血塗られたシステム 決着編其の4 (約5700文字)




「まずは頭数を減らすぞ……

一番弱いナンバーテンから狙え!」


「クククッ……否定はしねェが、

一番まともだと言ってくれよ」


アウトキャストは白い息を吐き、

フードに隠された目を細める。


「死ねっ」


銀色のガントレットを装備した

ダークエルフの冒険者が蛇のように

滑らかなステップでアウトキャストに

接近し、回転を加えた右拳で殴る!


パ ァ ン


アウトキャストは凍り付いた右腕で

素早く打撃を滑らせるとタックルを

繰り出して相手の姿勢を崩しつつ、

股間に膝蹴りを叩き込む!


「笑えるだろ?三人もいる中で

手前の為に戦ってるのは俺だけだ」


「あうっ」


「お前らには感謝してるぜ?

お陰でまた成り上がるチャンスが

巡って来たんだからな……」


グシャッ


地面に寝かされたダークエルフの頭が

虫のように踏み潰され、脳からの

信号を失った手足が激しく痙攣した。



「そこだ!」



ダ ァ ン ッ !



背後からアウトキャストの脳天に

グレートメイスが振り下ろされ、

彼は大きくのけ反った。


ダークエルフは囮役に過ぎず、

本命の冒険者が闇魔法で彼の影に

溶け込んでいたのだ。


「へへ、殺ってやっ……」


カチッ バシュン! 


奇妙な駆動音の直後、冒険者の

下腹部に激痛が走る。見ると、

切り離されたスコップの先端が

金属の鎧を食い破り、彼の腸を

ズタズタに引き裂いていた。


「セールスマンの熱意に負けて

ブレード射出機構をつけたが……

中々いい仕事するじゃないの」


「あっ……」


「あばよ」


ドスッ


アウトキャストは何事もなかった

かのように素早く姿勢を正すと、

突き刺さったブレードを蹴飛ばして

胴体を貫通させ、敵に引導を渡す。


「さてと……」


ギ ィ ィ ン !


アウトキャストが刃を失った得物で

薙ぎ払いを繰り出すと薄暗い広間に

青白い火花が散り、ナイフのように

鋭い棘が壁に突き刺さった。


「何だ……?」


ビ ュ ウ ッ


「うわっ、危ねェぞ!?」


更に無数の棘が飛来し、敵味方

入り乱れる戦場が突如として

嵐のような猛攻に晒される!


竜牙砕甲タルンカッペ!」

 

ガガガガガガガガァッ!


瞬時に逃げ場がない事を悟った

アウトキャストは魔力の消費を

度外視したより強固な氷の殻を

全身に展開し、棘の嵐を防ぐ!


ベラドンナは刺剣を振るって

自身に向かって来る針を残らず

叩き落とし、シンビジウムも

大剣を盾代わりに身を隠す。


「ギャアアァァッ!!」


負傷して動けなくなった冒険者が

瞬時に身体のパーツを削り取られ、

肉片がこびりついた骨格となった。


「ひどい……!」


「こ、この野郎!」


アウトキャストは嵐の中を

滑走して未知の襲撃者に急接近、

数十秒前までスコップだったものを

取り捨てて殴り掛かる!


「何してやがんだあぁァッ!!」


襲撃者は回転を加えた右ストレートを

鋭い回し蹴りで逸らし、怯んだ

アウトキャストを飛び蹴りで

反対方向へ吹き飛ばす!


「クソが……ぶっ殺してやる!

誰が止めようが、コイツだけは

ここで息の根を止めてやる!」


「落ち着いて!どうしたのさ?

