episode Ⅱ スカウトは突然に -レリス視点-
「ん…………」
「悪ぃレリス……。起こしちまったか」
「おにいちゃん……」
スープとパンと牛乳が乗ったおぼんを両手に、私の部屋に入ってきた。
あれ? 今日は遅い朝ごはんなんだね。
おにいちゃんまさかの寝坊?
そう思いながら、おぼんを直ぐ側に置くおにいちゃんの顔を見て分かったの。
「また喧嘩したんだね」
「…………お前は、気にしなくていいんだよ。ほら、さっさと食べろ」
「おにいちゃん、ダメだよ。喧嘩するならウィザード覚えないと。見つかったら犯罪者になっちゃうんだよ?」
「俺は、あんな遊びは嫌なんだ」
「ウィザードは法律にもなってるちゃんとしたスポーツだよ? おにいちゃんなら、結構凄いところまでいくと思うんだけどな」
おにいちゃんが、頑なにウィザードを拒んでる理由……それは私。
私は不治の病〝メタラ病〟を患ってるの。
発症したのは私が3歳の時、お父さんとお母さんが亡くなった年に発症した。
メタラ病は遥か昔に起こった、人と魔族の戦争で世界に汚れたマナが溢れた。それを吸収した人間が最初って言われてて、6000万人に1人の確率でなる病気。
魂が蝕まれていって、最終的には肉体も魂も消えてなくなる。
私と言う存在そのものが無くなってしまう、そんな病気。
だから蘇生魔術でも蘇る事は不可能なの。
本当に稀な病気で、今もこうしておにいちゃんのおかげで治療を受けていられるんだけど、正直延命措置なんだ。
おにいちゃんはね、私の高い治療費を稼ぐ為に、毎日いくつも仕事をしてる。
普通なら5歳から学校行ってウィザードを学んでいくんだけど、おにいちゃんは私の為に、学校よりも病気を治す事を優先にしてくれた。
興味がないとか、嫌いだとか、言ってるけどそんなの嘘。
本当はウィザードを学んで誰よりも強くなりたいって思ってる。
だから私、おにいちゃんに言ったの。
もう治療続けなくていいよって。
「私がいると、おにいちゃんまで不幸になっちゃう。いいんだもう十分生きたしね」
ニコッとおにいちゃんに向けて笑って見せる。
でも嘘。本当は私だって生きたい……死にたくないよ。
おにいちゃんと色んな所に行ってみたい。ウィザードで活躍してるおにいちゃんを見てみたいな。
「馬鹿やろう、そんな事嘘でも考えんじゃねぇぞ。いいから早く食べろって。薬飲まねぇと」
「うん……」
スープの中には、カボチャと玉ねぎ、コーンが入ってた。
しかもパンと牛乳までついてるんだもんな。
今日は凄く豪華な朝ごはんだ。
「ねえ、今日って何か特別な日だった?」
「はぁ……忘れたのか? 今日お前の誕生日だろ」
「あっ……」
そっか。今日で15歳になるのか。
何気なく花瓶を置いてる棚に目を向けたんだけど、萎れてる花が挿されてあった。
なんであんなにボロボロ……?
「あ! あれってミシュの花!?」
「まぁ……ちょ……ちょっと軽んじまってよ。踏んじまったんだ」
「おにいちゃんが? そんなドジな事あるんだ」
「あ、あぁ……まあな。それより珍しくないか? この辺じゃもう見ねぇだろ」
「そうだね……うふふ」
「……ふぅ」
「も〜何で溜め息?」
「よかったって思っただけだ」
「うん……ありがと」
私の為に色々としてくれる、こんなに優しいおにいちゃんなのに、外じゃあんまり人付き合いは上手くいってないみたい。
「んぐっ……か、かたい」
「あ?」
「カボチャ、まだちょっとかたいかも……」
「そ、そうか? わりぃもっかい作る」
「ううん、これでいい……うふふ」
私はおにいちゃんの優しさに幸せを噛みしめながら毎日生きて来たんだ。
でもね、いつまでも迷惑ばかりかけてられないって思ってた。ずっとずっと何年も前から。
あの人と知り合ったのは、その頃だったな。
おにいちゃんは毎年、私の誕生日に色々プレゼントしてくれた。
私が外に歩いて出られる頃は、海まで連れて行ってくれた。
だけど私はおにいちゃんにこれと言って何もしてあげられなかったんだよね。
だから今までの分、おにいちゃんにプレゼントするの。
そろそろあの人がここへ来て下さるはず。
コンコン。
玄関のドアを叩く音が聞こえた。まさにグッドタイミングってやつだね。
「ちょっと行ってくる」
「うん」
うふふ。おにいちゃん、どんな反応するだろうな。
◆
-ゼン視点-
「やあ。君がゼンだな?」
「あ、あんたは……!?」
俺の倍ぐれぇありそうな膨れ上がった筋肉、黒い短髪。厳しい訓練に耐え抜いて来た精神が表れているかのような厳しさが見える顔立ち。
この国、アルヴァニアで1番最強のクラン〝ブレイブガード〟のリーダー、ゼノス・ガーランドじゃねぇか。
ウィザードに詳しくねぇ俺でも、この男の功績は知ってる。
アルヴァニアを独立させた男だ。
「いきなりの訪問で驚いたと思うが、私はゼノス・ガーランド。ブレイブガードと言うクランを持っている。妹さんとは友人でね。近くを通ったので寄ってみたのだが……入ってもいいかな?」
「あ、あぁ……」
レリスの友人(ダチ)? いつからだ?
