剣と剣、決戦
「本当に、戦うんだな。戦う意思はあるんだな?」
なんどもそうタケルさんが問う。
不安そうに、心配そうに話しかけていた。
「大丈夫。私は、誰かを助ける私で居られるために、碧の隣の私で居られるために戦うよ」
そうとだけ言って、私は走り出す。
「あれは……」
走った先に見たものは、黒い鎧の神装巫女。
見覚えがある。確か……深山光と名乗っていた。
そして、地に倒れる二人の少女の姿。
多分、片方はレイちゃん。
もう一人は……知らない人。
剣を一振り右手に携え、今にも振るわんと掲げていた。
私は走る。
速く、速く。
救うために。
光が剣を掲げた。
そして、倒れたぶった切ろうと強く振るう。
私は飛び出す。
刀を掲げ、少女の目の前で立ち止まる。
刀の反りに手を添えて、光の剣を受け止めた。
「湊……さん?」
レイちゃんのかすれた声に、私は小さく頷いた。
「守るよ」と、口に出さずとも伝えるために
「一度……見た顔だ」
光がそう言って、後ろに飛んで距離をとった。
「光……って名前だったよね。なんでこんなことをするか知りたいの」
私が剣を両手で構えながら聞いた。
光は剣を捨て、近くの水道を右腕で剣に変える。
「なんどでも言おう。友のためだッ!」
高らかな、宣言だった。声が裏返るほどに。
光は大地を蹴る。
一瞬で私に詰め寄り右手のその剣を振り降ろす。
咄嗟に身をかわすも、反撃できるだけの隙はない。
閃光のごとく降り注ぐ光の二撃目。
それを私は剣で弾く。
生まれた隙に峰で叩きこむ逆胴。
だが、光の左腕が私の剣を掴んだ。
「白刃取り……でもッ!」
光の腹を強く蹴る。
吹き飛ぶ光の体。
瓦礫の中を転がり、地面に倒れ込む。
「恐らくやつの力も限界に近い……勝てるぞッ!湊ッ!」
「うんッ!」
タケルさんの言葉に応え、私は走る。
倒れ込む光に向かって全速で。
その瞬間だった。
「ひっ……!」
私を突然襲った水流の刃。
かわしてもかわしきれず私の左腕を奪う。
目の前に映るのは、地に伏せながらも剣を向ける光の姿。
私を襲う突きさすような激痛に一瞬立ち止まりそうになる。
「湊ッ!」
タケルさんの叫び声を無視して私は右手の剣を掲げる。
「大丈夫。怯まないッ!」
そう叫んで振り下ろす刃。
狙うは光の右腕。
触れた物を剣に変える力を使えなくして、戦闘不能をねらおう。
「負けるものか……」
光の声は弱弱しく、その体は一歩も動かせない。
私が振り下ろす剣を、かわすすべもない。
だが、私が切ったのは光ではなかった。
橙色に光る鉄塊。
それが空から振ってきて光を守ったのだ。
「これはッ!」
私が咄嗟に上を見上げると、そこにいたのは御影ひなた。
両腕がなく、宙を浮く鉄塊に座り込み、その回りをもう一つの鉄塊が飛んでいる。
私の心臓が強く重い拍をうつ。
「なんで仲間を守ろうと思えるのに、人を殺したりするのッ!」
私は剣を構えながら叫んだ。
叫んだ後でわかった。私はこの子を許せていない。
どんな理由があっても、許せないかもしれない。
「黙れ……うざったいッ!」
そうとだけ言ってひなたが放つのは、極太の光線。
私を一直線に狙う光の束。
眩しくて、私は目をつむる。
ダッと何かが走る音がした。
ドジャドジャと何かが崩れて落ちる音がした。
目を開く、私の目の前にレイちゃんがいた。
ひなたの鉄塊は残り一つ。地上に降りて、最後の鉄塊をレイちゃんに向けている。
「任せてください、湊さん。ひなたちゃんの光は、私の力で跳ね返せる」
そう言って、レイちゃんはひなたと向き合った。
「レイちゃん……」
私がそう言っても、レイちゃんは振り向かない。
「手を出さないでください……これは、私がなんとかしたいの」
そう言って、ひなたを見つめ続けるばかり。
「お前の相手は……私だ」
そんな声が聞こえた。
光の声だ。
息も絶え絶えの、かすれた声。
全身埃まみれの鎧に包まれていた。
そんな姿にまでなって、光はどうして戦おうと思うのか。
「友情か……」