いきなり目の色変えちゃって…」

 

アウトキャストはベラドンナの

制止を受けて多少は落ち着いたが、

邪魔をされたら彼に殴り掛かっても

おかしくない程の殺気を放ちながら

目の前の冒険者を威圧していた。


「青いな、ナンバーテン……

いや、青くなったというべきか。

彼らには無知故の勇気があった、

若者の唯一にして最大の長所を

フルに活用しただけの話だろう」


襲撃者はしわがれた、しかし

威厳のある低い声でそう呟いた。


「それが気に食わねェってんだ、

今すぐぶち殺されたくなきゃ

老人ホームに入って背中の針で

編み物でもしてな、クソジジイ」


「私を殺す……?貴様がか?」


ブ ワ ア ッ


襲撃者は怒りと軽蔑を含んだ

声でそう呟いた後、フード付きの

コートを素早く脱ぎ捨てる。


「この初代ストームタロンを、

20手前の若造が殺せると?」


黒いフードの中から現れたのは

ウォー・ボンネットを身につけた

白いヤマアラシの獣人……それも

相当な手練れだろう。


「ストームタロン!?」


ドラゴンの前ですら軽口を叩く

ベラドンナの声色が変わった。


「誰なんだ」


「今から40年前、まだギルドが

戦争に介入するような傭兵組織

だった頃のSランク冒険者……

でも、方針が変わって引退した筈」


「老後の貯蓄が心配になった、

って顔じゃねェよな……」


「ここの首領から、近いうちに

大きな戦が始めると聞いたものでな。

そして、俺たちの死に場所は断じて

薄暗い病室などではない……」


ストームタロンが合図すると、

彼の両隣に二人の冒険者が現れる。


「コーッ……まだ終わらんぞ……

再び……我が武名を国中に……」


一人は、全身にチューブが刺さった

黒いガスマスク姿の大柄な老人。


「……………フン」


そしてもう一人は下顎と下肢を

高性能な金属製品へと換装し、

大剣を背負ったエルフの女…

恐らくは現役だった頃の仲間

なのだろう。


外見、年齢、性別、種族すらも

バラバラな三人組だが、いずれも

無数の戦場を渡り歩いた者特有の

よく練られた殺気を放っており

ベラドンナ達に勝るとも劣らない

類稀な使い手である事は明らかだ。


「天下無双の英雄が、今じゃ

腐敗した資本と権力の駒か……」


ベラドンナは追慕と哀れみが

入り混じった口調で呟くと、

銀で控えめな装飾が施された

二振りの長剣を抜く。


渦雲断ちクラウドバスター


ギ ュ ン !


詠唱と同時に叫ぶような雷鳴が

鳴り響き、闇属性を帯びた紫色の

稲妻が素早く刀身に走る。


ストームタロンは全身の針を

逆立て、激しく鉤爪を打ち鳴らして

薄暗い広間を火花で照らした。


「お前も我々を否定するのか?」


「いいや……」


両者の放った殺気がぶつかり合い、

衝突した地点の空気が僅かに歪む。


「敬意を以て」


ド オ ッ


「蹂躙するッ!」


0.1秒後にどちらかの首が飛んでも

おかしくはないという状況の中、

先に動いたのはベラドンナだった。


地獄鋏ヘルフェクス!」


亜光速で標的に急接近し、

敵の身体を挟み込むように二刀を

外側に向けて振り抜く必殺の一撃。


「む……!」


咄嗟に跳躍して難を逃れていた

ストームタロンだが、自身の

背後にあった分厚い壁がバターの

ように両断された様を見て

敵への警戒レベルを引き上げる。


ブ ォ ッ 


空中で身構えたストームタロンの

予想通り、死神の鎌を思わせる

ベラドンナの鋭い回し蹴りが

彼の頬を掠め、白髪を散らす。


「甘いッ!!」


ストームタロンは身を翻して

攻撃を躱すと鉤爪を振るって

衝撃波を放ち、ベラドンナを

牽制しつつ距離を取った。


嵐刃鳴動波ガルダ・エスパーダ!」


バ オ ォ ッ !


ストームタロンは両腕に魔力を

集中させ、掌から嵐を放つ!

相手に判断する暇すら与えぬ

衝撃波を放ち、怯んだところを

嵐によって巻き上げた針で射抜き

ハチの巣にして殺す。


「ハァ……ハァ……」


一瞬で大火力の一撃を放つため

精神的、肉体的な損耗と魔力の

浪費は避けられないが、

これ以上打ち合っていれば

仲間の命も危うい……


嵐が過ぎ去るとそこには

針に穿たれ、磔になった

ベラドンナの翼と角の欠片、

夥しい量の血痕が残っていた。


冒険者同士の戦闘を想定した

特殊防護壁には大穴が空き、

攻撃の凄まじさを雄弁に語る。


翼を捥がれ、高層要塞の上階から

真っ逆さまに落ちた……

そう考えるのが現実的だろう。


ド ガ ッ


「はうっ」


そんなストームタロンの幻想は

顔面への前蹴りで打ち砕かれ、

老人が蛆虫のように地面を這う。


「アハハハハッ、いいねぇ……

さっきから一秒だって退屈しない!

