血塗られたシステム 決着編其の1 (約8300文字)




これまでのあらすじ:



「レッドラム」の通り名で知られる、

魔族の国デミゴルゴアの公爵家長女

「シンビジウム・バアル・イーラ」は

親友のリディアの要請に応じ悪徳企業

「アインハルス社」の摘発に参加するが、

企業兵たちの予期せぬ一斉襲撃により

急遽単独行動を強いられるのだった……





ーアインハルス本社、製造区画ー




バサッ、バサッ、バサッ……ズンッ!


禍々しく巨大な翼を生やした黒い影が、

静かな夜の摩天楼に降り立つ。


「私です。たった今製造区画の前に

到着したのでご指示を下さいまし!」


シンビジウムはビルの屋上で身を屈め、

水晶玉越しにエイジへ語りかける。


「出入り口に大きな扉がないか?」


「あります、それがどうしましたの?」


確かに、シンビジウムの目の前には

国境付近の関所に置かれているような

黒鉄色の分厚い蒸気式自動ドアがある。


「あれは僕が設計した軍事施設向けの

高周波磁力結合機構を備えた特別製だ。

自慢じゃないが、最新式の攻城兵器でも

錆止め塗装を剥がす事しか出来ない。」


「まぁ、とっても頑丈ですのね!」


「だが所詮は人が作った物、幾らでも

抜け穴は存在するものさ……警備員が

扉の鍵と暗号を持ってるんだ。」


「誰も居ませんわよ?」


真鍮の双眼鏡で辺りを見回しながら

シンビジウムが呟く。


「カードキーを奪われるのを嫌ったか。

しかし、面倒な事になったな……

上を飛ぶにしてもタレットがあるし、

穴を掘る時間も道具もないようだし……」


「フンッ!!」


ギィ……ガラガラガラガラッ!!


シンビジウムは扉の隙間に指を捩じ込み、

電磁力で厳重に固定された鉄の塊を

筋力だけで障子戸のようにこじ開けた。

歪んだフレームが激しく火花を散らし、

緊急サイレンが辺りに鳴り響く。


「えっ」


「開きましたわ、次はどうしますの?」


「あ、あぁ……よくやってくれたな。

今の警報で対ドラゴン用のタレットが

起動した筈、安全に本丸を目指すのなら

エレベーターを使うしかないだろう……

階段は無理だ、身長が高い貴女では

レーザー感知式の罠は避けられない。」


「じゃあ、このまま真っ直ぐ行けば

よろしいのかしら?」


「いや、社員用の通常エレベーターは

今ので緊急停止したから使えない……

第8工場の運搬用エレベーターを使って

本丸へ向かってくれ。」


「了解、また連絡しますわね。」


「ああ、頼んだぞ!」


シンビジウムは水晶玉の通話を切ると

素早く身を翻し、宙吊りになった鉄骨を

尻尾で掴むと蝙蝠のようにぶら下がる。


「うわっ、扉がこじ開けられたのか!」


「まだ近くに居る筈だ……探せ!」


生物の大半に共通する事だが、自身の

頭上は死角となりがちだ……故に、

魔族は獲物を仕留める際にこうして

木や建築物に吊り下がって機を伺う。

 

カタンッ


警備兵が背中を向けた次の瞬間、

シンビジウムは鉄骨の上に登って跳躍!


バシュウッ!!


鉄骨を吊り下げていたワイヤーが切れて

先程まで彼女が乗っていた巨大鉄骨が

下に落ち、警備兵たちを押し潰す!


「ソノ図体デ、ヨク避ケタナ。」


アインハルスの社章が刻印された、

5m近い大型の戦闘用ゴーレムが

流暢な電子音声を発する。


「あら、よく喋る粗大ゴミだこと。」


「俺ノ名ハ38号、最強ノゴーレムダ。

ヨク覚エテオケ、喋ル生ゴミ。」


「冗談まで言うなんて賢い子ですわね、

スクラップにしてあげましょうか?」


バシュウンッ!!


38号と名乗ったゴーレムの右腕から

歯車を研いで作られた電動ノコギリが

射出され、彼女の真横にあった足場を

真っ二つに切り裂く!


