第16話 ゼウスの友達

「なるほど入浴は初めてか。それならば仕方ないな。声を荒げてすまなかった」

「いえ、わたくしも他の方も湯に入る事も考慮すれば判る事だったわ」

「小さいのにしっかりしているな」


 女はゼウスの横に並んで浴槽に入ると、ふー、と効能を堪能する。


わたくしはゼウス。ゼウス・オリンよ」

「私はテンペストだ」


 二人は自己紹介を済ませると、ふぃー、と再び湯を堪能する。


「テンペストは、ここには良く来るの?」

「正確には温泉に良く来る。久しぶりに降りて来たのでな。近場で湯浴みが出来るのはここだけだった」

「そうなの?」

「そもそも、暖かい水が出る環境の方が珍しい。ボルケーノの副産物ではあるが……」

「ボルケーノ?」

「こちらの話だ。ゼウスは一人か? 保護者は?」


 テンペストは幼子(見た目)のゼウスが一人で入浴している事の違和感から事情を聞く。


「あ、えっと……兄達と来てるの」


 兄達。そう言葉を告げるゼウスは少し恥ずかしそうに言った。


「そうか。それならば安心だな」


 ゼウスの様子から兄妹仲は悪くない事を悟ったテンペストは優しく微笑む。


「テンペストは旅人?」

「何故、そう思う?」

「さっき、“温泉に良く来る”と言ったわ。つまり、この場所の常連じゃなくて世界各地にある温泉に行くって事でしょう?」

「ふむ。言葉のアヤかも知れぬ事を指摘し、掘り下げるか」

「否定しないって事は当たりかしら?」

「お主は見た目に反して随分と老獪な考え方をしているな」


 テンペストはゼウスの指摘は一部正しい事を告げた。


「ある意味“旅人”ではある。『王』の命令で世界各地を巡り、調和するのが妾の仕事だ」

「『王』……貴女は臣下なのね」

「妾は『王』と言っているが他の臣下は『父』と揶揄する者もいる。まぁ、偉大な指導者には変わり無い。しかし……ここ100年以上は大変な時期でな。温泉巡りも一年に一回出来るかどうかの忙しさだ」

「あっ……そんな貴重な時間をわたくしなんかに使わせてしまってごめんなさい……」

「気にするな。裸の一期一会も温泉の醍醐味だ。楽しませてもらっている」


 ゼウスは、ほっと胸を撫で下ろす。律儀な者だな、とテンペストは微笑ましく笑った。


「テンペスト、貴女の事をもう少し聞いて良いかしら?」

「なんだ?」

「貴女の『王』は臣下に世界を巡らせている。貴女の国は大国なの?」


 アランから見せてもらった地図には目立つような国は無かった。しかし、アレは50年前の物。その間に国が出来てきいてもおかしくない。


「そうだな……ある意味、“大国”なのかもしれん。大地に住まう者全てを“国民”と定義するのならな」


 そう語るテンペストの表情はとても嬉しそうだった。その『王』に仕える事を何よりも誇りに思っている様を感じ取れる。


「……貴女は……いえ、貴女の言う『王』とは何者なの?」


 テンペストの様子から嘘や妄想の様な気配は全く感じない。それを長い間続けていると思える雰囲気故に、彼女の言葉は全て真実であると感じた。


「それは私が語っても一般人には理解できぬし、理解出来たとしても何か出来るワケでもない」

「……話せないのね?」

「妾達は名声が欲しくてやっているワケでは無いのだ。これが必要だからこそやっているだけ。ソレに気づいた者達が崇拝すれば良い」


 そう言ってテンペストは湯槽から出るとゼウスを手招きする。


「?」

「ゼウス、ほどほどに火照った身体で、水風呂に入るのが入浴のコツだ」

「え? 折角温まったのに?」


 テンペストは水風呂に足から入ると、はぁぁぁ……と幸せそうな声を上げる。


「……」


 その様子を見たゼウスも少しウズウズして湯槽から出て水風呂に手だけ入れる。

 温度差から相当に冷たく感じた。


「冷たいわ」

「入ってみると良い。クセになるぞ」


 テンペストに言われて少しずつ後ろ向きで足から入ろうとすると、


「一気に入るんだ」


 後ろからテンペストに抱えられて一気に肩まで浸かった。冷たい感覚が一気に全身を襲い、ひょぇ!? と変な声が出る。


「こ、これはっ!」

「はっはっは。身が引き締まるだろ?」


 温かいホワホワした感覚が一気に引き締まる様な冷たさは何とも言えない感覚だった。


「でも……ビックリしたわよ」

「すまん、すまん。何だか世話を焼きたくてな。お主を見ていると遠い友人を思い出す」


 テンペストはゼウスにどこか友人の面影を感じていた。数少ない対等な話し相手である彼女との対談を思い出し、懐かしむ。


「それはとても素晴らしい方なのね」

「ああ。彼女は本当に……」


 そして、『王』に言われて彼女の元へ様子を見に言った時の事を思い出した。


「…………」

「テンペスト?」

「……本当にこの世界を愛していた」


 テンペストの感情の乗った言葉にゼウスは察する。彼女の友は……もう死んでしまったのだと。


「テンペスト、わたくしは思うの。大切な者が死んでしまっても、誰か一人でも思い続けてくれる人が居るのならそれは別れじゃない。掛け替えの無い思い出になって自分を支えてくれる。そうやって助けてくれるんだって」