俺は半信半疑に思いながらも、ゼノス・ガーランドと言うネームバリューに、何処か気を許していた自分もいたから、結果俺はレリスの所へと通した。
「やあレリス。久しぶりだな、調子はどうかな?」
「ゼノスさん、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。はい、元気です」
「何よりだ。今日は君の誕生日なのだろ? おめでとう」
両手を抱えるような動作をしたかと思えば、大きな花束をパッと空中から出して、ゼノスの腕に収まった。
転送魔術(センド)だ。学校に行ってる人間なら日常的に魔力や魔術があんだろうが、正直俺は目の前で見て驚いちまったんだ。
こんな近くで見たのは初めてだったからよ。
「ザクフレシアと言って、アルヴァニア北部にある森の中にしか咲かない花なんだ。夜になると昼間に吸収した光を発散してとても綺麗だから、夜を楽しみにしていてくれ」
「わぁ綺麗……ありがとうございます」
花が好きだって事知ってるんだな。けど、いつから2人は知り合ったんだ?
ここ数年は金を稼ぐ為に仕事ばっかで家にいる時は、飯を作ってるか、寝るぐれぇだもんな。
そう言えば随分前に、手紙と鉛筆が欲しいって言ってたのはゼノス宛に書いてたのか?
つーか、こんな有名人なんかと接点を持てたのが謎だぜ。
まあレリスは俺とは違って社交的だから、伝手もあったのかもな。
「今日はレリスの誕生日を祝いに来た。だが、実はそれだけの為に来た訳じゃないんだ」
ん? 何だ? 俺に喋ってんのか?
「ゼン、君をスカウトに来た。我がクランの入隊試験を受けてみないか?」
「な、なに……!?」
俺をスカウトに来ただと……?
「君達の事情は知ってるよ。もちろんレリスの病気の事も。大会に出れば大金を稼げるだろう。君はクランでウィザードを一から学べ、レリスの治療費も稼げる。良い話だと思うがどうかな?」
「…………」
俺はずっとウィザードを拒否している自分を演じてたんだ。
レリスが余計な事を考えねぇように。
5歳になったら普通はみんな学校に通ってその時に魔力の使い方やウィザードを学ぶんだ。
だが俺は学校には行かず親が残した金は全部レリスに注ぎ込んだ。
それでも毎日の治療費が足りず、だから仕事をする道を選んだんだ。
勿論後悔なんてねぇ。妹をこのまんま死なすなんて出来る訳ねぇよ。
ウィザードを学べる?
この言葉に正直、心が揺らいだ。俺はアンソニーとか言う奴をぶちのめしたかった。ずっと復讐がしたかったんだ。
いきなり喧嘩を売って来て、ルールも全く知らねぇウィザードに引き込んだだけじゃなく、レリスにやる花をボロボロにしやがった。
あのクソ野郎は……俺の目の前で花を踏みつけて千切りやがった。
ゼノスのクランの試験を受けられんなら、俺にとってこれはチャンス。
「入隊試験、受けさせてくれ」
この時、運命の歯車の輪がカチッと嵌った気がした。
俺の人生全てをウィザードにつっこむ事になるんだと。
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