血塗られたシステム 前編(約8600文字)










ー旧ミルド帝国領、グリーンヒル地方ー





カチャ……カチャ……カチャ……




木の根に侵食され、ひび割れた古い路を

ひとりの旅人が歩いていた。


旅人は白塗りの鎧と鹿角の兜を身につけ

古びた細身の刀を携えていたが、盗賊や

魔物の多い地域では珍しい事ではない。


 

「ヂッ、ヂヂヂヂッ!」



甲冑の鳴らす音に驚いた獣が走り出し、

近くで眠っていた剣竜が目を開ける。


大量の花と苔に覆われた無数の廃墟が

目を引くこの土地は、約700年前に滅んだ

亡国の名も知れぬ都が存在した場所だ……



カチャ……カチャ……



旅人が突如として足を止める。



「何をしている」


「おっと……勘がいいな。」



振り返った先にいたのは一人の青年だ……

彼は両手を上げ、ばつが悪そうに答える。



「オレは仲間と一緒にこの辺りで狩りをして暮らしてる者だ、この辺りは一人じゃ危ないぜ……」


青年は炎を纏った長剣を構え、笑みを浮かべた。


「特に女はなァ!!」



間髪入れず炎の剣を振り下ろすが、もう

そこには誰もいない。旅人が彼の真横で

ゆっくりと刀を抜く……



「丁度良い……この辺りの魔物達にも

飽きていた所だ、遊んで貰おう。」



「気の強い女は嫌いじゃない……お前ら!」



青年が号令を下すと、湾刀を構えた黒装束の兵士たちが煙と共に現れ、旅人目掛けて

一斉に飛び掛かる!



「キィエエエェェェェェッッ!!」



しかし、旅人は刀を構えたまま絶叫!

あまりの音量で盗賊達の鼓膜が破裂し、

眼球の水晶体に亀裂が入る!



「ぐわあああ!!」


「視界が……何も聞こえない!」



目と耳を潰されて悶絶する雑魚に一瞥も

くれず、旅人は青年に向き直った。


「刀の錆にもならん雑魚を寄越すとは、

私も随分と舐められたものだ。」


「チッ、東洋かぶれが……」


青年が首を狙った鋭い横薙ぎを放つ!


「死にやがれぇ!」


旅人は不自然な程に位置の高い上段で

刀を構え、青年を睨みつける。


最大まで膨れ上がった殺気に圧された

青年が冷や汗を垂らした瞬間、



「チェストオォォォォォッ!!」



ズバァッ!



ドサ


羊羹のように平らな赤い断面を晒し、

哀れな青年は真っ二つになって倒れた。



「ば……化け物……!」



傷の浅い盗賊が事態を把握し、旅人から

逃れようと背を向けて走り出すが……

 


ヒュッ


「げぇっ!?」


背後から飛んできた紐付きクナイで脚を

射抜かれ、そのまま引き戻される!



「や、やめ」



 ザクッ


旅人は血塗れの刀を敵の胸に突き立て、

一撃で仕留める……慈悲はない。



ザクッ


ザクッ


ザクッ


ザクッ



「シン、やはり人間にはクズが多い……

君のようにはなれないよ、私は。」



盗賊の心臓を刀で刺しながら旅人が呟く…

その白銀色の目は遠くを見つめていた。






ー1時間後ー



旅人は血に汚れた鎧と兜を川で洗い、

焚き火で乾燥させていた……


サラシと袴だけを纏った白い肌には

狼の刺青と無数の刀傷が刻まれており、

彼女が恐るべき武人である事を雄弁に物語っている。


プゥーン……


血の臭気に誘われたのか、一匹の蝿が

彼女の辺りを飛び回った。


「………」


旅人は不愉快そうに口元を歪めるが、

空腹状態の蝿は血の染み込んだ彼女の肌を

齧ろうと様子を伺っている。



スッ



脇差で蝿を両断し、余計なものを脱ぐと彼女は滝のある川へ飛び込んだ。


旅人はよく泡立てた灰汁を全身に被り、

長い黒髪に付着した油を削ぎ落とし、

付着した返り血と汗を丹念に洗い流す……

彼女にとって実に1週間振りの入浴だ。



「〜♪」



時折流れて来る丸太や石などを避けながら

鼻歌混じりに垢を落とし、服を身につけてその場を離れようと一歩を踏み出した次の瞬間、



「フン」


ドゴォンッ!!