「サキュバスヲバラセルト聞イテ

ワザワザ来テヤッタノニ、糞ガッ!

顔ガイイダケノゴリラジャネエカ!」


「キィーッ!ゴリラですって!?

あんな見掛け倒しのヘタレ猿なんかと

この私を比べないで下さる!?」


「ハーッ!ゴリラヨ、死ネ!!」


ヴィイイイイインッ!!


38号の電動ノコギリが雄叫びを上げて

フル回転、シンビジウムの首を狙う!


「フンッ!」


シンビジウムは宙返りして斬撃を回避、

足元に置かれた鉄骨を38号に向けて

軽々と蹴り飛ばすが、38号はこれを

紙切れのように両断する!


「アインハルスノ技術ヲ舐メスギダ!

俺ノ右腕ハ、ダイヤモンドダッテ

真ッ二ツニ出来ルンダカラナァッ!」


38号は右腕を振って斬撃を飛ばし、

避けた先にノコギリを射出!


「コレガ俺ノ必勝法ダァ!!」


ガッ


シンビジウムは38号のノコギリを

歯で挟んで受け止めると、そのまま

顎の力で噛み砕いてしまった。


「何ダト!?」


「べぇーッ」


シンビジウムはサメのように鋭い

牙がびっしりと並んだ口を大きく開け、

自分の舌にノコギリの残骸を乗せて

38号に見せびらかす。


ギャアァァンッ!!


そして怯んだ隙に拳が叩き込まれる。

左腕で防御するが、今まで生きてきて

聞いた事のないような打撃音が鳴る。

見ると、攻撃を受けた左腕の装甲が

吹き飛んで関節が潰れていた……


「アッ、1発デ折レタッ」


根源的な恐怖を感じ後ずさる38号。

彼には死刑囚の頭脳が搭載されており

非常に柔軟な判断が可能だ……だが、

それ故に理解してしまった。


「えい」


「ウワッ!?」


拳を寸止めされて腰が抜ける。

洗脳プログラムによって克服した筈の

恐怖が、間欠泉のように湧き上がる。


「えい」「えい」「えい」「えい」


「えい」「えい」「えい」「えい」


「えい」「えい」「えい」「えい」


「ウワアアァァァァーッ!!」


ヴィイイイイイイインッ!


38号はノコギリをリロードすると

肉体を制御している脳へと叩き込み、

自らその命を絶った。


戦闘を続行するプログラムよりも、

目の前の破滅的な恐怖と暴力から

逃れる事を何よりも優先したのだ。


「もしもし、エイジさん?

38号とやらが自殺しましたわよ?」


「は?何をやったんだアンタ!?

38号は元Aランク冒険者の重罪人から

取り出した脳で作られたんだぞ!」


「殴る寸前で拳を止めるのを何度か

繰り返したら、ノコギリで頭を割って

そのまま倒れ込んでしまいましたの。」


エイジは水晶玉の向こうで頭を抱えて

数秒間思考停止状態になった後に、

ある一つの結論に辿り着いた。



「もしかして、強いショックを与えれば

元になった者達の人格が戻るのか?」


「黒魔術以外はよく分かりませんが、

可能性としては充分有り得るのでは?

魅了魔法を解除する方法の一つに、

被害者を大量の聖水で溺れさせると

いうものがありますでしょう?」


「確か、昔の本でそんな話もあったな。

うん、やってみる価値はありそうだ。

これで12号や4号は助かるかも知れない。

報告ありがとう、参考になった……」


「その二人はお知り合いかしら?」


「あぁ、難病の治療と引き換えに

B.O.I.Sの実験台にされた子供たちだ。

他にもそういう人間は大勢いる……」


「……似たようなゴーレムを見たら、

また報告させて頂きますわ。」


「あぁ、是非そうしてくれ……

僕からも皆に伝えておくよ。」


「じゃあ、失礼しますわね。」



パ ァ ン ッ ! !



