第8話 準備ハ出来テルカ? ゼウス

「――――」


 『スコーピオン』の甲殻に刻まれた模様に光が強くなるとユキミの攻撃によって生まれた亀裂が修復された。


「再生能力も持ってるのか」

「いや、ソイツの能力じゃねぇな。おそらく、後ろで糸を引いてる魔術師がいるぞ」


 アランの推測通り、『聖獣』は調律員と呼ばれる『エルフ』によって操られており自我を持たない。


「動きにラグはあるのかな? まぁ、どっちでもいいや」


 しかし、ユキミにとって『聖獣』の事情など何も関係なかった。


「僕の生涯に“敗北”は無い」


 己に敗北の二文字を刻まない。それがユキミの生きている意義であり、その果てに居る“最強”にソレを刻み込む為に歩みを続けている。


「苦労する人生だことで」

「充実してるよ?」

「お前だけだ」


 周囲の『エルフ』から矢を射たれ、上空からは『ハーピー』の刃羽が降り注ぎ、『スコーピオン』の土魔法で足場が波打つ様に流動する。


「ま、俺も退く気はねぇけどな!」


 四方を囲まれてるなどアランにとっても日常茶飯事だった。






 『エルフ』の戦力が塔の前に集結し、アランとユキミが戦う音はゼウスにも聞こえていた。


「……凄い人たちね。『スコーピオン』と『ハーピー』も相当な力を振るってるのに」


 ゼウスは落ち着いて周囲の魔力を探る事である程度の状況を把握する事を可能としていた。

 『聖獣』は普通の生物とは異なり『エルフ』達の都合良い様に作られた合成生命だ。

 この部族では『スコーピオン』と『ハーピー』が主であり、地上と上空からの攻撃はとても防げるモノではない。

 そこへ、『エルフ』の囲いによる狙撃も混ざっていると言うのに――


「互角に戦ってる」


 いや、それどころか圧している。

 『聖獣』を操る調律員に余裕が無い様子も魔力から感じ取れ、二人は全てを倒す勢いだ。


「ゴーマ、貴方が連れてきたの?」


 すると、いつも本を落としてくる開口から、もくもくと煙が入ってきた。


「! 火事!?」


 動こうとすると、ジャラっと繋がれた鎖が重々しく感じる。

 『鳥籠』は逃げ場が無い。ゼウスは一度、落ち着いて塔内の魔力を探ろうとすると、目の前にシュルッとロープが降りてくる。


「準備ハ出来テルカ? ゼウス」


 口を布で覆い、眼にゴーグルをつけたゴーマが開口から顔を出した。そしてロープをすーっと降りてくる。


「コノ部屋ガ中々手薄ニ、ナラナクテヨ。面倒ダカラ、書庫ニ火ヲ着ケタゼ。ヒヒ」


 ゴーマは道具入れからゼウスの分の防煙装備を取り出していると、ゼウスが抱き着いてくる。


「待ってた……絶対来るって……言ってたから……」


 信じていたが『エルフ』達に殺される可能性も十分にあった。ゼウスはゴーマの無事を喜んでの行動だった。


「オレハ、自分デ約束シタ事ハ曲ゲタ事ハネェンダヨ。ダカラ安心シナ」


 ゴーマは自分よりも拳一つ背の低いゼウスの頭に手を置く。


「外ノ世界ヲ、オ前ニ見セテヤルゼ」


 そう言ってゴーマはニカっと笑うと、ゼウスも同じ様に歯を見せて笑った。






「急げ! 火を消せ!」


 エグサは出撃しようとした時、塔内の煙に書庫からの火に気がついて消火作業に回っていた。

 急ぎ『水魔法』を使える同胞へ連絡し、戦線から塔内へ戻るように告げる。


「これは何事だ!?」


 外と内のあまりの混乱具合に、その場に長もやってくる。


「塔内の書庫に火をつけられました。短時間でのこの燃え方は……油を持ち込まれたと思われます」

「ならば、水ではなく土をかけよ! 被害が広がるぞ!」

「は、はい! 『土魔法』の使いは急ぎ、塔の書庫へ――」


 『風魔法』の使い手が気流を作り煙を外に逃がす。


 まったく……なんと言う日だ!