彼女の足元が大砲を撃ち込まれたかのように大きく抉れ、砕ける!咄嗟に回避していなければ胸に風穴が開けられていただろう。

 

「ゲグェェェェェ……ッ!」


彼女の目の前に10m近い巨躯を誇る

紫色のガマガエルが着地し、喉を鳴らす……

底無しの食欲で周囲の動物を食らい尽くす凶暴な侵略的外来種、アシッドウェールだ!



「風呂の次は夕餉か、いい心掛けだな。」



旅人は脇差を抜き、アシッドウェールを

睨みつける。


「ギロロロロロォ!!」


ドゴン!


アシッドウェールが口を開けた瞬間、

弾丸めいた勢いで舌が伸び、彼女の隣にあった岩を粉々に粉砕!


「ぬぅん!」


旅人はカウンター気味にアシッドウェールの舌を掴み、地面に叩きつける!


「ギイィィィッ!?」


怯んだ隙に舌を両手で持ち直して砲丸投げのように激しく振り回し、三半規管に甚大なダメージ!


 ブチィ!!


遠心力で負荷をかけられた舌が根本から千切れ、スピンしながら鮮血を撒き散らすアシッドウェール!


「グゥエェアァァァァァッ!!」


劣勢だが捕食者としてのプライドと空腹感が逃走を許さない!反撃の後ろ蹴りで追撃を防ぎ、口を全開にして旅人を丸呑みにした!


「ググゥ……ッ!」


そのまま喉の筋力だけで敵を飲み込もうとするが、喉に激痛!



「悪いがそう簡単に食われてはやれん。」



旅人は喉に突き刺した脇差に掴まって

踏ん張り、胃袋へのダイビングを拒否している!


「ゴグゥゥ、ゴグウゥゥゥゥゥ!!」



しかしアシッドウェールはこの河の生態系ピラミッドに君臨する貴族!体内の胃酸を逆流させ、地獄の釜めいて旅人を溶かしにかかる!


「ブゥウオォォォォォォッ!!」



常人が浴びれば骨も残らぬ体外消化攻撃が口内で炸裂!彼の必殺の構えだ!



「キイエエェェェェェェェェェェッ!!」



しかし、旅人は胃酸の濁流を見るなり絶叫!猛烈な爆音波で周囲の川が波打ち、胃酸攻撃は押し戻され、ショックで気絶したウナギやサーモンなどの川魚が水面に浮かび上がる!



「グゥゥワァ!?」



旅人はアシッドウェールが怯んだ瞬間に口をこじ開けて脱出、焚き火の近くに置かれていた刀を取る!


「やれやれ、また洗い直しか……」



旅人は溜め息混じりに呟き、

引き抜いた刀で岩を叩いた。


キンッ!


化剣かけん蛍丸ほたるまる……!」


ボォォ……



次の瞬間、超自然の青白い炎が一瞬にして長大な刀身を覆い尽くす……これは「エンチャント」と呼ばれる攻撃魔法の一種だ。



「ググオォ……!」



アシッドウェールは知っていた、前に食べた冒険者が使っていたからだ……だが格が違う。


「いい火力だ、喜ぶ事ではないがな。」



勝てない。このエルフから逃げなくては。


アシッドウェールは脚を動かそうと姿勢を変えたが、もう遅かった。



「キイエエェェェェェェェッ!!」



二度目の絶叫が怪物の聴覚と判断力を完全に破壊し、生涯最大限の恐怖で反射的に神経が、筋肉が緊張し硬直する。



「チェエストオオオオォォォォッ!!」



ビシャアッ!!



狙い澄ました斬撃が頭蓋骨を一撃で両断し、

アシッドウェールズは裂け目から大量の赤い泡を吐き出しながら息絶えた。



「お前に罪はないが、これが淘汰というものだ……恨めよ。」



旅人はアシッドウェールを逆さ吊りにし、彼の二つに割れた頭部から血を抜いた。


「まだ腹が動いているな……神経反射か?」



スパァン!



