第10話 アバヨ、マヌケ

「いくら緊急事態とは言え、『鳥籠』の見張りを手薄にするな! 昨日、ゼウスに下等生物が接触したのを忘れたか!?」

「す、すみません!」


 長は見張りの同胞二人を連れて『鳥籠』へ向かっていた。

 この火災は明らかに陽動だ。外の下等生物は塔内に入った様子が無い以上、やってきたのは――


「あの下等の中でも醜悪なヤツだ」


 あんなヤツに二度も出し抜かれるなどあってはならない。念のためにゼウスは鎖で繋いである。アレは特殊な合金で出来ているので、並みの武具では破壊出来ず鍵は自分が持っている。

 下等生物ではゼウスを連れていく事など出来ん!

 『スケアクロウ』が出撃した今、事が済むまで見張りは『鳥籠』の中に――


「――――」


 『鳥籠』の扉が見えてくると僅かに開いていた。


「! おのれ!」


 長は慌てて駆け寄る。

 あの醜悪な下等生物が来ている。只では死なせん! 死を望む程の苦痛を味会わせて殺してやる!


「ゼウス!」


 長は扉を勢い良く開けて下を覗くと、そこには散らかった本と中央から伸びる鎖の先は断ち切られていた。

 ゼウスの姿は無い。代わりに上から読める様に大きく床に、


“アバヨ、マヌケ”


 と、『エルフ』の使う文字で書かれてあった。

 見張りの二人も長の横から覗き見る。すると、長は持っていた鍵を叩きつけ、


「――――おのれ……おのれ! おのれ! おのれ! おのれぇぇぇぇ!!!」


 怒りのままにそう叫ぶと、通信用の『魔石』で全同胞に告げる。


「ゼウスが逃げた! 戦闘は『スケアクロウ』と『聖獣』に任せ、他の者は捜索に入れ!! いいか!? 二度だ! 我々は二度も下等生物に出し抜かれている!! これ以上の屈辱はない!! 見つけ次第、殺せ!!!」






