冒険者奇譚
@AHOZURA-M
キューピッドはワイバーン(約12000文字)
ーレッドフィールド地区、バトルクラブー
その日、レッドフィールドの中央広場では公開決闘が行われていた。注目の対戦カードは
Cランク冒険者「ルカ・アウトキャスト」対
同じくCランクの「ジーク・ヴルガンド」だ。
冒険者というのは突然変異的に生まれたある種の超人であり、常人とは比較にならない戦闘能力を持つ。
故に、冒険者同士の決闘は残虐で刺激的なスポーツとして受け入れられているのだ。
『試合開始は2分後の銅鑼が鳴ってから。
武器の使用と飛び道具はなし、どちらかが戦闘不能、またはギブアップで決着します。』
立会人がルールを読み終わった瞬間、
二人の闘士の視線が激しく衝突する。
アウトキャストはサングラスをかけたまま
椅子から立ち、冷気を纏った拳を構える。
現実世界の武術で例えるならば、
古代ギリシャ式のボクシングに近い構えだ。
「シュッ!シュッ!」
準備運動と挑発を兼ねた素早いジャブが
ジークの鼻先を軽くくすぐる。
一方ジークはフード付きのガウンを脱がずに
対戦相手の得意な戦闘スタイルや性格を
分析しているようで、構えなどは取らない。
(西洋人にしては細身で身長もやや低め……
相手の懐に潜り込んで反撃させずに殴るか、
もしくは投げ技で一発勝利を狙うつもりか)
『やっちまえーッ!!』
『奴のハンサム顔を陥没骨折させろォ!!』
「ひっでェな……まるで俺が不細工みたいな言い方じゃねェかよ。」
アウトキャストは薄ら笑いを浮かべながら
手招きしてガウン姿のジークを挑発する。
「……事実だろ。」
そもそもサングラスで目元が見えないので
イケメンかどうかは判断しかねるが
相手はいかにもなチンピラ、沸点は低い。
ジークの予想通り彼の額には青筋が浮かび、
敢えて聞こえるよう拳の骨を鳴らしている。
「あとそれ、全く怖くないし骨に悪いぜ。」
「……今の内に喋っといた方がいいぞ、
じきに歯が全部折れて吹っ飛ぶからな。」
アウトキャストは怒りを通り越して冷静に
なったらしく、低い声でそう呟いた。
『8、7、6、5……』
カウントダウンが始まってもジークは構えず、
無言でアウトキャストを睨みつけている。
『4、3、2、1……!』
ドオォォンッ……
「ッ破ァ!!」
開戦を告げる銅鑼が鳴り響いた瞬間、
ジークが恐ろしい速さで仕掛ける!
彼の怪物じみた瞬発力を以てすれば、
敵が構えているか否かなど誤差に等しい!
鋭い飛び蹴りの直後、関節が完全に壊された
ジークの右足首があらぬ方向へと曲がった!
「……なにっ」
アウトキャストが並の使い手であれば、
カウンターを当てられる前に蹴りの反動で
間合いから逃れる事も不可能ではなかった。
しかし彼は被弾する直前、魔法で脇腹に
分厚い氷を張る事で摩擦係数を減らして
打撃の方向を僅かに逸らし、敵の機動力を
削いだ上で足首に肘打ちを当てていたのだ。
勝ちを確信していたジークの背筋が凍る。
飛び蹴りに合わせた肘打ちで足を負傷し、
更に空中でバランスを崩して転倒……
「よっと」
アウトキャストは亀めいて立ち上がる事が
出来ないジークを跨ぎ、馬乗りになる。
「チィッ…!」
ジークは振り下ろされる拳を掴み、
咄嗟に攻撃を防ごうとした。
グシャアッ
しかし、氷を纏った重い拳を簡単に掴める
筈もなく、顔面に打撃が突き刺さった。
「ヅぁ……ぁ……」
一撃で前歯が砕け、鼻がへし折られる。
「ごォ、ごにょ」
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
拙い打撃の構えを撮ったジークに容赦のないラッシュが叩き込まれ、僅かに残った戦意を肉体ごと削り取っていく。
「快適な空の旅をお楽しみ下さい。」
更に首を掴まれ、空中へ放り出される!