シンビジウムは深い溜め息を吐くと

自分の頬を叩いて気合いを入れる。


「よし!」


「何だ、今の音は」「敵襲か!?」


工場で社員を匿っていた兵士が慌てて

出て来るが、これこそが彼女の狙い。


ゴスッゴスッ、ドスン!


彼らの頭上を目掛けて素早く降下して

頸椎を殴り飛ばし、一瞬で二人の

意識を刈り取ると残った一人の足を

掴み、勢いよく地面に叩きつける!


「そこまでだ!」


バリケードの隙間から無数の

クロスボウがシンビジウムを睨む。


「撃て!」


バシュバシュバシュバシュバシュ!


横殴りの豪雨と見紛う程のボルトが

次々と射出される!


「ちょっと!レディ一人に対して

そんな大勢を引っ張り出さなくても

よろしいんじゃなくって!?」


シンビジウムは近くにあった

巨大なコンテナの裏に身を隠す……


「全く……このコンテナがなかったら

私の唯一の取り柄であるこの美しい顔に

擦り傷がついてしまう所ですわ……

ん?コンテナ……?」


そう、目の前にはコンテナがある……

常人が扱える威力の飛び道具であれば

恐らく貫通せずに防ぐ事が可能であり、

大勢の屈強な兵隊を一度に潰せる重量と

サイズ、強度を兼ね備えた鉄の塊が。


「そうそう、頭も取り柄でしたわね。」

 

ガシッ


シンビジウムはコンテナを掴み、


ギィ……ガリガリガリガリッ!


果物を載せた台車か何かのように、

恐ろしい速度で押し始めたのだ!


「あなた方、相手が悪かったわね……

国立魔術大学の黒魔術学部を主席で

卒業した私の頭脳を敵に回した事、

あの世で仲良く後悔しなさい!」


「な……なんだあっ!?」


火花を散らしながら肉食獣より早く

こちらに向かって来る巨大コンテナを

前に、兵士たちは驚愕!


「に、逃げ」


ダ ァ ン ッ ! !


次の瞬間、数十人の屈強な兵隊は

一人残らずコンテナと壁に押し潰され

イカ煎餅のようになって絶命した……


「…確かに立派な事だと思うよ、でも

今の破壊音と頭脳戦って関係ある?」


「雑兵相手に一切魔力を使わずに

勝ちましたのよ、合理的でしょう?」


エイジは無線の向こうで頭を抱えた。


「あら、急に黙ってどうしましたの?

突っ込み所でしょう?やっぱりお前

ゴリラじゃないか、とか……」


「……自覚あったんだ。」


「あら、そんなに鈍感じゃなくってよ。

学生時代からよく言われておりますし、

異常なのも理解してるつもりですわ。」


「その……力も強いし、お嬢様だって

聞いてたからさ……そういうものとは

無縁だと勝手に思ってた……ごめん。」


「それでも、異物ではありますから。

想像して下さいまし……本気を出せば、

或いは加減を誤れば簡単に人を殺める

文字通り“悪魔”のような生き物を。」


この世界における悪魔の由来は、

魔族の蔑称が元になっているという。

泣いて詫びる他種族を嬉々として嬲り、

殺し、奪い、徹底的に陵辱する……

そんな社会の「悪」を体現した存在。


魔族がそんな連中ばかりだったのは

何千年も前の事だと言われているが、

エルフや竜人などの長命種にとっては

未だに家族や友人の仇なのだ。


エイジには無線の向こうに立つ彼女の

口調が、途端に厳しく、冷徹になった

ような気がしてならなかった。


「確かに気を遣うかもな……今より

未熟で、加減も出来ないなら尚更だ。」


「でしょう?出来れば学び舎などに

来て欲しくないとすら願う筈……」


シンビジウムは第8工場の扉を

飴細工か何かのように捻じ曲げて

侵入すると、エレベーターを呼ぶ。


「……100人中100人がそうだとは

思わないが、確かに思うかもね。」


「言い切らないのね?

