血塗られたシステム 最終章



「止めろっ 何としても止めるんだ」


鬼気迫る眼光を覗かせた兵士が

武器を手に一斉にエイジへ飛び掛かる!


「しゃあっ!」


ガコン……バシュウッ!


文字通りの鋼の脚が打撃を無効化して

警棒を捻じ曲げ、関節から蒸気を

噴出しながら放つ正拳が骨を砕く。


「こ…この程度で失神などするかっ」


「何っ!?」


Sランク冒険者の細胞から培養した

高密度の人造筋肉と鋼の手脚による

強烈な一撃を喰らって尚、

致命傷には至らない。


「俺達はあの計画を知った時から

命を賭けて支援して来たんだ……

お前程じゃないにしろ全身の三割は

人工のものに取り換えてる」


機械を前時代的な負の遺産だと

捉える者が多い異世界の人間が、

人体改造までしているという事実。


戦で失った手脚を治療しようにも

犠牲者は甚大で回復薬は足りず、

セタンタの起こした反乱で聖職者の

権威は地に落ち、治癒師は激減した。


(傷ついた人達を救いたくて、僕は

義肢や医薬品の研究をしていた…

でも壊れた心は治しようがない)


(トゥームストーンのように

人智を超越した力の持ち主すら

戦場に青春を奪われ、病んだ末に

記憶すら失ってもなお闘っている)


(それならできる事は一つしかない)


エイジは目を見開き、

兵士の繰り出した回し蹴りを

回避しながら距離を詰めた。


ガッ


(目の前の”悪”に立ち向かい

続けるしかないんだッ)


ナイフによる近接攻撃を義手で

弾き、心臓の上部に狙いをつける。


「テーザー…アクセル!!」


バ シ ッ


「はうっ……あぅ……」


攻撃が命中した瞬間、兵士が

胸を押さえて苦しみ出し…


「あうっ、はうっ……あう、あう!

ば う っ !」


激しく痙攣した後に床へ倒れる。


「……申し訳ない」


エイジは敵を無力化した事を確認し、

兵士を蹴って廊下の隅に移動させる。


「幾ら出来がよくても所詮は絡繰、

電気信号スイッチ一つで簡単に動きを

止められるという訳か……」


「…弱点は敢えて残したんだ。

僕は彼らを信じてやれなかった」


リディアは何か言おうとしたが、

言葉が見当たらず押し黙った。


当たり前のように信じていたものが

一瞬で崩れ去り、欺瞞だけが残る。


自己の崩壊にも等しい苦痛。


正統教会が全能の救世主から

神の名を騙る悪魔に貶められる様を

間近で見て来た彼女にとっては

他人事ではなかった。


「……次が最上階、ようやく

どちらが正しいかが分かる」


分厚い扉の前で、

血に汚れた二人の足が止まる。


「フンッ、聞くまでもない……

行くぞ、酔いが醒めぬ内に」


「あぁ……分かってる」


ダ ン !


大上段から振り下ろされた刃が

扉を上下に切り分け、鋭い前蹴りが

鉄の塊を吹き飛ばした。


「デュラ!いや……

デュラム・アインハルス2世!」


「……何の用だ、エイジ。

いちいち大声で叫ばなくても

お前の声なんて聞き慣れてるぞ」


若々しく筋肉質な褐色の男が

カーペットを蹴って椅子を回し、

両手を組んでエイジを睨む。


「給与なら月に30万G渡してる。

普通の労働者が一生かけても

溜め込めるかって額を毎月な。

……足りないなら少し待ってくれ、

来月になったら4倍は払える」


「状況が分からんのか?

お前の部下は全員倒したぞ」


「あぁそう……じゃ、来月から

連中の給金を20%カットしなきゃ

ダメらしいな。絶対殺すだの

言っておいてアレじゃ言葉が

あまりにも軽すぎるぜ……」


リディアの脅迫にも動じず、

デュラムは何事もないように

書類を束ね、会話を続行する。


「そうだ、これから飯でも」


ガ ァ ン ッ !