「や、やめ」
「メエェェェェデエェェェェッッ!!」
アウトキャストは渾身のアッパーカットを
絶叫と共に繰り出し、ジークの下顎を
熟し過ぎたカボチャのように叩き割った。
「ヴァゲエァァァ……ッ!!」
ジークは血を吐きながら断末魔を上げて
吹っ飛びそのまま気絶、戦闘不能となる。
『勝者、アウトキャストッッ!!』
立会人がアウトキャストの右腕を掴んで
空高く掲げ、どよめきと歓声が上がる。
待った、サイトを閉じないでくれ、頼むよ。
皆が言いたい事は分かる……こんな熱意もスポーツマン精神も持ってない奴が第一話の主人公で本当にいいのか?
そもそも何でコイツはいきなり話しかけて
来たんだ?今までこっちとの会話なんて
微塵もして来なかったじゃないか。
……結論から言うと、「君たちを認識する」
これが俺の、所謂”ユニーク・スキル”だ。
おかしいと思わないか?他の皆は食った奴の能力を盗めたり、何かと便利な盾を最初から
持っていたりするのに、俺の能力はコレ。
悪役令嬢や虫に生まれ変わらなかっただけ
幾らかマシだが、それなりには厳しい。
初期位置が恐竜のいる森だったせいで
人類のいない惑星に飛ばされたと勘違いして
半年くらいサバイバル生活を送ってたし、
冒険者になってから仲間割れが3回もあった。
そして……
「随分と早かったですわね……これなら
私と踊った方が楽しめたのではなくって?」
極めつけがコイツ。
縦ロールにした銀髪と赤い角が特徴的な全身鎧の魔族が、棘だらけの尾を揺らしながらこちらへ走って来る。
「げっ……!」
シンビジウム・バアル・イーラ、18歳。
身長251cm、趣味は料理と食事、戦闘……
嫌な事があると髪型を変える習慣がある。
魔族の国デミゴルゴアの公爵令嬢で、
冒険者としてのコードネームはレッドラム。
俺と同じCランクの癖して馬鹿みたいに強く、
公式試合では5年間無敗という伝説を持つ。
デカい城を素手で解体して更地にしたり、
卵でオムレツを作りたいという理由だけで
ワイバーンの巣を壊滅させるヤバい女だが…
何故かこの怪物に目をつけられてしまった。
「俺は勝てる喧嘩が好きでね、負け戦に自分から突っ込んでプライドを傷つけるような馬鹿じゃない。」
「そうやって文句を言いつつ、私に3ヶ月も
ついて来て下さるのは何故です?」
「メリットがあるからだ……強くなれる。
ベ、別にアンタの為じゃないんだからね!」
そう……認めたくはないが、毎日コイツに
しごかれたお陰で俺はやたらと強くなった。
拳骨で巨人を打ち倒し、身を守る氷の殻は
ダイヤモンドの数倍の硬度に達する。
スコップを振るえば人間を甲冑ごと両断し、
湖に片手を浸せばスケートリンクが作れる。
さっきのジークだって、3ヶ月前の俺になら
何発か蹴りを当てられた筈だ。
そしてもう一つの理由、本人の前じゃあ
口が裂けても言えないんだが……タイプだ。
前世はお世辞にも健康体とは言えん体でね、
病室でアクション映画を見る事だけが生き甲斐といっても過言じゃなかった。
だからこそ強さを求める。常に自分が強くなる事を夢見ていたし、強い女にはそれ以上の憧れを持っていた……まぁ、この辺りは今まで押さえ込んで来た動物的な本能って奴かもな。
本人は嫌みたいだが、恐竜みたいな目とか
鋭い牙とかも慣れて来ると可愛げがあるし、
俺と違って人に優しく出来るのもいい。
さて……前置きはこれくらいにしておく、
隙あらば自分語りってのは良くない事だと
頭じゃ分かってはいるんだが辞められん。
「で、俺なんかに何の用だ?」
「いつも通り、貴方を頼りに来ましたのよ。」
……またやりやがったなコイツ。
