第15話 タオルを巻いて湯に浸かるな!

 手持ちの宝石を換金したアランと合流したゼウス達は酒場で今後の事を話し合いながら食事を取る事にした。


「追撃部隊は全部始末した。こっちの痕跡も追えない様に眩まして来たから、もし『エルフ』達が街に来るとすれば時間がかかるよ」

「それで遅くなったのね」

「そもそも、あの高飛車な種族はこんな人の多い所には来ねぇよ」

「来タトシテモ目立ツカラ判リ易イデスシネ」

「まぁ、ゼウスに矢を射られたのもイラって来たからね。徹底的にやった」


 そんな会話をしていると注文した肉料理と酒が次々と運ばれてくる。アランはその内の骨付き肉を掴むと大顎を開けて牙で食らいついた。


「それで、この街からだと【創世の神秘】はどこが近いんだ?」


 モグモグと食事を始めながらアランはついでに買ってきた大陸の地図を皆の前に広げる。


「地図があるのね」

「中古で製作は50年前の地図だけどな。まぁ、殆んど変わってねぇだろ」

「ゼウス、【創世の神秘】ッテノハドコニアルンダ?」

「……この地図だと一つだけ――」


 ゼウスは大陸内ではなく、大陸から離れた島を指差す。


「……」


 ゼウスが指を置いた場所を見てユキミの様子が変わった。


「黄金と妖魔の国『ジパング』。『始まりの火』はこの国の“太陽”なの(もぐもぐ)」

「太陽だぁ?」

「急ニスケールガデカクナッタナ」

「『ジパング』には太陽が“三つ”ある」


 すると、ユキミが唐突に神妙な様子で口を挟む。


「天から降り注ぐ光。『宵宮』から放たれる光。そして……夜を放つ『空亡』」

「なんだ、ユキミ。何か知ってるのか?」

「『ジパング』は僕の故郷だ。僕はある女性を追って故郷を出た」

「あら、ロマンチックね(もぐもぐ)」

「ユキミノ旦那ニモ惚レタ相手ガ居タンデスネ」

「ケッ、色恋かよ」


 三人の反応にユキミは微笑む。


「そうだね。ある意味、恋をしてるかな。何せ、彼女は僕の祖父であり師を殺したんだ」


 いつもの調子でそう告げるユキミの言葉に三人は食事の手を止めた。


「でも、その件に関しては特に恨んでない。許せないのは彼女が残して行った言葉だ。だから僕は彼女に“敗北”を刻む。そして『桜の技』が最強だと証明する」

「……お前がそこまで言う女は何者なんだ?」


“これが『桜の技』……ですか? あまりにも弱く、あまりにも……脆弱です。記憶に残す価値すらもない”


「……【武神王】アイン。僕は彼女を捜し『ジパング』を発った」

「【武神王】……」

「ゼウス、何カ知ッテルノカ?」

「いいえ。初めて聞いたわ」

「俺は小耳に挟んだ程度だ」

「それもそうさ。彼女の事は武術界隈では実在するか分からない噂みたいなモノだからね。腕の立つ戦士の前に戦いを挑みに現れる。だから僕は“勝ち”続けた」


 そうすれば【武神王】は自分の目の前に現れる。


「お前の事情はわかった。だが、今回は『始まりの火』へ向かう。その【武神王】とやらにはしばらく会えねぇぞ。それに実家があるなら顔くらいは出しとけよ」

わたくしもユキミの家族と会ってみたいわ」

「ヤッパリ旦那ト同ジデ、皆強インデスカイ?」

「あんまり期待しても応えられないよ? あくまで先祖代々『技』を継いでるだけだからね。『ジパング』で特別な地位があるワケじゃない」


 そう言ってユキミは置かれた酒を飲んだ。


 その後、『ジパング』へ向かう船が夜に一便だけあることを調べると四人は必要な道具を改めて揃える。


「悪いりぃなゴーマ。お前の魔法短刀を売っちまって」

「気ニシナイデクダセェ旦那。コレデ暫ク旅費ニハ困ラネェンデスカラ。ソレニ光物ヲ持チ続ケルノハ落チ着カナインデスヨ」

「金貨280枚。アランの睨みも効いて少し割高になったよね」

「武器屋の奴が足元見るのが悪りぃんだ」


 魔法短刀をゴーマが武器屋に持っていくと最初は金貨120枚と言われた。その後ゼウスがひょこっと横から、300枚の価値はあるわ、と言い、250くらいじゃない? とユキミが割り込み、280で買い取れよ、とアランが睨みを効かせた事で店主は頭から食われると思ったのか280枚で買い取った。


「荷物も買って船に預けたし。どうする? もう乗っとく?」

「いや、まだ時間があるしな。ここは一つ“さっぱり”しとこうぜ」

「アァ、ソウイヤ。ココニハ“アレ”ガ有リヤシタネ」

「アレ?」


 首を傾げるゼウスを連れて一行は温泉宿へ足を運んだ。






「凄い……こんな事を考え付くなんて」


 身体にタオルを巻いたゼウスは温泉宿の女湯に入って素直に感動していた。

 掃除が終わった直後だった事もあり他の客が居らず貸し切り状態。湯気が立ち込め、石で仕切られた浴槽がいくつか存在している。


「こっちは……水。こっちは……酸性……?」


 肌の弱い者は注意! と看板が置かれてある。


「肌の強い種族用みたいね。一般はこっちかしら?」


 そして、一番大きな浴槽へ向かう。手を入れて温度を確認すると程よい温かさで、いくつかの効能が確認できた。


「とにかく入ってみましょう」


 滑らない様に気をつけて入ると心地よい暖かさに、ふぁ……と、つい腑抜けた声が出てしまう。そのまま肩まで浸かる。


「リラックス効果に身体の汚れを落とす魔法がかけられてる。そもそも、この水は魔力濃度が高いのね」


 かなり深い所から他の影響を受けずに吹き出しているのだろう。暫くは清潔感が魔法でコーティングされる様に術式が組まれているみたいだ。


「一人金貨5枚……の価値はある……」


 思わず溶けそうになる程に心地よい。もうここに住みたいなぁ、と思うほどに湯を堪能していると、


「何をやっている!」


 いきなり背後から声をかけられて、ビクッとなった。


「タオルを巻いて湯に浸かるな! それに長い髪は浸からぬ様に纏め上げろ! 髪の毛が湯に散らばるだろう!」


 注意しながら現れたのは『人族』の女だった。長い後ろ髪を巻き上げる様にタオルで纏め、背が高く、凹凸のハッキリするプロポーションを隠すこと無く歩いてくると、注意してくる。


「え!? あ、ご、ごめんなさい……」

「全く……金を払ったからと言って何でも許容されてるワケじゃない。入浴はマナーを護らねば逆に疲れてしまう――って子供ではないか」


 女は湯気で見えなかったゼウスの姿を見て少しだけ溜飲を下げた様子だった。

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