でも、その場に貴方がいたらきっと

守って下さるような気がしますわ。」


「そうかな……ありがとう。」


シンビジウムはエレベーターへ

乗り込み、びっしりと並んだボタンを

眺めながら指を回転させる。


「何階を押せばよくって?」


「17階だ、それ以降は警備用の機械と

内部の兵士とで挟み撃ちになる。」





ーアインハルス本社要塞、17階ー



\チーン/



「撃てぇっ」



ドガガガガガガガガガガガッ!



エレベーターの扉が開いた瞬間

対物アサルトライフルが唸りを上げ、

大量の血飛沫が飛び散る。


「やったか!?よく見えないな……

おい、だれか扉の辺りを照らしてくれ」


「はい!」


エレベーターの床はぶち抜かれており、

赤い肉片が扉の前に飛び散っている……


ザシュウッ!!


「えっ」


肉が裂けて血が噴き出す嫌な音で

背後を振り向くと、そこには

首のない仲間が立っていた。


「ばぁーッ」


分厚い鉈を短剣のように構える

巨大な影が牙を剥き、不遜に嗤う。

彼女の尾には挽肉と化した兵士の屍が

何体も突き刺さっている……


彼女はエレベーターの床を破壊して

下に潜り込み、硬い尻尾に死体ルアーを括り付けていたのだ。


ジャキンッ!!


残った最後の一人の首が地面に転がる。


シンビジウムは刃に血糊がつき、

変形して使い物にならなくなった

分厚い鉈を放り投げた。


「……………」


血と獣欲に塗れ、大剣を背負った巨躯。


真っ赤な白目と空洞のように赤い瞳。


割れたガラスに映る自分は、人間の言う

“悪魔”と呼ぶに相応しい姿だ。


国一番の美少年と名高い実の兄、

ベラドンナとは正反対のいつ見ても

嫌気が差す恐ろしい姿だ。


「フッ……本当に悪趣味な人。」


シンビジウムはガラス片を踏み潰し、

鋭い牙を見せて微笑む。


「よし、順調に攻め込んで来たね。

そこを真っ直ぐ進んだ突き当たりが

社内VIP専用の個人居住地だ………

どんな相手が来るか分からないぞ。」


「ありがとうございます。エイジさん、

水晶を私の相棒に繋いで下さるかしら?」


「あぁ、いいよ。」


数秒間のビープ音が鳴った後、彼女が

最も信頼する右腕からの通信が来る。


「ようシン……ラッキーな事に俺はまだ

生きてるらしい……しかしキツいぜ。

野に放ったら軍が動くレベルの化け物が

何匹も来るんで、魔王の城みてぇだ。」


アウトキャストは致命傷こそ負っては

いないものの、消耗しているようだ。

息は荒く、周囲の物音はしない。

恐らくどこかに隠れているのだろう。


賞金首時代に自身と何度も渡り合った

類稀な実力者ですら苦戦を強いられる。

シンビジウムはまだ見ぬ強敵の気配を

確かに感じ、警戒レベルを引き上げた。


「あっ、あの!こんな時に話したら

お気を悪くされるのではないかと

思いますけれどっ……よ、よかったら

帰りも私と御一緒して下さいまし!」


「!?」


「私も、ここに来る道中大変でしたの!

もう怖くて怖くて仕方ありませんわ!

だっ、だから!もし貴方が死んだら、

私、一人で帰れる自信がなくってよ!」


「………ッ」



アウトキャストは押し黙り、暫し

二人の間に気まずい沈黙が流れる。


「あ………あの、やっぱり私」


「ククッ……ククククッ……フフッ…

ヒャーッハハハハハハハァーッ!」


沈黙を破ったのは、狂気を帯びた

アウトキャストの爆笑だった。


「ウケるぜェ、お前が恐れるものが

この世に存在するってのかよォ!?」


「なっ、なんで笑って……」


「この戦いで一度もビビらなかったら

俺はお前より強ェって事じゃねェか!

やってやるよ…全員ブチ殺してやる!