彼女が厄介事を持ち込んで来るのは今回が
初めてじゃない……せめて事を起こす前に
伺いを立てて欲しいもんだ。この前なんか
大型密漁船を縄で縛って振り回してたし。
「話だけは聞いといてやろうじゃないの。」
「フフッ、素直じゃないんだから♪」
そう言って彼女は俺を人気のない場所まで
連れて行くと、自身が所有する飛空挺兼住居
「グリーフ・ドゥ・バアル」へ案内した。
「しかし、何度来ても見飽きねェな……」
武器や骨董が並んだ禍々しい博物館のような
廊下を抜け、シンビジウムに促されるまま
広間の大きな椅子に座る。
彼女はストーブの上で温めていた器を取り、中に入っている紅茶をカップに注ぐと
クッキーが盛られた皿をテーブルに置いた。
「美味い!」
紅茶を飲んだ瞬間、反射的にそう漏らした。
苦味や渋味が殆どないし味はかなり濃い。
単なる飲み物じゃなくて煙草とか酒みたいに風味を楽しむ為の嗜好品だ、贅沢だな。
クッキーはオーソドックスなバター味かと
思ったんだが、少し栗みたいな香りがする。
何かしらの実を細かくして混ぜてあるらしくこれのお陰でバターだけが強くなり過ぎず、
全体的にバランスが取れている。
「では、食べながら聞いて下さいまし。」
彼女は部屋の黒板に数枚の写真を貼り付け、その下に名前や出身地、特徴を書き込む……
写真に写ってるのは如何にもな悪人面だ。
「最新の賞金首リストじゃ見ない顔だな……コイツらはどうやってお前を怒らせた?」
「お恥ずかしい話ですが、この馬鹿共の頭は私の親戚なのですわ……これが公になれば
色々な所に火の粉がかかりますの。」
シンビジウムは蛇めいた三白眼と短髪、短い三本角が特徴的な魔族の写真を見せる。
「彼がリーダー兼最大戦力のスナプドラン…私の
「最近になって冒険者としての能力が覚醒、
留学先の魔法学校にいた不良生徒を集めては
ニューソドムシティに繰り出して路上強盗や暴行などやりたい放題……もはや身内だけの問題では片付きませんわ。」
成程、堅気じゃ抵抗出来ねェしギルドが動く程の大事件でもなければ憲兵も介入し辛い。外国人留学生の立場をよく理解してるぜ……
事情は分かったが、こっちにも質問がある。
「何でわざわざ俺を指名した?お前ほどの
立場なら、好きに動いても問題ない筈。」
「……彼らは人間を過小評価していますの。
ですから折角シメるのであれば、是非とも
人間である貴方にやって欲しいのですわ。」
成程ね、中々いい性格をしていらっしゃる。
「構わねェが、どれ位やれば良いかな。」
「取り敢えず、最終的に魔法で蘇生出来る状態なら基本的に何しても大丈夫ですわ……取り巻きの方もご自由になさって結構です。ただ、相当数の返還要請が出ているので物品の略奪は控えて下さいまし。」
流石デミゴルゴア有数の大貴族……身内の躾は徹底するタイプか、好感が持てる。
「日没には目的地に着きます……発進!」
彼女がそう命じた途端、飛空挺が浮き上がり俺を雲の上まで連れ去った。
「……もしかして今から行くのか!?」
「私がどういう女か知っているでしょう?」
「……俺以外にはやるなよ。」
ここだけの話、頼られてちょっと嬉しい。
でも、俺が強くなかったらきっと見向きもされないんだよね……俺よりも強い転生者が来たらそっちに乗り換えて、意図せず俺の脳を破壊するんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ。
「…………」
シンビジウムは彼の顔を覗き込んだ。
(どうしましょう、すごく悲しそうですわ……やっぱり、私の姿が恐ろしいからなの……?)
