鏡の少女

 目が覚める。

 瓦礫の中に投げ出された私は、目を覚ました。

 何が起きたのか。私はどうなったのか。

 そういえば、深山光は?

 私と戦ったあの女の子はどこに行ったのだろう。


 そう思った瞬間。自分がもたれかかっていたビルが突然消滅した。


 支えをなくして倒れる自分の体。

 空を見上げると、そこにいたのはあまりにも巨大な剣を振るう光。

 そして……それを空中でかわす8歳ほどの小さな女の娘。


 腰につけられた、ロケットのノズルスカートの用な部品で、彼女は自在に宙を舞っている。

 そして、一際目立つのは、首から胸に提げた巨大な鏡。月明かりのように柔らかく輝いていた。


 鏡の少女が両腕を前に突き出す。

 その腕から、何か金属製の物がキラリと光を伴い放たれていく。

 巧みに光はそれをかわす。

 地に刺さったそれをよく見ると、それもまた小さな鏡。


 その鏡たつから光は放たれ、少女の胸の鏡に収束していく。

 紫色に光る少女の胸から、放たれるは巨大なレーザー。

 大剣で光は自らの身を守るが、その大剣が次第に熔けて崩れていく。


 光は大剣を地面に突き刺し、手放して跳びあがった。

 大剣はビルの形へと戻り、壁となって光の身を守る。


 光はそのビルの頂上に着地し、そこからさらに天高く跳びあがる。そして、鏡の少女に襲い掛かった。

 跳びあがる衝撃で、ビルの屋上が深くくぼむ。

 その際舞い散った瓦礫が、光の手の中で小さなナイフになる。


 だが小さなナイフでは一寸とどかない。距離が足りない

 その時。その瞬間。

 光は神装備を解除する。

 放たれる斬撃が鏡の少女を襲う。

 胸の鏡が真っ二つ。

 少女の着るインナーが破け、綺麗な白い肌から血がつたった。


 地面に落ちる少女と光。

 先に立ちあがったのは、光だった。

 再々度装着した神装。

 瓦礫を剣に変え、鏡の少女に歩み寄る。

 私は、どうすれば良いだろうか。

 いま飛び出せば守れるかもしれない。


 それでも、足がすくむ。神装を纏って百人力の機動力を得ても、動けないから意味がない。

 ただ俯いていたそのとき、右腕から声が響く。

 これでもかというくらいの、大声量で響いていく。


「私が居るぞ!深山光ッ!私とその神装を纏う物が、ここにまだ残っている。背を向けて良いのか?

