血塗られたシステム 終編 (約5900文字)



ー街の片隅にある酒場ー



「今日の営業は中々良かったんじゃないか?あそこの重役は嘘が嫌いだと言っていたし、気に入ってくれたように思えるが。」


二人の若者はテーブル席に腰掛け、

書類や手紙に目を通しながら談笑する。


「あぁ、お前のお陰だエイジ……しかし、

そろそろデカい案件も欲しいところだな。」


二人は小さな工房の経営者とその側近

だったが、それ以前に親友でもあった。


「その内、な……結果だけを求めて急いでも身体を壊すだけだよ。それに、僕はこうして二人で細々とやっていくのも悪くはないと思ってるんだ。」


「……そうだな。本音を言えばいつまでもこうしていたいが、今の俺たちは曲がりなりにも企業の重役……それに改革を宣言した以上、親父の代から工房を支えてくれている皆に報いなければ。」


「ソラーディ、少しは自分の幸せも考えていいんじゃないか?地元の仕事だけを受けていた先代の時と比べれば俺たち職人の給料は随分と上がった。」


「それに、来月には帝国領で第三工房が稼働を始める……お前も医療関係のビジネスは金の成る木だと喜んでいた筈。上手くいけばお前の姉さんだってまた元気になるんだろ?」


「……そうだな!」


ソラーディと呼ばれた若者はルートビアの注がれたグラスを傾け、エイジに乾杯を促す。


「アインハルス、万歳」


「あぁ、万歳」











「……ハッ!」




エイジが目を覚ますと、そこは天蓋付きの

一人用ベッドの上だった。


(……未練はない、今のアイツは唯の小物、

弱者を踏み躙る人間のクズだ。)


額の汗を拭いながら起き上がり、ドアの前に置かれた大鏡に目をやる。


「さっきのは空砲か……あぁ、怖かった!」


義手に仕込まれたアンティーク懐中時計の

黒い文字盤は夜の11時を指していた。



ドン、ドン


「はい、どうz」


バァンッ!!


「ウギャアアアッ、助ケテクレーッ!!」


ドアを突き破り、火だるまになったプロテクター姿の男が部屋に転がり込んで来る!


「ッ!?」


「腐れネズミが……今まで散々好き勝手しておいてタダで済むと思っているのですか!?」


更に龍人族の女性が壊れたドアを蹴破り、

脚に炎を纏わせて男に飛び掛かる!


「速やかに眠りなさい、焔龍爪エンロンシアッ!!」


「ハウッ」


シュボォッ!!


彼女の脚が半円状の燃え上がる軌跡を描き、

プロテクターの男を両断して焼き尽くす!


「何だあッ……!?」


「申し訳ありません、貴方を匿っている事が連中に悟られたようです……私が護衛するので地下に避難を!貴方と情報を人質に取る形で企業連合と交渉します!」


「いや、僕がこの街を出ます……これ以上

あなた達に迷惑はかけられない。」


「そんな、迷惑などとは……」


「……向こうから攻撃して来たなら本部は手薄な筈。叩くなら今しかないんだ!」


「確かに一理ありますが、それでは貴方たちの安全g」


「死ね、ゴッドハンド!」


光学迷彩を解除した企業連合の冒険者が

ナイフを構え、エイジに襲い掛かる!


