episode Ⅹ 拒絶の理由 -ディック視点-
「ティナ、レリスは無事か!?」
俺は部屋の扉を勢いよく開けた。
「ええ……でももう胸元まで消えかかってるの」
「わたくしに見せて下さいませんか?」
ユシアがレリスの前に行って、額に手を当てると何かを感じ取った可能ようにニコッと俺達に向けて微笑んだんだ。
「良かった。これならまだ助かります」
「本当か!? だがよ、薬もねぇのにどうやって助けるんだ?」
「ディック、この子は?」
「ユシアだ。アンソニーんとこのプリーストなんだとよ」
「な、なんですって!?」
まあそうなるわな。だがここまで連れて来た以上、俺は彼女を信じるしかなかった。
ティナが今にもユシアを部屋から引っ張り出そうとしてるのを長年の勘で気がついた俺は、腕を引っ張って阻止した。
気持ちは分かるが少し様子を見ようぜティナ。
「ちょっと、ディック! 痛いじゃない!」
「いいから! 信じるしかねーんだよ」
俺の言葉にティナも一旦は落ち着いて冷静にユシアを観察する。
ユシアはと言うと、何やら治癒術のようなもんでレリスの額に光を送っていたんだが……メタラ病ってのは治癒術は一切効かねーってのが有名なんだ。治癒術に詳しくねー俺でも知ってるぐらい常識的な事。
まあ治癒術かどうかも怪しいもんだがな。
ただ、一つ言える事は確実にレリスの体が実体を取り戻してるって事だ。
つまりユシアは、あの霊薬と同じ効果を何らかの治癒術かなんかで、やったって事……だよな?
ふぅ。と一息ついた後、クルッと振り返って「終わりました」と微笑む。
「し、信じられない!? アギレラの鎮魂薬でなければ効果を発揮する事はなかったのに、一体どんな術を使ったのですか!?」
医術士が興奮気味にユシアに迫って問い詰めてやがるが、そりゃあ俺だって信じられねーよ。
「ディックさん、そしてティナさん? ですよね? お話したい事があります」
今回の霊薬を盗んだ事件、これの黒幕はやっぱりアンソニーだった。ユシアが全部話してくれたんだ。
彼女によると、ゼンがスカウトされた事を不正だと思ったアンソニーは、それが許せなかったらしく今回の件を企んだそうだ。
ただユシアも完全には把握してなかったらしく、気になってハウス内を調べていると、医術士の格好をした人間がハウスを出入りしているのを偶然見かけて、追跡したらこの施設に辿り着いたって話だった。
アンソニーのクランのプリーストってのが引っかかるが、これが本当の話なら、わざわざ俺達に伝えてユシアにメリットはねーんだよな。
だからここは素直に信じてもいいと俺は思った。
「その医術士を探さなきゃだわね……。貴方、何か知ってるの?」
「ここから南の方に逃げて行ったのは分かっているのですが……わたくし、あまりこの辺の地理に詳しくないものですから、それ以上の事は……申し訳ございません」
王都アルヴァニアから南……か。
南って言ったら商人の街トリークがあるな。
「南にはトリークがあるわね。でもその街は主に商人が利用する街で医療施設なんてなかったはずよ」
「いや……医術士の格好をしていただけなのかもしれねーぞ。ユシアが見たのは医術士の格好をした奴だ、だろ?」
「確かに……てっきりわたくしは医術士の方だと思い込んでましたが、ディックさんの仰る通りその様に変装していた可能性もあります」
クランに出入りしていたなら、普通に考えりゃクランのメンバーなんだが……。
「ユシア、おめぇフェニックスのメンバーなんだよな? メンバーでトリーク出身の奴とかいねーのか?」
そう問いかけると、人差し指を口元に当てながら目は宙を泳いで何かを考える。
そんで暫く考えて何かを思い出したかの様にポンッと手を打った。
閃いたと言わんばかりに。今時こんな動作をする人間がいるんだな……まあ、いいけどよ。
「います! リッシュさんと言う方です! この方は最近入隊された新人のメンバーで、確かトリーク出身でした!」
「よっしゃ! ならトリークに行ってみっか!」
「行きましょう」
「わたくしも一緒に」
「あ、いや、おめぇ達はここで待っていてくれ。レリスの事も気になるし」
「そう、分かったわ。気をつけてねディック」
俺は緑風を後にして直ぐ様、飛空馬に乗ってトリークを目指す。
その間、リンクでゼノス達に事の一部始終を共有。
《とりあえずレリスは無事だ。ゼンはどんな感じだ?》
