第4話 章魚のビン
半袖にも十分慣れたころ私はまた、歩道橋を歩いていた。そしてこの歩道橋を通るのは夕方がやはり一番楽しいのだった。風のない今日のような日でも、高い所に上ると空気の震えが感じられる。それはまた私の考えを海に向けるのだった。
だってここから見下ろせる街のどこかに海か、海のかけらがあるのかもしれないのだから。
海なのか。
海のかけらである潮溜まりなのか。
さて、あのヘアクリップの女の子が言っていたのはどちらなのだろうか。そんなことを歩道橋を通るたびに考えるのだった。
今日の夕空は金色が所々に散っている透き通るような朱色の濃淡だった。綺麗だな等と感想を浮かべながらてくてく歩いていると一人の男性が向こうから歩いてくるのが見えた。
男性は若者という歳でもないけれど歳をとっている訳でもない年齢だった。四十代前半くらいだろうか。ただ、若くないけど若々しい感じはした。
ごく普通の紺色の半袖Tシャツにジーンズのズボン、ショルダーバッグといったいでたちだった。それだけだったら私も別に気に留めなかっただろう。
ショルダーバッグの男性は大きなガラスびんを抱えていた。蓋はないようだ。そしてその中身。あれは……
なぜそんなものを?と考えているうちに私と男性はすれ違っていった。私は素早く頭を回転させながらコンビニへ向かった。歩く速度は別に早めなかった。
あのガラスびんは……タコつぼなのか?海無し県で生きた章魚の入ったタコつぼを持っている人を見かけたらどんな結論を出せばいいのか?そんなの決まっている。近くのどこかに海が隠されているのだ。私は歩道橋との関連を考えずにはいられなかった。この歩道橋がかなり大きく、上空から見ると六本足の章魚が足を広げたように見えるのだ。
国道と、幅広な車道が十字になっている所にかかっている歩道橋なので十字の周囲の歩道どこからでも利用できるようにした結果、こんな形になったのだろう。
私はコンビニで麦茶と茶色く味のついたゆで卵を買うと再び歩道橋を渡った。
夕空の朱色は少し紺色を上部に漂わせ始めたが、まだ輝いていた。
通り過ぎて行ったショルダーバッグの男性は当たり前だがもういない。
なぜ……。
六本足の章魚が足を広げたような歩道橋で章魚の入ったビンを持った男性を発見した……。この歩道橋の名産とか?突然で数を数えなかったけど、あのガラスびんの中の章魚は足がやはり六本なのではないだろうか。それがこの歩道橋にふさわしい。
今日のように風のない日に歩道橋のどこかに大きなガラスびんを仕掛けておくと、この歩道橋にしか生息しない章魚が釣れるのではなかろうか。
この街のどこかに隠された海の輪郭を私は手探りで推理していく。
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