血塗られたシステム 中編 (約9200文字)
前回までのあらすじ:
比類なき戦士であった亡き兄の面影を追い、世直しの旅を続けるハイエルフの少女リディア。
旅の途中、大企業「アインハルス社」から逃げ出したという元メカニックの少年「エイジ」と出会うが、彼は殺し屋に追われていた。
正義感からエイジと共闘し企業が送り込んだ殺し屋を撃破するリディアだったが、彼の口から明かされたアインハルス社の目的は、
「軍の上層部を騙して人間の脳を搭載した自社の兵器を仮配備させ、民間に一般公開されるタイミングで軍と政府に真実を告げ脅迫、事実の漏洩を恐れた政府を傀儡にする」
という想像を絶するものだった。
リディア達はアインハルス社の計画を未然に防ぐ為、ある人物にデータを送信するが……
ーエンディア自治領北部、領立自然公園ー
深夜1時半、二人はランタンを片手に指定された目的地を目指し、森の中を歩いていた。
「あの、さっき立ち入り禁止って書いてあるボロボロの看板が見えたような……」
「これから一流企業と軍の上層部を相手に戦おうという男がこの程度の規則違反で臆するのか?」
エイジの至極真っ当な指摘に、リディアは平然と答える。
「で、でも」
「だが、現にお前は会社を辞めた無職……警備に見つかった所で失うような地位や信頼は存在しないに等しい。」
「うっ、気にしてる事を……!」
四つ目の立ち入り禁止看板を無視し、金属部分が真っ赤に錆びたバリケードをよじ登ると、廃墟化した小さな建物がそこにあった。
「ここか……?」
「いや、違う。」
リディアは合鍵を使ってドアを開けると、今度は地下への階段を降り始めた。
「自然公園にこんな所があるなんて。」
「三年戦争の直前にとある大富豪が作ったシェルターだ。当時の最新技術が使われている……私を含む一握りの者しか存在を知らない、謂わば秘密基地だな。」
「道理でしっかりしてる訳だ、頼もしいな。」
「もっとも、肝心の持ち主は爆撃に関係なく踏み込んで来たヒットマンの手で消された訳だが。」
「やめてくれよ、縁起でもない!」
「一人はちょうど今通った通路で背中から撃たれて死んだらしくてな……時々化けて出る。」
「ひえぇ!」
「落ち着け、冗談だ……私が2年前に成仏させたから安心しろ。」
「化けて出たのは本当なの!?」
「さあ着いたぞ……」
「質問に答えろよォ!!」
大きなドアを開けると、そこには豪邸の一角をそのまま持ち込んだような部屋が広がっていた。
「灯りはついてるが……遅刻かな?」
「いや、彼女はいつだってトレーニング・ルームに引き篭もっている……私は出発の準備をしているから、この家が壊れないうちに呼んで来てくれ。」
「分かった!」
エイジがトレーニング・ルームへ近づくと、フローリングが僅かに振動しているのが分かる……
「地震?この辺りじゃ年に数える程しか揺れないと聞いたが。」
しかし、一歩、また一歩と進んでいくうちに揺れは段々と激しくなっていき、
「いや違う……この揺れ方は地震なんかじゃあない!周囲の空間が揺れてるんだ!トレーニング・ルームの内部で、確かに衝撃波が発生している……それも部屋の外に漏れ出る程の威力で!」
そして、エイジはトレーニング・ルームの巨大な合金扉を眼前にして震え上がった。
ダァンッ!!
目の前で扉が大きく揺れたのだ……爆弾の直撃でも傷一つつかないようなシェルターの扉が、衝撃波だけで悲鳴を上げている!
「……何ッ!?」
エイジは恐る恐るドアを開け……更に驚愕する。
ドォン!ミシィッ!ガシャアァ!!
2mを超す長身の魔族がひたすらに何かを殴っている事に驚いたのではない。彼女が殴っているのが、紛れもなく生きた人間だったからだ。
バキィ!メシャァ!ガンッ!
