ゴブリンと叡智の少女

古朗伍

序章 叡智を求める者たち

第1話 叡智の少女ゼウス

 ずっと同じ景色を見ている。

 わたくしにとっての世界は、この“鳥籠”と手の届かない小さな窓から見える外の世界だけだった。

 鳥籠の中には世界各地から集めた高貴な書物。歴史書、魔導書、エルフの秘書。

 ありとあらゆる知識を手に入れろと言わんばかりのソレらを、読むことでしかわたくしの存在価値は認められていない様だった。


「知識は戻ったか?」


 鳥籠の扉が開き、そこからわたくしをここに押し込めたエルフの長がそんな事を言いながら入ってくる。


「戻った? 貴方達はわたくしに何を求めているの?」


 “与える”ではなく“戻った”と聞いてくる事に毎回違和感を覚える。


「叡智だ。ゼウス・オリンよ。我々に叡智を与えろ」

「……意味がわからないわ。わたくしは自分が何者なのかも知らないのに」

「お前は知らなくとも我々は知っている。もう、手の届く所まで来ているのだ。世界の叡智をこの手に納め、我々エルフが世界をコントロールする」

「恥ずかしい人達。わたくしは何も知らないわ。人違いよ」

「いいや、お前は間違いなく我々の求める『叡智』だ」


 そう言ってエルフの長は踵を返す。


「何百、何千年と待ってやるぞ。我らエルフが種の生涯を費やしてでもお前の『叡智』を手に入れる」


 鳥籠の扉が再び閉じた。






「このきたねぇゴブリンがよぉ」


 酔っぱらいの冒険者に眼を付けられた一匹のゴブリンは、路地へ蹴り入れられると這いつくばった。


「ったくよ。折角囮で使ってやったのに、ノコノコ帰ってくるじゃねぇよ。報酬が減るだろうが」

「へへ……ソイツハ無ェデスゼ、旦那」


 ゴブリンは蹴られようと、這いつくばろうと、反抗の眼を作らず、ただただ媚びを売る。


「ちょっと、止めなって」


 酔う冒険者の傍らにいる、娼婦がそんな事を口にした。


「こんなのに触ると靴が汚れちゃうわよ。それに、こんな事で時間を取られるのも勿体無いじゃない?」

「それもそうだなぁ」


 チンッとゴブリンの目の前に一枚の銅貨が投げられた。


「お前の取り分だ。取っとけ」

「へ……へへ。アリガトウゴザイマス、旦那」

「うわ……本当に気持ち悪い種族ね」

「おら! とっとと消えろ! 次に視界に入ったらぶっ殺すぞ!」

「マ、マタ、何カアッタラ声ヲカケテクダサイ」

「お前よりも犬の方がマシだよ!」


 そう言って、冒険者の男は娼婦と共に笑いながら雑踏に消えて言った。


「……ヤレヤレ、馬鹿ナ奴ラダゼ」


 ゴブリンは銅貨を拾うと、去って行く二人の背を見てニヤリと笑う。

 そして冒険者から蹴られた時に、くすねた金貨の袋と、娼婦の女が腰に着けていたブローチを懐から取り出した。


「銅貨モ、クレルナンテ、旦那ハ実ニ気前ガ良イ♪」


 彼は己の価値を誰よりも知っていた。

 小柄で醜悪な見た目の自分が、全うな扱いを受けるハズがない。しかし、彼はソレを改善するのではなく、己の生きる手段の一つとして使う事にしている。


「見下シテクレル方ガズット生キヤスイゼ」


 彼はボロボロの身なりだが街から街へ移動しては、媚びを売ってパーティーに一時的に参加。当然、扱いは底辺。大概はストレス発散のための殴られ係や囮に使われる。


 しかし、彼もそんな扱われ方には慣れている。殴られても防御する魔法は覚えてるし、汚物の中に飛び込んででも生き残る事に抵抗はない。

 そうやって、今日まで自分を見下した奴らからそれなりの“報酬”を奪ってはパーティーの離脱を繰り返していた。


 彼から持ち物を奪われたパーティーは、まさかゴブリンに出し抜かれたなどとは死んでも言えず、血眼になって彼を捜すも、小柄で汚ならしい所にも平然と逃げ込む彼を捕まえる事は出来なかった。


「闇市デ何カ喰ウカ」






「よう、ゴーマ。随分と羽振りが良さそうだな」


 人の賑わう裏通りで、食事を取っていたゴブリンは声をかけられて手を止めた。


「食事中ダゼ? エシュロンノ旦那」


 ゴブリンのゴーマに話しかけたのは、この街に来てから初めて利用した情報屋のエシュロンである。

 エシュロンは見た目で相手を選ばない。彼の中の価値は、金を払うか払わないかの二択だ。

 ゴーマとしては、逆にそれが信用できる。


「そう言うなよ。当たりだっただろ? ベネクトのパーティーは」

「マァナ。単細胞ハ扱イヤスイゼ」


 会話をしながら食事を再開。ゴーマは手に入れた物は出来るだけ消耗品に使いきる事にしているのだ。


「ソイツは良かった。良い話があるんだが……聞くだけ聞くか?」

「独リ言ニ、金ハ払ワネェヨ?」

「別に良いぜ。あっちこっちにバラ撒いてる情報だからな」


 そう言うとエシュロンは語り出す。


「『エルフ』は知ってるよな?」

「アア。何カト閉鎖的ナ種族ダロ?」

「この辺りだと、昔から囁かれてるんだ。『エルフが他には得難い秘宝を持っている』ってな」

「フーン」


 『エルフ』は知識と狩人の種族。魔法を使い、森の声を聞き、弓矢の扱いに長ける。

 しかし、特徴的なのは異常なまでの高等民族思想だった。彼らは自分達以外の種を下等だと考えており、他種との交流を持とうとはしない。


「あいつらは俗世を嫌って基本的に森から出てこない。だが時折、街の本屋や雑貨店で姿を見かけるんだ」


 見た目も他とは比べ物にならないくらいの美麗な容姿はフードを取れば誰もが一度は眼を向ける。街に来れば目立つ事は間違い無かった。


「ソイツらをつければ秘宝の場所までご案内ってワケだ」

「ケド、ソウ簡単ジャ無インダロ?」

「ご明察。『エルフ』は森を知る。前にその美麗な様を手に入れようとした貴族が200人の傭兵と冒険者を雇って捕まえようとしたんだが、撃退されたってのは有名な話さ」


 それ以来、エルフに手を出す事はタブーとして伝わり、街では見かけたら賓客扱いだった。


「ソレジャ無理ダナ」

「いや、俺としてはお前は良い線を行けると思うんだ。『エルフ』からしても今までに無いタイプだからな」

「褒メ言葉トシテ受ケ取っトクゼ」

「まぁ、情報屋としてその“秘宝”ってヤツが何なのか知りたいってのもある。見たって証拠と情報があれば高く買い取るぜ」


 じゃあな、とエシュロンは片手を上げると去って行った。


「秘宝ネェ……」


 自分には全く実感の無い話だ。それにいつでも逃げられるように身軽の方が良い。

 だが考えようによっては、この情報はある種の“貯金”になるのではないか?


「ヒト仕事ヤッテミルカ」


 無理そうなら逃げ出せば良いだけだ。

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