今日の事は絶対に自伝に書こう!」


ベラドンナは根本から千切れた

片翼を揺らし、脳内麻薬によって

瞳孔が開いた目を見開いて嗤う。


翼を盾代わりにして判断を下す

時間を稼ぎ、投げ出されたフリを

して壁に張り付くと視界の外から

反撃を繰り出す。


自身の鮮やかな動きを思い出し

恍惚とした表情を浮かべる

ベラドンナだったが、その間も

一切の隙を見せない。


「やるな……その傷で嗤うか」


「普段、平気な顔をして

相手に痛い思いをさせてるのに

自分の番が来るのは嫌だなんて、

虐めっ子みたいでダサいじゃん?」


自己愛の塊とも言えるこの男は、

故に自身の美学から逸脱する事を

何よりも嫌っていた。


「顔向けできないんだよね」


ギ ィ ン !


重く、素早い斬撃と激しい稲妻が

ストームタロンの爪とぶつかり、

暗闇に絶え間なく火花が散る。


「セタンタは死んで伝説になれた

だけまだマシだろう……私たちは

ギルドと国の為に命懸けで戦い、

事が済んだら用済みとばかりに

人殺しのレッテルを貼られた!」


グシャッ


「うぐ……っ」


斬撃が受け流される……

風を纏った鋭い蹴りが

ベラドンナの脇腹を抉り、

整った薄い唇から血が溢れた。


「人生の9割は戦争だったんだ、

不殺を美徳とするようなお前達に

私たちの気持ちは分かるまい……」


「あぁ、分からないよ……

僕はほら、君たちと違って

与える側の存在だからさ……」


ベラドンナは相手の前に

立ち塞がるように剣を構え直す。


「誰かに必要とされないと戦う事も

出来ないような弱い人の気持ち

なんて、分からないんだよね」


「……貴様ァ!」


ストームタロンが血走った目で

ベラドンナに飛び掛かる!


「くっ……やっぱ速いか!」


いかに一国の全軍に匹敵する

怪物、Sランク冒険者といえど

長年の修練と経験の差は覆し難い。


攻撃を的確に防御、回避した

相手のカウンターによって

確実に集中力を削がれていく。


一見鮮やかに捌けてはいるものの、

負傷もあり体幹が限界に近づく。


ガキンッ!


背後に下がった瞬間だった……

手首へのフェイント攻撃を防ぐも、

右で構えた剣を手放してしまう。


「そこだ!」


ズ ブ


ストームタロンの渾身の一撃が

ベラドンナの腕を貫き骨を削る。


「なにっ!?」


しかし動揺の声を漏らしたのも

ストームタロンの方だった。


「へへ、捕まえた……!」


手首を破壊しようと突き出した

鉤爪の一撃は狙いを外れて掌に

刺さり、そのまま引き寄せられる。


ベラドンナは剣を捨てたのだ……

武家の誇りである筈の剣を、

あろうことか囮として使った。


経験とは即ち先入観。

サソリが糸を吐くが如く予想外の

攻撃によって生じた0.1秒の隙は

均衡を崩すのに充分すぎた。


ガ ン ッ !


ベラドンナは剣を逆手に持ち替え、

柄の先端で相手の顎を強打する!


「ぐ……」


突き上げるような衝撃で脳が揺れ、

体勢を崩したストームタロンは

何とか逃げようと後ずさるが

足を踏まれ、再び引き戻される。


グ シ ャ ッ !