彼は全身に氷の殻を纏っており、防御姿勢を固めたまま拳の雨を正面から受け続けていた。
「……おい。」
「あら、もういらしたの?」
男の呼び掛けによって攻撃は中断され、二人の冒険者がトレーニング・ルームの門を潜りエイジの前に姿を見せる。
「貴方がリディアのご友人?話は聞いておりますわ……私の名前はシンビジウム・バアル・イーラ……以後よろしくお願いしますね。」
「な、名前が三つ……」
エイジは即座にひれ伏した。この世界に於いて『名前+苗字+セカンドネーム』というのは貴族しか名乗れない組み合わせなのだ。
「ひゃっ!?そ、そこまでしなくても……」
「おいシン!軽々しく本名を言うんじゃねェと言った筈だぜ……地元じゃそれで通っただろうが、相手はカタギのガキだぞ。」
サングラスをかけた細身の男が白い防刃レインコートを羽織りながら声を荒げる。
「悪い、連れが要らねェ気を遣わせた……いい奴なんだが、海外の生まれで人族の風習に疎くてな。勘弁してやってくれ……」
「あ、あなたも貴族?」
「いや、奴の所で世話になってるだけのチンピラだ……厄介事を手伝う代わりに稽古つけてもらってる。」
「そ、そうか……僕はエイジ、以後よろしく。」
「アウトキャストだ。」
果たして貴族と対等に話せるようなチンピラがいるのかと思いつつも、エイジは二人を連れてリビングに戻る。
「久しぶりだな、シン。」
リディアは鋭い目でシンビジウムを見つめ、
手入れが終わった刀を鞘にしまう。
「えぇ……1年振りですわね。」
シンビジウムが静かに口を開く度、明らかに肉食を意識した鋭い歯が覗く。
((ふ、二人の間に一体何が……!?))
エイジとアウトキャストが唾を飲み込んで身構えた次の瞬間、二人が互いの懐に飛び込む!
((やるってのか、ここで……!))
そのまま二人は顔を近づけ、手を繋いだ……
男たちは戦いの予感から解放され、胸を撫で下ろす。
「よく来てくれたな……会いたかったぞ。」
「私と貴女の仲ですのよ?こんな面白そうな話に誘って下さるなんて、こちらこそ感謝していますわ!」
「……女子って全体的に距離感近いよね。」
「喧嘩するよりはマシだろ、別に迷惑な訳じゃねェし……嫌なら見なきゃいいだけだ。」
アウトキャストはそう言いながら二人を凝視している。
「邪魔しちゃ悪いし、少し離れるか。」
エイジがそう呟くとアウトキャストも無言で頷き、両者は何歩か後ろに下がった。
((……尊い。))
しかし、この空間に新たな人物が紛れ込んでいる事をエイジは知らない。
「こちらアングリーフォース、敵陣に潜入完了……これより奇襲フェーズに移行する。」
リディアが浴びた返り血の匂いを辿り、企業から送り込まれた第三の刺客が彼らを視界に捉えた……その目は同胞を殺された怒りと、目前に迫った出世によって危険な熱を帯びている。
(あの二人には悪いが、俺の踏み台になって貰う……役員の地位は俺の物だ!)
鉄板で補強されたシェルターの床を蹴り、タックルでドアを破壊してリビングへ突入!
「一撃で終わらせる……」
アングリーフォースが両腕を交差させた瞬間、彼の全身が鈍く発光して膨大な魔力を帯びる!
「ウオォォォーッ!!」
24時間に一度しか使えないものの、詠唱に成功すれば半径3000mを跡形もなく吹き飛ばす超強力な広域爆発魔法だ!狙いは勿論、シンビジウムとリディア!
「食らえ……真・ウルトラバーニングメガトンアサルトジャスティス・ヘルストロングマジカルサンダー・グランドサテライトスペシャルゴージャス・DXフルパワーバーストアタッk」
グシャアッ!!
……アウトキャストの上段蹴りとエイジの肘打ちがアングリーフォースの頭部と下半身に炸裂し、詠唱が止まる。
「女の子と女の子の間に!!」
「挟まるんじゃねェ!!」
バキャアンッ!!
更にエイジの回し蹴りが胴体に命中して吹き飛び、アウトキャストのラリアットが顎を砕く!
「ゴブゥエェ……ッ!!」
「行くぞ!」 「分かってる!」
二人は血を吐いて宙を舞うアングリーフォースを追うように跳躍し、片足で突き刺すような飛び蹴りを放つ!
