬と言う霊薬そのものが、この施設内からごっそりと消えて無くなったんです……! これを見て下さい!」



 そう言って医術士が、布団をパッとめくったの。

 栗色のストレートヘア、胸元に火傷の痕を確認した。正直顔立ちは彼とは似ていなかったけど、ゼノスから聞いていたレリスの特徴を持っていたからこの子がレリスで間違いないわね。

 だけど、私は言葉を失ってしまった。



「な……に? 体が……」



 レリスの体の胸から下が薄く消えかかってるの。



「先生、彼女の体がどうして薄く、消えかかっているんですか?」


「レリスちゃんは、メタラ病患者なんです。一刻も早く薬を打たないと……」


「メタラ病!?」



 メタラ病って魂が穢れてしまう何千万人に1人って言う物凄く低い確率でなる不治の病って言われてる病気……。

 レリスはメタラ病を患っていたのね。



「今、レリスさんはどういう状態なんですか?」


「極めて危険な状態です。メタラ病をご存知なら、ご存知だと思いますが肉体と魂、この両方が消えてなくなってしまう病気です。最終ステージを迎えてしまうと進行が異常に加速していきます。唯一それを阻止できる薬、それがアギレラの鎮魂薬なのですが……何処にも見当たらないのです。……もう誰かが盗んだとしか……でもこの薬を盗んだところで何の得にもならないんですよね。高く売買されているなんてものでもないですし」



 話を聞いてる限り、アギレラの鎮魂薬って言うを盗んだのは間違いなくアンソニーね。

 すぐにこの事を伝えないと。私は聞いた話をディックを含めたブレイブガードのメンバーにリンクで送った。



《ぜってーアンソニーの仕業だな! あの野郎マジでとんでもねー悪だな!》


《アギレラの鎮魂薬と言うのは最終ステージに入った患者に使う霊薬なんだ。毎時間飲まないと、直ぐに進行が再開してしまう極めて危険な状態だよ。よし、僕もアルヴァニアの医療施設を当たってみるよ》


《レイモンド、お願いね》


《実力で勝てないと分かって、こんな卑怯な手を使うとはな。間違いなくハイデンの名に傷がつくな。アンソニーか、軟弱なクズだ》


《……やはり私の悪い予感が当たってしまったな……アンソニーに事実を確かめる為、一旦試合中断を申し出るか……》


《誰だおめぇ……医術士じゃねーよな?》


《ディック? どうかしたの?》






-ディック視点-



 医術器や治療薬の倉庫内を調べている時だった。急に背後に女が現れやがったんだ。

 まず直ぐに目が行ったのは薄い茶色の長い髪だ。ケツを通り越す勢いの長さなんだよ。

 お嬢様みてぇな雰囲気を醸し出してるが、服装もそうだが明らかに医術士じゃねーのは分かった。



《ディック? 大丈夫? 何かあったの?》


《ああ。大丈夫だ、ちょっとだけ待っててくれ》


「貴方はディック・ストライバーさんですね? わたくしはユシア・ヴァールハイト、フェニックスのプリーストです」


「フェニックス……ってアンソニーのクランじゃねーかよ。おめぇが薬を盗んだんだな!」


「ち、違います! わたくしは医術士の後を追って来たのです! ああ……やはりわたくしの勘が当たったのですね。じゃあ……アンソニーさんが指示を……なんて酷い事を……」



 な、なんだこの女は……。急に泣き出したぞ。

 もしかして俺を油断させて、丸め込もうとしてるんじゃねーだろうな。

 しかしこんなしんじられねー美女が、アンソニーのプリーストなんてな。



「もう一度聞くぞ? おめぇがアンソニーに命令されて薬を盗んだんだな?」


「だから違います! わたくしは追って来たのです!」



 両手をブンブン振って全力で否定する。

 追って来た? そう言やそんな事言ってたな。



「ディックさん、わたくし力になれると思います! 案内していただけませんか?」


「案内? いや、それより薬を」


「アギレラの鎮魂薬はメタラ病患者に使う霊薬です。わたくしも後を追って来ました。追いかけるよりもまずはその患者さんの進行を止めないといけません。時間がありません! ディックさん、どうかわたくしを信じて案内していただけませんか?」



 ……って言われてもよ。この女が嘘をついてる可能性もあるだろう。だが時間がないのは俺も分かる。ここでちんたらしてたらやべーんだってな。


 アンソニーのプリーストなんだろおめぇ……くそぉ……。



「あぁぁぁもー分かったよ! 美人は嘘つかねーよな! とりあえず着いて来い!」


「はい! ありがとうござます!」



 俺はユシアとか言うお嬢ちゃんを連れて、ティナがいる3305号室へと向かった。

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