血塗られたシステム 決着編其の5 (約4600文字)




ドスッ!ブシャアッ!

 

黒いコートがはためく度に

血飛沫がガラス窓や壁を汚し、

冒険者の数が一人、また一人と

確実に減ってゆく。


「ヒィィィ」


無造作な回し蹴り一発で仲間が

水風船のように飛び散った様を

目の当たりにしたエルフが

腰を抜かし、失禁した。


「そんな……魔法も使えぬ

野蛮な猿に、我々がこんなn」


べ シ ャ ッ


トゥームストーンの裏拳が

狼狽えるエルフの頭蓋を腐敗した

カボチャのように打ち砕き、

高価そうな絨毯が赤とピンクの

マーブル模様にペイントされる。


「ゴキブリ以下の生命力と

アリ以下の社会性で猿に刃向かう

クズの分際で偉そうに……」


ザクッ


「あうっ」


トゥームストーンはそう吐き捨て、

自身の死角を縫って突き出された

ロングソードの刀身を掴むと

剣を握っていた使い手を引き寄せ

心臓にマチェーテを突き刺した。


ザッ……ザッ……


男が歩を進める度、彼を取り囲む

幾人かが後ずさる…既に足元には

10人余りの骸が転がっていた。


「貴様ら羽虫が俺たちの気力を

削いでいる隙に大将がまとめて

斧で首を刎ねる算段だろうが……

相手が悪かったようだな」


元聖騎士で回復魔法が使える

リディアを多勢で潰して無力化、

負け筋を断った上で人質に取り、

行方不明のエイジを炙り出す。


特に隙のない作戦ではあった。

だが唯一にして最大の誤算は

リディアとは別口で雇われた

トゥームストーンの存在だ。


(野良犬と侮った輩は全滅……

Cランク以下では相手にすら

ならんか……拙いな)


部隊を率いるAランク冒険者、

エゼルの額を大粒の汗が伝う。


「トゥームストーンがカス共の

掃除を終えた時が貴様の最期だ…

恨むならギルドを恨むのだな」


リディアは五年以内のS級昇格が

確実とまで言われるレッドラムに

ライバル視される程の達人であり、

実力は既にAランク相当……

この場で対等に渡り合えるのは

恐らく自分だけだ。


「……あの噂は本当だったか」


三年戦争で二万人の王国兵を殺し、

“人皮を着た悪魔”と称された

超軍人、セタンタ・ロームルス。

徹底的な無神論者で有名な彼には、

しかし聖職者を目指した一人の

義妹がいたという……


彼女の名はリディア・レイムス。

“悪魔”が唯一愛した女にして

新体制の正統教会を支える

高名な修道女、メイヴの妹だ。


「信じられぬのも無理はない……

兄は我々を救う為に大勢殺した、

弟子のシンビジウムも同様に

恨みを買っている……」


居合の姿勢を維持し、相手に

鋭い眼光を向けながら

リディアは続ける。


「だが、それもまた愛の鞭よ…

ただ火の粉を払っているだけで

ここまで強くなる事が出来た…」


滅道めつどう火龍閃かりゅうせん


バ オ ォ ッ !


鞘の中で炸裂音が鳴り、

赤熱する刃がエゼルの脇腹に

恐ろしいスピードで迫る!


ダ ァ ン !


「ぐうっ」


斧の持ち手部分で刃を弾き返すが

エゼルは大きく後退し、

改めて敵の腕前に戦慄する。


(やるな……鞘の中で爆発魔法を

発生させ、その勢いで居合斬りの

威力を底上げするとは……

焦って自分から仕掛けていれば

確実に斬られていた……!)


「だが!」


しかしエゼルも並の使い手とは

一線を画する怪物、すぐさま

体勢を立て直し反撃に出る!


「幼子に遅れを取る程

阿呆ではない……ッ!」


ザ ン ッ


対物ライフルの掃射を無力化する

強化コンクリート製の壁が

重厚な戦斧の一撃で両断され、

外の寒い空気が流れ込んだ。


「すぐには殺されてやれんな」


数本の黒髪が宙を舞うが、

肝心の本体にダメージはない。


「あの男が全員の眉間を

撃ち抜くのに何分かかると思う?