「チェストォォォッ!!」


ザシュッ


「へ?」


勝利を確信した冒険者が一撃で真っ二つにな

り、床に大きな血溜まりを作った。


「私はエイジの策に乗る……この中で最も敵に詳しい男がそう言っているのだからな。」


リディアはエイジの手を引いて彼を起こし、

刀の血を拭いながら獰猛な笑みを浮かべる。


「私も、シンも、ルカも、あのカウボーイも

全員準備は出来た……私たち四人がエイジを支えると言っているのだ、例えあの世から兄が蘇ったとしても止められはせん。」



「全く、そういう所は昔のセタンタにそっくりですね、リディア……」


総帥は呆れたように溜め息を吐いて笑うと

二人の肩を優しく叩き、背中を押した。


「必ず生きて帰ると約束しなさい……でないと私、セタンタに殺されてしまいますから。」


「フン、わざわざ蘇ってまで自分の師を殺すほど、セタンタという男は愚かではないと思うがな……約束しよう。」


リディアはそう返し、エイジと共に窓から

飛び降りると、東洋街の入口に着地した。


数百人は下らない数の企業兵と冒険者が街を包囲している。一歩でも外に出れば命の保証はないに等しいだろうが、この場に怯える者は一人もいない。



「待たせたな、お前達……」


「いや……グッドタイミングだぜ。

馬鹿が何か言いたそうにしてるだろ?」



アウトキャストの言葉通り、先頭に立つ

背の低い企業兵が拡声器を握る。


「こちらは企業連合、お前たちは完全に包囲されている……大人しく裏切り者を差し出してくれれば、そちらに手出しはしない!」


「うるせェ、バーカ!帰ってタンスの金でも数えてろ!」


アウトキャストの挑発を無視し、企業兵は

拡声器で演説を続ける。


「落ち着いて!我々は戦争に来た訳ではない、きちんと話し合おう!お互い、無駄な血を流す必要はない筈だ……!」


企業兵が指を鳴らすと、台車に乗せられた大量の札束が五人の前に差し出された……


「ここに500万Gある、正真正銘の本物だ。

いかに冒険者とはいえ簡単には手に入らない金額だろう?ゴッドハンド……エイジの身柄をこれで買い取らせて欲しい。」


「……成程、誠意は見せてもらった。

トゥームストーン!」


リディアが命じると黒いコートの男は頷き、

企業連合兵の前に大股で歩いてゆく。


「やれ」


パリン!


トゥームストーンは箱から大量の火炎瓶を取り出して放り投げ、躊躇なく札束の山をキャンプファイアに変えた。


「なにっ」


そのまま彼は燃え盛る札束の山を蹴り飛ばし、先頭にいる拡声器を持った企業兵に台車ごとぶつける。


「ぐわ、熱つつつッ!?」


「エイジは渡さない、金はお前らを殺して奪う……これで良かったか?」


トゥームストーンは跳躍して素早く自陣に戻り、リディアに尋ねる。


「いい手際だ、楽しませて貰ったぞ……」


「それは良かった。」


「き、貴様ら……下手に出れば好き勝手やりやがって!全員、身内の者が目を背けるような死体にしてやる……!」


企業兵の男はアーマーに付着した煤を手で払いつつ、取り落としてヒビの入った拡声器を握って立ち上がる。


「交渉決裂だ、無力化しろ!一人残らず

”死神実験室”に送ってしまえッ!!」


「「「OK!」」」


企業兵が一斉に連装クロスボウや通電警棒、ライオットシールドを構えて突撃する!


「皆、僕みたいなガキの話を真剣に聞いてくれて本当に感謝してる……もう少し付き合ってくれたら嬉しい!行くぞォ!!」


バトルアーマーの出力を最大限に引き上げた

エイジを先頭に、冒険者たちが企業兵と激突する!


「しゃっ!」


ドガアッ!


踵のブースターに点火し、威力が倍増した

エイジの回し蹴りでライオットシールドが

大きくひしゃげ、屈強な兵士の身体が大きく

吹き飛ぶ!


「こっ、この!」


ズドドドォンッ!!


「引き金くらい黙って引け」


エイジに連装クロスボウを向けた兵士たちの頭が炸裂弾によって次々と弾け飛び、置き去りにされた胴体が時間差で痙攣しながら倒れる。


「この剣と魔法の時代に鉄砲だと?

