剣と剣、遭遇

 この色のない世界で、私は神装しんそうを纏う。

 碧の願いを守るために、私は戦うと決めた。

 目の前を覆うのは、巨大な象の化け物。

 襲い掛かるは巨大な足。

 それをかわし私は跳びあがる。


 巨大な象のその体のさらに上。

 高く高く跳びあがった空中で、私は右手を天に掲げる。

 右手が光輝き、現れるは巨大な刃。

 巨象の体を真っ二つにするように打ちつけるが……


「刃が、通らない!」

 自分で驚いた。

 力が足りない。

 この象がそれほど堅いのか……それとも……

「神装の出力が低下している。君の心に乱れが生じているようだ。神装はつまり私と君の心を融合させること、今のままでは勝てないぞ!」

 右腕から声が答えを示す。


「……なんで、なんで私が迷ってるの!?」

 戸惑いを隠しきれず、なんどもなんども刀を敵に打ちつける。

「駄目だ、そんな無闇矢鱈では!君のその刃を通すことはできない!」

 その声も耳に入らず、剣を天高く掲げ、精一杯をこめて私は打ちつけた。


「……どうして、どうして!」

 傷一つつかない巨象の背中に、汗をこぼす。

 自分が情けなくてたまらない。

 守ると決めたはずなのに、私はまだ、自らの勝手な想いに振り回されているんだ。


 象が暴れる。

 私は体から振り落とされる。

 真っ逆さまに、落ちていく。

 なんとか体を翻して着地するも、見上げると襲い掛かる象の足。

 ここで死ぬのか。未練を残して死ぬのか。

 それは嫌だと思いながらも、落下の衝撃で痺れた足が私を押しとどめる。


 勢いよく落とされる足に、死を覚悟した次の瞬間。

 私の神装が、突然解除された。

 ほぼ同時に、象の体が切り裂かれる。

「ヤマトタケルさん……」

 守ってくれたのだ。そういえば、始めてこの世界に入った時もこの人に守られた。


「神装を強制解除して、私の力を使った。神装は私の力を纏うモノ……纏ったままでは力を外に放つことなどできないからな」

 動けない私を助けた恩人は、静かに、だが力強く話し始めた。


「今、君を戦わせるのは、あまりに残酷だ……だが、私独りでは、この世界で戦えない。

 力を貸して……くれないか?少し、考えがあるんだ」

 右腕から鳴る真剣な声。

「……今の私でも、戦える?」

「ああ。私が、君をサポートする。だから、君がどうしたいか、選べ。私はそれに従おう。君が友のために戦うように、私は君のために君と戦おう!」

 迷い一つないその声に、私は小さく頷いた。

 頭ではわかっている。戦うしかないんだ。

 あんなやつを護れるのか、ずっと想っていた。

 だけど、私は護る。戦うんだ。

 碧が前を見るために。


「私、戦うよ。この力で戦えるかわからないけど……」

「大丈夫だ鳩羽湊。考えがあると言っただろう!」

 私は立ちあがる。

 自信なんてない。それでも、立ちあがる。

 それは、自分が出した答え。嫌がりながらも、苦しみながらも、選んだ答え。


「神装を纏え。そして走れ!」

 右腕が力強く指示をする。

 巨象の体の下を抜け、その身に覆い被さった陰から解放される。


「身を翻して、跳べ!」

 高く、高く跳びあがる。

 その下には、再生済みの象の背中があった。


「神装解除だ!」

 鎧が消え、生身の体が空から落ちる。

 象の背中に叩きつけられそうになった瞬間。

 ヤマトタケルさんの斬撃が、象の背中に深い傷をつけた。


「今だ!」

 私は再度神装を纏う。

 そして、その力で生み出した剣を、先ほどの傷に叩きつける。

 傷が再生する前に、素早く、力強く傷つける。


 象の体は真っ二つ。

 断末魔の悲鳴が辺りに響き渡り、霧となって、消えていった。


「なんとか、終わった……」