エイジの鋼の脚が激しく火を噴き

デュラムの首筋を狙うが、

彼が持つ銀色の腕が攻撃を阻む。


「昔から結論を急ぐよな、お前…

まぁ俺ももっと危機感を持てって

親父に叱られて来たがよ」


「とぼけないでくれ……

何でここまで来たか分かるだろ」


「あぁ……だがお前にゃ無理だ」


ガ ゴ ッ !


「ぐうっ」


デュラムが腕を動かすと

重々しい駆動音と共にエイジが

壁に叩きつけられ、油混じりの

黒い血を口から吐き出す。


「”俺の”は今朝作った新型だ……

大したメンテナンスも出来ない

街の外で油だけ差してたような

試作品じゃ勝てねーよ、で」


デュラムが手を叩いた瞬間

天井のパネルが素早く外れ、

無数の冒険者が現れる!


「何より持っている兵力が違う!

既に軍の上層部には因果を含めて

ある…エルフの軍人ってのはバカで

時代遅れな割にプライドだけは

一丁前で事なかれ主義だからな…」


「俺たちがギルドを買収しようが

東洋街のクソ移民を何人殺そうが

B.O.I.Sって爆弾がこっちにある以上

お咎めなしだ……」


「お前……何があったんだ、

いつからそんな外道になった!?」


「てめぇに一体何が分かる?」


デュラムは目の前の「敵」の

質問に対し、心底不快そうに呟くと

エイジにハイキックを繰り出す。


「……あの三年戦争で親父は死に、

俺と兄貴は敵兵に四肢を切断されて

サキュバス共の慰み者にされた……

俺たちが地獄で苦しんでいる間、

上層部の奴は現地への補給物資を

横流しして荒稼ぎしていた…」


「俺の部隊には一切支援もせず、

連中はただ遊び呆けていたんだ!

奴等さえいなければ親父は

生きて帰れた……奴等さえ

いなければ、兄貴が廃人になる事も

なかったんだ……!」


吹き飛ばされたエイジの首を

掴み、地面に叩きつけながら

デュラムは涎を垂らして叫ぶ。


「あの地獄を生き抜いて、

俺は思ったよ……世界中に武器を

ばら撒き、病人や貧乏人に金持ちを

殺せるくらいの力を与えて完全なる

無法状態にすれば、こんな理不尽は

絶対に発生しないってなぁ!!」


ドゴォッ!


「はうっ」


エイジの身体が鉄筋コンクリートを

突き破り、青色の火花を散らして

下階の床へ叩きつけられる!


「これぞ万人の万人に対する闘争!

下々の尊厳は守られ、軟弱な貴族や

政治家、あらゆる上級国民は淘汰され

真の強者と賢者だけが生き残る!」


「既に自治領にいる軍人の3割は

俺の傀儡となった!貴様を倒した

後は冒険者ギルドを解体し、

B.O.I.Sの情報と武器を民間人に

ばら撒けば暴動が起きる!」


サッカーボールキックで

再びエイジを壁に叩きつけ、

瓦礫の塊を投げて押し潰す!


「上級国民が身を守る術を失えば

自治領が抑えていた周辺諸国や

少数民族も黙っていない筈だっ!

似たような工作を世界中で行い、

社会悪を残らず抹殺してやる!」


アッパーでエイジを吹き飛ばし、

デュラムは激しい雄叫びを上げる。


「ハァ…ハァ……お前には……

感謝している…連中に脳神経を

焼き切られ再起不能になった俺を

再び闘えるようにしてくれた……」

 

「俺に降れ、エイジ……お前まで

仲間を失う事はない、だから」



グ シ ャ ア ッ !



次の瞬間、デュラムの顔面が歪み

背中でクリスタルテーブルを

破壊しながら床にキスをした。


「……嫌ですよ、下らない」


デュラムの皮膚を冷や汗が伝う…

エイジはベラドンナの世話役に

回されて以降、彼の意向で

毒のある敬語を使わないように

教育されていた筈なのだ。


「生物というのは知恵をつけると

同種間でも主従関係を作るように

遺伝子レベルで設計されてるんです。

全員から社会性を剥奪しない限り

社会悪も消えませんよ」


「……俺に逆らうのか」


「そうですけど何か?ワタシから

してみればブリキ製のチンピラより

ベラドンナ様の方がずっと恐ろしい」


ジャキンッ!