魔族は同種の中でも、アリのように細かい役職めいた分類がある。
個体数が多くバランスの取れた”デビル”。
体格に優れ、近接戦闘や肉体労働に高い適性を持つ”デーモン”。
優れた頭脳と整った容姿を持ち、隠密や指揮能力に長ける”インキュバス”と”サキュバス”。
これらの分類に格差や明確な不都合がある訳ではないし、殆どの魔族は個性の一つに過ぎないと割り切って生活している。
だが、シンビジウムが卵の殻を割った時、
その場に居合わせた全員が彼女をデーモンだと思った。いや、デーモンにしても大きすぎるとすら思っていた筈だ。
しかし、内臓機能や骨格を詳しく調べた結果、彼女はサキュバスであると分かった。
何度も検査したが、結果は同じだった。
同年代の子供達は彼女をひどく恐れて近寄らず、悪意ある大人達も抵抗を恐れて距離を置いた……12歳の時点で彼女の身長は2mを超え、
彼女が使用した握力計は原型を留めていなかった。
そして、魔法学校で行われたトーナメント。
彼女は対戦相手への挨拶代わりに木刀を軽く打ち込んだ。相手は複雑骨折した。
武器を使うからいけなかったのだろう。
彼女はそう考え、相手の胴に拳を撃ち込んだ。相手の胴はゼリーのように弾けた。
「命が関わらぬ試合では、決して本気を出してはいけない。」
天賦の才を惜しみながらも、両親は彼女にそう命じるしかなかった。
最早、自分を全く恐れない者など存在しないとすら思っていた……だが目の前の少年はどうだ。
悪名高い自分との決闘を快諾、激闘の末に全力で打ち倒されて尚、圧倒的な理不尽と力の化身たる彼女を前にして恐怖など微塵もない。
(嗚呼、なんと器が大きく寛大な方でしょう!彼ほどの傑物が頭を抱えて悩むなんて……)
「あ?」
ルカが唐突に顔を上げる。
「……!」
「ひゃあっ!?」
(最悪!絶対好感度下がりましたわ今の!
こんな子供を怖がらせるとか私最低ですわ!)
「ご、ごめんなさい!私は貴方の事が心配になっただけで、驚かせるつもりは……」
(ヤバい!今俺、滅茶苦茶つまらなそうな顔しちゃってたよ!!嫌われてないかな……?)
「いや、こっちも悪かったよ……友達と飲んでる時なのに空気読めないよな、俺って。」
そんな両者のやり取りをドアの隙間から眺める二つの怪しい影……シンビジウムに仕える見習い召使い、ヘンゼルとグレーテルだ。
「ちょっとヘンゼル、あのニンゲンヘタレ過ぎない!?お嬢様もお嬢様よ!あんなDQN気取りのインキャ、さっさと押し倒せばいいものを……!」
「ダメだよグレーテル!彼は奥手かも知れないけどいい人だ、きっとお嬢様のペースに合わせてくれてるだけだって!」
グレーテルはヘンゼルの胸ぐらを両手で掴んで揺さぶり、口から火を吹きながら激怒!
「ウキャーッ!!このペースじゃお嬢様が気持ちを伝える前にあのニンゲンの寿命が尽きるわおバカ!!アイツらどう頑張っても100年ちょっとしか生きない癖に、恋愛に無駄なプロセスを挟み過ぎなのよ!」
「それを僕に言ったところでどうにもならないだろ!?」
「それをどうにかするのが私達の役目でしょうが、このノータリン!早く旦那様と奥様に孫の顔を見せたくないの!?」
「に、ニンゲンは哺乳類だから、魔族との間に子供は出来ないってば!」
「じゃああの男を魔族とキメラ合成して無理矢理同胞にしてしまえばいいじゃない!!寿命も伸びて万事解決だわ!!」
「君の発言は生命倫理に反してるよ!?」
「私達は公爵家に仕える立場なのよ!国家ぐるみの場合は何をやっても犯罪にならないって知ってるでしょ、血筋が途絶えるより幾らかマシだわ!」
「鬼!悪魔!グレーテル!ルカ様に言いつけてやるーッ!!」
「させるかこのヤロー!」
「さっきから人が茶ァ飲んでる時に……」
「何をやってんだ糞ガキ共ォ!!」
ドォンッ!!