「「ブリリアントダブルキーック!!」」
ドガァッ!!
「ギャアァァァァァァッ!!」
アングリーフォースは床を突き破って大穴を作り、地下室の更に下へとめり込む!
「あぁ、皆でお金を出し合って買った最高級の黒檀フローリングが……!」
「クソ、初任給で買ったブランド物の金魚鉢に傷が……!」
「「……………」」
二人は顔を見合わせて頷く。
「畜生!なんて酷ェ奴らなんだ……これが同じ人間の仕業かよ、俺は恥ずかしいぜ!!」
「あぁ、意地の悪い連中だとは思ってたが、まさかここまでとはな……こんな奴に雇われていた自分が憎いよ。」
「……ラリアットの時点で気絶してませんでした?」
「む、言われてみれば確かn」
「とにかく(大声)、居所が割れちまった以上ここはもう使えねェな……」
「あぁ、恐らく発信機がつけられているか、匂いを辿られたかのどちらかだ(迫真)……全員服を着替えて、今すぐここを離れよう。」
「よし、エイジと俺は脱出用の船を準備して来る……女子は交代で見張りを頼む、急げ!」
「わ、分かった…!」
二人は逃げるようにリビングを脱出、地下港に辿り着くと服を脱ぎ捨てて船に乗り込むとメンテナンスをした後にエンジンを待機状態にする。
「よし、これでいつでもOKだ。」
アウトキャストはエイジに服を投げ渡し、瓶のジュースを一息に飲み干す。
「すまない、遅くなった!」
「追手は!?」
「40人程、でも残らず始末して来ましたわ!」
「よし……野郎共!錨を上げろ、帆を張れ、出航だぁーッ!」
続いてリディアとシンビジウムも乗り込み、
四人は秘密の海底トンネルから真夜中の海へと漕ぎ出した……
「……まぁ、この船は魔力で動いているので無理して帆を張る必要はないんだが。」
「これからどうする?」
「今すぐ本社を襲撃するか、それとも警察の監視が手薄な場所で物資や戦力を集めて準備をするか……」
「戦力を集めると言っても、この辺で企業に喧嘩を売って下さる方なんて海賊くらいしかいないと思いますわよ?」
「海賊って……無理無理、漫画じゃねェんだからそんな都合良くいる訳ないって。」
「あ、デカい船が見えるぜ!あれ海賊船かな?」
「船があるのは確かだが、よく見えないな……シン、見えそうか?」
「馬鹿言え、海賊ってのは小回りが効くショボいボートなんかでコソコソ商船に忍び込んで、バレずに積荷を盗み出すんだ……海外のドキュメンタリー番組で腐るほど見た。」
「あら、ドクロの旗を掲げてますわね……しかもこちらに砲口を向けているみたい。」
ズドォンッ!!
爆発が辺りを昼のように照らし、巨大な砲弾がこちらに向かって飛ぶ!
「フン」
キィンッ!!
リディアは素早く甲板に上がり、刀で砲弾を真っ二つに切り裂く!
「警告も無しとは恐れ入った……だが相手が悪かったな。企業に楯突く前の準備運動に付き合って貰うぞ……!」
ズドォンッ!!
「幾度でも……」
ズバババァッ!!
リディアが身構えた瞬間、続けて放たれた砲弾をスコップが微塵切りにする。斬撃の主はアウトキャストだ!
「どうよ?」
「いいチェストだ。流石シンが見込んだだけはある……」
「乗り込めェ!!俺たちの手で憎き哺乳類を殺すのだ!」
海賊たちは武器を持って一斉に船から飛び降り、恐ろしいスピードで泳いで四人に接近!
「おのれ人間、サメの餌にしてくれる!!」
海から勢いよく飛び上がった海賊がエイジにカトラスを振り下ろす!粘膜と鱗に覆われた彼らの身体は、人間やエルフのそれとはかけ離れている……
「わあァぁァッ!?」
エイジはカトラスを受け止めるが、この恐ろしい生物と目が合ってしまい絶叫する!