そん次はお前の獲物も俺が貰う!」


アウトキャストは水晶玉の向こうで

魔力ポーションを一気に飲み干す。


「いたぞ!」


「お陰で調子上がったわ、サンキューな!」


その捨て台詞を最後に水晶玉からは

兵士の悲鳴とスコップが肉を斬る音、

氷の殻が魔法を弾き返す音が延々と

鳴り響き、彼の声は聞こえなくなった。


「……また通信切るの忘れてますわ。」


シンビジウムが呆れて通信を切ろうとした、

まさにその時だった。


「待ってろよ、シン……!」


アウトキャストの独り言が耳に飛び込む。


「………嘘で殿方を急かすなんて、見た目も中身も本当に醜い女ですわ。」


シンビジウムは水晶玉の通信を切ると

背負った真紅の刃を素早く抜き放ち、

道を塞ぐバリケードを一撃で切断した。


「ぼ、僕が半年近くかかって開発した

一発撃つのに5万G掛かるミサイルでも

壊せない新型バリケードがっ……!

頼もしいような、悔しいような……」


「単なる鉄でここまで硬ければ

費用対効果は充分ではなくって?

それにこれ、魔剣ですもの。」



ド ゴ ォ ン ッ ! !



タックルで防弾コンクリートを破壊、

護衛の自律型ゴーレム数台を巻き添えに

社内VIP専用の居住施設へ楽々と侵入。


「……来たな、レッドラム。」


殆ど岩塊に等しい重厚な甲殻を纏い、

ブースター付きの鋭いナギナタを携えた

大ムカデの蟲人がシンビジウムを睨む。


「俺はネメア……」


「きちんと肉のある方のようですわね。

歯応えのない鉄屑よりは楽しめそうで

一安心致しましたわ。」


「案ずるな、お前の歯は全て無くなる。

俺の甲殻はネオ・スターライトで補強され

“神の手”によって鍛えられたことで

全身を覆う最強の盾となったのだ。」


ゴォ……ッ!


ナギナタのブースターが青い炎を吐き、

蟲人の目が危険な熱を帯びる。


「すぐには殺さん……ナンバーテンの前で

生きたまま皮を剥がしてやる……!」


「あらぁ、貴方も彼にお熱なの?

親友として鼻が高い限りですわ……でも残念。」


黒炎葬蝕ダーク・ドレスアップ


ブオォ……ッ!


シンビジウムの剣が黒い業火に

飲み込まれ、全身の血管が灰色に輝く……

刺々しい防具や長い髪の末端には

灰色の残火がちらつき、口からは

活火山のように火の粉と煙を吐き出す。


「誰にも渡すつもりはなくってよ?」


「ならば力で奪うだけの事!」


全長10メートル近い巨体を翻し、

ネメアがブースト・ナギナタを振り下ろす!


「ナンバーテンが俺にしたように、

貴様からも全て奪う……それだけだ!」


怒りで全てを焼き尽くすような鋭い目が

シンビジウムを激しく睨むが、彼女は

怯む事なくナギナタの一撃を受け流し、

荒れ狂うネメアに蹴りを繰り出す。


ガンッ!


岩を叩くような音が鳴り響き、

ネメアの甲殻に打撃が吸収される。


「フン、ナンバーテンはこんな奴に

遅れを取ったというのか?」


ネメアは身体を鞭のようにしならせて

シンビジウムの脇腹に叩きつけた!

2m半を超す巨躯が紙のように吹き飛び

壁を粉々に破壊する!


「貴方……この程度の実力で彼に

復讐しようと思っていらっしゃるの?」


だが相手は傲岸不遜の狂犬を力のみで

屈服させ、自ら忠誠を誓わせた怪物……

骨一本折る事なく平然と立ち上がり、

無傷の腹筋を晒してネメアを挑発する。


「見かけによらず可愛らしいのね。」


「死ぬまで殴れば問題ないっ」


再び尾での攻撃を繰り出すが、

シンビジウムは片手で彼の下半身を

絡め取り、ゴミでも捨てるかのように

地面に叩き付けて投げ飛ばした。


「懐かしい気分ですわ、初めて彼と

出会った時を思い出します……」


「ぬおぉっ!」


カウンターめいた薙ぎ払いを跳躍して

回避し、吐き出される毒液を拳圧で

蒸発させながら、シンビジウムは

恍惚とした表情を浮かべる。


「冤罪で賞金首にされギルドに復讐を

誓ったあの人は、奇襲で私の右眼を

抉り出して……フフッ、思えばあれ程

楽しかったのはいつ振りだったか……」


「く、口だけは達者な変態がっ!」


「ただの弱い女でいるくらいなら

強い変態になった方がマシですわ。」


「まぁ良い、遊びは終わりだ!」



ギャリギャリギャリギャリィッ!