ルカがスコップを振り抜くと衝撃波が発生し、ヘンゼルとグレーテルを金属製のドアごと吹き飛ばす!
「「ごめんなさーい!!」」
二人は長い廊下の向こう側に消えた。
俺の経験上、ああいうのは保護者以外に怒られた方が効く……単なる衝撃波だしケガはしてねェ筈だ。
「どうしたのかしら、あの二人が喧嘩するなんて……後でよく言っておきますわね。」
「有能な召使いとはいえアイツらだってまだガキだ、俺に遊び相手を取られた気がしたんだろうよ……そのうち直る。」
正直言って、あの二人には感謝してる。さっきまでの微妙な空気を変えるきっかけになったからな……
「貴方、いい父親になれそうですわね。」
「……ゑ?」
「だから、いい父親になれそうだって。」
!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
……本当はもっとビックリしたけど指が疲れたのでこの辺でやめとく。
「えっと……仮に俺が親父になれたとして、その……母ちゃんは……」
おいマジかよ、俺の馬鹿!何でそんな返し方する……素直に「ありがとう」でいいだろ、自分の事ながらキモ過ぎるって!
「………ッ!」
ほら見ろよ、お前の発言でシンがドン引きしてるじゃねぇか!どう始末付ける気だ!
前世は生まれてから死ぬまでずっと病室にいた癖に女なんか口説こうとしてんじゃねぇぞハゲ!マジで自分が憎いぜ、近くに縄とかショットガン置いてない?
「あの……その、少なくとも私みたいなオバケじゃないとは……///」
嫌われたァァァッ!!絶対に嫌われたァァァ!!遠回しにお前は私に相応しくないって言われたァァァ!!好感度が一気に1万くらいは下がったァァァ……!!
「あの、ごめんなさい!私なんかがそんな事言っちゃって……忘れてくださいまし!!」
シンビジウムは歪んだドアを踏み潰しながら自室に閉じこもり、ベッドに飛び込んだ。
「………わァ……ぁ……」
しばらく泣いた後、俺はスコップを拾った。やる事は一つしかない。
「おいは恥ずかしか!生きておられんg」
「バカヤロー!」
切腹しようと思っていたその時だった。
レーザー光線がスコップを吹き飛ばした……やったのはクソガキコンビのグレーテルだ。
「何しやがる!」
「うるさい!アンタの恋愛偏差値は小学生以下ね!」
立て続けにビンタされて顔をしかめる俺を、グレーテルは金的で黙らせた。
「痛……」
子供ってこういう所が怖いよな、俺は冒険者だからそこまで痛くないんだけど。
「ク、クソが……」
いや、やっぱり痛いわ、後から来るタイプだった。
「もしかしてお前らの雇い主って……クッ!そっちの趣味だったのか?だから俺を女にしようとしてる?」
グレーテルが無言で追撃を繰り出すが、俺は凍らせたカーペットの上を滑って躱す。
「分かった分かった、悪かったよ。真面目に話そう……」
「あのね……お嬢様がアンタを本気で嫌ってると思う?返事はあれで良かったのよ。」
「キモくなかった?」
「まぁ確かに超キモかったけど……でもお嬢様はその、口説き文句に不慣れだから大丈夫だと思うわ。ヘンゼル!お嬢様の様子は?」
「ずっと枕に顔を埋めて叫んでるよ。」
「ほらね……本当は今すぐにでもアンタをお嬢様の部屋に閉じ込めてやりたいけど、それは勘弁してあげる……ヤケになったお嬢様と一緒とか生命の危険があるし。」
「生命の危険って…やっぱり怒ってない?」
もう一度金的が飛んだ。
「………ァアゥッ!!」
部屋に入らずとも生命の危険を感じるのは俺だけか?会議室を小一時間ほど跳ね回りながら悶絶していると飛空挺が目的地に着陸し、地面が揺れた。
「ルカ様……大丈夫?」
「やり過ぎたわね、立てるかしら?」
ヘンゼルとグレーテルがこちらを心配そうに覗き込む。
「あぁ……二人ともありがとよ。」
俺は差し出された手を握って立ち上がり、ハンガーからレインコートを外し、予備のサングラスとスコップを取る。
「欲しいものあるか?いつも世話になってるからよ……ついでに買って来てやる。」
