血塗られたシステム 決着編其の3 (約6000文字)




ーアインハルス本社、研究区画ー





「曲者だ、掛かれ!」「降伏しろ!」




威圧的な台詞と共に

男の身体に無数の武器が向けられる。



「………………」



常人なら泣いて詫びるか失禁しても

何らおかしくはない状況だが、

男は鉄仮面の下で金色の目を

不愉快そうに細めるだけだった。



「貴様、聞いているのか!?」



大柄な兵士が怒鳴り、空気が揺れる。



シュン 



「教えてくれ」



「へ?」



ガッ



奇妙な呼吸音と共に男が移動し、

兵士は喉をちぎり取られて死んだ。



キンッ



ベルトからトレンチナイフを外して

構えると、男は冷たい息を吐く。



「これから踏み潰すアリの言葉に

耳を傾ける者など存在するのか?」



敵兵が引き金を弾くよりも速く

両腕が地面に落ち、悲鳴を上げる前に

回し蹴りで首がねじ切られる。



「ひ、ひぃぃっ!?」



僅か5秒で10人以上が地獄へ落ち、

最後の一人が腰を抜かす……

それこそ、頭数が揃っている分

アリの方がまだ長持ちしただろう。



「な、何故こんな事を……!」



「己の利益の為だけに女子供を利用し、

立ち上がった者の勇気すら踏み躙る…

その所業は俺の機嫌を損ねるのには

あまりにも充分すぎる」



バ ァ ン ッ !



炸裂弾がヘルメットの中身をミンチに

変え、血と硝煙の悪臭が充満する。


男はそれを煙と共に吸い込むと、

朧げな過去の記憶に浸ってから

仲間に連絡を入れた。



「……俺だ、この辺りにいた雑兵は

一人残らず始末した」



「そうか、よくやってくれた……

僕一人じゃきっと無理だったから」



「…手段を選ばないのは良い事だ、

お前にはお前の役割がある」



「実力だけの話じゃないんだよ。

仮にも同じ場所で働いた仲だ……

どうしても恨めなくてね」



「命を狙われた相手を恨めないとは

不幸な事だな……ある意味、俺は

幸運だったのかも知れない」



男は砂嵐のかかった頭を回転させ、

物思いに耽っているようだった。



「似たような事があったのか?」



「はっきりとは覚えていない…

残っているのは戦争に行った事と

そこで大勢の人間を殺した事、

終始誰かを憎んでいた事だけだ」



トゥームストーンはナイフの血を

ボロ布で拭いながら答える。



「記憶喪失か……戦場帰りの兵隊や

仲間を失うリスクの高い冒険者には

精神を病んでしまう人が多いと聞く」



「お前は脳の研究をしていたな。

仮にお前の治療を受けたとして、

俺が何か思い出せると思うか?」



「……記憶が消えたという事は

脳が覚える行為を拒んだという事。

情報を無理矢理に引き出すのが

貴方にとっていい事とは思えない」



「そういうものか」



「でも、一つだけ言える事がある。

記憶を失っても誰かの為に戦う、

そんな人間が根っからの悪人だとは

僕は決して思わない。」



「……俺は単なる偽善者は嫌いだが、

お前のように突き抜けた奴は好きだ。

ケチをつけた方が間抜けになる」



トゥームストーンは目を細めながら

油断なくトレンチナイフを構え、

仮面の奥で血に染まった牙を剥く。



(……来る!)



ギィィィィィィンッ!



暗闇から振り下ろされた剛剣が

トゥームストーンの痩躯を吹き飛ばし、

飛び散った火花が周囲を明るく照らす。



「……いい太刀筋だな、芸術的だ。

隠形もよく練られているし筋力もある、

相手が俺でなければ完璧に近い……」



「す、すまない!吸血鬼特有の

微かな死臭がしたもので……」



リディアは刀を納め、非礼を詫びた。  



「スノーエルフは雪溶け水に混じった

数滴の血の匂いで獲物を探すというが

あながち嘘でもないらしい……

そう言えば、この前俺を殺そうとした

正統教会の坊主もお前の同胞だった」



「いや、私が元聖騎士だからだな…

ここまで誤魔化せる者など今まで

2、3人しか見た事がない……

何か事情があるのだろう、失礼した」



「俺の正体に気付いた上でその

態度とは、立派な心掛けだな……

今から襲われるとは考えないのか?」



「……普通の吸血鬼なら拘束具じみた

鉄仮面など捕食の邪魔にしかならん。

それに、我々の裏をかいて殺すのなら

距離を取るのは悪手だろう?」



「フン……前者は一理あるが、後者は

訂正の余地があるな……」



ズ ド ォ ン ッ !



