私だって、向き合うんだ

 病院の中、私は差し入れのバナナをむく。

 お見舞いに来た碧は、心配そうな、少し泣きそうな顔で私を見つめる。

「そんな顔しないで。大丈夫だよ、別に大事じゃないって先生言ってた。明日には退院できるんだってさ」


「そう……でも私、怖かったよ……湊が死んじゃうんじゃないかって……」

 碧の声は震えていた。

 頬をつたう、碧の涙。

 その声が私の心臓に訴えかける。

 私がそばに居たことで、私は碧を傷つけてしまったんだ。


「ごめんね……碧……」

 そう言って、私は湊の目の下に手を伸ばし、涙を拭った。

「ねえ湊……私をおいて、どっか行ったりしないでね……私、湊のために生きたいんだ。湊が居ないと、私……」


「碧、泣かないで……私もそれは同じだよ。だから……どっかに行ったりなんてしないから……」

 私がそう答える。

 正直、私は焦っていた。この言葉が無責任だと、行ってから気づいた。

「そんな言葉だけじゃ……信じれないよ……」

 俯いたままの碧の声が、私に突き刺さる。


「ねえ、湊……まだ、なやんでるんだよね……?

 流石に湊でも……ぼーっとしてなきゃあんな事故起こさないでしょ?」

 碧の言葉に、私は小さく頷く。

 まだ少し、体が痛む。


「いつも湊が悩むのは、他の誰かのためだから……私は、湊を支えたい。悩むってことは、嫌だとか苦しいとかそんな感情と向き合ってでも、やりたいことがあるってことでしょ?」

 碧が、その手を私の手にかぶせた。

「うん。やらなきゃいけないことがあるんだ……」

 私の言葉。

 それに応えるように、碧の手は私の手を強く握る。


「正直、湊が迷うなんて珍しいよね……それほど、目を背けたいことなんでしょ?

 なら、湊はどうしたいの……?」

 碧の声は真剣だ。

 きっとそれは私と向き合おうとしているから。

 私の隣にいることを、湊が選んでくれてるから。


「私、立ち止まっているつもりはないんだ……ただ、進むのがすごく怖いだけ」

 そうだ。私と戦った人達が、どうして人を殺したりなんかするのか……知りたかった。

 許せるかどうかはわからないけど、きっと理由があると思うから……その理由を突き止めて、真っ直ぐに向き合いたかった。

 そのために、戦うはずだった。

 でも今は……戦うのが怖い。


「それなら……怖くなったら、私がいつでもとなりにいることを思い出して。私は湊がどうなっても……いつでもとなりにいるよ」

 力強く、碧が言う。

 決意とともに、言葉を放つ。


「もし、私が言葉を話せなくなったり、動けなくなったり、碧のこと、忘れちゃったとしても……?」

 私がそう言った。

 死にたくないと思っていたのは、碧と会えなくなるのが怖かったから。

 どんな私でも、碧は寄り添ってくれるのだろうか……


「うん。必ずとなりに行く。それは……約束だから」

 碧の声。

 私はもう大丈夫だ。そう、思えた。

「私も、絶対どっかにいったりなんてしないよ。これも……約束」

 私はそう返した。

 そう。私は勇気を取り戻したんだ。

 ずっと隣にいること。そう宣言した碧に、確かな勇気を感じたから、私も勇気を取り戻さないといけないんだ。


「じゃあ私……そろそろ帰るよ。なにかあったら……なにもなくても、いつでも通話して。私達、ずっと繋がってるから……」

 そういって、立ち去ってくる碧の背中は、やっぱりすこし辛そうだった。

「元気でね、傷、すぐ痛くなくなるといいね……」

 そう言って、碧は立ち去っていく。


 コツリコツリと廊下から聞こえる足跡が、完全に途絶えた後、私は自らのスマホに話しかけた。

「ねえ、私やるよ」

 その声に、スマホは何の反応も示さなかった。

「もう、死ぬのは怖くない。碧はとなりにいるって言ってくれた。そして、私は死なない。きっと私の心で……碧が支えてくれるッ!」

 その言葉に隠っていたのは、不安を打ち消す自信。


「ねえ、このサイトが開くってことは、私はまだ神装巫女なんでしょ?