 長はその命令を全ての同胞に叫ぶように伝えると、自分を馬鹿にする様なメッセージが残る『鳥籠』を後にした。


「…………行ったみたいね」

「ケケケ、頭ノ固イ奴ハ、操リ易イゼ」


 ゴーマとゼウスは小柄な身体を活かして、『鳥籠』の中の本を崩してその下に隠れていた。

 『鳥籠』から外へはほぼ一本道。下手にゼウスを引き上げてもその道中で敵と鉢合わせる可能性を考えて一旦、中に潜伏する事にしたのだ。

 煽る様なメッセージを残したのも、出し抜かれたと認識すれば外へ逃げていると勘違いし、プライドの高い奴らは中まで調べない。

 こちらを下に見る者の心情を誰よりも理解しているゴーマだからこそ『エルフ』達の行動は手に取る様だった。


「凄いわ。ゴーマの言う通りになった」

「コレガ生キル知恵ッテヤツサ。上カラ目線ノ奴ホド自分ガ、マヌケッテ気ヅイテネェ」


 ゴーマは長が落とした鍵を拾うと、ゼウスの足に残っている枷を外す。


わたくしはゴーマが魔法短剣を持ってる事に驚きよ」


 ゼウスの鎖を断った魔法短剣はゴーマの腰にある。


「忘レタノカ、ゼウス。アノ時、女エルフガクレタジャネェカ」

「あっ」


 半日前にエリーヌが自分の身柄と引き換えに短剣を渡した事をゼウスは思い出す。


「まさか……全部貴方の想定通り?」

「ケケケ。七割クライダケドナ。外デ戦ッテル旦那達ト会エナケリャ、モット時間ガカカッテタゼ」


 アランとユキミに出会えた事はゴーマにとって最大の幸運だった。

 ゴーマは鉤縄を回して塔の高い位置にある窓に引っ掛けるとスイスイと登り、魔法短剣で新しい格子も切断する。

 ゼウスはその背中を誰よりも頼もしく見つめた。


「行クゼ、ゼウス。登ッテキナ」

「ええ!」


 手を差しのべるゴーマへ追い付く様にゼウスはロープを上がって『鳥籠』から外へ。






「塔をぶっ壊すから“解放”は控えてたってのによ」


 『ブレイカー』を起動したアランは『聖獣』二体と向かい合う。

 あの金属のデカブツはユキミに任せるか。塔の煙が少なくなってきた所を見るに火を消され始めたな。しかし、ゴーマが出てきた様子は――


「ん?」


 すると、『エルフ』共が慌ただしく移動を始めた。武器を納め指示を飛ばし合いながら周囲に散っていく。


「なるほど、なるほど。上手くやったか」


 じゃあ――


 『ハーピー』が、キャハハハ!! と再びアランを掴もうと迫る。


「少しくらいは加減無しでいいか」


 その『ハーピー』の突き出した脚を掴むと『スコーピオン』へ叩きつけ、二体をまとめる。

 『ブレイカー』の刃がズレる様に形状を変え、アランは両手で持ち、溜める様に肩に担いだ。

 何か来る。ソレを察した『スコーピオン』は『土刺』でアランの攻撃を阻止するが――


「『ストライク』」


 一閃。『スコーピオン』と『ハーピー』は縦に両断され――


「『ブラスト』」


 次に横へ振り抜いた『ブレイカー』から発生する衝撃波に『スコーピオン』と『ハーピー』とアランへ向かっていた『土刺』はバラバラに吹き飛んだ。

 その衝撃に塔は大きく揺れ、壁面にヒビが入る。


「お前らが溜めた分だ。きっちり返したぜ」


 『ブレイカー』は元の大剣の刃に戻る。






「旦那ァ! 危ネェデスゼ!」

「ん?」


 塔の窓からロープで降りてきていたゴーマは今の衝撃で落ちそうになったゼウスを何とか掴んでいた。


「テメェが遅いのが悪りぃんだろ! それよりも、そのガキは何だ!? まさか、そいつか!?」


 すると、『エルフ』達もゴーマとゼウスを見て声を上げた。何人かは弓を構える。


「ヤベェ! 旦那! 援護ヲ頼ミヤス!」

「調子の良い野郎だな!」


 アランは近くの瓦礫を大剣で掬い、『エルフ』へぶつける様に妨害するとそのまま斬り込んで射線の前に割り込む。


「貴様か! フランツを殺した、下等生物の蜥蜴は!」

「あ? 誰だテメェー」


 アランはエドガーの矢を容易く避けると、適当に拾い上げた瓦礫を投げてぶつける。エドガーは沈黙。


「エドガー……くっ! 今は下等生物よりもゼウスの確保が優先よ!」


 何とか降りきったゼウスとゴーマは荒れた場を見て次の足場を探していた。


「おっと、それは無理だぜ。お嬢ちゃん」


 アランが立ち塞がる。隙を見せればまとめて始末される気迫から、先ほどの畏怖を思い起こされて『エルフ』達は動きを停止した。


 『聖獣』はまだ再生中……くっ! 『スケアクロウ』は何をしている!?

 その時、塔の壁面へ激突する物体があった。吹き飛んできた重々しい質量は『スケアクロウ』である。


「…………は?」


 『エルフ』達全員の眼が点になり、そんな声が出た。そして、相手をしていたであろう、ユキミに場の全員が注目する。


「【双神技】『甲牙』」


 ユキミは『スケアクロウ』を吹き飛ばした技の名を告げる。


 ば……馬鹿な!? 『スケアクロウ』が……吹っ飛ばされただと!? 一国の軍隊でさえ単騎で不動を貫き排除する『スケアクロウ』が!?


「なんだ、奥の手あるのかよ」

「僕以外の使い手だったら無理だったけどね。彼の事はもう解った。もう僕の敵じゃない」

「素手でよくやるぜ」


 ユキミは『スケアクロウ』を理解した故に相手にならないと嘆息を吐いた。


「ユキミノ旦那ァ! 危ネェデスゼ!」


 吹き飛んできた『スケアクロウ』はゴーマとゼウスの近くに着弾していた。


「おや? 可愛いお嬢さんだね。彼女がゼウスかい?」

「多分な。退却するぞ」


 目的は達した。すると、


「ゼウスっ!」


 塔の入り口から、エリーヌのゼウス発見の報告を聞いた長がゼウスの姿を見て叫ぶ。

 エグサと残りの『エルフ』も共に現場に駆けつけた。


「ちっ、ワラワラと」

「もう、全滅させた方が早くない?」

「ゼウスを逃がすな! 絶対にだ!!」


 戦士長エグサの直接の命令に『エルフ』達の目に戦意が戻る。

 背後から矢を射たれるのは面倒なので、アランとユキミは『エルフ』達へ牽制の意味でも攻勢に出た。


「派手な目眩ましが必要だね」

「塔をぶっ壊す! ユキミ、援護しろ!」

「ゼウス! オレ達ハ逃ゲルゾ! 旦那達ガ退却デキネェ!」


 ゴーマはゼウスにそう告げるが彼女は違う方を向いていた。


「…………ゼファー?」


 塔へめり込む様に停止している『スケアクロウ』の名前をゼウスは口にする。

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