トゥームストーンはリボルバーを抜き、

迷彩塗装が施されたドローン型の

浮遊式魔導ゴーレムを撃ち抜いた。



「俺の武装は全距離に対応している」



「鉄砲での居合とは恐れ入った……

貴様とはいずれ手合わせしたいものだ」



「……来るぞ」



「ああ」



ブ ゥ ン



リディアの太刀が音を置いて唸り、

闇に浮かぶドローンが真空波によって

両断され火花を散らして燃え上がる。



火陣かじん焔岩戸ほむらいわと!」



ボ オ ッ !



リディアが太刀を地面に突き刺すと

白い炎が二人を囲むように噴き出し、

辺り一面が昼間のように明るくなる!



「ぐあぁぁ!」「な、何も見えない」



円を描く焼け跡の側で武装した兵士が

顔を押さえ、虫のように這い回った。



ズドドドドォンッ!



恐ろしい速さで頭に銃弾を打ち込まれ

兵士たちが絶命する。



「一匹狼にしては中々気が効く……

吸血鬼でなければギルドに推薦して

パーティーを組んでいたのだがな」



「幻術ではないな、何をした?」



「連中の頭に絡繰が着けてあるだろ、

あれを着けると獣並みに夜目が効くが

反対に強い光で目が潰れるらしい……」



「俺たちの真似事をしているのか?」



「実際、ドイツとかいう国では

似たような絡繰が吸血鬼ダンピールと呼ばれているらしい…エイジは

面白い男だが少しばかり話が長いな」



「苦楽を共にした仲間を殺す訳だ、

話していないと気が紛れないのだろう。

少しくらい付き合っても罰は当たらん」



「フッ、吸血鬼の殺し屋でありながら

罰当たりとは異な事を……」



「違いない」



トゥームストーンは階段近くの

曲がり角で黒いコートの裏側から

ソードオフショットガンを取り出し、

リディアも太刀に手をかける。



「……手練れ、それも二人か」



「下の虫ケラよりは楽しめそうだ」



「オラッ!!」



ゴ オ ッ



掛け声と共に曲がり角から人影が現れ

トゥームストーンに掌底を打ち込んで

軽々と吹き飛ばす!



ダッ



トゥームストーンは空中で体勢を

整えると恐ろしい勢いで壁を蹴り、

跳ねるような挙動で人影に迫る!



シュバァ!



呼吸音とも風切り音ともつかない

奇妙な高音と共に音速の蹴撃が炸裂し

分厚い筋肉と脂肪が大きく波打つが、

人影はびくともしない。



「ブフーッ」



真夏の木の葉を思わせる緑色の肌と

分厚い唇から飛び出した先の丸い牙、

そして蒸気を吹き出す巨大な豚鼻……



「オークか、この辺りでは珍しい」



オーク。


エルフと祖を同じくする亜人の一種。

自然に溶け込む緑色の表皮によって

巧妙に巨体を隠し、持ち前の怪力と

タフネスで勇敢に戦う森の住民だが、

自治領に棲んでいた人々はエルフや

蟲人との争いで離散したとされる。



「虎の牙も通さないと聞いていたが

思った以上だな、壊し甲斐がある」



「クク、痛いのは久しぶりだぁ…」



「どっちかは生かしとけよ?」



巨体の影から大斧を持った黒装束の

冒険者が現れ、トゥームストーンを

指差してニヤリと笑う。



「おっと、自己紹介が遅れたな!

オレの名前はクーダス!で、こっちの

デカいのが用心棒のフルンダ!」



両者ともパワードアーマーの装甲で

目元は隠れているが、その佇まいは

歴戦の強者のそれであった。



「成程……墓石にはそう刻んでおく」



「精肉店のラベルの間違いだろう」



トゥームストーンは首を鳴らしながら

相手を挑発し、リディアも同調する。



「トゥームストーン、賭けをしよう…

先に相手を殺した方が飯を奢る、

というのはどうだ?」



「フンッ、人間用の飯か……

たまにはいいかもな。銀行が閉まる

前に片付けておけよ?」



「年下の女に奢らせる気満々だな、

だが酌くらいはしてもらうぞ」

 


