第4話 アランとユキミ

「ン? 騒ガシクナッテ来タナ」

「ぜぇ……ぜぇ……」


 ゴーマは街の外にある崖を登りきり、ロープを身体に巻くと、眼下で慌ただしくエルフの狩人達が動き回っている様子を見る。対してゼウスは登った際に体力を全て使いきり、肩で息をしていた。


「もう一回やって……って言われても出来ないわ……」

「オ前、体力無サ過ギダゼ。コレカラ半日ハ森ノ中ヲ歩クンダカラヨ」

「森……」


 ゴーマに言われてゼウスは視界を埋め尽くす木々と、その奥でザワザワと蠢く魔物達の気配を見た。


「ビビッタカ?」

「……いいえ。わたくし、とてもワクワクしてるの」


 ここからの光景は何も見たことの無いモノばかり。何が待ち受けて居るのか……全く予想の出来ない未来にワクワクしていた。


「呑気ナモノダゼ。イイカ? オレノ指示ハ絶対二守レ。ジャナイト、魔物ニ食ワレルカラナ」

「わかったわ!」

「ウキウキシヤガッテ……」


 ゴーマは、やれやれ、と嘆息を吐きつつもそんなゼウスに色んなモノを見せてやりたいとも思っていた。


「マジデ何日カカルカ解ンネェカラナ。覚悟シテ――」


 その時、風を切る音と共に1本の矢がゴーマの胸に刺さった。



 



「ウグ……」

「!? ゴーマ!」


 その矢が飛んできたのは側面から。小さなゴーマの身体を的確に射る。

 倒れたゴーマにゼウスは駆け寄り彼の側で飛来した方向を見る。


「“ゼウス”を見つけました。そして、汚物のような盗人も」


 そこに居たのは二人のエルフだった。一人は弓を構え、もう一人は街でエグサと共に居た一人で、特殊な魔石に語りかけている。


「我々に悟られず、どの様にここを見つけたのか……嫌悪から鳥肌が立つわ」


 ヒュッ! と空気を切って飛ぶ矢はゼウスに当てること無く倒れるゴーマの胸に追加で突き刺さる。


「! 止めて! エリーヌ!」


 ゼウスはこれ以上は射たせない様にゴーマを庇うように前へ出た。


「珍しいモノに興味を持たれるのは結構よ、“ゼウス・オリン”。しかし、これは許容出来ない。下等な種族に出し抜かれたなど、我々エルフにとって屈辱の極みよ」

「そんなの……あなた達の勝手な思想よ! 命に優劣は何もない……貴方達から与えられた知識しかないわたくしでも知っているわ!」

「貴女は知らぬだけ。外の者達がどれほど愚かで醜いのかを」

「それをわたくしは自分の眼で判断するの! だから……もう構わないで!」

「そう言うワケには行かないの。貴女は“叡知ゼウス”。我々の側にいる事こそ価値がある」


 エリーヌはゼウスを捕まえる為に前に出た、その時、


「オラッ!」


 唐突に起き上がったゴーマがゼウスを背後から拘束するように捕まえた。そして、自分に刺さっていた矢の鏃を刃物のようにゼウスに突き立てる。


「動クンジャネェヨ!! コノガキヲ殺スゼ!」

「ゴーマ……?」


 弓を構えるエルフはゴーマを狙うが、エリーヌが手をかざして止める。

 ゴーマはゼウスの居た部屋で、彼女に進められて売れそうな本を一冊、懐に忍ばせていた。矢はソレによって防がれたのである。


「下等生物。お前は何に手を触れて居るのか解っているのか?」

「世間知ラズナ、ガキダ! ケド、オ前ラ二取ッテハ大切ナ奴ラシイナァ!」


 今の状況でも矢でゴーマを射貫く事は難しくない。しかし、その反動でゼウスに鏃が刺さる可能性を危惧する。


「……解ったわ。では、こうしましょう」


 エリーヌは腰に着けた銀の短剣を鞘事外すとゴーマの足元へ投げた。


「その魔法短刀とゼウスの身柄を交換よ。短刀は低く見積もっても金貨100枚の価値はある」

「ヘヘ……話ガ解ルジャネェカ」


 ゴーマの視線は目の前の短刀へ目が行く。そして、ゼウスにボソッと告げ、


「……え? ゴーマ――」

「コイツト交換ダゼ!!」


 ゴーマはゼウスを離すと同時に横の崖へ放り捨てた。


「!! くっ!! エドガー! 手を貸しなさい!!」


 宙に放られるゼウスに手を伸ばすエリーヌ。その彼女の手を取る為にエドガーは構えていた弓を解除し彼女と共に崖際に走る。

 ゼウスの手をエリーヌが掴み、繋ぐようにエドガーがエリーヌを掴む。


「……ふぅ……」


 誰も落ちなかった結果にエリーヌは息を吐くと、ゼウスを引っ張り上げた。


「エリーヌ。下等生物には逃げられた」


 全員が落ち着き、弓を拾い上げたエドガーは魔法短刀とゴーマの姿が消えている事に憤慨する。


「今はゼウスを『鳥籠』に戻す事が優先よ」


 引っ張り上げられたゼウスはどこか放心状態で何かを考えていた。






「ねぇ、アラン」

「何だ? ユキミ」


 森の中をあてもなく進む二人組が居た。

 一人は穏やかな雰囲気の優男で、もう一人はフードを被り大剣を背に持つ男である。


「君の勧めで街へのショートカットを選んだんだけどさ。迷ってるでしょ?」

「……こっちで合ってるハズだ」

「それ、半日前にも聞いたよ?」

「なら着いてくんなよ」

「その台詞を半日前に言って欲しかったよ」


 二人は旅費の節約から大回りの街道ではなく、森を直進する事で街への向かう事にしていたのだ。


「まぁ、食費の節約にはなってるけどね」


 道中で襲って来る魔物を難なく始末しなから進む二人。食料は問題ないが、出口が見えない方が問題だ。


「適度に素材も剥ぎ取ったしな。さっさと街に行って換金して、風呂と酒にありつきたい所――」


 その時、カラカラカラ、と尻尾を鳴らしながら巨大な蛇が二人の前に現れた。

 『ウッドボア』。闇の森における、エルフでも手を出さない魔物である。


「はぁ……メンド……」

「『ウッドボア』。お金になる部位はあるかい?」

「尻尾石だな。音を鳴らすアレは魔法石を含んでて、簡単な魔法も使うぞ」

「じゃ、貰って行こうかな」


 戦闘態勢に入る二人。食料は十分なので命までは奪う気はなく、高級な素材に眼を輝かせる。


「…………」


 ウッドボアは、そんな二人から逃げる様に木々の間へ下がって行った。


「あらら」

「もう、進んでかかってくる魔物はいねぇな」


 二人が魔物ひしめく闇の森で平然と遭難できる理由は森の中で、どの生物よりも“強い”からである。


「ん? 誰だい?」


 すると、ユキミはウッドボアに紛れた気配を的確に感じ取る。


「ヒッヒッヒ……コイツハ初メテダ。アッシノ気配ヲ見ル御方ハ」


 現れたのは一匹のゴブリンだった。手をもみながらすり寄る様に低姿勢でやってくる。

 すると、次に反応したのはアランである。


「ん? お前……まさかゴーマか?」

「ンン? オレヲ知ッテル……エ? モシカシテ……アランノ旦那?」


 その時、アランは一瞬で踏み込むとゴーマの首を掴んで持ち上げた。


「テメェ……見つけたぜ! このクソ野郎が!」

「グェ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る