《アンソニーのやりたい放題だ。周りの観客もアンソニーコールが鳴り止まん。早く解決してやらんと、このままではゼンは持たんかも知れん……》
《分かった。今トリークに向かってる》
《ディック》
リンクを終了しようと思った時、レイモンドが俺の名前を呼んだ。
確かアルヴァニアに薬が残ってないかを調べてたんだっけな。
レイモンドの調べによると、どこの医療施設も薬がゴッソリ無くなっちまってるらしい。怪しい医術士を見たとの情報もあったらしいんだが……。
《僕が得た情報から推察すると、かなり若者だと思う。医術士じゃなくフェニックスのクランメンバーだとしたら、納得だな。フェニックスは全て17歳前後でメンバーが揃ってるからね》
《ユシアの言う通り、リッシュって野郎で間違いなさそうだ》
ゼン、待ってろよ。俺は魔力を送って飛空馬を加速させた。
◆
-ティナ視点-
「う……ん……」
レリスが目を覚ました。よかった、見た感じ落ち着いてそうね。
医術士が容体を確認すると、問題ないと私達に伝えた。
「そうですか、よか……」
ドサッ。
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!?」
レリスがいきなり私の後ろで倒れたの。
私が振り向いて駆け寄った時には意識を取り戻して、立ちあがろうとしていたんだけど。
「はい……ちょっと疲れただけ……です……ので。それよりも、レリスさんの意識が戻ったのですね」
「本当に大丈夫? 先生に診てもらったら?」
「ご心配には及びません」
「そ、……そう? だったらいいんだけど」
「ティナさんと……ユシアさん」
ベッドの方を振り向いた。まだ弱々しいか細い声だけど、とても落ち着いた優しい声で私達の名前を呼んだのは他の誰でもない、レリスだった。
「先生に聞きました。色々ありがとうございます」
「お礼を言うならこっちよ。この子が救ったの」
「ティナさんは、リンベルからここまで駆けつけて来られました。レリスさんを心配なされて。わたくしは偶然ここにやって来ただけですので」
「レリス、薬がもうすぐ届くから安心していいわよ。それとね、今ゼンが闘技場で試合してるのよ」
「おにいちゃんが……もう大会に出られるぐらいになったんですね。…………うふふ」
薄らと微笑む。
普段はそんな事考えたりはしないんだけど、私はその微笑みの意味を考えてしまった。
レリスに会ったのはこれが初めて、なんだけど彼女から今滲み出た微笑みには色んな思いが込められてる気がしたの。
同じ女として感じ取ったのかしら? 分からないけど、その時パッとある疑問が頭に浮かんだ。
私は素直にその疑問をレリスに問いかけてみた。
「ねえレリス……ゼンの事なんだけど。彼はどうしてあれほど仲間を拒むのかしら?」
「うふふ……俺は仲間は必要ないって言ってました?」
「え、ええ。頑なに拒まれたわね」
はぁ、と微笑み混じりの溜息を静かに吐いた。
「しょうがないなぁ……おにいちゃんは」
レリスって本当にゼンの事が好きなのね。
さっきの溜息も、嬉しそうだったし。ゼンもレリスには心開いてるのかしらね。流石兄妹だわ。
「子供の頃、おにいちゃんはいっぱいお友達がいました。でも私の病気が発覚して学校に行けなくなってしまった途端、急にそのお友達はおにいちゃんから離れて行ったんです。親を亡くしてから私達周りでは、貧乏兄妹って呼ばれて虐められてて……。特に私の事で色々と言われていたみたいで、病気が移るだとか、世界の毒だとか、仲良かった人から言われてたりしたので、おにいちゃん相当辛かったと思います」
子供は正直なんて言うけど、本当残酷よね……。
ゼンに昔、そんな過去があったのね。親しい友人に裏切られて、自分の妹の事まで言われて……だから私達にもいつかは裏切られるって思ったのかも知れないわね。
心を許してしまえば、裏切られた時その傷は深い。
だったら作らなければいい。ゼンはそう考えたのかも知れないわね……。
◆
-ディック視点-
俺はトリークの住宅区に来ていた。
街に入って直ぐ見えた酒場で聞き込みをしたんだが、リッシュの名前を出したら、一発でビンゴ。
リッシュ・ゲイズリー17歳、聞くところによると1週間前にフェニックスに入隊したらしいが、つい最近除名処分されたんだと。
家に戻ってるって事で住宅区のリッシュの家に向かってたんだ。
1週間で除名って才能なかったのか?