 背を向ければ、私達の剣が君を襲うッ!!!」

 一瞬、光は足を止める。

 だが、それは一瞬のみ。

「ハッタリを……」

 そう呟いて、また足を進める。

 だが、弱弱しく鏡の少女が右手を突き出したその瞬間。

 震える右手の前で、光の神装が解けた。


神通力エネルギー……切れか」

 光は小さく呟くと、弱弱しく飛ぶ鏡の少女の攻撃を、生身の体でかわす。

 そして、元の世界に帰って行く。

 なにもわからないまま敗北した私を残して、何も言わず立ち去っていく。


 それを引き留めようと走り出すが、光の姿はもう消えた。虚空へと、虚しく伸ばしただけ。

 となりから弱弱しい呼吸が聞こえる。

 私は空を切った手を、代わりに少女に差し伸べる。

 まず最初に、これがやれていれば……

 本当は人を助けたかったはずなのに、私は、光に手を伸ばしてしまった。

 追ってしまった。助けるよりも先に。


 その手を受け取って、少女は立ちあがる。

 鎧の冷たさに、私の心もまた冷える。

 なんと、声をかければ良いのだろうか、まずは……

「ありがとう……ございます」

 鏡の少女がやせ我慢の笑顔で笑いかける。

 その透明な声は、切ない物語のような情景を感じさせた。


「私こそ、ありがとう」

 そうだ、真っ先に言うべき言葉はこれだ。

 先を越されてしまった。

 きっと、この娘が戦っていたから、私はあの後、死なずに済んだんだ。


「……大丈夫ですか。痛くはありませんか……?」

 神装を解きながら、鏡の少女は私に話した。

 私も、同じように神装を解く。

 きっと、この娘は大丈夫。真っ先にありがとうと言える子だから。


「大丈夫。痛くなんかない。どこも悪くなんかないよ」

 私はそう返す。

 いつものように笑いながら、そう言った。

 そして、私は聞かなくちゃならないことがあることに気がつく。

「名前は……なんて言うの?」

御調みつきレイ、なんかていねいないいかたに使う御に、調べるって書いて『つき』、あとはカタカナのレイです……初めまして」

 恩人の名前は、覚えないといけない。

 命を救ってくれた大切な人だから、また会ったときその想いをこめて名前を呼べるように。


「私の名前は鳩羽湊。はじめまして、よろしくね」

 お互い、ボロボロの手で握手をする。

 元の世界に戻れば治っているとはいえ、やはり痛々しい。

 こんな小さな娘が、戦っているなんて。

 やはり、理由があるんだろうか。

 戦うと決めた理由が……


「じゃあ、さよなら」

 レイちゃんが元の世界に帰って行く。

 まだ話したいことがあったけれど、それでも私は引き留めず、手を振って見送った。


「では、私達も帰ろう。元の世界に……」

 胸からスマホが、そう言った。

 私達も元に戻らなければならない。

 元に戻れば、何も変わりない風景が待っている。

 碧が隣にいて、私と手を繋いでいる。

 だから私は、碧を守るために、きっとまた戦わなければならない。

 怖くても、戦わなければならない。




 無事、元の世界に戻った。

「湊、大丈夫?」

 となりを歩いていた碧が、突然問いかけてきた。

「大丈夫って……?」

「はじめくんのこと、心のそこから納得してないでしょ?私も、ほんとのところは同じ気持ちなんだけど……」

 碧が、目を背けながら言った。

 おとなしい子だから、あまり、人の心を推し量るようなことは言いたくないのだろう。


「大丈夫。私は、碧のしたいことを手伝うだけだよ」

 私が微笑みかけながらそう言うと、碧は、少し黙ってしまった。

 なにか言いたげな目がこちらを見つめる。

 目を合わせようとすると、そっぽを向く。


 そんな空気のまま、私は家に着いた。

 部屋に入ると、スマホが話しかけてくる。


「君は大丈夫を気軽に使いすぎだ」

「……タケルさんまた説教?」

「神を愛称で言うのもどうなんだ?まあ、別に良いが」

 それよりも、とタケルさんは話を転換する。

「いくつか、あの女と剣を交えて気になることがあったんだ」

「深山光……って名乗ってたよね」

 私はその名前を思い出す。

 いや、忘れられない。

 その名前を自分で放った途端、全身に悪寒が走った。

 名前を呼んだだけなのに、吸い込まれそうなほど怖い。


「まず光は、鏡の女……レイを殺さなかった。神装が解けても、神の力で切り裂けたハズなのに……」

「三回しか切れないんでしょ?一回使ってたんじゃないの?私の見てないときに……」

 そう私が言うと、「そうだと思うのだが……」といいながら、タケルさんは深く考え込んでいた。


「まあいい、二つ目だ。彼女、圧倒的な力と戦闘センスを持ちながらも……神装との適合力が著しく低い。長時間適合できないほか、私達の体が剣にされた際も神の力の乱れを感じた。ハッタリで微々たる時間を稼ぐだけで、その神装は解けてしまった」

「……つまり、どういうこと?」

 意味がわからないと言うより、そこからタケルさんが何を考えたのか知りたくて、聞き返した。

「彼女は神装巫女に向いていない。ということだ。素質的な精神的な問題か……本来、安定した精神の素質のあるものが扱えば、あの世界の時間で丸三日戦える代物のハズ……」


 もし、彼女の精神に問題があって、それで神装が扱え切れていないなら。もし、殺さなかった理由が心にあるのなら……

 きっとそれは、理由があって戦いたくもないのに戦っていると言うこと……

 友のためと光は言っていた。


 もし、また戦うときがきたら、私はこの恐怖を断ち切って、戦う理由を聞けるかな。

 そうしたら、何か変わるだろうか。

 そう思いながら、それがなしえなかった無力な右手を見つめる。


「三つ目だ。あの女は触れた物を媒介に、レイは周囲にはびこる神通力を鏡で集めて放ち戦う」

 私は静かに唾を飲んだ。

 次ぎに来る言葉がわかってしまったからだ。

「私達は、私の神装しんそうは……何を剣と変えている?」

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