「く、来るなァ!!」
蹴り飛ばされた海賊は空中で受け身を取り、再び海の中へと潜る……
「何だよアレ!人間でもエルフでも魔族でもなかったぞ!?」
「魚人だ。知能は人間やエルフと同等だが、我々とは先祖が違う……お前の故郷にはいなかったのか?」
「いない!いません!知りませんあんな怖い人!」
「今の奴はかなり魚率が高かったな……丸太でブン殴りたくなるような面構えだ。」
「キシャーッ!!」
両腕に銛を装備した魚人がアウトキャストに飛びかかる!
「うるせー!近所迷惑だろうが!」
パォン!
アウトキャストはスコップで頭を殴り、一撃で魚人を昏倒させる。
「ま、身体能力は高いが弱点は人間やエルフと同じだ……生き物である以上、思いっきりどつけばダメージは入る。」
「貴様ァァァ!!」
カトラスを持った魚人が再びエイジを襲う!
「ウワオォォォォッ!!」
ホワイトホールから鉄棍を取り出し、絶叫で怯んだ隙に喉を突いて弾き飛ばす!魚人は船の壁に叩きつけられ、一瞬で気絶した。
「よかった、殺さずに済んだ……」
「原型留めてたら後から蘇生出来るんだし、別に殺しても良くね?」
アウトキャストの隣ではシンビジウムが魚人の首を掴み、パンのようにねじ切っていた。
「見てみろ……”俺達”がいた世界とは訳が違う。」
「ッ!?」
「キリがねェな、そろそろ乗り込むか。」
スパァンッ!!
アウトキャストがスコップで水面を叩くと周囲の海が一瞬で凍りつき、飛び出して来た海賊たちが氷漬けにされる。
「待った!あんた俺と同じ場所から」
「何か言いたいなら追って来いよ……どの道俺一人じゃ骨が折れる。」
二人はスコップで船の側面を突き破って侵入、廊下を走りながら船長室を目指す。
全員で攻勢に出ているのか船内には
殆ど人がおらず、不気味な静寂が辺りを
包み込んでいた……
「邪魔するぜ」
ドガッ!!
二人が船長室の扉を蹴破ると、黒いコートを羽織ったカウボーイ風の小柄な男が椅子に座ったままこちらを睨んでいる。
「……よく来たな、部下の狼藉をお詫びしよう。」
彼の素顔は鉄仮面に隠されており、
気配を殺しているのか感情は全く読めない。まるで、肉で作られた機械のようだ……
「あんたが船長なのか……?」
「元の船長は企業の連中が海に毒を流したせいで倒れた……俺は単なる代役に過ぎぬ。」
男は落ち着いた様子で事情を話すと、
エイジに向かってリボルバー銃を向けた。
「ッ!?」
「お前、アインハルスの首席研究員だな?」
「やめろ!」
男はもう一挺のリボルバーをアウトキャストに向け、牽制する。
「そして、隣にいるのはCランク冒険者の”ナンバーテン”か。本名ルカ・アウトキャスト……確かに東洋人離れした顔だが、貴族を相手に偽名を使うのは感心せんな。」
「何者だ、お前……何が目的だ!」
「単なる賞金稼ぎだ、お前もよくやるだろう……ここには気に食わん奴を殺しに来た。」
二人が無言で武器を構える。
「安心しろ、まだだ……まだお前達の番じゃない。」
「じゃあなんで銃を向けてる!?」
「あのアインハルスに弓引いた命知らず共がどれ程の腕前なのか、知りたくなってな。」
ドォンッ!!
男は片足でテーブルを蹴り上げるとホルスターにリボルバーを納め、早撃ちの構えを取る。
「二人同時に来てくれ。」
ズドドォッ!!
リボルバーが赤熱する弾丸を吐き出し、二人は左右に跳躍して回避!
「当たるかァ!!」
「フン!」
男はアウトキャストが振り上げたスコップを蹴りで弾き、隙だらけの胴体に弾丸を叩き込む!
ズドォンッ!
「チィッ!!」
アウトキャストは空中で一回転して受け身を取り、軽く舌打ちした。この男は今まで対峙して来た連中とは明らかに格が違う……
氷の殻によって致命傷は免れたが、この威力の弾丸を同一箇所に何発も撃ち込まれれば危ないだろう。
「食らえ!」
ダァン!ダァン!ダァンッ!