不審に思った旅人が刀で腹を切り裂くと、

粘液に守られ巨大に成長した無数の卵がこぼれ落ちる。


「成程、気性が荒い訳だな……ッ!?」



いや、一つだけ卵ではない何かが混ざっている……卵と内臓の山から、黒い影がむくりと立ち上がった。


「何だ……?」



体内で孵化した子供か、それとも蛙を

操っていた忍者か……否、どちらでもない。



「やった、遂に成功したァァ!」


「……は?」


それは紛れもない人間の少年であった。

黒い耐強酸スーツを身につけたその人物は、彼女の目の前で何度もガッツポーズを決めている。


「アシッドウェールに捕食されてから脱出するまでの約7時間、想定の2倍近い時間を余裕で耐え切ったぞォォォ!!」


「……あの」


「やったぜェェ!!これで名誉功労賞と特別博士号は僕のものだァァァ!!」


「めでたいのはよく分かったんだが、その」


「これで兵器も作り放題……即ち奴の計画もお終いだ!あの研究所を破壊すれば、僕は間違いなく英雄になれr」



旅人は無言で少年を組み伏せ、関節技を決めた。


「痛いです」


「少年……お前が武器を造りたいのと同じように、私は早く飯を作りたいのだ。分かってくれるな?」


「はい」


「ありがとう。」



少年は耐強酸スーツを脱ぎ、彼女の前に座った。彼の右目は神秘的な金色で、その両腕は作業用の義手に置換されている……



「……人間か。」


「こ、殺さないで下さい!」


「確かに人間は苦手だが、見境なく殺す程愚かではない……同胞が不躾な真似をしたならお詫びしよう。」


警戒、恐怖、軽蔑、怨嗟……この地方の人間がエルフに抱く感情としてはありふれたものだろう。



「……私はリディアだ、君は?」


「えと……蓮枝れんぎエイジです。」


「この当たりでは聞かない名前だな……苗字が先に来るなら東洋人か。私もこんな名前だが生まれは東洋だ、よろしく頼む。」


「ぁ、そうか……ここ海外……」


「何か言ったか?」


「いや、何でもないス……」




ー50分後ー



リディアは揚げたアシッドウェールの肉を

酒で胃に流し込むと、空になった少年の器に揚げたカエルの肉を幾つか乗せた。



「……遠慮せずに食べろ。」


「す、すいません……」



ガジュ……


エイジは恐る恐る揚げカエルを齧った。

味噌で味付けされた薄く硬い衣を破ると、

中の分厚く柔らかい腿肉が肉汁を際限なく吐き出す……


(美味っ……てか、弾力以外ほぼ鶏肉だ)


肉にも充分な下味がつけられている為

両生類特有の泥臭さや生臭さも全く気にならず、気付けば4個も食べてしまっていた。



(久しぶりにジャーキーと水以外のものを口にしたな……僕ってこんなに食欲あったんだ)



「……食うのも食われるのも得意だな。」


リディアは嬉しそうに呟きながら、巨大な白いブヨブヨの塊に酢をかけて口に運ぶ。


「そ、それは……?」


「塩茹でにした卵だ。」


「卵ォ!?」


「食え」


白いブヨブヨがエイジに投げ渡される。薄い膜を剥ぐと、血管が浮いた豆腐のような中身が顕になった……彼はブヨブヨをスプーンで掬って口の中に放り込む。


「……!」


確かに舌触りは卵の黄身に近かったが、味は淡白でレバーのような独特の苦味がある。


「嫌いか?」


「いや……思ったよりイケる。」


「学者という人種は度胸があるのだな。

お前を見ていると……ッ!?」



「どうしt」


「伏せろ!」


リディアがエイジを突き飛ばしたコンマ数秒後、巨大なブーメランが二人の頭上を通過!