10分か、それとも5分か……

いずれにせよそう遅くはない」


「だが増援が来るのは当分先だ、

私一人簡単に仕留められぬ貴様が

トゥームストーンも相手にして

何秒持つか見ものだな?」


安い挑発だ……しかしどれも

紛れもない事実であった。


「手塩にかけた後続が無意味に

死んでゆく様は年寄りには

堪えるだろう……!」


「ぐぅ……!」


「アインハルスは我らが倒す……

退け、そして上層部のカス共に

伝えろ……これ以上小賢しい

真似をするなら殺す、とな」


脅迫ではない。


「チッ……退くぞ、撤退だ!」


エゼルはハンドサインで部下達に

引き上げるよう命令し、

窓から飛び降りていった。


「……………」


リディアは神妙な面持ちで

エゼル達の背中を見送ると、

瓢箪の酒を一気に飲み干した。


「誇りのない飼い犬を見ると

反吐が出る……」


「同感だな……あれ程の戦士が

自身より劣る者に仕えるなど

無様を通り越して滑稽よ」


手袋についた血を拭いながら

トゥームストーンが返答する。


「貴様も軍にいたのだろうが……

ククッ、上官には心底同情する。

さぞ手柄を奪ったのだろうな」


「それはお前も同じだろう。

お前一人の潜入を許した為に

正統教会は星の数ほどある不正を

残らず暴かれ、信徒の三分の一を

僅か一ヵ月で失う事になった」


「だが兄は死んだ」


トゥームストーンが目を伏せる。


「……悪かったな」


「いや、いい……誰しも帰る家と

帰りを待つ者がいた、人心を解せぬ

外道でもそれは変わらぬ筈だからな。

感謝や同情はすれど、兄の行いは

決して褒められたものではない」


「その意見には概ね賛成だ。

日頃から”仕事”で痛感している…

前に殺した悪党クズには娘がいたが、

少なくともいい父親ではあった。

他者を虐げる人種には見えない、

全く同じ顔の別人のようだった」


「パワー・ハラスメントや窃盗で

豚箱に放り込まれた輩が近所では

人格者として通っていた……

都会ではよくあることだろう、

同情の余地もクソもないゴミクズ程

自分を善人だと思いたがる」


「そうだ……だが俺にはいない。

守るべき者は金で決めているし

馬は力で従えているだけだ、家に

帰っても俺を待っているのは

金庫の中身とベッドだけだ」


「馬鹿め、気付いておらぬだけだ。

いずれ分かる……少なくとも私は

貴様との縁をこれきりにするつもりは

毛ほどもない…忘れてくれるなよ」


「フンッ、生き延びてから言え……」


ズ ド ォ ン !


大口径のリボルバーが火を噴き、

暗い廊下の向こう側にいた影が

殺気を爆発させる!


「やっーぱ、エゼル先輩じゃ

無理ゲーだったかァ……」


声の主は赤熱する弾丸を素手で

掴み取り、地面に投げ捨てた。


筋肉質な胴体と比べても

異様に長く、太い手足と丸い目。

4m近い身体は金属繊維で編まれた

黒いウェットスーツで覆われており

青白い肌を一層際立たせている。


「”黒鉄のガルス”か……それなりに

ネームバリューのある冒険者だな。

とにかく素行と頭と顔が悪いとか」


「冒険者ギルドのマネージャーは

休暇を取っていないのか?なぜ

ストリッパーが護衛をしt」


キ ィ ン ッ !


トゥームストーンの頭上に腕が

振り下ろされるが、リディアが

間に割り込んで攻撃を防ぐ。


「おいオッサン、言葉には

気をつけた方がいいぜ……」


「刀一本持っただけの娘に

止められる程度の腕力で凄まれても

説得力に欠けるぞ、巨人族のガキ」


「てめぇ……!」


「俺はスワッシュバックラーと

組んで外の”掃除”をするように

エイジから言われている……

適当に遊んでやれ」


「待てや!」 


ガ ィ ン !


再び腕が振り下ろされるが、

やはりリディアの刀によって

攻撃を阻まれる。


「任せたぞ」


トゥームストーンが煙幕弾を

地面に叩きつけると周囲に

砂埃が舞い、大柄な体躯が

まるで幽霊のように消えた。


「だ、そうだ……まぁ私も

暇ではないのでな。手短に

屈辱を与えてやるとしよう」


「屈辱ならもう受けたぜ……

これ以上要らないからお前に

返してやるよっ」   


ブ ゥ ン


ガルスの右腕が金属の塊と化し、

0.2秒前までリディアがいた場所に

くっきりと拳の痕が刻まれる……


その威力はまさに鉄槌そのもの。

猿のように長い手足と恵まれた

反射速度から繰り出される攻撃は

常人なら掠るだけでも即死ものだ。


「ヒャーオォウッ」


ド ゴ ォ !


「フンッ」


鋭い怪鳥音と共に鞭のような蹴りが

リディアの胴を捉えるが、瞬時に

身体を捻って甲冑の曲面を利用し

ダメージを抑えつつ攻撃を逸らす!