エイジはホワイトホールからオートマチック拳銃を取り出して連射!
ズドドドォッ!!
男はファニングでエイジが放った弾丸を全て撃ち落とし、瞬間移動めいた特殊歩法により一瞬で距離を詰める!
「速……ッ」
エイジの腹に鋭い蹴りが突き刺さり、彼の身体は壁を突き破って大きく吹き飛ぶ!しかし、男が追撃を仕掛ける事はなかった。
キィンッ!!
背後から振り下ろされたスコップをナイフで弾き、ハイキックを右腕で防ぐ!
「噂以上の使い手か。」
男は薙ぎ払いを宙返りで躱すと天井を蹴って加速、アウトキャストに跳び膝蹴りを繰り出す!
「オラァァ!!」
アウトキャストは正拳突きで膝蹴りを相殺!更に回し蹴りをしゃがんで避け、男にタックルを仕掛ける!
「成程、強い……!」
男は相手の体重を利用し、素早く姿勢を入れ替えてアウトキャストを投げ飛ばすが、立て続けにエイジが爆薬の入った小瓶を投擲!
ドオォォォォンッ!!
海賊船には甲板まで達する大穴が空き、男も海上へ放り出されそうになるが、ワイヤーを束ねた投げ縄をマストの金具に引っ掛け、遠心力を使って甲板へ着地!
「今のは肝が冷えたぞ、流石だな……アインハルスなどで腐らせておくには惜しい人材だ。」
コートに付着した煤を手で払いながら男が呟く。
「あービックリした……お前、向こうであと3、4年くらい生きてりゃノーベル賞取れたかもな。」
「あぁ……過労死する前に研究以外の趣味を作って、メイドと栄養士を雇えば良かった。」
二人も爆心地から這い上がり、再び構えを取る。互いに消耗してはいるものの、両者とも致命傷は上手く避けていた。
「流石はシンビジウムの子飼い……いや、お前程の狂犬を手懐けた彼女を褒めるべきか。」
「そこまで知ってんなら売り込めばいいだろ。金もコネも稼げる仕事だし、こっちも腕の立つ同僚は歓迎するぜ?」
「悪いが、金にも権力にも興味はない……俺はただ気に入らない連中を皆殺しにしたいだけだ。」
「やっぱ、損得で動くような安い男じゃねェか……だから強いんだろうけどよ。」
「……わざわざあの娘に付き従うような物好きにだけは言われたくないものだ。」
男は銃とナイフを納め、帽子の位置を直す。
「……いい腕だな、お前達。」
「あなたなら知ってると思うが、僕は既にアインハルスを辞めた身だ……何が起こってるのか、教えて欲しい。」
「いいだろう。」
男は甲板に座り込み、新鮮な血液の入ったボトルを飲み干すと事情を説明する。
「この船は元々、何処にでもあるような普通の漁船だった。あの魚人たちが漁師を辞め、海賊に身をやつしたのは一年と半年程前……」
「アインハルスが工業廃水を垂れ流しにしたせいで、魚人にとっては我が家にも等しい海水が汚染された……長期間の潜水は身体に毒だ。だから船に乗るしかない。」
「食糧だった海藻は枯れ果て、魚も半分以上がこの辺りからは逃げてしまった。銛での漁に慣れていた彼らが釣りをしても上手くいかず、かと言って漁師以外の生き方もすぐには見つからなかった……」
男はリボルバーを見つめながら、怒りを押し殺した声で続ける。
「海に関しては人一倍詳しく、武器の扱いにも長け、人間への敵対心も充分……食い詰めた彼らが生活の為に海賊稼業を始めるのは時間の問題だった。」
「彼らの中には三年戦争を経験した元海兵や引退した冒険者も多い、商船や客船の護衛とも充分に渡り合えた筈だ……海賊稼業で得た金を元手に事業を始め、堅気に戻る者も現れ始めた。」
「だが、身を粉にして働いていた船長が毒素の影響で倒れてしまった……それを好機とみたアインハルスの上層部は私兵を差し向けて一気に彼らを潰そうとし、海賊達は対抗して私を雇い、今に至る……」
「控えめに言って最大級のクソだな。辞めて良かったよ、無職の方がマシだ……!」
「あぁ、こんなに潰し甲斐がある奴は久しぶりで……」
バチッ!