周囲の木々を薙ぎ倒しながら弧を描き、小柄な冒険者の手元に戻って来る……



「ケッ……ゴッドハンドのガキ、やっぱし護衛を雇ってたかよ。」


「ブリーフィングでも説明した通り、想定内です……勝率は80%以上、楽勝ですね。」


不機嫌そうな赤装束の冒険者は呆れ気味に答えると、杖を構えた。


「……ジャービス、お前が来たか。」


「死にたくなければデータと耐酸スーツを渡しなさい、エイジ!」



(状況が飲み込めないが、それなりの手練れが二人……ここで見捨てるのも忍びない。)


「貴様ら子供一人に寄って集って、情け無いと」


ジャキンッ!!


「「「えっ?」」」


「調子に乗るなよハイエナ共が、一人残らずぶち殺してやる……!」


三人の目線の先では、鬼の形相を浮かべた少年が対物仕様の折り畳み式アサルトライフルを構えている。


「オラアァァァァァァァッ!!」


ドガギャギャギャギャギャギャギャァン!!


銃口から赤熱するホローポイント弾が雨のように吐き出され、周囲の岩や木が型抜きめいて削り砕かれる!


「馬鹿な、こいつどこから武器を!?」


「しかし、ゴッドハンドに戦闘能力があったとは……厄介な事になりましたね!」


ブーメランで弾丸を弾きながら小柄な冒険者が呻き、赤装束の冒険者は杖からバリアを張って攻撃を凌ぐ。


「クソがァァ!!」


リロードの瞬間を狙い、ブーメランを持った冒険者がゴッドハンドに殴り掛かる!



キィンッ!!



「貴様の相手はこの私だ……」



リディアがゴッドハンドを庇うように、刀でブーメランを受け止める。


「悪いが遊んで貰おう。」


「Aランク冒険者のストームエッジ様に喧嘩を売る馬鹿がいるとはな……死んだぞ!」


「……力の差を分からせてやる。」




邪火閃デモンファイア!」



ドオンッ!!


ジャービスが放った赤黒い魔法の炎を

義手に内蔵されたグレネードランチャーの射撃で相殺し、ヒートダガーで一閃!


「当たるかァ!」


ジャービスはヒートダガーを杖で弾き返し、

杖の先端に炎を纏わせて殴りつける!


ガキャン!


魔法重視で身体能力が低いとはいえ、エンチャントで強化された攻撃を食らったのだ……火花が散り、義手の装甲が大きくひしゃげた。


「馬鹿が……さっさと降参してスーツ出せってんだ、殺すぞ。」


赤装束の冒険者は勝ち誇ったように吐き捨てるが、ゴッドハンドは全く動揺していない。



「……当てたな?」


ドガァッ!!


杖で殴られて損傷した部位が突如として爆発を起こし、破片が冒険者の肩に突き刺さる!



「ぐっ、爆発だと!?」


爆発反応装甲リアクティブアーマー……お前らの雇い主が仲間だった男から盗んだ技術だ!」


「大人しく差し出せば命だけは助けてやったものを……どの道あなたはお払い箱です、死になさい!」


「お払い箱だと、まさかアレが完成したとでも言うのか……!」


「ここで死ぬ男に教える道理はない!」


ゴッドハンドの周囲に無数の火球が浮かび上がる!


邪炎デモンブレイズ……十滅テンラピッド!」



ボゥ……バドォンッ!!

 


火球が一斉に大爆発を起こし、辺り一面を真っ黒に焼き尽くす!


「エイジィィ!!」



「フン……随分と驚かせてくれましたが、所詮は冒険者として覚醒したばかりのルーキーで……ッ!?」



ジャービスは絶句した……黒煙が晴れた先にあったのは、無惨な焼死体ではなかったからだ。



ガシャン……ガシャン……



煙から現れた少年の影は堂々たる体躯へと変わり、肌は焼け爛れた己の衣服ではなく黄銅色のオリハルコン合金で覆われている……



「何だ……それは……!」



「試作型の携帯メタルスーツは展開時に余剰エネルギーを周囲に放出してしまうという致命的な欠陥がある……だが、おかげでダメージを相殺出来た。」



「薄っぺらい鎧を着込んだ程度で私に勝てると、本気で思っているのか!?」



「冒険者の力が覚醒してから一年半、薬剤の長期投与とトレーニング、兵器開発を重ねて来た……この日の為に、奴の研究を止める為に!」



ゴッドハンドは蒼水晶のカメラアイを光らせ、静かに拳を構える……



「悪の野望、機神の掌で握り潰す!」



「下らねぇヒーローごっこは終わりだクソガキ……」



ジャービスが杖を地面に突き立てると、ゴッドハンドの足元に魔法陣が出現!