 そう言った次の瞬間。

 私は背中から視線を感じた。

 振り向くと、そこに居たのは黒い鎧の少女。

 私と同じか、一つ、二つ上くらいの少女が、電柱の上に佇んでいた。

「……誰?」


 私がそう小さく呟くと、黒い鎧の少女は右手でむしり取った電線を剣の形に変え、電柱から飛び降りる。

 舞い散る砂埃の中、私は少女の姿を一瞬見失った。

「鳩羽湊!後ろだ!」

 右腕からの声に従い振り向く。

 その瞬間、少女は電光を纏う斬撃を叩きつけた。

 それをとっさにかわし、私は右手の剣をよりコンパクトに生成し直した。


「君は誰だ!何を求めて私達を切らんとする!」

 ヤマトタケルが問いかける

「私は深山光みやまひかる。友の絆に命を賭す者。そしてその想いを世界に刻む、ただ一振りの漆黒の剣ッ!」

 その答えとともに、光と名乗った少女は私に剣を振り下ろす。


 体を大きく揺らして交わすことに精一杯で、反撃はおろかどうすればいいかすらもわからない。

 混乱の中で光の剣も交わしきれず、咄嗟に受け止めるも、力強い光の剣に体を吹き飛ばされた。

 立ちあがろうにも、光の剣から放たれた電撃に、体が麻痺して立ちあがれない。


 近づいていく光に、ボロボロの顔を向けても、光は止まらずこちらに向かう。

 その光の目が、よく見ると少し悲しそうなのは、気のせいだろうか。

「神装を解け」

 右腕の声に従い、自らの神装を解く。

 そして、神の力。斬撃が光を襲った。

「最後の一撃……あたってくれぇッ!」

 胸ポケットのスマホから、鳴り響くのは叫び声にもにた願い。


 舞い上がる砂埃。

 未だ動かない私の体。

 怖い。今まで覚悟してきたどの死よりも、恐ろしい。

 何故だ。

 まだあの少女が、砂埃の中歩いているからか?

 神装を解き、知らない高校の制服を着て、悪魔のような少女は私の元へゆっくりと足を進める。

「神の力の斬撃を、同じ神の力で相殺したのか……」

 胸から鳴る声が、絶望とも呼べる諦めを感じさせる声で、呟く。


 再度神装を纏った光。

 ゆっくり、ゆっくりと私に近づく足取りは、恐ろしいほど綺麗で、逞しい。

 私ももう一度神装を纏った。

「ここで終わるもんか……」

 動かない体でも、右手だけ、無理矢理伸ばして刀を突きつける。


「……良い気迫だ。だが……お前は不憫だったようだ」

 光はその右腕で、私の剣を強く握りしめる。

 剣は分解され、光の手の中で別の剣と変わっていく。

「……奇妙な力だ。私の力とは似て非なる……その力は何を媒体に発動している?」

 光が私から奪った剣を見ながら問いかけた。

 そして、剣を投げ捨て、私の胸に手を当てる。

 私から奪った剣は霧となって消え去った……


 意識が、薄れていく。

 体の感覚が少しずつなくなっていく。

 私の体が、分解され、再構築されていく。

 胸に当てられた手を、引き剥がそうにもその手はもうない。

 分解されてしまったのだ。


 睨みつけようとその顔を見ると、やはり、その顔は悲しそうにしているんだ。

 涙を流しているわけじゃない。

 なら、なぜそう思うんだろう。

 その目が、自殺寸前の乙女のように潤んで見えるのは、なぜだろう。


 なんで、悲しいのに、苦しいのに、あの娘は戦うの?

 嫌だ。それがわからないまま。

 消えてなくなるのは、嫌だ。

 そう思っても、残酷にも運命は味方せず、意識が消えていく。


 薄れていく中で、私は一瞬、夢を見た気がした。

 病気の友のために、毎日毎日、健気に病院に通う少女の夢。

 なんでもない、普通の少女の夢……


 そんな夢さえ藻屑と消え、私の意識はプツリと途絶えた。

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