第12話 遠ざかる海

 立秋がいつの間にかやって来た。夏が終わりつつあるこの頃から、私は陸の海から縁遠くなってしまった。

 季節の変わり目のせい?そりゃ真夏とは少し違うような気がするけど暑いのは相変わらずで私の周囲はまだ海が恋しい環境なのに。

 今まで大して暑くない時季にも潮風を感じたりしていたのに、六本足の歩道橋を渡る時も最近は波打ち際にいると感じる要素が随分減った。


 一番戸惑うのは私自身の感情にだった。

 陸の海が遠ざかる事に対してあまりがっかりしていないのだ。

 私は内陸部に住んでいるのだから本来なら海は遠い存在で当たり前なのだ。

 

 それなら海を身近に感じていた今までは何だったのだろう。

 異常?異常ならガラスの蛸壺を持った男性や、陸の海を知っているらしいヘアクリップ女の子は何だったのだろう。


 幻覚……?私が近付くことができない場所に行くことが出来た人々は居ないとしたら。

 あの人達がいたお陰で私は陸の海はあると思えたのに。

 

 私はどうすべきなのだろう。医療の力が必要?でも周りの人も私自身も別に困っていない。この妄想は誰にも話してすらいない。

 妄想。

 妄想なのだろうか。せめて幻想と思いたい。大差ないかもしれないが、若干言葉の印象が綺麗な気がする。


 要するに私は正常が少しつまらないと感じてしまうようになっていたのだ。だから異常を少し美化したいのだ。


 また私は幻想を持てるのか……。少し味気なくなった日常を送るうちに変化は再び訪れた。お彼岸が来て涼しくなり、秋雨が降ってやんだ日に。

 

 雨上がりの空は雲に覆われていた。灰色の厚い雲が一部裂けて、そこから淡い金色の日差しの帯が垂れていた。水平線まで。

 そうだ、水平線がある。ビルやマンションで見えないけど、私には分かった。あの光を受け止めるなら大海原こそ相応しい。

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