夕日のように、影が差す ①

 誰かが助けを呼んだ場所。

 神装を纏い、私はそこに走る。

 目的地にたどり着くと私は、物陰に潜み、息を殺して現状を確認していた。


 たどり着いた場所にいたのは、ボロボロの、私くらいの女の人。

 物陰にかくれ、潜み、逃げ惑いながら息を荒げていた。

 そして、もう一人。

 瓦礫の中。土煙の中で、橙色の光の灯る女の子。

 レイちゃんと同じくらいか、少し幼く見える女の子。


 こんな小さな女の子まで、私達を殺しているのか……幼い体で、そこまでする理由は何だろう。

 きっと、理由があるはずだ。あの娘の理由は、何だろう。誰のために、何のために、あの娘は戦っているのだろうか……

 

 彼女の神装は、少しばかり奇妙だ。

 三つ、くさび形の漆黒の鉄の塊が、少女の周囲に浮いていた。

 代わりに、両腕が完全になくなっていて、長いインナーの袖がふわふわと風に揺られている。


 鉄塊が丁度真ん中で、ワニの口のように真っ二つに開き、光を放ちながらその割れた鉄塊の間で力を貯めていく。

 ビリビリと鳴り響きながら、より強く輝くその鉄塊から光が束となって放たれた。


 舞う砂埃、襲う熱波。蒸発する瓦礫達。

 振り向くと、穴の開いたマンションが私の目に映った。

 私は息を殺して隠れながら、その光を見つめていた。

 光は少しずつ方向を変え、車のワイパーのように全てを真っさらに変えていく。


 無差別に全てをなぎ払う光。

 この光から、助けないと。

 逃げていた少女に向かい駆けだし、その体を掴む。

 そして跳びあがって光の束を飛び越えた。

「チッ!お邪魔虫め……」

 レイちゃんとは真逆の荒々しい言動で、光を放つ少女は悪態をつく。


 傷ついた少女の体を掴み、物陰に隠れながら私は走り、近くの病院に逃げ込んだ。


 私はそして、病院の床を切り裂く。

 穴を開け、私はそこに隠った。

「ありがとう……助かったよ。でも、怖かった……」

 私が助けた女の子が、汗だく、傷だらけの体で他チアがる。霞んだ声で、元気なふりをしながら話す。

「……うちは小浪楓。はじめまして、だよね。えっと……」

「鳩羽湊。よろしくね!」

 楓が戸惑う表情をしていたから、安心させたくて明るく振る舞った。


「なあ、湊とやら。あれはなんなんだい?