エイジは鉄の脚で床を踏み締め、

右腕にガラス質の鋭利な刃を

生成して姿勢を低く構える。


「悪魔に毒されたか、無様だな」


「まあ気にしないで…今から

スクラップ処理される貴方の方が

100倍は無様で惨めですから」


「地獄でほざけーッ」

 

パリンッ!


エイジはデュラムの前蹴りを

避けながら相手をタックルで

突き飛ばし、ガラスを破壊して

建物の外側へ飛び出す!


ザバアッ!


「はうっ」


ライト・アップされたVIP用

プールの底に激しく叩きつけられ、

デュラムの口から水泡が漏れる!

エイジは跨る形で彼を押さえつけると

相手の首を両手で掴んで握りしめた。


「な…なんだあっ!?」


接待の為に招かれていた富豪や

株主たちが悲鳴を上げ、彼らが

護衛として雇っていた冒険者や傭兵、

賞金稼ぎが武器を構える。


勝った。


デュラムはライトに照らされた

水底で外の光景を眺めて微笑むが、

僅か数秒後にその水が真っ赤に染まり

金属に覆われた筈の背筋が凍り付く。

何者かに護衛や招待客が次々と

殺されているのだ!


「ばあーッ」


「ひいぃぃっ!」


白いレインコートを羽織った少年が

冒険者の生首を持って自身の目の前に

現れた事で、彼の恐怖は頂点に達し

大量の酸素を一気に吐き出す。


水面越しに見える景色の中で、

ボロボロの本社要塞が燃えていた。

自身が暴力と搾取によって築いた城が

古いクッキーのように崩れてゆく。


決定的な破滅の瞬間だったが、

なぜか安心感を覚えた。




ー数日後、某アパートー



「……現場からは以上になります。

政財界の著名人が次々と逮捕される

未曾有の大騒動となった先週の事件、

アインハルス社の従業員には現在も

政府から待機命令が出されており…」


「あー、もう!」


ガチャン!


アウトキャストは乱暴にボタンを

押してラジオを止めると、新聞を

丸めて暖炉に放り投げた。


「新聞社もラジオ局も警察署も

バカの一つ覚えみたいに似たような

話をいつまでも続けやがって!

ギルドから謹慎食らってんだから

もっと面白い話をしろよな」


「テレビ局はどうです?」


エイジはテレビの電源を入れると

何度かダイヤルを回す。


異世界こっちじゃ全然普及してねェだろ、昼間なんか何も…」


「凶暴な魔物から家の畑を守りたい?

お子さんが冒険者になりたいと言って

家を飛び出しそう?そんな時は我々に

お任せを!バロックワント魔術学園では

魔法や戦闘に関する最先端の教育で

皆さんの生活をお手伝いします!」


陽気そうな男性の声と共に、白黒の

液晶画面に荘厳な要塞を思わせる

建築物が映し出される。


「話題のあの事件で活躍した凄腕の

冒険者達も多数輩出!来月15日には

有名OBを招いた学園祭、再来月には

編入試験!まだまだ予約受付中!

急げ!乗り遅れるな!画面の前の

貴方もこの機会に今すぐ応募だあっ」


更に肖像画や実験設備、魔族らしき

シルエットの映像が次々と切り替わり

それらしい宣伝文句で締めると

再び画面は砂嵐に戻った……


「まぁ、この機会にこういう所で

鍛え直すのも悪くないですかね」


「やめとけ、こんな所行ったら

確実に厄介事に巻き込まれ…」


ドン ドン ドン


呼び鈴の後、ドアを叩く音が響く。


「Lサイズが4枚……来たか!」


「いや、特上寿司が先でしょう」


二人は小走りして玄関へ

向かうと、勢いよくドアを開ける。


「すみません、帝都新聞ですが!

ここにアインハルスの元関係者が

いるとお伺いして是非取材を…」


「あの、中央放送局の者です!

内部告発者の居場所を知る方を

探してます!何か心当たりは…」


二人はしばらく顔を見合わせる。


「ま、どこ行ってもここよかマシか」


「……ですね」


そして同じタイミングでスコップと

バルカン砲を同時に構えると、

新たな冒険へ向かって駆け出した。




冒険者奇譚 完

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冒険者奇譚 @AHOZURA-M

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