邪炎柱デモンピラー!」



ゴッドハンドは跳躍して右手を構える!



「ブラックホール!」



彼の右掌に渦巻く暗黒の宇宙が出現し、魔法陣から放たれた火柱を全て吸収!



「馬鹿なっ!?」



「ホワイトホール!」


バシュウッ!!



更に左掌から輝く白銀の宇宙が出現、

右掌で吸い込んだ筈の火柱がジャービス目掛けて解き放たれる!



「ぐわ!」



自らが放った火柱に吹き飛ばされるジャービス!これこそゴッドハンドの名に恥じぬ天下無双の異能ギフト双宇宙コラプサー」である!



「何なのだ、今の魔法は!?」



「知りたかったら……」



ゴッドハンドの両掌から渦巻く暗黒の宇宙が現れ、引力でアシッドウェールの内臓を吸い込んだ!



「負けるものか……全て防いでやる!」



ジャービスは杖からバリアを出現させて構える!



「いっぺん死んで……」



ゴッドハンドは渦巻く暗黒が宿る拳を構え、ジャービスに突撃!



ギュオォンッ!!



何と、ブラックホールでバリアを削り取る!



「……えっ」



異世界転生でなおして来い!」



呆気に取られているジャービスに向かってホワイトホールを起動、丸腰の相手にアシッドウェールの胃酸を思い切りぶつける!



ジャバアァァァッ!!



ジャービスは断末魔の悲鳴も上げず、激しく痙攣しながら剥き出しの頭蓋骨を震わせて倒れた。



「………………」



「エイジ、無事か!?」



放心状態のエイジを見たリディアが慌てた様子で彼の元へと駆け寄る。



カシャン



エイジは何も言わずに携帯式アーマーを解除して義手の内部に収納すると、片膝をついて激しい嗚咽を漏らした。



「おい、何が……」



彼の顔は土気色を帯び、額には大量の汗が浮かんでいた……目からは光が消えかけており、手足は激しく震えている。



「……初めてだったのか。」



リディアはエイジの隣に立つと、酒を一口だけ飲んで瓶の蓋を閉めた。



「俺には絶対にやらなきゃいけない事がある……その為なら人の10人や20人殺す覚悟はしてたが、たった1回でこれかよ……!」



「……やらなくてはいけない事とは何だ。」



「いい、俺一人で何とかs」




エイジが拒絶した瞬間、リディアは彼の首を片手で掴み、勢いよく投げ飛ばした。



「女一人が片手で投げ飛ばせるような童に何が出来る……誰が相手かは知らんが、こんな僻地にまであれ程の手練れを寄越すとは、相当な大物の筈。」


「でも」


「お前には無理だ、やめておけ……死ぬぞ。」



「あんたに何が分かる!」



「私の兄は権力に刃向かって殺された……敵の攻撃から仲間を庇い、あっけなく死んだ。」



リディアは刀を抜き、鋭く尖った先端をエイジに突きつける。



「………ッ!」



「お前は強いが、兄と同じ目をしている……情に流されて早死にする男の目だ。血の繋がらぬ妹を助ける為に命を捨てた、愚かな男の目だ。」



「……自分より大事なものがあったらダメだって言いたいのか?」



「………………」



「自分の家族の生き方を否定してるのか?」



「………フッ」



リディアは少し笑うと、刀を鞘に納める。



「昔、兄にも同じ説教をされた……まるで兄が生まれ変わったようだな、お前は。」



邪火閃デモンファイア!」



「危ない!」


エイジは咄嗟にリディアを突き飛ばし、ジャービスの火炎放射を回避!