 急に襲い掛かってきてわけわからないんだけど……」

 楓の首を巻く縄のような物から、声が聞こえた。

「あいつが誰なのかは、わからんが……何なのかは、少しだけわかる。魂が……ほしいそうだ」

 タケルさんが返答すると、楓はすこし戸惑いからも目を覚ましてきた。

「ならさ、湊達はあの娘をどうする気なの?」


 私は、右手を握りしめる。

「止めたい。そして事情を聞きたい。なんで戦うのか……話を聞きたい。それが、もし別の方法でなんとかできるなら……手伝いたい」

「それなら、うちも手伝うよ」

 楓が、その傷ついた体で真剣に言う。

 その目は私を突きさすように鋭く光っていた。


「危ないよ。私は、あなたを助けに来たんだ。

 だから、はやく元の世界に帰って」

 なだめるように言ったつもりだった。

 だが、言葉の端が強くなる。私はできるかぎり多くの人を守りたい。

「なら、湊も危ないよ。二人でなら、危なさは二分の一。でしょ?」


 楓の言葉に首を振る。

 だが、楓は譲らない。

「うちにも戦わせて。私、強くなりたいから……親友との、約束のために」

 私と同じだ……一瞬、私はそう思った。


「親友との、約束ってなに?」

 私が、そう訪ねた。

 訪ねてしまった。考えるより先に、聞きたいと思った。


「うち、親友より強くなりたいんだ。そう、約束したから……私、柔道部なんだけどね……子供の頃からずっと、勝てなかった娘がいるんだよ。

 私は悔しくて勝ちたくて、いつか勝つって言ったんだ。そしたら、うちの親友は『待ってる』って笑いかけてくれたから……」

 楓の顔は、柔く笑っている。きっと、それは懐かしむ気持ち。

 楓は、一瞬黙った後、すぐにまた口を開いた。


九條くじょう高校、柔道部。『武の心得』その一。『強さとは向き合う力』私は、人を助けるこの使命に向き合って、強くなる」

 その目に淀みはなく、疲れはあれど恐れはない。

 十分すぎるほど、強く見える。

 憧れさえも抱いてしまうほどに、苛烈かつ真っ直ぐに目の前の全てを見つめる目だ。


「……それなら、もっと死ねないよ。約束さえ、忘れてしまうかもしれないのにッ!」

 だが、より一層引き留めたくなった。

 こんな強い人が死んで言い理由なんてあるわけない。

「それは……たぶん湊もだよ。湊はなんで、戦い始めたの?」

 問い詰める楓の目は真剣で、歩み寄る楓の顔は、逞しい。

「親友と、一緒に居続けたくて……その約束のために」

 そう答えた瞬間。楓が私の頬をひっぱたく。

「うちと同じじゃないか……死んで良い人間なんていないんだ。だから、死なないために、二人で戦おう?」


「でも……」

 そう言い淀んでしまう。

 だがそんな私に、楓はゆっくりと、耳に直接入る真っ直ぐな声で言った。

「ねえ、湊の親友って、どんな人なの?」


 そう言われて、私は碧のことを思い出す。昔から、誰にも優しい子だった。だれよりも他人を気遣って、他人のためにできることを考えられる子だった。

 私がいじめられてた時。碧もいじめられたままで、自分が一番苦しいはずなのに私のそばにいてくれた。


 それがとても嬉しくて……私は誰かに寄り添って、誰かを助けられる人でいたいと思った。

 碧のように、なりたいと思った。

 そして同時に、自分よりずっと強い苦しみを背負った碧を、守りたいと思った。

 そうだ、私は碧の隣にいたい。

 碧を助けて、碧を守って、碧を愛していたい。


「優しい子だよ……どんな嫌なやつでも、困ってる人はすぐに助ける。嫌な思いに向き合って、超えていこうと頑張っている、すごい子で……一番自分がつらかったはずなのに、私のとなりにいてくれる」


 そこまで言うと、楓は私をひっぱたく。

「そこまで良い友達がいて、なんでうちだけが死んじゃ駄目みたいなこというかな……死なないために、二人で戦おうよ。お互い死ねない。だからこそ、二人とも生きるために」

「でも……」

 首を振るわけにはいかない。

 死ぬのは怖いことだから……誰にも味合わせたくはない。


 そう俯いている私の肩に、楓は手をかける。

「うちの友達、ほんとに馬鹿でね。小学校のころ、調理実習にその辺のどんぐりもってきたんだよ……」

 え?なんでいまごろそんな話を……?

 そう私が戸惑っていると、楓は少し笑った。

 そして、「肩の力、抜けただろ?」と優しく笑いかける。


「きっと、うちら仲良くなれるさ。だから、二人で生き残るんだ」

 そう言って、楓が神装解除してスマホのQRコードを私に見せた。

「本当に、戦うんだよね」

 その一言の言葉に、楓は何も言わずに首を縦に振る。

 QRコードをスキャンし、私は足を進め始める。

 自分達の頭上で、音が鳴り響いてる。

 堕ちていく瓦礫の音。蒸発する鉄筋コンクリートの音。

 私達を狙い、探す音が聞こえてくる。


「さあ、行こう」

 そう、楓に言うと、

「待ってくれ。にちょっと考えがあるんだ……」

 そう言って、楓は私を引き留めた。

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