血塗られたシステム 後編 (約6700文字)
これまでのあらすじ:
エイジの口からアインハルス社の恐るべき
計画を知ったリディアは以前の相棒にして
公爵令嬢の「シンビジウム」とその右腕で
元賞金首の冒険者「アウトキャスト」を
地下施設へ招集するが、事実の漏洩を
恐れた企業勢力の襲撃を受ける。
謎の男の助力もあり、刺客からの襲撃を
無事に切り抜けた四人は悪天候に乗じて
アインハルス社が巨大本社要塞を構える
「ガスシティ」周辺に到着。地下鉄を
駆使して企業の追手を撒く事に成功、
身を隠しつつ反撃の機会を伺うのだった。
ーガスシティ周辺、東洋街ー
四人は香辛料と水煙草の匂いが漂う
薄暗い街並みを眺めながら歩く。
「身を隠すのには便利だが……なぁんか別の厄介事に巻き込まれそうだな、この街は。」
アウトキャストが忌々しげに呟く。
「昔、営業部門との打ち合わせでこの辺りに行った時、”東洋街だけはやめとけ”って何度も言われたんだが……」
エイジの顔は列車酔いと恐怖のせいで真っ白になっている……無理もない。
ここは企業に雇われた地上げ屋すら
恐れて寄り付かぬ陸の孤島、東洋街……
あからさまな違法建築物をカラフルな
看板が彩る、反企業勢の本拠地である。
「ガスシティ周辺は殆どが企業連合に買収され、警察組織の動きも鈍い……だがこの東洋街は自前の戦力で地上げ屋を退けている唯一の地区、企業の連中でもそう簡単に踏み込めはしない。」
「売られるのか、僕は……?」
「落ち着け、敵の敵は味方と言うだろう?
私はこの街に一年ほど住んでいたのでな、
ここの顔役とは知らない仲ではない。」
リディアは彼の肩を軽く叩き、
僅かに口角を上げた。
「それに、東洋街の店は飯も酒も美味いし
量も多い……武術大会の帰りは決まって
二人で夕食を食べに行ったものだ。」
「腕っ節も気前もいいとは出来た兄貴だな、一度でいいから会ってみたかったぜ……」
「そう言って貰えると嬉しい、あの世で
兄も喜んでいる筈だ……悪い噂も聞くが、
私やシンは実の兄のように思っていた。」
「ええ、あの方がいなければ私もお兄様も
今頃生きていたかどうか……」
そう言ったシンビジウムの顔が微かに曇る。
「特にお兄様は……セタンタ様は自分が
殺したようなものだと、毎日のように。」
「いいさ……兄に未練はないだろうし、
今更になってあの人を憎むつもりもない。
兄が見込んで生かした器だ、あの人には
寧ろ誇って欲しいとすら思うがな。」
沈黙の後、二人は遠い目をして微笑む。
「しかし、一番哀れなのは地獄の鬼共よ。
あの兄様の事だ、大人しく責苦や裁きを
受け入れる筈もなし……」
「……貴女に試練とやらを与えた神を
叩きのめすくらいはやりそうですわね。」
「フン……そう考えると胸がすくな。」
「胸がすく?少ないの間違いだろ?」
四人の目の前に、黒緑色の道着を羽織った
竜人族の少年が現れる。
「今のは聞かなかった事にしてやる……
刺身になる前に私達の目の前から消えろ。」
リディアは鞘に手をかけ、他の面々も
スコップや大剣、銃を構えた。
「囲まれてますわね。」
「あぁ……気配からして20人くらいか。」
「雑魚が大勢でコソコソしやがって、
皆で缶蹴りの相手でも探してんのか?」
気配を悟られるや否や、少年の部下らしき
黒装束の兵士が物陰から飛び出し、一斉に
拳や青龍刀、鉤爪を構える……
「それはこちらの台詞だ、企業の飼い犬。
悪意をもって”焔龍衆”の縄張りに忍び込んだ者がどういった末路を辿るか、まだ分からないらしい。」
「成程、お前達は焔龍衆の新入りか……
話が早くて助かる、代表に繋いでくれ。
リディアが来たと言ってくれれば分かる。」
「馬鹿め、時間を稼ごうとしても無駄だ。
総帥は今大切なお客様をもてなしている、
あの二人をまとめて始末する算段だろうが
話す相手が悪かったな……」
少年の放つ闘気が空気を揺らし、四人を威圧する。
「我が名はテリー・ロウ……龍形拳の一つ”飛龍形拳”の名手として、総帥からお墨付きをいただいている。」
「龍形拳……形意拳の一種か?」
エイジの質問に対し、テリーは静かに頷く。
「その通り、だが我々をそこらの武道家崩れと一緒にしてもらっては困る……我々が模しているのは馬や虎のような矮小な存在ではなく、この世で最も気高き生き物だ。」
「成程、ガキの怪獣ごっこか。」
「破ァッ!!」
ドオン!
