第11話 “アナタ”を見つけてください

 強い雨にどうしようもなく困っていた。

 空気を循環する風や空からの恵みは世界の理。それを否定する事は出来ない。

 だから、わたくしはそれに耐えるしか無かった。


 ピッピッポン――


 すると、ゼファーがわたくしを大きな手の平で護る様にそっと包んでくれた。

 風が止み、雨が晴れ、葉をつたる雫が大地に帰る。


〖ありがとう、ゼファー〗


 わたくしはそう伝えると、ゼファーはまた、ピッピッポン――と応える。


〖アナタを護るのが私の使命です〗






「……ゼファー……?」


 ゼウスは塔の壁に叩きつけられた『スケアクロウ』を見て脳裏に過った名前を呟く。


「…………」


 『スケアクロウ』に反応は無い。衝撃で機能を停止しているのか眼の光が消えていた。


「ゼウス! 何ヤッテンダ! 早ク逃ゲルゾ!」

「待って! ゴーマ! 彼はゼファーよ! わたくしの――」


 わたくしの。そこから先がゼウスの口からは出て来なかった。

 彼を知っている。とても優しくていつも助けてくれる……。と知っているのに、何故ソレを知っているのかわからない。

 彼は……わたくしの何なの? わたくしは……何者なの?


 自分の正体に改めて葛藤するゼウスはゼファーをここに置いては行けない事だけは確かに感じていた。


「今……その『スケアクロウ』の名を呼んだのか!?」


 ゼウスの様子に反応したのは長だった。

 『スケアクロウ』に個別の名称があるなど、どの文献にも載っていない。つまり、ゼウスは――


「記憶を――“叡智”を取り戻したか! すぐさま取り押さえろ!!」

「させるか!」


 ゼウスとゴーマに向かう『エルフ』をアランは阻止に動く。しかし、横からの射撃に反応し咄嗟に『ブレイカー』の側面を合わせて受け止める。


「っ! なんだ!?」


 殺気を感じた為にガードは間に合ったが、ゼウス達から引き離される様に大きく吹き飛ばされた。まるで砲撃を受けた様な衝撃に手が痺れる。


「ほう、武器が砕けんとは。下等生物には勿体ない宝剣の様だな」


 弓を構えたエグサは感心する。

 エグサの射撃は一撃で岩を抉る。本来は敵の防御など意味を成さずに貫く。


「ちっ! ユキミ――」

「こっちはすぐには無理だ」


 ユキミは『スコーピオン』の『土魔法』によって足場を波打つように乱されて足止めされていた。撃破ではなく、拘束するように指示を出したのもエグサである。

 アランは『スコーピオン』を叩き斬ろうと動くが、エグサの射撃に阻まれる。


「っ! 面倒くせぇな! ゴーマ! そっちはお前が何とかしろ!」

「ヤベェ! ゼウス! 逃ゲルゾ!」


 しかし、『エルフ』達はゼウスに手が届く位置まで接近していた。

 もう逃げられない。ゴーマは魔法短剣を抜くとせめてゼウスが逃げるだけの時間を稼ごうと考える。

 しかし、ゴブリンなど『エルフ』にとっては片手間に殺せる程にか弱い。


「死ね! 下等生物――」


 と、叫んだ『エルフ』の姿が消えた。横から殴る様に突き出た『スケアクロウ』の長腕が『エルフ』を吹き飛ばしていた。


「エ?」


 ゴーマは驚き、ゼウスは嬉しそうに叫ぶ。


「ゼファー!」


 再起動した『スケアクロウ』――ゼファーは、ピッピッポン、と音を鳴らすとゆっくり起き上がる。

 目の前で同胞が殴り殺されたエルフは、影を作りこちらへ向き直るゼファーに思わず足を止める。


「ひっ――」


 そして、振り下ろされた腕に上半身を潰された。



 