 半日前は醜悪な下等生物にゼウスを連れ拐われかけ、次に街に侵入者を許し被害を出された上にまだ片付けられずにいる。

 こんな泥臭い事は我々がする事ではない。これ以上の被害は『長老会』での威厳に関わる。


「調律員、『スケアクロウ』はどうなっている?」

『今、現在ようやく起動し、調律員三人でようやく主導権を握りました』

「早く外を排除せよ。うるさくてかなわん」


 外はこれで片付く。しかし、外の下等生物二匹はいつの間に塔内に入ったのだ? 『聖獣』に戦士達の眼がある。内部に入られれば連絡が――


「――ゼウスの見張りはどうなっている?」


 長は近くの同胞を掴まえて『鳥籠』の警備状況を聞く。


「私は『水魔法』の使い手と言う事で呼ばれました。もう一人が就いているハズです」

「自分、『土魔法』使えます!」


 そう言って火災の場に駆けつけた『水魔法』と『土魔法』の使い手は本日の『鳥籠』の警備二人だった。






 何なのよ、お前たちは――


「ふっあっはは!」

「ったくよ! サンドワームの巣に落ちた時以来だぜ! こんなに忙しいのは!」

「キャハハハ!」

「――――」


 下等生物二匹は『スコーピオン』と『ハーピー』の相手をしながら、自分達の狙撃も避けている。一歩でも間違えば死ぬ要素に囲まれていると言うのに――


「なんで、笑ってんのよ……」


 理解できない。

 『聖獣』一匹でさえ、街一つ落とせる戦力だと言うのにソレと向かい合い、互角以上に奴らは――


「アラン!」

「おう!」


 『スコーピオン』の吐糸を大剣を持つ下等生物が切り払うと、その大剣の側面に足をかけた素手の下等生物は上空へ飛び上がり、『ハーピー』へ肉薄する。


「キャハ――」

「【朱雀】『天脚』」


 素手の下等生物の蹴り上げが『ハーピー』の胴体に突き刺さる。

 ボゴギッ、と骨と内蔵が砕ける音が響くと、『ハーピー』は塔の壁面にめり込み、ビチャッと潰れる様に血肉を撒き散らす。


「――――」


 落下する素手の下等生物の着地を狙って『スコーピオン』は尾の毒針を刺そうとするが、


「オラッ!」


 『スコーピオン』の上がった大剣を持つ下等生物が尾を切り落とした。


「別に避けられたのに」

「素直にありがとうって言えよ」

「ありがとう」

「心を込めろ!」


 私も含めて同胞たちが矢を放つ。しかし、下等生物二匹は大剣で防ぎ、素手で弾く。


 足場にされている『スコーピオン』がふるい落す様に暴れると下等生物二匹はその背から降りた。

 『スコーピオン』と『ハーピー』のダメージは再生し、再び下等生物二匹の前に立ちふさがるものの、


「ワンパターンになってきたな」

「僕も眼が慣れてきたし。再生しない所から潰して行こうかな。狙撃も鬱陶しいし」


 奴らの標的が『聖獣』から『エルフ自分達』に向けられた様子に思わず矢を射る手が緩んだ。


 生まれて初めて脳裏に“逃げる”と言う選択肢が生まれたのだ。下等生物から……逃げる? そんな事は……許されない! 我々はいずれ世界を統べる知恵者と成る――


「ん? 彼も動いたみたいだね」

「ったくよ。ゼウスってヤツは無事なんだろうな」


 すると、塔から煙が上がり始めた。

 内部に火をつけられた!? 別の下等生物が居たのか!? コイツらは囮だっただと!?

 その時、“耳笛”が響く。内容は、


“『スケアクロウ』出撃。戦闘に捲き込まれぬ様に射線には気を付けよ”


「――ハッ! 所詮は下等生物ね!」


 【原始の木】の『守護者スケアクロウ』を相手に下等生物が生き残る未来などありはしないのだ。

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