トゥームストーンはフルンダに銃を向け

リディアも刀を掲げたままクーダスを

殺気に満ちた目で睨みつけた。



「クーダスは社内でもトップクラスの

対人武器テスター……フルンダは

奴のボディーガードでオーク式相撲の

大横綱を張っていた事がある……」



無線越しながら、エイジの声には

明確な動揺と焦りが見える。



「……そうか」



トゥームストーンは興味なさげに

そう呟くと、フルンダに向き直る。



「どちらが先に死ぬと思う?」



「勿論、お前だ」



「馬鹿め、お前と相方のどちらが

先に殺されるかと聞いたんだ」



ブ ゥ ン !



ピシャァッ



前蹴りがトゥームストーンの髪を

揺らすが、同時に彼が放った

鋭い回し蹴りが敵の脛を捉える!



「ぐうっ」



ブーツに装着された銀色の滑車が

フルンダの強靭な脚に赤い線を引き、

高級そうなカーペットに血が垂れる。



バ ァ ン ッ !



ソードオフショットガンが唸り、

フルンダの胴体から火花が散る!



「ほう、ビクともしないか……

大した身体強化魔法だな、そんなに

苦しんで死にたいとは物好きな奴よ」



「ピザカッターや骨董品を使っても

この俺は倒せぬぞっ」



ブ ォ ン



「せめて一発当ててから言え」



トゥームストーンは壁を蹴り、

張り手を躱しながら挑発を続ける。



バ ゴ ォ ッ !



フルンダの強烈な回し蹴りが

コンクリートを木っ端微塵にし、

衝撃波でガラスが砕けた。



「はっはぁーっ 逃げ回るだけでは

俺を倒す事など出来んぞ若僧が!」



「向かって来るなら倒せると?」



「おうっ!」



ヒ ュ バ ア



マンモスの頭蓋骨も一撃で粉砕する

殺人張り手が風を切って迫るが、

質量の塊は相手の身体をすり抜けて

背後の壁に大穴を開けた。



「無様だな豚畜生」



亡霊のように攻撃を無力化、消滅

したかに思えたトゥームストーンの

錆びついたような曇り声が真横から

響き、フルンダの顔が青ざめる……



グシャッ



「ぐうっ」



首の骨が割れる感覚と脳が電流で

焼けるような激しい痛みが走り、

フルンダの顔が屈辱に歪んだ。



「ク、クソが……この俺がこんな、

こんな人間のガキに……!」



蹴りを食らった事で脳震盪が起き、

視界の右側が激しく明滅しているが

怒りに支配された彼には関係ない。



「うおぉっ」



力任せの打撃だが、横綱の腕力を

以てすれば大型トラックの衝突に

匹敵する威力と超音速のスピードを

併せ持つ殺人兵器だ。



ガゴンッ!



トゥームストーンの首が曲がり、

大きく歪んだ仮面が吹き飛ぶ。



「よしっ、やってやっt」



ガ ア ッ !



勝ち誇るフルンダの顔面に

ソードオフショットガンの銃口が

突き刺さり、豚鼻から血が噴き出す。



「あへェ……?」



トゥームストーンは張り手が直撃する

0.1秒前に素早く身体を捻って回転…

一般的に”スリッピングアウェー”と

呼ばれる高度な格闘技術によって

自身が受ける衝撃を最小限に抑えつつ

攻撃を食らう事で相手の油断を誘い、

至近距離まで迫っていたのだ。



「は、はひいっ!?」



鉄仮面の下に隠された彼の素顔を

見たフルンダは戦慄、失禁した。



「俺が誰だか知っているのか?」



「し、知らない!」



「それなら用はない、消えろ」



「ま、待て!俺の口座にあるカネを

半分……いや嘘だ、全部やるよっ!

妻と娘がいるんだ、だから助け」



ズ ド ォ ン ッ !



高純度のマグネシウム粉末を混ぜた

焼夷散弾によってフルンダの顔面は

消し炭になり、彼は即死した。



「チ ェ ス ト ォ ッ !」



それと同時に恐怖の表情を浮かべた

クーダスがパワードスーツごと

白熱する刃によって両断される。



「連中の鎧は硬いが融点が低いな」



「あぁ…だが、もう済んだことだ」



キィ……ギギ、ギギギギギッ!