「なにっ」


「”悪魔の妹”などという看板を

大っぴらに掲げていると、馬鹿な

武術家がよく腕試しに来る……

ショート・レンジからの打撃など

見飽きるほど捌いて来た」


ピ シ ュ


リディアはそう言うと

腰から脇差を抜き、そのまま

ガルスの脛を浅く切り裂いた!


「ぼうっ」


ガルスは素早く飛び退くと傷口を

一瞥し、再び構えを取る。


本来は優位となる筈の圧倒的な

体格差が裏目に出た……

間合いを保っている内は一方的に

接近戦を仕掛けられるが、

狭い通路の中で少しでも均衡を

崩せば却ってそれが隙となる。


「キィィィアァッ!」


ギ ィ ィ ン !


ガルスは靴を脱ぐと、金属化した

脚で奇襲の一閃を繰り出して

リディアを吹き飛ばす!


「……火がついたか」


武術家が衣服や防具を脱ぐのは

何もハンデを与える為ではない…

“確実に殺す”という意思表示だ。


グローブを外せば拳の面積が

狭まり、防御は難しくなる…

指先が自由になり組み技や

投げ技の精度は格段に上がる。


素足なら爪先蹴りの威力が増し、

道着を脱げば掴まれたり

投げられる可能性は減少する。

衣服という鞘から、骨と肉で

形成された刀を抜き放つのだ。


「キャイィィィッ!」


殺人的な威力の前蹴りが

狭い通路の壁にクレーターを

作り、鞭のような回し蹴りが

コンクリートを削り取りながら

リディアの頭上を通過する!


「蝿が止まるぞ!」


リディアは中段で刀を構えたまま

ショルダータックルを繰り出し、

ガルスの身体を押し返す!


「蝿の餌になるのはお前だっ」


しかしガルスは跳躍して

間合いを取ると、リディアの

防御の上から蹴りの連打を

叩き込んで優位に立つ!


キ ィ ン


「がぁっ!?」


狙い澄ました一撃で脇差が折れ、

蹴りをまともに受けたリディアが

大きく吹き飛ばされる!


「ヒャーハァァァッ!」


好機を逃さず、渾身の右拳を

振り上げるガルス!



グ シ ャ ア ッ



頭部への衝撃と共に、

肉が潰れる嫌な音が鳴った。


「えっ?」


全体重を乗せた右拳を突き出し

ガルスが勝ちを確信した次の瞬間、

渾身の一撃は空を切っていた。


では異音の正体は何か?


「うぎゃああぁぁぁッ!!」


右の眼窩から脇差の柄を生やした

ガルスが苦悶の慟哭を口にする。


「やはりな……体格差があるのに

なぜ掴みかかってこないか疑問に

思っていたが、これで答えが出た」


「貴様は技の威力を高める為に

指の関節や神経まで金属に

変えて重量を増していた訳だ。

それでは指一本動かせまい…」


「な、何を勝手に……!」


ガルスはリディアに殴り掛かるが、

右眼を失ったことで死角が広がり

距離感を掴むことが出来ないため

簡単に回避されてしまう。


「それにだ……貴様は金属魔法に

依存し過ぎて部位鍛錬を怠った。

だから金属化を解除して投げ技や

寝技に持ち込む事が出来ない。

解除すれば一撃で深手となる…」


「うるせぇ……黙りやがれぇ!」


ジ ュ ゥ ッ


激昂して掴み掛かって来た

ガルスの手が白熱する刃によって

両断され、バラバラになった指が

反射でイモムシのように蠢いた。


「ウ”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!」


「…このようにな」


「俺の手っ……俺の腕があァァ!!

てめぇ…殺してヤルァァァッ!!」


ガルスは残った腕を金属化させ、

全力でリディアに殴り掛かる!


「当たるか、そんなもの……」


ジュンッ!


リディアは身を翻して距離を取ると

超高温に達した打刀を右手で

振り下ろし、ネギでも切るかのように

ガルスの手首を叩き落とした。


「があ…ァ…!」


「興が冷めた……腐ってもプロ、

最高温度に達する前に何発かはと

覚悟していたが、期待外れだ」


酒を大量にあおりながら、

白い鬼が打刀を振り上げる。


「待っ」


ザ ン ッ !


屈強な巨人族の首を一撃で落とし、

3つ目の瓢箪を空にしたリディアは

白く輝く抜き身の刃を片手に

合流ポイントを目指す。


(エイジ……無事でいろよ)









次回に続く……

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