 ゼファーの言葉と優しさはゼウスの中に確かに残っている。

 そんなゼウスの雰囲気は友人の姿とどこか重なった気がした。


「…………本当にお主は老獪な子供だな」

「それは褒め言葉としては適切なのかしら?」

「褒めてはいる」


 ははは。ふふ。とテンペストとゼウスは笑い会った。






「うーん。まだみたい」


 他の客も入ってきた事もあってゼウスとテンペストは女湯から出た。

 服を着て待機広場に戻ってきたが男湯に入って行った兄組はまだ出てきていなかった。


「気を使わずとも良い」

「貴女は素敵な人だから兄達に紹介したかったの。同性ではわたくしの初めてのお友達だから」

「妾もお主程の末っ子を持つ兄達に興味があるが……時は惜しい。そろそろ行かねばならぬのでな」

「そう……」

「ふふ。そう気落ちするでない。出会いがあれば別れも必定。しかし、永久ではない。先ほど、お主が言った様にな」

「ええ。そうね……また会いましょう。テンペスト」

「ああ。次の邂逅を楽しみにしている、ゼウス」


 ゼウスはテンペストと握手をかわすと、彼女は人込みへと消えて行った。


「……」


 不思議な人だった。まるで昔から知っていた様な……そんな感覚が心に残る。

 この広い世界でいずれまた会える確信がどこかあった。


「全くよぉ、お前ら軟弱過ぎるぜ!」

「僕は自分から進んで暑みに行く理由がわからないなぁ。サウナを作った人は何を考えてるんだろう?」

「旦那ァ、酸風呂ハ卑怯デスゼ」

「この身体になって唯一の利点が酸風呂だからな。俺と長湯で勝ちたかったらまずは同じ土俵に上がれよ。はっはっは!」


 等と、楽しそうに会話をしながらアラン、ユキミ、ゴーマの三人が男湯から出てくる。


「ゼウス、風呂ハドウダッタ?」

「とても良かったわ。温泉と水風呂は最高ね」

「それに気づくなんて、ゼウスは解ってるなぁ。ちなみに『ジパング』にも温泉はあるよ」

「マジか。楽しみが一つ増えたな。旅先へのモチベーションってのは大事だしよ」


 身体も心もサッパリした四人は温泉宿を出ると港へ向かって雑踏を歩き出す。

 すると、唐突な突風が巻き起こりゼウスは咄嗟に髪を押さえた。

 そして、上空を巨大は影が通過して行く。


「――――」


 それは街を覆う程の巨体を持つ怪鳥だった。六つ翼を羽ばたかせ色鮮やかな羽を舞い落としながら彼方へ飛翔していく。


「マジか……あんな化物は初めて見たぜ」

「盲点だったなぁ……空にも強いモノが居るみたいだ」

「ユキミノ旦那ハ頼モシ過ギマスゼ……」


 舞い散った羽は建物の屋根に乗るほどの大きさのモノから、手の平程のモノもある。

 ゼウスは足元に落ちた手の平サイズの羽を拾い上げた。


「ドウヤラ、落チタ羽ハ価値ガアルミタイデスゼ」

「余計な騒ぎは御免だ。船に行くぞ」

「そうだね」


 行くぞ、ゼウス。そう言って歩き出す三人の背にゼウスは羽を手に持ちながら、


「ねぇ、聞いて三人共。わたくし、友達が出来たのよ」


 羽に残る魔力とテンペストの魔力が同じだった事にゼウスは嬉しそうに友達テンペストの事を語った。






“戻ったか。テンペスト”

“責務に戻ります陛下。次は『星屑』の排除ですね”

“それが終わったら次は話し合いに行って欲しい”

“話し合い? どなたと?”

“『次郎権現じろうごんげん』。『ジパング』にて『始まりの火』と対峙する神だ。ネイチャーを先行させているが……芳しくない。彼は迷い人・・・だ。本来なら【原始の木】に任せる所なのだが……”

“いえ、こちらはお任せください。陛下は“禁忌”に対応していただけれぱ”

“任せる”

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