時代錯誤な奴め……弾は火薬よりミスリル繊維の弦で飛ばした方が強い、ガキでも知ってる常識だぜ。」


二挺の小型連装クロスボウを構えたモヒカン頭の冒険者が企業兵を退け、トゥームストーンの前に出た。


「お、お前はクレイモア社の兵器テスター

”毒矢のマーフィー”!」


企業兵の歓声に近いリアクションに気を良くしたのか、マーフィーはアクロバティックなポージングでトゥームストーンを威嚇する。


「棺桶で田舎の牧場に送り返してやるぜ、

カウボーイ気取りのウェスタン野郎……!」


バシュン!


音を置き去りにして毒塗りボルトが飛ぶ。

狙いは勿論、トゥームストーンの眉間だ!


キィンッ!!


トゥームストーンは息をするようにブーツの内部に仕込んだ合金板でボルトを弾き、


ズドォンッ!


0.1秒前までマーフィーがいた空間を

違法改造した特殊炸裂弾で削り取った。


ドスン


「なにっ」


マーフィーの真後ろで首のない企業兵が失禁しながら倒れる。咄嗟に身を翻していなければ自分がこうなっていたのだ……


(な……何だあのバカみたいな銃は!?

弾速は俺のクロスボウと同等、威力は数倍……あんなイかれた性能の実弾銃、普通の奴が使ったら反動で腕が千切れ飛ぶぞ……!)


「どうした?時代錯誤な兵器とやらに随分と怯えているようだが……」


「ク、クソがぁッ!多少質の高い武器を手に入れた程度でいい気になってんじゃねぇぞ!」


バシュバシュバシュバシュッ!


「さっさと死ねーッ!!」


トゥームストーンは次々と飛んで来る毒矢を空中で蹴り、飛び石代わりにしてマーフィーに接近!流れ弾に当たった企業兵が麻痺毒で泡を吹いて気絶するが、本来のターゲットには掠りもしない!


「来るな、来るなあああああああっ!!」


リボルバーの銃口が至近距離で彼を睨み、

逃れられぬ死の運命を引き延ばそうとした

マーフィーの脳が大量のアドレナリンを吐き出す。


「あっ」


ズドォンッ!!


マーフィーは吹き飛んだ自分の頭を探すように手足をばたつかせ、首から噴き出した赤いカーペットの上で神経反射のダンスを踊る。


「あらあら、素敵なダンスですこと……

でも、少し人を選ぶかも知れませんわね。」


「あぁ、後ろでエイジが見てなくて良かったよ。」 


アウトキャストは凍り付いた両拳を構え、

シンビジウムが2m超えの大剣を抜く!


「俺たちがいる以上、もっとひでェ事に

なるんだからなァ……!」


「私以外に負けたら折檻しますわよ!

気合い入れて下さいまし、相棒!」


ガッ


二人は殆ど同時に飛び出し、鎖の切れた

野獣のような勢いで敵に襲い掛かる!


「なんだ、あの巨大な剣は!?」


「どうせコケ脅しだ、一発はでかいが隙は大きい筈……盾持ちで囲んで押し潰すぞ!」


ライオットシールドを構えた企業兵がシンビジウムに殺到し、一斉に体当たりを仕掛ける!


「あーあ、そりゃ悪手だろ。」


「えい♪」


ズバアァッ!!


企業兵が間合いに入った瞬間、彼らの肉体はライオットシールドごと真っ二つに両断された……防刃アーマーも、合金プロテクターも、筋肉も骨格も大した意味はなかった。


「死ねっ!」


バシュン!バシュン!バシュン!


硬質の殻と毒の棘で覆われた尾が鞭のように唸り、次々と飛来するボルトを弾く。


「何だっ……この化けm」


グシャアッ!!