「じゃ、アイスクリームを二つお願い。」
「冒険者カード!お願いします!」
「グレーテル……今までお前の事は金的係としか思ってなかったが、いい姉貴なんだな。」
「うるさいわね!」
俺は二人の頭を撫でた後、グレーテルの金的攻撃を華麗に回避してから街に向かう。
ー独立都市ニューソドムシティ、東地区ー
ニューソドムシティはこの辺りだとかなりの都会だ……俺が住んでるようなボロアパートなんて一軒も建ってない。
「でっっっっっっっっか」
流石に観光都市と言うべきか、この世界の文明レベルに不釣り合いなほど高い建物やイベント会場を兼ねた巨大な賭場、高級娼館や24時間営業の遊園地などが立ち並ぶ様はまさに異世界出張版のラスベガス。
奴は東地区で頻繁に目撃されるらしいが、今の所それらしい輩はいないな。晩飯時だから
居酒屋にでもいるんだろうか……
ドスッ
「痛っ!?」
「おっと、悪いな」
確か、海外だと電車で肩がぶつかった程度でも相手に詫びを入れるのがマナーだと聞いたが……今回は裏目に出たようだ。
「オイオイオイ、こりゃ酷ぇ……骨折してるじゃねぇか!」
小柄なエルフが地面に倒れ込み、180はありそうな細マッチョで金髪の獣人族がこちらを睨む……ビンゴ!幹部メンバーのリストで見た顔だ。
「奇遇だな、俺も肋骨が200本くらい折れた。さっさと治療費を寄越せ……金貨200枚な。」
「ちょ、肋骨200本あるとかどんな化け物だよ!?ふざけんな!取り敢えず裏いくぞ、文句があるならそこで聞く!」
「いいよ」
こういう手合いはこっちの土俵に引き摺り込んでペースを乱すに限る。
「舐めやがって、俺たちに喧嘩を売るとは間抜けだぜ……お前ら!このチビ泣かすぞォ!!」
ー20分後、ロードスタービルー
伯爵家の9男、スナプドランは自身の王国を眺めながら美酒に酔っていた……多少手狭ではあるが、誰もが羨む程に贅を凝らした内装に芸術的なグラフィティの数々。
そして何より、カネと人望、暴力によってかき集めた屈強な兵隊たち……実家ではあり得ない程の刺激的で素晴らしい生活。彼の両隣には美少年と美少女が控えており、今から
ゴロゴロゴロゴロ……
「む、何だ……地震か?」
「さぁ?」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
いや、地震ではない!何か巨大な物体が恐ろしいスピードでこちらへ迫っている……ふと窓を覗くと、ビルの八割近い大きさの雪玉が
「なにっ」
「だりゃああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
突っ込んで来る。そう察した時には何もかもが遅かった……厳重な警備など意にも介さず、単純明確な質量攻撃によって城が崩れ落ちる。
「ば……馬鹿な……!」
エントランスから7階までで待機していた冒険者を含む主戦力は雪玉によって一瞬で壊滅、8階から9階の非戦闘エリアで「接待」中だった傘下組織の幹部たちもパニック状態。
「ドラン君、大丈夫なの……?」
「ハハハ、大丈夫だよ……ここは世界で一番安全な場所だ。僕が守ってやる……!」
侍らせていた少女が泣きそうな顔で聞いて来るが、スナプドランは驚きつつも虚勢を張って二人を安心させる。
「思ったよりも漢だな、スナプドラン・クソッタレ・ユコバク・ロイド……見直したぜ。」
土煙が晴れ、白いレインコート姿の人間族が現れる……その手にはミスリル製の戦闘用スコップが握られており、全身から絶えず冷気が漏れていた。
「ナンバーテン……自称、第51支部で一番喧嘩の強い男か。」
「俺を知ってんのかいボウヤ、嬉しいねェ。」
「確かシンビジウムさんの小間使いでしたな……あの人もご友人が少ないとはいえ、全く趣味が悪い。」
スナプドランはレイピアの柄に手を掛けて相手を威嚇しつつ、高圧的な物言いで挑発する。
「やっぱ指導者の血筋だからかな、すげェカリスマだ……ところでアンタ」
グシャアッ!!