 なら……私には、戦う使命が残っているはず」

 神装巫女の専用サイトを開きながら、私は言った。

「いい加減にしろ……君にこれ以上辛い運命を背負わせるわけには行かないんだ……」

 スマホの奥から響くその声は、真剣で、どこか弱弱しくかった。


「辛い運命なんかにならないよ……碧が支えてくれるから」

「だとしても……」

 そうタケルさんが言いかけたとき、コツコツと廊下から音が聞こえた。

 ドアをノックする音が聞こえる。

「どうぞ」


 ドアを開ける音が聞こえる。

 私の目に映ったのは、赤い花束を持った少年。

 野球部らしいユニフォームは汚れていて、部活帰りであることを感じさせる。

 その筋肉のついた男らしい体には、花束は似合わない。

 彼の名は、瀬田はじめ。


「……どうして来たの」

 私が思わずそう言うと、はじめは少し辛そうな顔で俯むいた。

「仲直りしようってやつの親友の見舞いにも行けないようじゃ……本気じゃないって思われちまうから」

 そう少し気まずそうに言っていた。


「碧がお前のこと話してたよ……困ってるんだろ?」

 はじめが差し入れを入れた紙袋をおいて、話しかける。

「なに、いつの間に碧と会ってたの……?」

 私が少しイライラしながら聞いた。碧も言ってくれればよかったのに、隠された気がした。


「土曜日だよ。聞いてないってことは、碧が話す暇がないって感じるほどお前が悩んでるように見えたってことか」

 はじめがそう言ったとき、私は思わず叫んでしまった。


「あんたに碧の何がわかるの!?」

 そのことばに驚いたはじめは、ただ一言ゴメンとだけ言って話題を切り替える。

「なあ、湊。悩んでるなら、俺も支えたい。一番困ってる碧を助けられなかったからさ……迷わず碧をかばえるお前みたいになりたいんだよ」

 はじめの口から出る言葉が全て真剣なのはわかっている。それでも、この心には怒りがよぎる。


「今更支えるって、一番支えられるべき子を支えられなかったくせに……」

 私の言葉を、ただ真剣な顔のままはじめは受けとめていた。

「俺はお前に憧れていたんだよ……お前みたいに迷わず人を守れる強さがほしくて……そのためにはまず傷つけたままじゃ居られなくて、何とかしようと一歩踏み出すのに……七年もかかった。

 でも、俺は踏み出したんだ。もう二度と振り出しに戻りたくない……

 だから、俺はお前達を支え続けたいんだ。」

 はじめの言葉、そこに秘められた決意は、私にも感じ取れる。

「勝手にすれば」

 それでも認められなくて、思わず突き放してしまった。


「ああ、だから俺はお前達を支える。

 お前が悩むくらい重大なことなんだろ?なんでも言ってくれよ」

「大丈夫。碧が支えてくれる。応援してくれる。隣にいてくれるから」

 初めて今日、はじめの言葉にまともに応えた気がする。

 あまりにもバカ正直な一言一句に、心を動かされている私が居た。


「なあ、俺もお前を応援していいか?隣にいる資格はないかもしれないけど……」

「勝手にしなよ。そろそろ帰って」

 そういうと、はじめは花をおいて帰ろうと私に背中を向ける。


「碧のこと、胸を張って友達と言えるようになったらあんたのことも友達って認めるよ……だから、そんくらいはちゃんとやって」

 帰って行くはじめの背中に、私は語りかける。

「ああ、必ず」

 そうとだけ言って、はじめは帰って言った。


 あんないけ好かないやつまで、過去と向き合って踏み出してる。

 それなのに私が踏み出さない道理は、きっとないはず。

 神装巫女のサイトを見ると、救援要請の通知が来ていた。

 それも、かなり近くに。


「私も踏み出そう。タケルさん」

 私はそう言った。

 自信満々に、胸を張って。

「正気か?湊、君が踏み出すのは死地かもしれないぞ?」

 タケルさんの心配そうな声に、私は頷いた。


「きっと死地でも大丈夫。約束が私を殺さないよ」

 私がそう言ったとき、タケルさんは呆れてため息を吐いた。


「もう何を言っても無駄か……君の決断だ。私も全力でサポートする。

 だから、後悔するなよ」

 その言葉に深く頷き、私は戦うために世界を移動する。

 肉体の傷は世界間の移動の時に引き継がれない。

 だから、今は傷を気にせず戦える。


 さあ、行くぞ。

 私は剣を構えた。

 戦うために、力強く構えた。

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