手を繋ごう

 時間ぴったり、私は碧との待ち合わせの場所、駅前の犬の銅像の下、私は碧に手を振った。

 碧は私に気づくと小さく手を振り返し、私にゆっくり歩みよった。

「湊、今日は遅刻しなかったんだね」

「そんな私がまるで遅刻常習犯みたいな……」

「違うの?」

 碧の言葉に言い返せなくて黙ってると、碧はクスリと笑った。


「で、湊。どこか行きたいところある?」

 碧がそう言いながら、私と手を繋ごうとする。

 握るその手は温かくて、ずっとずっと掴んでいたい。

「……碧が行きたいところなら、どこでもいいよ」

 私は、自然にそう答えた。いつものとおり答えた。

 でも、碧は膨れ顔を浮かべながら私の手をより強く握る。


「私の行きたいところじゃダメなの。今日は湊のためなんだから……」

 振りほどけないほどギュッと握られた手から伝わるのは、体温と優しさ。

 そうだ。碧は私のために、向き合えなくなってしまった私に向き合ってくれてる。

 理由なんてわからないとしても、私が傷ついているというそれだけで、私を支えてくれる親友がいる。


 だから私は、死ぬのが怖かったんだ……

 この優しい手を忘れてしまうのが怖かった。そのために戦い始めたはずなのに……

「碧。遊園地に……行こうか。観覧車に乗ろう」

 そこなら、長い間二人だけでいられるから。

「うん」

 碧は頷いて、私の手に指をからめる。


 歩いていくたび、町並みは移りゆく。

 でも、隣に君がいる景色だけは変わりはしない。

 きっと、私がどんな選択をしても、碧は隣にいてくれる。

 だから、本当は怖いなんて思うべきじゃないんだ。

 寄り添っていく碧に応えるために、私は進まなきゃ、戦わなきゃならないんだ。

 そう思うのに、私は踏み出せないまま。




「で、……どうする?観覧車乗る?」

 遊園地にたどり着いてすぐ、碧が聞く。

「いや……夜にしよう」

 夜まで、ずっと二人でいたい。だから私は、そう返した。

「わかった。うん、夜まで何する?」

「いろいろ乗ろう……夜まで、沢山楽しもう」

 そう私が言うと、碧が小さく微笑んだ。


「湊と二人で……ね?」

「うん、二人で……」

 手を握り合って、とりあえずいろいろ回ってみる。




「お土産屋さん、ここかぁ……」

 少し迷いながらもたどり着いて、碧がため息混じりに言う。

 沢山遊んで、笑ったり騒いだりしてもうすぐ夜。

 観覧車に乗る前に、記念にいろいろ買っておきたい。

「いろいろあるね、このペンとか……朱音にあげよっかな」

 私がペンを手に取って、かごに入れる。

 その時、碧が私の肩をつついた。


「湊、この帽子おしゃれじゃない?」

 そう言って、碧は私に帽子をかぶせた。

 真っ黒なキャップに、遊園地のロゴのシルエットが白くプリントされている。

 シンプルながら、


「どう?」

 私が帽子の位置を直しながら尋ねると、碧はスマホを取り出し写真を撮った。

「うん、いい感じ」

 碧は写真を見せながら言う。


 私もスマホを取り出して、すぐにしまった。

「もうこんな時間か……」

 そんなことを言ってごまかす。

 本当は、スマホを見て寂しさを思い出しただけ。

 碧から離れて家に帰ってしまったら、また一人なのだろうか。


「その帽子、買ったげるよ。そろそろレジ行く?」

 碧がそう言った。

 私は帽子を外してよく見つめる。

 そして、帽子を碧に一度預けた。

「うん。ありがと……そっちも選び終わったの?」

 私の言葉に、碧はかごの中を見せることで返す。

「うわ、いっぱい。そういやお金持ちだった……」

 碧と買い物に行く度に、こんな気持ちになる。


 買い物を終え、碧から渡された帽子をかぶった。

 そして、光り輝く観覧車に向かう。

 外は完全に夜。

 空気は少し冷えるが、繋いだ手のぬくもりがそれを抑えてくれる。