「これで終わったと……思うなよ……お前は、アインハルスを敵に回した……!」



ジャービスはそう言い残し、奥歯に仕込まれた自爆スイッチを噛んだ。



「待て!」


ドオォンッ!!



小型核爆弾により、ジャービスの抱えていた秘密は跡形もなく消えてしまった。




「アインハルスグループ……複数の総合病院を運営している大企業だな、新薬開発の実績を買われて政府から出資も受けていた筈。」



「……随分と詳しいな。」



「冒険者ギルドの健康診断を委託されている会社だからな、名前くらいは覚える……それに陰謀論じみた噂も多い。」



「例えば?」



「患者に無断で新薬の実験をしているとか、事故に偽装して痴呆老人や統合失調症の患者を秘密裏に暗殺しているとか……」



「馬鹿言え、それは真実から遠ざける為に上層部が流したフェイク情報だよ……僕はあそこの中枢構成員だったけど、実際はそんなに可愛いものじゃない。」



エイジは小型プロジェクターにメモリークリスタルを装着し、ダイヤルを回して空中に映像を投射する。



「ザザ……帝都暦301年8月16日、B.O.I.Sボイスを使用した新型ゴーレムのアーキタイプが完成……予測の二倍近い性能を発揮し、従来の自律稼働型ゴーレムでは不可能に等しい柔軟な思考も可能。」



「B.O.I.Sとは何だ?略語のようだが。」



「ブレイン・オペレーション・インターフェース・システム……特殊な処理を施した人の脳味噌を機械やゴーレムに接続して演算装置に仕立て上げる技術だ……人間の思考能力を80%以上再現出来る、画期的な技術だった。」



「材料となる脳味噌の出所は……あまり想像したくないな。」



「最初は死刑囚やドナー提供者、自殺者なんかから合法的に取り出していたんだ……」



エイジはそう呟くと、大型四足歩行兵器の設計図と立体映像を映し出す。



「これだ、今音声を流す。」



「ザザ……9月4日、B.O.I.Sの技術を転用した対冒険者兵器”ネオストライダー”の1号機が完成……31日の博覧会で軍の上層部に売り込んだ結果、仮配備が決定。量産準備を整えなければ。」



「量産するとなれば合法的に調達した材料だけでは足りない………奴等は貧乏人や孤児を誘拐して演算装置に改造している。それも市街清浄化事業の名目で、税金を使ってな!」



「……奴等、戦争でもする気なのか?」



「いや違う……奴等はネオストライダーの配備が完了した時期を狙って軍と政府にB.O.I.Sの真実を明かし、従わなければ市民に公表すると脅しをかけて莫大な利権を得るつもりなんだ。」



「疑っている訳ではないが……まさかそこまでの大事とは、映画や小説を見ているようだ。」



「政府が脅しに屈すれば更に多くの犠牲者が出る、かと言って事実を公表しても大規模な反発が起きるだろう……」



「ではどうするつもりだ?上層部が絡んでいる以上、こんなフィクションめいたデータを軍警察や憲兵に持ち込んでもそう簡単には信用されないぞ。」



「分かってる、だから一人で奴等を止めようとした……結果はこのザマだ。ジャービスのような中堅幹部一人倒すのがやっとの実力では、とても……」



「……お前はまだ未熟だ、寧ろ一年半でそこまで力をつけた事を誇れ。」



「だが、奴等の凶行を止める為には今すぐ力をつけなきゃ駄目なんだ……正面から奴等を倒す為には、今の5倍の力が必要だ。」



それを聞いたリディアは水晶玉を取り出してメモリークリスタルを台座に差し込むと、何者かにこの忌まわしいデータを送信した。



「な、何をするんだ!?」



「……5倍の戦力を集める。」






ー続くー











おまけ: クリスタルについての解説



この世界の宝石やクリスタルは魔力を伝達、増幅する性質があります。武器や魔法の触媒に使われる事もありますが、基本的には機械や日用品に組み込まれるものです。


例えばリディアが使っていた「水晶玉」は現実世界における無線電信や携帯電話のようなもので、エイジが使っていた「メモリークリスタル」はカセットテープやハードディスクのようなものだと思ってくれれば幸いです。


































































































































































































































































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