その友情を理由に、何を為そうとしているのか。
その行動に、私はどう向き合うのか、つきとめないといけない。
「戦えるの?」
私がそう聞くと、光は小さく笑う。
「確かに私は疲労困憊、私の力も制限時間が近い」
光はそう言いながら、ひなたの鉄塊のかけらに右手で触れた。
「だが、お前も片腕欠損の手負い……私とお前は剣と剣……負ける道理などあるわけない」
鉄塊の欠片は、夕日のような淡い光を放つビームサーベルに姿を変える。
「名前を……聞こう」
光は刃を両手で構え、足は強く地面を踏みしめる。
戦いの空気が辺りに充満する中で、光はそう言った。
「鳩羽湊。いくよ」
私がそう宣言すると、光は「覚えておくよ」と呟いた。
お互い、剣を構える。
策も何もない、ただの斬り合いのために。
数秒の膠着状態のあと、私は静かに剣を振り下ろした。
だが、その切っ先は切り落とされる。
光の刃によって、切り落とされた。
剣を投げ捨て、もう一本の剣を生成。
ただ真っ直ぐに、突く。
その剣を、光の左手が受け止める。
左手から滴る血が、瓦礫の隙間に貯まっていった。
「私の番だッ!」
そう叫んだ光の声。
それに合わせるように斬りかかる斬撃。
かわしきれず、胸には横一文字の傷がのこる。
「くっ……」
そう呻いてる隙にも、光は追撃を差し込んでくる。
縦一文字に切り裂く斬撃。
胸の傷は、十字となり、私を痛めつける。
それでも、怯むものか。
私は足を踏み出す。
足を踏み出して、拳を振るう。
だが、吹き飛ばされたのは私の方だ。
何が起きた……?一瞬理解できなかった。
胸を狙った私の拳よりも早く、私の顔面に拳が飛んだのだ。
土埃の中、私は立ちあがった。
視界もはっきりしない中で、光の拳は飛んでくる。
真っ直ぐな左ストレート。
あまりにもそれは、力強い。
左手で、受け止めようとした。
だが、容赦なく私の顔面を拳が打つ。
そうだ、私の左腕はもうない。
地に伏せて倒れる体を、なんとか持ち上げる。
「今だッ!」
好機とみて、光は剣とともに突進。
地面を蹴って、私の腹を貫かんとする。
まさに全身全霊ともいうに相応しい気迫。
気圧されそうだ……そう思っても、私は揺らがずに剣を構える。
光の切っ先が、私を狙う。
それをかわすも間一髪。
「あぶなかった」
一言漏らして私は光を蹴る。
光の突進の力も、私の本気の力も、全て乗せて蹴る。
これが、私の全力!
「クソッ!剣の……命を……ッ!」
そう言いながら吹き飛ぶ光の体。
マンションの壁にぶつかると、埃をまき散らして見えなくなった。
私は、その埃に向かって突き進む。
埃が止んだその時、深山光がそこに居た。
鎧は砕け散って、剥がれていく。
神装は解除され、真っ黒な制服姿に戻っていく。
私は、ゆっくりと光に歩み寄る。
光の話を聞くために。
「なあ、スサノオ……まだ、戦えるよな?」
そう、手に持ったスマホに光は話しかけた。
「少し……無茶をしよう」
そのスマホは、渋く、強い声で返答する。
光は、再度神装を纏った。
だが、鎧を纏えたのは右腕だけ。
近くの石ころを剣にしても、それは小さくて弱弱しい。
「だぁッ!」
それでも光は振るう。
その剣は、とどかない。
それが、私には悲しく思える。
どうして……かな。
自分に問うも、答えはわからないまま。
剣劇で、私は光の右腕を切り落とした。
そして、剣を突きつける。
「剣……失格だ」
そう言って、光は俯いている。
どうして、この人は自分のことを剣と名乗るのか。
なんで、戦うのか……聞きたいことは、いくつもある。
だけど、最初に喉元を過ぎた言葉は……もっともっと単純な言葉だった。
「涙……?」
光の顎から零れ落ちるそれを、私はそう呼んだ。
「泣いてなんかいない……」
酷く震えた泣き声混じりに、光はそう言っていた。
神装巫女 みけさんば @mikesannba
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