夕日のように、影が差す ②
私は、崩れ去る病院の中で、橙の光を放つ少女の正面に立つ。
楓の提案した策を、少女にぶつけるために。
「ねえ、いくつか聞いて良いかな……あなたの名前は?」
「
ひなたと名乗った少女の、長い髪が風に揺れる。
宙を舞う鉄塊を私に向け、ガパリと音をたてて開いたそれが力を貯めていく。
放たれる光線。
それを飛び越え距離を詰める。
そして、剣を振るおうとした瞬間。
もう一つの鉄塊が私の脇腹にぶつかる。
痛みが体をおそう。
吹き飛ぶ体は二、三度地面を転げた。
立ちあがって前を見つめると、三つの鉄塊が全て私の方を向いている。
走り出して私。
私を追う光線。
逃げていると、光線がもう一本、私の目前に飛んでくる。
それを飛び越えかわしても、形成は変わらない。
やれることは、ただ逃げること。
いや、それ以外にやれることがあるはずだ。
私は剣を逆手に持ち、ひなたに向いて跳びあがる。
逆手に持った剣を瓦礫に刺し、剣を長く伸ばして自分を持ち上げさせる。
それによる加速でレーザーを飛び越えひなたの上空。
剣を手放し、大剣を手に生成。
落下ともにひなたを狙う。
それをかわすひなたの表情には、少しだけ汗が浮かんでいた。
剣を日本刀サイズのものに切り替え懐に跳び込む。
切り裂く斬撃をひなたはかわすけど、ひなたの顔には少し焦りが映る。
後ろ飛びで私から距離をとり、ひなたは鉄塊を自分の近くに集めた。
だがその瞬間、集めた鉄塊を包み込むように、瓦礫の隙間から縄が飛び出す。
「クソッ……うざいッ!」
ひなたが焦りとともに叫ぶ。
抜けだそうと鉄塊を操るものの、きつく縛った縄からは逃れられない。
私は駆けだし、その束ねられた鉄塊に剣を振るう。
そう、これが私達の作戦。
能力の代償がひなたの持たない両腕だとするならば、一度壊したら代償を再度払えない……再生できないはず。
鉄塊を全て壊せば、完全にひなたを無力化できる!
そのために、私が気を引いて隙を作り、楓の神装、「三身の縄」で張り巡らせた縄で鉄塊を縛り付け、そこを叩く。
剣を、私は力強く振り下ろした。
鉄塊の一つにヒビが入り、砕け散る。
その瞬間空いた隙間から、残りの二つには抜けだされてしまった。
だが、十分すぎる。これで十分、戦いやすくなった。
「……めんどくさい」
そういいながら、ひなたは自らの鉄塊に座り込む。
そして、その鉄塊に座ったまま上空へ跳びあがる。
掴もうとして伸ばす楓の縄も、届かないほど高く高く上がっていく。
上空から放たれる日本の光線から逃げ惑っていると、私の右腕から楓の声が聞こえてきた。
「いったん集まろう、うちのところに来て!」
そう言われて、私は走る。
しかし、戦闘中の通信はこんなふうな感じなんだ……少し、新鮮だ。
楓のところに、私は急いで走る。
疲労のたまる体を、心で動かしていた。
「あっ……」
私は躓いて転んでしまう。
その瞬間を見逃すわけもなく、光線が私に降り注ぐ。
「……死にたくないッ!」
そう叫ぼうと、すぐには動かないからだ。
それを守るため、私の前に飛び出す人影があった。
「湊。命助けられた借り、うちが返すよ……ッ!」
楓が生み出した縄が、光線を受けとめる。
神装、三身の縄は、形ないものさえ受けとめ縛り付ける神の縄。
しかし、その代償に体力を消費する。
そして……痛覚なども含め、縄は神装巫女と痛覚を含めた感覚を、共有する。
つまり、楓はその光線そのものは受けずとも、光線を受ける痛みと同等の痛みと熱に耐え、私の前に立っていると言うことだ。
楓はそんな死にも値する痛みに耐えながらも、ニヤリと笑っていた。
熱に耐えきれず焼き切れる縄。
新たな縄を生み出して楓は補う。
その全身は汗だくで、体中からおちる汗が水たまりを作りそうなほど瓦礫の隙間に貯まっていく。
そのニヤリと笑う顔もただの強がりで、全身が痛みに打ち震えている。
「ぐっ……うぅ……」
次第に、その口から苦しみの声が漏れる。
真っ赤に火照ったその体が、見てられなくて目をそらしそうになる。
でも、見なければ、これはきっと、楓の決意だ。
「ぅうぉおおおッ!……武のッ心得ッ!その三ッ!……『活路はいつもッ!根性の先ぃッ!』」
楓が叫ぶ。
天まで轟かす根性を乗せ、息も絶え絶えな必死の声で、叫ぶ。
力強く、大地を揺るがすように叫ぶ。
どこまでも真っ直ぐに叫ぶ。
光線は途絶えた。
楓が受けとめた光は、縄に縛り付けられたまま。
「届ッけぇえッ!」
光の球を縄から投げ飛ばした。
真っ直ぐに、ひなたに向かう。
光の球は、ひなたが座っていた鉄塊に直撃。
鉄塊は崩れ、落ちていくひなた。
そして、私の目の前の勇者も、力尽きて倒れた。
「楓ッ!」
楓に駆け寄る。よかった、息はある。
「……もっと、別の策が……あったんだけど……泥臭くなっちゃったな……」
「……楓。ここからは、私がやる。ありがとう。
かっこ良かった……きっと、どんな物語のヒーローよりも……」
私がそう言うと、瓦礫の中から立ちあがったひなたと向かい合う。
戦うしかない。楓の根性を、無駄にしてはならない!