「はうっ」


視界の右側が暗転し、生暖かく

湿った感触が頭部に広がった後、

死角となった首筋に冷たいものが

当てられている事に気付いた。


「……見事だな」


「ありがとう」


「貧困や差別と戦う英雄など、

乱世となれば邪魔にしかならぬ…

お前もいずれ、用済みになるぞ」


「知ってるよ」


「愚かな…裏切られると分かった

上で、戦い続けるというのか……」


「…セタンタは22年しか生きられ

なかったし、沢山のものを奪った。

お金、平和、それから人の命もね。

彼に奪われたものは二度と戻らない

けど、彼が守った物や与えた物は

この先もずっと残り続けるんだ」


「なに……?」


ベラドンナは剣を両手で握り、

ぞっとする程優しい声で話す。


「どうせ歴史に名を刻むなら、

多くを奪うより多くを与えた方が

カッコいいでしょ?」


「フン……違いない」


ザ ン ッ 


ストームタロンが呟いた瞬間、

彼の太い首に峰打ちが叩き込まれ

老人の意識を一撃で刈り取った。


「ぐあっ!」


「む……無念……」


それと同時に大柄な老人が倒れ、

義足の女が片膝をつく。


「ハァ……ハァ……ハハハッ!

も、もう終わりかよジジイ…

これなら…普段の稽古の方が

よ、よっぽどキツいぜ……」


アウトキャストは息を切らし、

額から大量の血を流しながら

スコップを杖代わりに立つが

意識が朦朧としているらしく、

すぐにカーペットの上へ座り

胡座をかいた。


「い、今までそんなに無理を

されていらしたの!?」


シンビジウムも無数の裂傷を

負い、肩で息をしていたが

アウトキャストと比べれば

軽傷の部類に入るだろう。


「ちょっと前まで管に繋がれて

何とか生きてたって男が

強くなろうってんだ、

せめて命くらい賭けなきゃ

尻に火も点かねェよ……」


アウトキャストは相棒と

出会ってからの地獄めいた

特訓の日々を思い出しながら

額に包帯を巻いて止血する。


辛くはあった。

だが疑問に思ったことはない。


半年前、まだ殺し屋だった頃に

知ってはいけない事を知った。


自分を拾ってくれたギルド、

父親同然に思っていた雇い主、

片想いしていた先輩、可愛がって

きた後輩、全員が自分の首を

狙って襲って来た。


だから、全員殺した。

先輩から教わった技、

後輩から盗んだ戦術、

雇い主から支払われた金を

全て使い、向かって来る奴は

一人を除いて皆殺しにした。


ただ憎かった。

自分にこんな事をさせたギルド、

自分の汚れ仕事の恩恵を受けて

おきながら何も知らない連中、

やっと楽になれた重病人をクソな

異世界に召喚した召喚術師、

何度拒んでも復讐を止めに来る

クソ偽善者のクソ魔族。


負けた。何度も負けて何度も

ターゲットを殺し損ねた。

どれだけ卑怯な手を使っても、

どれだけ鍛えても勝てなかった。


しかも、俺をわざと逃がして

泳がせておき、俺が敵の隠れ家を

暴いた時に便乗してやって来ては

必ず俺をぶちのめして追い払い、

不正の証拠を突きつけて

裁判にかけ豚箱に放り込んだ。


悔しかったし腹が立った。

バカみたいに強い癖して、

見下げ果てたクズが相手でも

絶対に殺さないのだ。


「自分が正しいと信じているから

後ろめたさも何もない、だから

誰が相手でも絶対に負けない」


最後の戦いが終わった後に

なぜ強いのか聞いてみると、

冗談みたいな答えが返って来た。

躊躇なく相手をぶち殺せる奴が

最強だと信じていた俺にとっては

かなりショックだったが、

同時に一理ある考えでもあった。


それを実践出来る奴が弱い筈は

ないだろうし、実際のところ

敵とはいえ家庭を持っている

相手を殺す事を迷ったことも

何度かあったからだ。


そう言って俺が理解を示すと、

奴は気持ち悪いくらいに喜んで

力を貸して欲しいと言って来た。


涙が出た。


俺、変われるのかな?


今より強くなれるかな?


アンタみたいに優しい人に

なれるのかな?


ただ無言で頷いてくれた。

本当に俺を強くしてくれた。

本当に俺を変えてくれた。


「甘くなった、か……

言われて悪い気はしねェな」


「あら、そう?」


シンビジウムが問う。


「甘いものは紅茶と合うだろ?」


「……えぇ、とても」






続く

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