「その弱い頭でよく考えてみろ……

コウモリがムカデに勝てる訳がない。」


ガッ ガッ ガッ ガッ!!


ネメアは鍔迫り合いを繰り広げながら、

長い身体を活かして尻尾の先端で

シンビジウムも一方的に殴打!


「くっ!」

 

「そうだ、その顔が見たかったんだ!

奴の大切な仲間が死んでいく光景……

俺の相棒を壊したクソ猿が絶望する様を

早く見せろ、レッドラム!」


ネメアは相手を壁際に追い込み、

鋏状になった四つの顎を打ち鳴らす!


「キシャァァァッ!!」


再び毒液発射準備!


「そこっ!」


ガッ


ネメアの口が開いた瞬間、シンビジウムは

全力で彼の身体を押し返して体勢を崩し、

甲殻に守られていない口内に自らの尾を

勢いよくねじ込んだ!


「!」


「フンッ!」


グシャアァ!!


動揺で動きが止まった瞬間を見逃さず、

膝蹴りで下顎を撃ち抜き完全に粉砕!


「あがァッ!?」


崩壊した顔面の下半分から毒液が溢れ

窒息しかけたネメアは激しく悶絶する!


「……虫ケラが”悪魔”に勝てると

本気で思っていたのかしら?」


「ウ…ア”ァ”ァ”ァ”ア”ァ”ッ”!!」


半狂乱と化したネメアは怒りに任せて

渾身の体当たりを仕掛けるが……


「所詮は首輪付き、想像通りの実力ね。

彼の手を煩わせずに死んで下さいな。」



ジ ュ ウ ン



大剣で胸部装甲の隙間を貫かれ、

壁に開いた大穴から本社要塞の外に

投げ捨てられて即死した。



「ふぅ……デート前の良い準備運動に

なりましたわ、帰り道に映画館か

遊園地があるといいのだけれd」


ズドンッ!


残心を解いたシンビジウムの衣服に

大きな風穴が開く。


「えっ」


「一時はどうなる事かと思ったが、

あの裏切り者が作った散弾銃の

おかげで命拾いしたぜ……」


シンビジウムが膝をつくと同時に、

でっぷりと太った若者が隠し扉から

姿を現し、額の汗を拭う。


「冒険者も所詮は生き物、武器さえ

揃えば簡単n」


「このバカ!」



パ ァ ン ッ



シンビジウムの平手打ちが若者の

顎関節を外し、奥歯を粉砕した。


「服に穴が開いたじゃないですか!?

せっかく無傷で帰れると思ったのに!」



「あ……へぇ……何れぇ?」


首が変な方向に曲がったまま、

事態を飲み込めない若者が呻く。


「あっ、いけない……私ったら

つい反射的にやってしまいましたわ。」


恐らく脊髄をやられたのだろう、

糸の切れた人形のようにへたり込み

芋虫のように床を這っている……


「こ、殺してしまったのか!?

蘇生するから原型は留めてくれよ……」


「死ぬより酷い有様になってますわ。

腕の良い治癒師を手配して下さいまし、

下手なのに当たると面倒ですから。」


常人の治療というのは再生力の高い

冒険者と比べて無茶が出来ず、手間も

時間も相応にかかるものなのだ……


彼にとって幸運だった事象を挙げるなら

シンビジウムの右腕たる強者が偶然にも

不在だった事だろうか?尤も、涙と涎を

無様に垂れ流すこの男には想像すら

及ばないだろうが……ともかく、これで

エイジ率いる冒険者軍団と悪徳企業との

5vs5マッチは正義漢たちの一勝だ。






ー次回、アウトキャスト編に続くー










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