第3話 海水で湿った髪の毛
立夏も過ぎて来月の今頃は梅雨だなと考える頃、私はあの歩道橋でまたもや海に関連する出来事を見た。
夕方の始まりの時間、西空が幽かに紫を帯びた桃色を漂わせる頃、歩道橋の通路部分で一人の少女に出会った。いや、すれ違ったと表現すべきか。
向こうからやってくる少女は胸部から腹部にかけて海辺の写真が四角くプリントされた水色のTシャツを着て、紺色のバミューダ丈のズボンを履いていた。髪の毛はやや長めらしく、ヘアクリップで丸めて留めてある。手にはラベンダー色で幾何学模様が散らされたビニールバッグを下げていた。
大きめなヘアクリップで留められた彼女の髪はどう見ても濡れているようだった。現に服の肩部分がが湿らないようにミント色のタオルをかけている。
十歳くらい?泳いできたような姿をしている……。バッグの中には濡れた水着が入っていそうだ。
この時私はさすがにこの辺りにあるかもしれない海と彼女の様子を結び付けたりはしなかった。海が存在するとしても、五月下旬ではさすがに泳ぎには早すぎる。
おそらく、室内プールで泳いできたのだろう。習い事か何か、水泳教室にでも行った帰りなんだろうな、くらいに考えた。
ヘアクリップの女の子が私とすれ違った瞬間、声を発した。はっきりとは聞き取れなかったが、誰々ちゃん、と言ったようだ。反射的に私は振り返った。そこには二人の少女の姿があった。ヘアクリップの彼女が友達の姿を見つけて呼びかけたらしかった。もう一人の女の子は半袖のシャツワンピースを着て、ボブヘアだった。
彼女たちは目を引いたので、数秒立ち止まったものの、特に何も思わず私は前も向き、歩きだした。そこで少女たちの会話が聞こえてきた。
「どこ行ってたの?プール?」
「違うよ!」
「わかった、温水プール?」
「違うってば、海!」
「どこの?」
「見えるでしょ?ほら、あっちの方!」
背後から聞こえてきたその会話に驚き、再び私は振り向いた。ヘアクリップの少女は色が変わり始めた西空の下部分を指し示して、ボブヘアの少女は手をサンバイザーのようにかざしてその方向を見て感心したように、へえ……と言った。数秒後、少女たち二人は談笑しながら歩み去って行った。
聞き違い?でも……。などと思いながら私も目的地へ、ペットボトル入りの紅茶を買いに行くためのコンビニへ向かった。
帰った後、家の窓から雲の隙間から金色を徐々にあふれさせる西の空を見ながら私は再び海に関する仮説を立てた。
ヘアクリップの少女が言った言葉は私の聞き間違いが、少女の冗談か言い間違いなのだろうか。でも、もし、そうでは無かったら……。
この街に海があるのなら、それは五月でも入れるくらいの温暖な環境であるのだ。
そしてそれは街の西側にあるという事だ。
そしてあのヘアクリップの女の子は、海の隠し場所を知っていて、泳ぎに行けるという事だ。
いや、ボブヘアの女の子のあっさりと信じた態度を見ると、子供の間では珍しくない話なのだろうか?
私は飲み終わったペットボトルを洗ってリサイクルに出しやすいようにペタンコに潰しながら考えを巡らせた。
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