「なんだ!? 調律師! 何をやっている!?」


 長は目の前でゼファーが同胞を殺した様子に主導権を握っているハズの調律師へ確認を取った。


『わ、分かりません! 『スケアクロウ』は完全に我々の制御を外れています!』

「何でも良い! ゼウスが……“叡智”が目の前にあるのだ!! 『スケアクロウ』を――」


 と、長の目の前までゼファーが接近し腕を振り下ろしていた。


「長!」


 エリーヌが咄嗟に庇う様に回避。共に倒れる。


「総員! ゼウスを確保しろ! 『スケアクロウ』はそれで動きを止めるハズだ!」


 ゼウスが前に立った瞬間から『スケアクロウ』はこちらの制御を外れた。つまり、何らかの繋がりが復活したのだ。

 そして、『スケアクロウ』が敵になる……それはこちらの全滅を意味する。『エルフ』達は自分達が生き残る為にも血眼になってゼウスの確保に動き出した。


「――――」


 すると、ゼファーは口部を開く。『エルフ』達は足を止め、


「射線から退避しろ!」


 エグサが叫ぶと同時に、カッ! と閃光が走る。

 先程の比ではない規模の“光線”は直線を焼き貫き、彼方まで森に風穴を開けていた。

 その射線にあった塔の一部が抉られ、崩れ始める。大きな土煙が上がり『エルフ』達は大混乱に陥った。






「やっべぇな」

「理性があるのかな?」


 混乱の最中にアランとユキミはゴーマとゼウスに合流。

 すると『スケアクロウ』はバチバチと内側から火花を出し始める。更に間接部などから煙りが漏れ始めた。


「ゼファー!」


 ゼウスの声にゼファーは振り返ると片膝で腕を伸ばし彼女の頬に触る。無機質な手。しかし、それはとても暖かいモノであるとゼウスは思い出し、握り返した。


 ピッピッポン、とゼファーが音を鳴らす。


〖行って〗

「! 駄目よ! 貴方を……置いては行けない!」


 そして、アラン、ユキミ、ゴーマの三人を見ると手を引き『エルフ』達へ向き直った。


「行くぞ」

「そうだね」

「任サレタゼ、ゼファーヨ」

「待って! ゼファーは……わたくしの――家族なの!」


 ゼファーに対する記憶は無い。しかし、気持ちに従って咄嗟に出た“家族”と言う言葉は間違いではないと確信していた。

 するとゼファーは、ピッピッポン、と音を鳴らす。


〖“アナタ”を見つけてください〗

「――わたくし……を?」


 ゼファーの言葉に呆けるゼウスをアランが抱え、三人は走り出す。


「待って! お願い! ゼファーを――」

「ゼウスヨ、オレ達ニハ、ゼファーガ何テ言ッテルノカハ分カラネェ」

「でもな、言葉や感情を抜きに理解できる事はあるんだよ」

「護る為に命をかける背中は尊重するべきなんだ」


 ゼファーがゼウスの為に己の命をかける事をアラン、ユキミ、ゴーマの三人は察する。

 それに応える事――ゼウスを連れてこの場から離脱することがゼファーの願いであると三人は理解していた。






 ゼウスが離れていく様子を察し『聖獣』が動き出す。ゼファーは『スコーピオン』を“光線”にて破壊し『ハーピー』を殴り潰した。

 

 しかし、行動を起こす度に内部で弾ける火花は大きくなり、漏れ出る煙は濃さを増して行く。


「『スケアクロウ』の内部放熱が間に合っていない! そのまま動きを誘発させろ!」


 エグサはゼファーが間も無く停止すると判断し、ソレを早める様に同胞へ回避を主に置いた牽制を指示する。

 すると、ボッ! と内部から火が上がり始めゼファーの動きが停止した。


「『スケアクロウ』の停止を確認!」

「『ハーピー』は奴らを足止めしろ! 数名は俺に続け! 奴らの追撃する! 残りの者は『スケアクロウ』を拘束――」

「キャハ――」


 その時、『ハーピー』が“光線”で撃ち抜かれ空から落ちてきた。


「!? クソっ! まだ動くか!!」


 見ると、三人とゼウスは既に崖上に上がっていた。エグサは矢を構える。その時、


『全員、地下防空壕に避難してください!!』


 調律師からの魔石通信を全員が聞く。


『『スケアクロウ』の魔力増幅を続けて臨界点を越えています! 自爆する気です!』

「……っ! 総員! 避難しろ! 動けぬ者を地下防空壕へ!!」


 エグサは構えを解くと弓を背に回し、気を失ったエドガーを抱えて防空壕の入り口へ向かう。


「――――」

「長! 急いでください!」


 エリーヌも長へ避難を促す。長は崖上から向こう側へ消えるゼウスへ歯噛みしながら告げた。


「必ず……必ず手に入れてやるぞ! “叡智ゼウス”!」






〖これがアナタ様の望み通りならば……これ程残酷なことは無いでしょう〗


 数秒後に完全に消え去るゼファーは目の前に現れた半透明の女性を見ていた。


〖そうまでして、この世界に価値はあったのですか?〗


 女性は困った様に微笑むと、ゼファーを抱きしめる様に包み、告げる。


〖“答え”が解ったの。あの子もきっと――〗


 女性の言葉を聞いたゼファーの眼の光がゆっくりと消え、身体から光が溢れ出る。

 ゼファーの命は全てを破壊する光となって『エルフ』の街を吹き飛ばした。

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