トゥームストーンはフルンダの

心臓から血を抜き取るとクーダスの

担いでいた大斧の外装を引き剥がし

骨の針で呪い文字を刻み込む。



バキッ バキッ キィィ……



火花を散らし悲鳴を上げながら

鉄屑が拘束具めいた鉄仮面へと

姿を変えてゆく。



「その魔道具には見覚えがある、

確か呪い文字を刻み込んで物質に

暗示をかけ、道具である事実を

“再認識”させるとかいう奴か」



「使い捨ての安物だが便利だぞ、

常に2、3本くらい持っていると

何かあったとき焦らずに済む」



「しかし、文字を刻まれた材料は

どうやっても元には戻らない上に

これで武器を作っても中古品以下の

粗悪なものしかできないと聞いた」



「素手で殴り合うよりマシだろう、

いい材料が手元にあればそれなりに

使える品は作れるものだ」



トゥームストーンは魔力を使い

果たした骨の針をコートの裏側に

しまい込み、鉄仮面を装着しながら

リディアの方へ向き直った。



「これでいい、待たせて悪かった」



「……背が少し大きくなったな?

最初に出会った頃は165cm程だった」



トゥームストーンの背はフルンダの

血を吸う以前と比べて15cmほど

伸びており、筋肉量も少なからず

増しているように見えた。



「あぁ、普段は悪影響が出ない

範囲で血液を絶っているからな……

身体が膨れると潜入に差し支えるし、

血の匂いで正体もバレやすくなる。

人間用の飯でも命を繋ぐ事は出来るが

体がミイラ化して徐々に萎んでいく」



「成程、仮面が手放せん訳だ」



「体質の問題もあるが、そもそも

この商売は恨みを買う事が多い……

休暇中に刺されて死ぬのは癪だが

顔を見た奴をいちいち始末していては

あまりにも効率が悪過ぎる」



「そこまで非情な男には見えん」



「ま……これから分かるだろう。

少しばかり話を戻すが」


「貸せ!」



ヒュン



リディアはトゥームストーンから

役割を終えた骨の針を奪い取り、

虚空に向けて投擲!



ドスッ



針が空中で止まり、肉の塊が落ちる

音と共に敵の透明化魔法が解除され、

紫色のローブを羽織った獣人族が

ナイフを取り落として倒れ込む。


眼窩に突き刺さった針が脳まで

到達したらしく、襲撃者は何度か

痙攣した後に動かなくなった。



ザンッ



「気を抜くなよ」



恐ろしい速度で敵を四等分にした

トゥームストーンが、マチェーテを

両手に一本ずつ構えながら唸る。



「我々は冒険者ギルドだ、

武器を捨てて降伏してもらおう」



既に30人近い冒険者が二人を囲み、

その中にはAランクに匹敵するだろう

強力な魔力の持ち主も複数いた。



「私は内部告発者に雇われた者だ、

ギルドとやり合うつもりはない…

さっさと居住区の人間を連れて

この街から出て行け」



並の犯罪者なら震え上がるであろう

状況だが、リディアは全く動じず

虫でも追い払うように侮蔑的な

態度で相手を牽制した。



「この要塞内にはアインハルスが

雇った護衛しかいないと聞いている、

生死問わず全員連行しろとの依頼だ」


 

全身に古傷が刻まれた指揮官らしき

女性の冒険者が威圧的に答える。

交渉の余地は……皆無に等しい。



「中々に気合いの入った連中だな、

単に俺たちから手柄を横取りしたい

という訳でもなさそうだ……」



「あぁ、上層部はこの件に関わった

奴を皆殺しにするつもりらしい……

そうまでして隠したいものというのは

一体何なのだ?気になって来たな。」



不穏な殺気の高まりを察し、

ギルドの冒険者が一斉に身構える。



「敵将を押さえれば連中も少しは

物分かりがよくなる筈……それまで

他の足止めを頼むぞ」



「あぁ、足だけで済めばいいな」



古傷のある冒険者が長柄の戦斧を

構えた瞬間、膨れ上がった殺気により

防弾ガラスに無数の亀裂が走る!



「久しぶりに血が沸るッ……

戦士として相応しい死に場所を

用意してやろう、行くぞ!」



「用意してやるだと?フンッ……

随分と偉そうだな、気に食わん」



「ウオォォォォーッ!!」



「キィエェェェェェェェッ!!」





狂気に満ちた野獣たちの咆哮が

死闘の始まりを告げた。









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