突如として強力な照明が三人の身体を照らす。
「そこの海賊団に告ぐ!直ちに武器を捨てて投降しろ!」
飛空挺から張りのある女の声と無数のプロペラ音が響き、大型のガトリング砲が彼らを睨みつける!
「クソ、もうサツが来たのか!?」
「いや違う!あれは本社重役直属の警備部隊のマーク……そしてあの声は警備主任ッ!!」
「二人共、さっさと逃げますわよ!」
シンビジウムが慌てた様子で船から呼びかけるが、迂闊に近寄ればガトリング砲の餌食になってしまい、身動きが取れない。
「俺が奴等を引き受ける……その隙に船へ乗って離れろ。」
男は飛空挺を見上げながら呟く。
「でも」
エイジの言葉を遮り、男が前に出る。
「この程度の修羅場、飽きる程潜り抜けて来た……本社要塞があるガスシティ付近の天候は不安定だ、そこまで行けば追って来れない筈。」
「分かった、だがその後はどうする!?」
「俺が組んでいたプランとは違うが、本社要塞の近くに地下鉄のターミナルがある。幾ら奴等でも民間人を満載した列車を襲撃する度胸はない、4番ホームの列車に乗って奴等の庭から抜け出せ、後から合流する!」
「よし……後で飯でも食いに行こうぜ。」
「……あぁ」
言葉を交わした瞬間、激しい雨が降り始める……男は二人を見送ると、背中の鞘からマチェーテを抜いた。
「貴様……飛空挺20隻を相手に、一人で殿を引き受けるつもりか?」
「案ずるな、羽虫が20匹群れたところで虎には勝てん。」
「いいだろう、その度胸に免じて貴様から殺し、裏切り者に貴様の首を届けてやる!」
男は桁外れの脚力で空高く跳躍、飛空挺が発射したミサイルを足場代わりに蹴って移動すると甲板に飛び乗った。大勢の兵士やゴーレム、冒険者が彼を取り囲む……
「朝食前の準備運動にしては少々ハードだが、男同士の約束を違える訳にもいかんのでな……お前達全員、地獄に行ってくれ。」
ー続くー
おまけ: 冒険者についてのあれこれ
冒険者の成り立ち
異世界では魔素が気体のように辺りを漂っています。魔素は単体で何かする訳ではありませんが、生物の中でも魔素に対する適応力が高い個体は身体能力や精神力、魔力量が通常の数倍〜数百倍に跳ね上がります。
動物が魔素に適応した場合は「魔物化」が発生し、大抵は外見や精神性が凶暴になりますが、勿論人間やエルフなどの知的生命体が魔素に適応する事もあります。
魔物化した人間は「マナ適合者」と呼ばれ、見た目はあまり変わらない事が多いですが魔物と同様に身体能力や魔力量が上昇します。
基本的に転生者は魔素のない環境で暮らして来たのでいきなり身体に魔素が入り込んだ反動によって強力な適合者になる可能性が非常に高く、これは異能の発現にも関係しています。
マナ適合者は魔物に対抗できる数少ない戦力の為、冒険者になる資格が与えられています(無論、戦いに向かない性格の人や他の仕事をやりたい人もいるので強制ではない)。
ちなみに、「マナ適合者」という言葉は専門用語なので民間にはあまり浸透しておらず、「魔素に適合してる人=冒険者」みたいに一括りにされている事が多いです。
冒険者の収入
冒険者の仕事はギルドから発行されるクエストの報酬のみ、即ち歩合制です。
低ランク向けの採集任務や下級魔物の討伐でも危険な仕事である事には変わりないので報酬は比較的高めです(報酬が安いと稼げなくて犯罪に手を出したりする連中が増える、というのも理由の一つ)。
更にSランク冒険者ともなれば、一回の討伐依頼で一般人の生涯収入に匹敵する額を稼ぐ事も可能ですし、知名度を活かしてアスリートや芸能人のように企業の広告塔やコメンテーターとして活動する冒険者もいます。
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