第10話 幻想的当て字

 スーパーマーケットて本日の晩御飯のおかずを選ぶ。頭の片隅に渚町駅前通りの事を思い浮かべながら、他の海にちなんだ名前の駅にはいつ行こうかなどと考えながら。


 おかずはお刺し身に決めていたので良さそうなのを選んでレジに並び、会計を済ませ残暑の道に落ちている、街路樹や建物の影をできるだけ辿って帰宅した。


 テーブルにおかずを並べるのにはまだ早かったのでひとまず冷蔵庫に入れる。その時、ふと目に入った刺し身のパックのシールの文字。


 袖長鮪。


 ん?びんちょう鮪ってこんな字だった?

 とりあえず手元のスマホでびんちょう鮪を検索してみると鬢長鮪の文字が出てきた。この種の魚から長く伸びる部分を人間の髪の鬢に見立てて名付けられたようだ。

 それなら袖の文字はどうして?

 袖長鮪という文字も検索してみるとやはりびんちょう鮪の名前が現れる。

 袖はびんとは読まない……。当て字なのだろうと私は結論づけた。 

 

 私は袖長鮪の文字表記の方が好きだ。振り袖を連想する優雅な名前だと思うし、花火大会の日に見たあの海にはそういう名前を持った魚が住み着いてほしいと思う。

 あの六本足の歩道橋の海の水は何処かで普通の海の水と混ざっているのではなかろうか。あの陸の海の袖長鮪が巡り巡ってスーパーマーケットに並んだのではなかろうか。


 私は陸の海の魚の肉を今夜食べるのではなかろうか、等と考えながら麦茶を飲んだ。

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