強く剣を握りして一歩ずつ、ひなたに歩み寄る
そして、私はひなたに剣を向ける。
「もう、諦めてッ!事情を話して……」
ひなたはそんな私を鼻で笑った。
「バカじゃないの?私の愛が、諦めるはずないじゃないッ!」
「愛!?」
「そう、愛ッ!」
ひなたの体の正面に浮かんだ鉄塊が、少しずつ光をため、放つ。
それをかわし懐に潜り込み、私は剣の峰で殴りつける……
そう振るおうとしたとき、痛みが脇腹を襲い、吹きばされる。
「何がっ?」
そう思いながら立ちあがる。
そして、前を向くと、四つの鉄塊。
そして、両足を失い瓦礫のなかに倒れるひなたの体……
「代償は、腕だけじゃないのか……?脚を代償に……」
タケルさんが驚くのも束の間。
四本のビームが同時に私を襲う。
それを走ってかわし、くぐり抜け、ひなたに近づいていく。
そして、再度動けないひなたに剣を突きつけた。
「突きつけて……いいの?」
ひなたが意地悪に笑う。
「どういうこと……?」
私の背筋がひやりと冷える。
嫌な予感に襲われて、後ろを向く。
「……楓ッ!」
鉄塊の一つが、楓の胸に浅く、突き刺さっていた。
「私はこいつをいつでも殺せる。本当に……その剣を突きつけて良いの?」
私は、動けなくなった。
そして、剣を降ろしてしまった。
私の回りを、取り囲む三つの鉄塊。
「人を死なせたくないよね……死ぬってのは辛いよね……私も、そう思うよ。だから、あんたがおとなしくしてれば、あいつは殺さない」
ひなたがそう言って笑う。
髪が揺れる程度の風が吹く。
ひなたの目が、紙に隠れた。
動けない。
ここで、終わってしまうの?
三つの鉄塊が、力を貯めていく。
怖い。私は……どうすればいいの?
できることはただ一つ。受け容れること。
「……じゃあ、死ね」
私の周囲から、放たれる光線。
どうすることもできず、光に包まれる。
その瞬間。瓦礫の小さな隙間から出てきた縄が、私を覆った。
「根性ッ!」
楓が、叫んだ。
なけなしの力を振り絞って、私を守った。
光線は途絶え、私も縄から解放される。
「あーあ」
ひなたの声、それとともに、私は駆け出す。
間に合わない。わかってるんだ。
でも……ッ!
「楓ッ!」
たどり着く。
返事はない。
その体は、血で濡れていて……胸にぽっかりと穴が開いていた。
「楓、楓ッ、楓……楓……楓ッ!」
その体に何度も触れる。
その胸に、その手に、その足に、その首に、その顔に。
どこもかしこも、動きはしない。
「楓……生きていてよッ!楓……」
死んで良いはずのない娘だ。
もしかしたら、親友のことも忘れてしまうかもしれないのに……
私を、守って死んだ。
私のために、死んだ。
私のせいで、死んだ。
私が悪い。私のせいだ。私がもっと強ければ……
私に人は……守れない。
振り向いても、もう誰もいない。
瓦礫の中、立った一人で私は……
むせび泣くことしかできない。
涙を流して、痛くて、辛くて……
どうしようもなかった
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