テリーが虚空に向かって掌底を放つと、アウトキャストの足元に敷かれていた石畳が衝撃波によって吹き飛ばされる!
「おおっと……もしかして発勁って奴か?
誕生日ケーキの蝋燭をそれで消したら
さぞ盛り上がるだろうな。」
「貴様ァァ!!」
パァンッ!!
二度目の発勁がアウトキャストを襲うが、
氷の殻を纏った拳で殴り飛ばして相殺!
「馬鹿者、挑発してどうするのだ!」
「悪いなぁリディアさん。だがよ、俺は仲間をコケにされて黙ってられるほど大人じゃねェんだ……」
アウトキャストはスコップを担ぎながら
テリーの前に立ち塞がると、彼に向かって
大股で歩き出していった。
「アイツ……今ここでやり合う気か!?」
そう抗議しつつも、エイジはアウトキャストに対して半ば感心めいたものを覚えていた。
いかに歳下とはいえ相手は殺人的な技を振るう武術家で、組織の中でも決して少なくない数の人間を顎で使える立場にあるのだ。
仲間を貶されたとはいえ、それ程の器を持った「本物」に躊躇なく戦いを挑むなど並大抵の度胸ではないだろう……
「おいクソガキ、山奥に引き籠って下らねェ我慢対決しただけで格闘家を気取ってるようだがな……俺達を甘く見ない方がいいぞ。」
「
「お誘いは嬉しいんだが、生憎今日はそういうプレイをする気分じゃないんだ……あ、そう言えば1つ質問が」
グシャアッ!!
会話の途中、アウトキャストは突如として
腹の探り合いを放棄し、鋭いハイキックを
テリーの顔面目掛けて繰り出す!
「なにっ」
ズザーッ!!
テリーはこの奇襲を冷静にガードするが
不意に重い打撃を喰らったため、蹴りの威力を完全に殺す事は出来ない。無茶な姿勢での防御は踏ん張りが効かず、大きく後退した。
「しゃあっ」
そして、アウトキャストは敵が攻撃の勢いで激しく後退した隙を見逃すような男ではなかった。
ヒュン!!
フルスイングのスコップが脳天に飛ぶ!
「ッ……!」
テリーは建物の壁を足場代わりに駆け上がって必殺の一撃を寸前で回避、瓦屋根を踏み砕く勢いで加速して飛び蹴りを繰り出す!
「死ね、卑怯者!」
「ぐはァッ!!」
飛び蹴りはアウトキャストの脇腹に命中し、服の上から肉が切り裂かれて血が溢れた。
「よっと!」
アウトキャストは空中で受け身を取って着地し、傷口を凍らせて出血を止めた。
「全く、少しは年長者を労ってくれや。」
「……やはり氷魔法か、厄介だな。」
テリーが構えを取った瞬間、右脚に嫌な痺れと違和感が走る……足先の感覚が殆どないのだ。
「だろ?」
凍傷……それも寒い地域に馴染みのない者が
一瞬でそうだと分かる程に重篤だった。
「くっ……馬鹿な!?」
「わざわざ自分から武術家だと言ってくれたんで、血を過冷却状態にしておいたんだ……殴ったり引っ掻いたりすれば一瞬で凍りつく。」
アウトキャストは身を翻してテリーの放った崩拳を躱し、回し蹴りを氷の殻で弾く!
「馬鹿な、金属バット10本をまとめてへし折れるこの僕の蹴りが……!」
「素手で俺の防御をブチ破れた奴、今の所この世に一人しかいないんだよ……悪いな。」
ドゴォッ!!
お返しとばかりに放たれた回し蹴りを顎に受け、テリーの意識がコンマ数秒間刈り取られる!
「ガはァ……!!」
アウトキャストは歯を折られ、鼻血を吹き出しながら膝をつくテリーの首を片手で掴んで持ち上げた。
「どうだ?大口叩いた挙句無様晒して
総帥とやらの顔に泥を塗った気分は?」
「ま、待て……これ以上はよせ!」
「てめェから弓引いた癖に口答えすんのか、あぁ!?」
シュボォ……ッ
「………!」
その時、炎が急速に燃え上がるような音が周囲に鳴り響きアウトキャストの背筋が凍りつく……
(ヤバいのが来た。首をヘシ折られる可能性と、振り向いて反撃出来る可能性……6:4で相手有利ってところかね?)
