神装巫女

みけさんば

思い出を守る力

 眠りにつこうと布団をかぶるが、今日はあまり寝付けない。

 目に悪いことを知りながらも、退屈で仕方なくなった体がスマホに手を伸ばす。

 スマホを手放したら私は死ぬんじゃないか?

 そんなことを思いながら電源をつけ、4桁のパスワードを素早く入力した。


 そして、私は見慣れない画面に目を見開く。

鳩羽湊はとばみなと様、あなたは『神装巫女』として、日本武尊やまとたけるのみこと様に選ばれました。詳しくは、下記のリンクから確認してください」

 ……どういうこと?

 書かれた文面の意味が、私には理解できない。


「何これ、夢……?下らない」

 詳細を確認することもせず、私は眠った。

 不思議と、ぐっすり眠れた。




 目ざめた。暑くも寒くもない、ただ少し人肌のように温かい、比較的快適な朝。

「よく寝た……」

 そう言ってゆっくりと伸びをする。

 すると、

「ひゃいっ!」

 私の無防備な脇腹を、妹がつつく。

「何……なんで朱里あかりここにいるの……?」

「お姉ちゃんを起こそうとしたけど、全然起きないから、隣で待ってたんだよ」

 朱里がため息をつきながらそう言うと、私に着替えと鞄を差し出した。


「今日、碧さんと遊ぶ約束あるんでしょ?早く行きなよ。お姉ちゃん怒られちゃうよ」

 そういえばそうだ、私は時計を確認する。

 今から全速で急げば、ギリギリ間に合うはず。

 素早く着替え、多少雑に髪を整え、鞄をとって駆けだし、家を出る。

 小学校から、高校生の今、そしてこれからもずっと私のそばにいる親友。

 小雪碧こゆきみどりとの約束があるから。




「待……った?」

 疲れで電柱に寄りかかりながら、私は碧に言う。

「ううん。今きたとこ」

 定番、だね。そう言って笑う気力すら私には残されていない。

「お茶あるけど……飲む?」

 疲れで朦朧とした意識で、こくりと私は頷いた。

 差し出されたペットボトルを手に取ると、気持ちよく一気飲みをする。


「ケホッ……むせケホッコホッグフッゲフッ……むせた……」

「一気に飲むからだよ……」

 残り半分くらいになったペットボトルを返すと、碧はそれにゆっくりと口をつけ、一口だけ飲んだ。

「飲み物はね、しっかり口に含んでから飲むの。気をつけてよね」

「ケホッわかっコホッ……わかった……」

「わかればよろしい。罰として、今日一日私に付き合うこと!」

 そう言って胸をはり、碧は笑う。

 最初っからそうするつもりだったよ。

 そう心の中で私は微笑んで、碧のあとをついて行く。


 そういえば。今日は何か変な感じがする。

 自分の胸の中に、もう一人、誰かがいるみたいな……

 気のせいか。きっと、気のせいだ。




「……湊、ちょっとやってみて」

 クレーンゲームの前で、碧は何か真剣そうにぬいぐるみを見つけていた。

「あれがほしいんだよね?」

 湊が指をさして確認すると、碧は小さく頷く。

「ほしいんだけど、ずっと取れなくて」

「よし、ちょっとまかせて!必ずとってみせるから!」

「湊……!」


 私がクレーンゲームのレバーを握ると、その辺りは熱気に包まれる。

 真剣に、どこにクレーンを降ろすべきか見計らい、狙い澄ましたように放つ。

「よし、掴んだ!」

 そう喜んだのも束の間。

 ぬいぐるみはすぐに、クレーンから外れてずり落ちてしまった。


「もっかいやろう、碧!」

「う、うん!」

 そうこうしているうちに何回もトライするが、いつになっても取れなかった。

 悔しい。そう思いながらも、私は諦めてクレーンゲームから立ち去る。


「やった!一発で取れた!」

 後ろから聞こえてきた見知らぬ男の人の声に、振り返った。

 くそっ、悔しい!