無防備な状態で近づいて来たナンバーテンが、突如としてスナプドランの顔面に強烈なハイキックを叩き込む!
「俺とノンビリお話するつもりでいたのかよ、えぇ!?」
スナプドランの顔面に足跡が刻まれ、噴き出た鼻血がブランド物のスーツを真っ赤に染める!
「
ナンバーテンはスコップを回転させて冷気を呼び集め、そのままスナプドラン目掛けて半円状の斬撃を繰り出す!
「チィッ!」
スナプドランは床に向かって炎魔法を放ち、反動で浮き上がって斬撃を回避!更に頭上からナンバーテンの延髄を狙い、レイピアを突き出した!
「馬鹿が……!」
「えっ」
ドタァンッ!!
ナンバーテンはレイピアを素手で掴んで攻撃を阻止、呆気に取られていたスナプドランごと地面に叩きつける!
「起きろォ!」
下腹部に追撃のサッカーボールキックを当て、壁にぶつかった反動で跳ね返って来たスナプドランにスコップを振り上げる!
「ぐうっ……!」
未だ呼吸もままならぬ状態ではあるが、大振りな上段を何とか見切って防御!
(つ、強い!防御能力だけを警戒していたが……これが次世代バアル家の二番手、レッドラムと肩を並べる実力……!)
バリンッ!
スナプドランはガラスを割って建物から脱出する。逃走したのか……否!空中に投げ出されたその身体が炎に包まれている!
「毛の抜け落ちた猿如きが……調子に乗るなよ、
身を包む炎の嵐が爆ぜ、燃える翼を持つ赤い飛竜に姿を変えたスナプドランが咆哮する!
「ギャオオォォォ……!!」
「悔しいが、魔法の練度じゃそっちが上みてェだな……」
「今更認めたところでもう遅い!僕を本気にさせた代償は大きいぞ……そのうち精神まで竜になり、この一帯を全て焼き払うまで僕は絶対に止まらない!」
「灰になるがいい……
ゴオォォォォ!!
半ばプラズマ化した高温のブレスが迸り、着弾地点をマグマのように溶かす!
「おっと!サングラスがなきゃ目はやられてたな。」
「何ぃ!?」
ナンバーテンは氷の鎧で正面からのブレスを受け止め、スコップを構えつつ跳躍!
「大物狩りと行こうか……
ナンバーテンは防御を捨ててスコップに魔力を集め、巨大な氷の刃を生成!スナプドランも燃え盛る炎の尾を叩きつける!
「やらせるか!
ギャリギャリギャリギャリィ!
激しい鍔迫り合いの余波で周囲の窓ガラスが砕け散り、巨大な電飾看板が点滅!
「オラァ!!」
鍔迫り合いを制したのはナンバーテン!スナプドランの巨体が広告用の無人飛行船に叩きつけられ、ガス爆発でビルの屋上が吹き飛ぶ!
「低脳ナ人間ゴトキガ、僕ノ邪魔ヲスルナアァァァァッ!!」
スナプドランは意地でも変身を解除しないと決めたのか、瓦礫をブレスで吹き飛ばして再び彼の前に立つ。
「じゃあ聞くが、その低脳に負けるお前は何だ?火のついたハエ如きが調子に乗るんじゃねェよ……」
「イヤ……僕ノ、勝チダ……フハハハハ!!」
スナプドランは口を開け、ナンバーテンの左後ろに向かってブレスを放つ!
「馬鹿が、どこを狙って……何ッ!?」
「えっ……」
そこには逃げ遅れたらしい少女が一人……ナンバーテンは即座に判断を下し、横に飛んで無防備状態でブレスを受ける!