「どうかその辺りで御容赦を……それ以上は
我々も”面子を潰された”と判断しなければいけませんので。」
静かだが威厳のある女性の声。
「OK……今日は強ェ奴とよく会うな。」
アウトキャストはスコップとテリーを地面に置き、膝をついて両手を上げる。
「話の分かる方で助かります、こちらとしても貴方が相手となると骨が折れるでしょうから。」
女性はアウトキャストの正面に立ち、興味深そうに彼を眺めた。まるで熱された木炭のように赤と黒が入り混じった長髪が揺れる……
「成程、そこは敢えて攻撃を受けて……目の焦点はややブレ気味……抜群とは言えないコンディションのようですね。」
整った顔立ちと石を磨いたような黒緑色の目、指には爪がなく首には赤いエラが並んでいる……両生類型の竜人族に見られる特徴だ。
「……美人でしょう?」
「それ自分から言うのかよ……否定はしないけど。」
女性はテリーを担ぎ上げると、目線で自分の後をついて来るようアウトキャストに伝えた。
「でっっっっ」
二人は左右に龍と虎の紋章が描かれた巨大な
木製扉を抜け、屋敷の敷地中に入り大部屋のある中央棟へ向かう。
「「「………!」」」
彼女の姿が視界に飛び込んだ瞬間、通路で待機していた黒装束の兵士たちが一斉に跪いて両拳を合わせる……
「テリーを医療班に診せて頂けますか?
手が空いている方は見回りをお願いします。」
「「「………!」」」
兵士は一斉に頷くと、テリーを担いでどこかへ走り去っていく。
「お、おい!まさかケジメ取らせる気じゃねェだろうな……?」
「傷を治療するだけですよ、貴方の温情を無碍にするつもりはありません。」
アウトキャストは胸を撫で下ろすと彼女に促されるままドアを潜り、大部屋の椅子に座る……他の三人は既に同じ部屋に通されており、彼らもアウトキャストを見て安心したようだった。
「では、しばらく外します……」
女性が部屋から出た瞬間、アウトキャストは安堵の溜め息を吐いた。
「ハァ……今日は退屈しねェな。」
「あぁ。厄介事を持ち込んで皆を振り回したのは僕なのに、今じゃ皆の暴れっぷりに振り回されてる。」
そう語るエイジは吹っ切れた様子で顔を上げ、ぎこちない笑みを浮かべた。
「少なくとも、私はお前なりによくやっていると思うがな。あのまま大人しくしておけば好きなだけ甘い汁を吸えた筈なのに、お前はそれをしなかった……それどころか地位を捨ててまで事件を追って」
「違う!」
エイジがテーブルを叩き、グラスから水滴が溢れる……彼の顔はひどく青ざめており、その手は小刻みに震えていた。
「僕は……そんな人間じゃない。」
ホワイトホールから取り出した布でテーブルを拭くと、エイジは部屋の扉から外に出る。
「おい、どこへ行く!?」
「騒いで悪かった、少しアタマ冷やして来る……じゃあな。」
エイジは光学迷彩マントを羽織って姿を隠し、逃げるように屋敷の外へ出て行く。
「ハァ……ハァ……!」
雲越しの月明かりと切れかけのネオンを頼りに、見知らぬ街の薄暗い夜道を無我夢中で走る。
ドンッ!
布の感触と体温が、朦朧としていた彼の意識を現実に引き戻す……どうやら通行人と肩がぶつかってしまったようだ。
「痛ぇな……」
「ぁ……すいません。」
即座に謝罪するが、太い腕がエイジの胸ぐらを掴んで空中に持ち上げる。
「骨が折れたからカネくれよ」
上腕が鱗に覆われたドラゴンのような男が額に血管を浮かべ、牙を剥いて吠える……恐らく爬虫類型の竜人族だろう。
「あるんだろ?お前たち余所者はただでさえ少なかった俺らの仕事を奪ってるからな……よこせよ、早く。」
エイジの顔面に遠慮のないパンチが飛ぶ。鱗に覆われた竜人族の拳は毛も生えていない人間の皮膚など簡単に切り裂いてしまう……尤も、冒険者であるエイジにとって大したダメージではないのだが。
「どうだ、払う気に」
シュゴオッ!
