第7話 輝きのカクテル

 梅雨が明けた。梅雨明け後は日照りが数日続くというが、全くその通りだった。六本足の歩道橋にもその数日間は暑すぎていかなかった。外出自体をしなかったわけでは無い。必要なものは近所のスーパーマーケットへ買いに行っていた。買い物は老親より私が行った方が良い。それくらいの気は使う。


 やがて盛夏の暑さにもある程度慣れる。そんな時になるとまた六本足の歩道橋を通ってコンビニへ買い物に行きたい、という気持ちが湧いてくる。

 そんなわけで、私は夜の散歩に出かけるのだった。一週間ぶりくらいだろうか。


 六本足の歩道橋はいつもと違っていた。海に関する出来事があったわけでは無い。それだと私にとってはいつもの事だ。

 階段を登り切った通路部分に十数人ほどの人が並んでいた。家族連れや、恋人同士風の若い男女など。ほぼ全員ちらちらと夜空を見上げている。

 月食でもあるのだろうか。去年か一昨年の月食見物の時もこんなふうに集まっている人がいたなと私は思い出していた。

 

 でも、ネットニュース等に月食の類の記事は出ていなかった。

 なんだろう?海に行くような恰好をしている人はいないし、夜に泳ぐという危険行為を集団でやるだろうか。そもそも、この街の海の存在はさほどメジャーではない。


 頭の中に疑問符を浮かべながら歩道橋を渡り終えて、コンビニに入った時、答えが出た。夏の定番の重たげな破裂音が響いた。

 花火だ。どこかで花火大会をやっているのだ。


 なるほど。あの歩道橋は結構大きいし、視界が高くなるので花火見物にはちょうど良いのだろう。レジで買った品物を入れたビニール袋を受け取ると私は帰るために再び六本足の歩道橋に向かった。


 花火の音に誘われて無糖紅茶のほかに、白玉入り二色フルーツゼリーなるものも買ってしまった。まあいいか。夏らしいと言えば夏らしい食べ物だ。

 予想通り歩道橋の通路に集まっていた人々は黒に近い濃紺の夜空に上がる花火を見ている。せっかくだし、私もつられるように夜空を見上げた。

 ドーンという音と共に火の粒が円形に広がる。

 その時、異変は私の視界の下半分で起こった。夜空に浮かんだ花火と同じものが地上にも表れたのだ。

 

 花火が反射している。何に?決まっている。潮の香り、海面だ。歩道橋の数メートル下に海水が巨大な一枚布のように揺らぎながら広がっている。水の膜の下には車が当たり前のようにライトをつけて走っていた。

 車のライトと次々に上がる花火の明かりが海面に揺れていた。私は思わず呟いた。

「こんな近くにあったんだ……」

 ハッとして周りを見る。周囲の人々は空の花火の輝きばかり気にして海中と海面の光の雄大なカクテルは全く見えていないようだった。

 私の呟きも海に対してではなく、花火を見られる場所に対しての感想を言ったと思われたらしく、別に変には思われなかったらしい。


 数分、周囲に交じって私も歩道橋に留まった。下を向いているのはわたしだけだった。でも変には思われなかったらしい。みんな上空ばかり気にしていたのだから。


 家に帰ってまだ冷たさを残していた白玉入り二色ゼリーを紅茶のお供に食べながら、私は考えた。


 みんなは海は見えない。でも私は見える。私だけに見える?

 私以外にも見える人がいればいいんだけど。

 海そのものが見えたのなら、今度は海を認識できる人を見つけたい。

 

 その人をこっそり見学したい。

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