 チケットを買って、列に並ぶ。

「……二人で観覧車って、なんかいいよね」

 碧が急に言いだした。

「そうだね……二人、だもんね」

 私がきゅっと強く手を握る。


「あ、順番来たよ」

 碧の声とともにゴンドラに乗り込んだ。


 動き出すゴンドラ。

 私のとなりに座り、碧は私の手に指を絡ませたまま話し始める。

「湊……はじめくんと会いに行くとき、一緒に来てくれたよね……」

 ゆっくりと話す碧、考えて考えて、言葉を選びながら話しているんだろうな。

 その選んだ言葉で、どんな思いを伝える気なんだろう……


「私……だから勇気を出せたんだよ……本当は、一人じゃ会うこともできないの」

 碧の言葉。それは少し弱弱しくて、さみしそうだった。

「そんなことない。碧は強い子だよ……」

 そう私が言うけれど、碧は首を振った。


「私は弱いよ……でもね、湊がとなりに居るだけで、私、強くなれる。何でも出来る気がするんだ。

 だから、あの時のいじめにも……耐えられた」

 碧の顔は、真剣で……少しその目は潤んでいた。

 頬は見とれてしまうほどの綺麗な薄紅色。

 小さく、口を開く。


「私、湊が好き……大好き!だから……私は湊のとなりにいたい……湊が迷ったときも、躓いたときもとなりにいたい。私、湊にたくさん助けられたから、たくさん湊を助けたいんだ……」

 少し、私は驚いてしまった。

 次第に、何故か涙がこみ上げてくる。

 好きって言われて嬉しかった。となりにいていいと言われた気がした。


「私も、碧が好きだよ……」

 照れくさい。お互いの体温が、絡めた指を通じて伝わってくる。

「湊……いっぱい悩んだ末に選んだことなら、私はそれを支えたいよ。だから……悩んだらいつでも言って……私にできることなら、なんでもするから……」


「碧……その言葉だけで、私は十分助けられたよ……お互い帰ったら通話しない?寝るまでずっと話さない?」

 碧はきっと、私の寂しさを強い輝きで払ってくれる。

「うん。いつまでも、ずっと話そう」

 笑いかけてくれた碧に、私は抱きついた。

 やさしく、抱き返してくれた。


 気がつけば、もう少しで降りないといけない。

 すこし寂しいけど大丈夫。帰ったら……またずっと話せるから。

 遊園地を出て、碧にもらった帽子をかぶったまま、私は家へと帰る。

 碧と一緒に歩く横断歩道。


「ねえ碧。好きって言ってくれて……ありがとう……」

 私がそう言うと、となりの碧が恥ずかしそうに目をそらした。

 そして、小さく頷いた。


 そのとき、風が吹いた。

 帽子が飛んでいく。風に吹かれて、頭を抜けて飛んでいく。

 ちょうど私の、後ろに。

 思い出のものだ。掴まないと。

 そう言って帽子を追いかけて飛び出した。


 右耳から聞こえエンジン音。

 私はトラックにひかれて吹き飛ばされて、倒れてしまった。

「湊っ!」

 碧が駆けだして、私の体に触れる。

 トラックから飛び出したおじさんも「大丈夫ですか」と声をかける。


 碧が泣いていた。

 声にならない声で、大げさなくらいに泣いていた。

 大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、私は立ちあがろうとする。

 だが、立てない。

 立とうとすると転んでしまうのだ。

 激痛が、膝に走る。


 泣きながらも、碧は私の体を車道から歩道に引きずり出す。

 トラックの人は速やかに救急車を呼んでくれた。

 しかし……私は情けない。

 碧のことが好きだと言ったその日に、碧を泣かせちゃうなんて……


 もっと碧のことを愛していたい。

 碧のえ顔だけをずっと見ていたい。

 碧が悲しむことより悲しいことは……私にはない。

 待っていると、救急車が来た。

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