「映画見に行こうよ」

 碧がそう言って、エレベーターのボタンを押す。

「何見るの?」

「湊の好きなやつ」

「私、碧にあわせるつもりだったんだけど……」

 ちょっと困った。全く何も計画をしてない私は、どんな映画を碧に見せれば良いのだろうか。

「私が、湊の好きな映画を見たいの。だから、好きに選んで?」

 碧が私に微笑みかけると、エレベーターは最上階にたどり着いた。


「これにしよう」

 私が指さしたポスターに碧は目を向ける。

「何これ……特撮ヒーロー?湊こういうのよく見るの?」

「いや、なんか面白そうだったから選んだだけ……」

「ふーん。その気持ちけっこうわかるけど……行動力高いね相変わらず」

「そう?」

 そんな他愛のない会話をしているうちに、行列も自分の番が来て、チケットを無事購入。

 そして映画の上映時間を待つ。


「そういえば、今日が何の日かおぼえてる?」

 碧が、脈絡もなく聞いてきた。

「何の日って?」

 私がそう答えると、碧は少し寂しそうな顔をした。

「七年前の今日と同じ日、公園にタイムカプセルを埋めたよね……あれ、今日掘り出しに行かない?」

「ずっと忘れてた……よくおぼえてたねそんなこと……」

「まあ、普通忘れてるよね……」

 さみしそうに、うつむく碧の肩に手を乗せる。


「……これが終わったら、一緒に堀に行こう。あの時のこと、また思い出したい」

 そう私が言うと、碧が顔をあげる。

 それを見て私は安心した。笑いながら、こう続けた。

「そろそろ上映始まっちゃうよ。碧!」

 そういって、シアターの中に入る。




「おもしろかったね。かっこよかった!」

 見終わった後、私はそう言った。何故か心の底が元気でみたされた状態で。

「うん。ヒーローもかっこ良かったけど、敵も魅力あった……」

「いいよね……最後の方の、敵と手を取り合うところ!分かり合うって、許すってやっぱ大事だよね!」

 そう私が言ったとき。碧が一瞬黙った気がした。

「碧……」

「ごめん湊……何でもない。堀りに行こう。タイムカプセル」

 あまり気にしないことにした。

 心当たりはあるけれど……きっと、碧の問題だ。


 デパートを出て、公園へ向かう。

「公園のどこに埋めたんだっけ……広い公園じゃないからまだ楽だけど……」

 そう呟く碧の背中が、一瞬。何やら真っ黒なモノに包み込まれそうに見えた。


 急に不安になって手を伸ばす。

 すると、時間が止まったように周囲の景色が動かなくなった。

 落ちずに空中に留まる鮮やかな桜。

 そこから、次第に、少しずつ色が抜けていく。

 辺り一面が、モノクロな別世界へと姿を変える。

 次第に雲から映えてきた、虹色の根のようなモノが建物に絡まる。

 私はまだ夢でも見ているの?


 目の前に、化け物が現れる。

 真っ黒な蛇のような化け物が。

 逃げないと、そう思っているのに足がすくむ。

 顔だけで私の体よりも大きいその巨躯。

 赤く光る瞳は、こちらを一切離さず見つめる。


 口を開いた化け物が、私に迫る。

 私は、こんなによくわからないまま死ぬの……?

 目をつむる。視界が暗闇に閉ざされる。

 まぶたの裏によぎるのは、碧の優しく微笑む顔。

 私が傷ついたとき、碧も傷ついていたはずなのに、それでも涙を隠して微笑んでいた顔。


 暗闇の中。

 何かを切り裂く音が聞こえた。

 沈黙の中でそっと目を開ける。

「何これ……」

 一体何が起きた?