まあ、アンソニーの判断だからな、どーせ自分の意にそぐわねーとかで除名したんだろうな。
けっ、ゼンの事と言い胸糞わりー野郎だぜ全くよ。
「よっしゃ、ここだな」
チャイムを鳴らす。
「…………出てこねーな」
今度はコンコンと扉をノックしてみる。
「ブレイブガードのディック・ストライバーってもんだが!」
いねーのか……。まいったな。何処行っちまったんだ……。
アンソニーのハウスにいる可能性もあんな。だが、除名してる奴を入れたりするのか?
扉に背を向けて立ち去ろうとした時、ガチャッと扉が開く音がした。
中から出て来たのはクリンクリンの赤色癖毛の小柄な男だった。
物静かで挙動不審な表情、酒場で聞いた特徴と一致してるな。
「おめぇがリッシュだな」
「ブ、ブブレイブガードのディック!? ど、どうして僕の所に?」
「察しがついてんだろ。ああ? 薬だよ、アンソニーに命令されて盗みやがった薬を返してもらいに来たんだよ」
「し、しし……し知らないよ! そ、そんなの……」
「動揺しすぎだっつーの。正直に言えば、セキュリティに突き出したりしねーから。さっさと言え」
何かを隠してる表情だな。だが自分1人じゃ荷が重くて苦しんでるようにも見える。
こいつを一目見て直ぐに分かった。こいつは悪い奴じゃねーってな。
「あの薬はメタラ病の薬なんだよ。メタラ病、知ってんだろ? あれを1時間に1回、注射して体の中に入れねーと体が消えちまうんだよ」
「め、めめたメタラ病!? ふ、ふ不治の病って言う、あ、あの?」
「そうだ。おめぇがこのまんま薬を渡さずにいると、そいつは死んじまうんだ。おめぇは殺人者になっちまうんだよ。分かるか?」
「さ、ささささ殺人者!?」
「今直ぐに薬を渡せば、今回だけは罪に問わねーでやる」
「ぼ、ぼぼくは……ただ、ク、クククランに入りたかっただけなんだ……あ、アンソニーさんが、こ、こここれを成し遂げたら、ささ再入隊してもいいって……だから……」
はぁ。アンソニーの野郎め。
「悪い事は言わねー。フェニックスはやめとけ。それと入隊は20歳になってからにしろ。今は学校でウィザードを学んでおくだけで十分だ、な?」
「が、が学校は……友達……い、いいないから……嫌だ」
「なんだ、ゼンの野郎と一緒じゃねーか! その相談はまた後で乗ってやっから! まずは薬を渡すんだ」
「う、うん……つ、ついて来て」
リッシュの家の中へ案内され、そのまま地下に降りて行く。
「も、も元々は地下なんてなな無かったんだ。ア、アンソニーさんが作ってくくくれたんだ」
「は〜ん……この薬の為だけによくもまー、大金なんて使えるよな。マジで金持ちの考えてる事は分かんねーな」
家の中には誰もいなかったな。こいつ1人か?
地下に降りてくると大きなフロアが広がっていて、そこには霊薬が所狭しとびっしり置かれていたんだ。
これ全部こいつ1人でやったのか……この量を見るとアルヴァニア中から集めて来たんじゃねーかって量だぞ。
だが、これで薬は確保した。
ゼン、もうすぐで片付くぞ。ここから、おめぇの逆襲を見せてやれ。
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