最高品質のデミゴルゴア産アダマントで作られたエイジの義手が水蒸気を吐き出し、男の肝臓付近を信じられないパワーで抉る。
「ぐえぇッ!?」
鍛え抜かれた筋肉と硬い鱗ですら軽減しきれない衝撃と激痛に襲われ、竜人族の男は嗚咽を漏らしながら路地に転がる。
「アァ……アッ……!」
男は餌をねだる錦鯉のように口を開閉して悶絶し、目に大粒の涙を浮かべる。
「少しやりすぎたみたいだ、悪かったな……騒ぎにならないうちに行ってくれ。」
「イ……ウ、ウゥ……!」
竜人族の男は何度も頷き、腹を押さえながらふらふらとその場から離れる。
(流石に悪い事したな……でもお陰で目が覚めた。しかし、皆に事実を話すべきだろうか?)
エイジが頭を抱えている、その時だった。
「な、なんだお前……ギャアァァァッ!!」
先程の男と思しき悲鳴が狭い通路に響き渡ったのだ。いかに三下のチンピラと言えど、今の悲鳴を聞いて捨て置ける訳がない……エイジは彼の後を追う。
「どうした、何が起きて……ッ!?」
そこにいたのは、海賊船で手合わせした黒いコートの小柄な男……その男の腕が、まるで槍のように竜人族の胸を貫いていた。
「……久しぶりだな、エイジ。」
覇気のある渋い声で男が呟く。
ズゥンッ!!
男は血に染まった腕を竜人族の体から引き抜くと、有機物の塊になった”それ”をエイジの前に投げ捨てる。
コトン
死体にしては音が軽すぎる……訝しんだエイジは足元を見て戦慄した。
「なにっ……!」
竜人族の男は確かにたった今、エイジの目の前で死んだ筈……だが、彼の足元に転がっているのは苦悶の表情を浮かべたミイラだったのだ。
「
男の言葉に悪意や敵意は微塵も感じられない……むしろこちらを気遣っている。分かってはいたが、エイジにとってはそれが尚更恐ろしく感じたのだ。
「……分かってる、コイツを消さなきゃ総帥の面子が潰れるって言いたいんだろ。」
エイジは理解を示す振りをして、自分に言い聞かせる……本音を言えば、竜人の男を殺す必要はなかったのではないか。平和な世界に慣れ親しんだ彼には、そう思えて仕方がなかったのだ。
だが弱者の味方である筈の警察が企業連合の傀儡になっている以上、暴力装置として街に君臨し、住民を守っている焔龍衆の意向は無視出来ない。この街には刑務所を作る広い土地も、囚人を養うほどのカネもないのだから。
「……無理に納得しろとは言わん、彼女のやり方が100%正解だと言い切る事は誰にも出来ない。だが彼女の身に何かあればこの街は100%の確率で企業連合の植民地だ。」
男はそう告げるとコートの袖に付いた血をハンカチで拭い、エイジの前に立つ。
「二人がお前を探せと煩くてな。時間をやるべきだと言っても聞かんのだ……何があった?」
「……あんたに関係ないと言ったら?」
エイジはこの男に事実を話すべきか躊躇っていた。彼を信頼していない訳ではない、事実を話した瞬間にリボルバーが火を噴くのではと気が気でなかった。
「……………………」
少し考え込んだ後、男は冷たい鉄仮面の奥で金色の目を見開いて彼の顔を覗き込む。
「……半年前、東エインゼルで起きた
国粋主義者による無差別爆破事件……」
「なっ……」
一瞬にしてエイジの顔が真っ白になる。
「被害は広範囲に及んだが、爆弾を早期に
発見できたお陰で幸いにも死者は1名だけ……確か、脚が不自由なガキだったか。」
「ど、どうしてそれを!?」
エイジは殆ど神経反射で男に掴み掛かる。
「俺のクライアントは一人ではない……
実は、そのガキの母親に頼まれ事を預かっている。」
男はエイジを突き飛ばすとリボルバーを
抜き放ち、彼の額に狙いを定めた。
「娘を殺した犯人を突き止めた上で、
何としても仇を討って欲しいとな……
首を40万Gで買い取ってくれるそうだ。」
エイジは冷や汗を垂らし、唾を飲み込んだ。
ガッ
そして、リボルバーの銃口を掴み、
自身の額に押し付けた。
「途上国の魔物駆除だけに使うという約束で作って、売る許可を出した……ニュースを見た時は飛び降りようとしたさ、だが出来なかった。」
「理由は?」
「単純さ、死ぬのが怖かったんだよ……
馬鹿みたいだろ!?何の罪もない女の子
ひとり殺しておいて、自分の番が来るのが
嫌で嫌で仕方がないんだよ、僕は……!」
エイジはリボルバーの引き金に指をかけ、
目を瞑ってそれを押し込んだ。
ズドォンッ!
激しい耳鳴りと嗅ぎ慣れた火薬の匂いに
包まれながら、エイジの意識は闇に落ちた。
終編に続く
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