「やっぱお前クソだわ!」
ドオォォンッ!!
「ハハハハハハッ……僕ノ勝チダァ!!」
激しい火柱がナンバーテンを包み、スナプドランは勝利を確信する。
「お見事。だがまだ一本取っただけだ……違うか?」
「ハハハ……ハハハ……ッ!?」
煙が晴れ、人肉の焼ける甘い匂いと共にナンバーテンが立ち上がる……レインコートは半分以上焼け焦げており、サングラスも吹き飛んでいたが、致命傷には至らなかった。
「俺、昔から童顔でさ……しかも、氷魔法の使い過ぎで代謝も止まってると来た。シンが俺に初めて会った時、何て言ったと思う?」
「馬鹿ナ……!」
「バツ。正解は”よろしくね、坊や”だ……同い年だって言っても中々信じて貰えなくてな……惚れた相手にガキ扱いされるってのも複雑な気分だぜ。」
ナンバーテンは予備のサングラスを掛け直してスコップを構える。
「……3つだ。」
「何ガダ!」
「お前をブッ飛ばす理由は3つある……1つ、俺の前でガキを殺そうとした。2つ、俺のお気にのサングラスを溶かした。」
「黙レ!」
スナプドランの放ったブレスはスコップで容易く両断され、彼の両隣を焼き尽くす。
「そして3つ、お前は俺の友達を馬鹿にした。」
「友達ダト……ホザケ!化ケ物ニ欲情スル下等生物ガ!」
ドォン!
「馬鹿だなお前、アイツほどいい女は中々いないぜ。」
続けて放たれたブレスを拳で相殺し、ナンバーテンは話を続ける。
「組んでから3日目の時だ。俺が両親と死に別れたって話をするとアイツ、自分の事でもないに大泣きしてさ……優しいよな。お陰で死んだのは俺だって事を言い出せなかったよ。」
三発目の火炎を避ける。
「あと料理が上手い。アイツもいい男引っ掛ける為に努力してんだな……俺がチーズ食った事ないって知った時は1週間ぶっ続けでチーズ料理持って来たっけ、あの時は嬉しかったなぁ……二度とやらないで欲しいけど。」
「黙レ!」
四発目の火炎も、蹴りで弾き返される。
「あとは」
「ああぁぁァァ!!もうやめて下さいまし!」
ズバァッ!!
「ギャアアァァァァァァッ!!」
突如として瓦礫から飛び出して来たレッドラムがスナプドランに向かって無数の斬撃を放ち、一瞬で息の根を止める!
「あー、今のはだな……相手の動揺を誘う事で隙を作るという高度な作戦で」
「なっ、何の話?わ、私は今来たばかりですわ……早く帰りますわよ。」
「あぁそうか、聞いてないならいいんだ……あと俺、買い物があるからさ。」
「わ、私も、買い物がありますの。今思い出しましたわ……!」
二人は急いでその場を離れ、それぞれ別の方角へ向かった。
ー1時間後、飛空挺ー
嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた
「さっきから何ボケっとドアの前で立ってるのよ!アイスが溶けちゃうでしょ、このお馬鹿!」
「やめろおぉぉぉぉぉ!!」
ドアの前で30分くらい悩んでいると、グレーテルが俺の手を掴み、無理矢理飛空挺の内部に引き摺り込んだ……シンビジウムと目が合う。
「……アンタにしては中々上出来じゃない?」
「そりゃあ、結構いい値段したからな。」
「死ねぇ!」
次の瞬間、今世紀最大級の金的がクリーンヒットし、俺は過呼吸になりかけた。
「あぁクソ!買わなきゃよかった……」
「ちょっとグレーテル、さっきからおふざけが過ぎましてよ!向こうで反省なさい!ヘンゼル、しっかり見張っておくのよ!」
「「はーい……」」
態度とは裏腹に、別室へと向かう二人の顔はどこか晴れやかだった。
「……ありがとう。」
シンビジウムはグレーテルに微笑みを返し、アウトキャストに手を差し伸べた。
「で……実際のところ、どこまで聞いてたんだ?」
「……
ーfinー
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