 困惑は私に恐怖を植え付けた。

 真っ二つにされた化け物の巨躯。

 それが、少しずつ再生していくさまを、私は見る。


「逃げなきゃ」

 走り出した。私は走り出した。

 何故だかいつもより体が重い。

 それでも、私は必死に逃げた。


 その中で、胸から声が聞こえた。

「戦え」

 その声は、確かにそう言った。

 胸ポケットのスマホを取り出す。

 どうやら、そこから声が聞こえるようだ。


「そんなこと、言われてもっ!あなたが私を助けたんでしょ?力があるなら、あなたが守ってよ!」

 そう言っているうちに、蛇の化け物が再生する。

 狭い路地裏に逃げ込むが、建物を壊しながら、確実に私を付け狙ってくる。


 それでも必死に逃げていると、路地裏が少し広くなってきた。

 そして、正面から猪のような化け物が走り込んでくる。

 ああ、死んだ。

 私は諦めた。一瞬、足を止めた。


 だが、次の瞬間。

 猪の体は縦に真っ二つ。

 立ち止まる私に、声が「怯むな」と静かに叫ぶ。

 逃げ続ける中。

 声が私にこう言った。

「あと一回だ。私は、あと一回しか剣を振るえぬ。君を助けられないんだ。だからどうか、その一回が来る前に……決断してくれ」

「そうは言われても!」


 私は逃げ続ける。

 戦うのが怖い。

 どうしてこんなにも、怖いんだ。

 路地裏を抜け、見えてきたのは、小さな公園。

 疲れ切ったその体を一瞬止めると、衝撃が足下をつたう。


 私の真横。

 蛇の化け物が、突然地中から飛び出してきた。

 巻き上げる砂埃の中で、箱のようなモノが空を舞っていることに私は気づく。

「あれは……」

 それが何者か知って、何故か私は手を伸ばした。

 掴み取りたい……そう思った。


 蛇の化け物が、落下していく箱を喰らう。

 中に入っていた紙や小さなおもちゃなどが飛び出す。

 どうして、私の思い出を踏みにじるような子とするんだ。

 足が動かない。

 力が入らない。

 スマホから鳴り響く声も、一切耳に入らない。

 惨めにもぺたりと座り込む私の足下に、一枚の……紙切れが落ちた。


 小学生らしくない、丁寧な字で。

 でも、感情のこもった、どこか力強い字で、その手紙は記されていた。


「鳩羽湊へ。

 この手紙を読んでいるとき、あなたは、わたしとともにいますか?

 わたしは、いつまでもあなたといっしょにいたい。

 きっとそれは、いつまでもずっとかわらない。

 だから、このタイムカプセルを二人であけたなら、この先もいっしょって、やくそくして下さい。

 小雪碧より」


 それは、きっと二人で読まなければならない物だ。

 いまここで、今私が、一人で、へこたれながら、読んで良い物じゃないんだ。

 二人でいること。それを守るために私はここに来たのかも知れない……

 なら、どうすればいいのかな……

「ここで死んで、いいのかな……」


 蛇が、私に襲い掛かる。

 だが、その体は横に真っ二つ。声は私に強く叫ぶ。

「ここで死んで、言いわけないだろ!命を守る力を示し、友の約束を守って見せろ!」

 その声が一秒間に何回でも、心の中を反復する。

 私は、どうするのか。

 その答えを示したい。

 私は、碧と一緒に居たい。

 親友としてそばに居て、二人で笑って泣くために。

 タイムカプセルを二人で見るために。


 スマホを胸に当てる。

 そして、ゆっくりと目を閉じる。

 今度は、決意をもって。

 目を開くと、武装を身に纏った自らの姿があった。

「説明は後だ。行くぞ!」

 強固な鎧に包まれた右腕から、声が聞こえる。

 同じく装甲に包まれた両足で、空高く跳ぶ。

 襲い掛かってくる蛇に、右手をかざす。

 光り輝く右手から、生み出されたのは一振りの剣。

 真っ二つに切り裂いた蛇の体が、消滅する。


 着地。

 それと同時に襲い掛かる猪。

 私は剣を長く長く伸ばして、走り出す。

 突進する猪を、頭から突きさした。

 黒い霧となって消滅する猪の体。

「……怖かった」

 私は、そう呟く。

 変身はとけ、次第に元の世界に戻っていく。

「これさ、壊れた建物とかどうなるの?」

 私が、スマホに問いかけた。

「だいじょうぶ。全て元に戻るよ」

 声は、そう答えた。

「……よかった、それなら、一緒にまたタイムカプセルを見れる」

 私は安心して、気づけば、元の世界に帰っていた。


「何かあった?」

 碧が、少し心配そうに聞く。

「だいじょうぶだよ」

 私は、そう微笑んだ。

 今、生きていて本当に良かった。


「ねえ碧。私、タイムカプセルが埋めた場所、思い出した」

 そう言いながら、私は碧と手を繋ぐ。

「……本当?思い出してくれたの?」

 碧が、私の顔を見上げる。

 その可憐で、守りたい愛おしい顔を、私に向ける。

「きっと、掘り出したらいっぱい笑うよ、そして、ちょっとだけ泣くんだ」

 私は、碧とともに公園に行く。

 二人でタイムカプセルを見るために。

 一緒に居ることを、約束するために。

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