恐怖に駆られた誰かがそう叫んだ瞬間、

冷気を纏った拳が企業兵の顔面を撃ち抜いた。 


「それ以上言うなよ……でなきゃ俺は

蘇生呪文でも助からないレベルでお前らを

痛めつけてブチ殺す事になる。」


アウトキャストはシャツのボタンを外して

首元を緩め、合金板の入ったグローブを打ち鳴らして相手を挑発する。


「貴様ーッ!」


「オラ!」


アウトキャストは兵士が振り下ろした

最新鋭の通電警棒をヘッドバットで破壊!


「雑魚がァ!」


怯んだ隙に前蹴りを肝臓に叩き込み、

プロテクターごと敵の骨格を粉砕する!


「ひぃ!?」


「消えろォ!」


盾を構えた兵士を足払いで転ばせて顔面を

殴り潰すと、背後から迫る兵士に裏拳を

叩き込んで沈黙させる。


「死に晒せェ!」


アウトキャストは膝蹴りで敵の警棒を

へし折ると、魔法で凍らせた地面を滑りながらブレイクダンスめいて激しく回転!そのまま芝刈り機のように敵を薙ぎ倒していく!


「あらあら、皆様方ルカ君に釘付けですけど……何か忘れてはいなくって!?」


シンビジウムは横薙ぎに斬撃を飛ばして10人余りを一度に斬り捨てると、前列の兵士が怯んだ隙にショルダータックルを仕掛けて敵陣を完全に破壊!


「キィエェェェェェェェェッ!!」


更に残った兵士を二振りの刀がズタズタに

斬り裂き、あっという間に一つの大部隊が壊滅した。


「は……?」


拡声器で指示を下していた小柄な企業兵は

顔を真っ青にして辺りを見回す。


「ハハ、なんだこれ……幻術か?

なんで俺の仲間は全員死んでるんだ?」


震える肩に、冷たい男の手が置かれる。


「ま、所詮はお前も使い捨てって事よ。」


「せいぜい本社に仕える重役の私兵団に気を付ける事だな……俺たちとは文字通り格が違う戦力だ、奴等さえいれb」


「黙れクソゴミ」


ドンッ


リディアによって延髄に手刀を叩き込まれた

男は激しく痙攣し、泡を吹いて失神した。


「雑魚の負け惜しみほど酒が不味くなる

ものはこの世に存在しないな。」


空になった瓢箪を鞄にしまうと、リディアは

刀で前方を指した……乱立するビル群の頂点に立つアインハルスの本社要塞が小さく、

だがはっきりと見える。


「さて……どう攻める?」


「本社要塞には大きく分けて五つの区画と出入り口がある……勿論どこの警備も厳重だが、全員で一つの入り口に押しかけるのはやめた方がいい。」


エイジはホワイトホールから本社要塞の

青写真を取り出し、広げて全員に見せる。


「上階にある重役用の隠しエレベーターと

地下の避難通路を使えば、各区画の出入り口から簡単に外へ脱出できてしまう。万が一敵が逃げようとした場合に備え、一つの区画につき一人ずつ潜入して欲しい。」


「理解したが……宣戦布告された以上、

もう一部の者は逃げているのでは?」


トゥームストーンが尋ねる。


「いや、逃げ出す準備はしているだろうがそれはない。要塞内にある重役用の居住スペースにはロイヤル・ガード仕様のゴーレムやBランク以上の冒険者が常に警戒している……不用意に街の外へ飛び出すよりは幾らか安全な筈。」


「だが、Bランク以上って事はよォ……

Sランク冒険者が出て来る可能性もあるのか?」


「……可能性としては、充分に有り得る。

重役の一人が冒険者ギルドに太いパイプを

持っているという噂も聞いたからな。」


「マジかよ」


「とはいえ、Sランク冒険者が何人も街を

出入りしたら流石に目立つ……居たとしても一人か二人だろう。」


Sランク冒険者……それは誰もが認める

世界最強の代名詞。単独で一国の全軍に

匹敵するとまで言われる、人の形をした

本物の怪物たち。


「貴族出身かつSランク候補のシンなら戦闘を避けられるだろうが……それ以外がかち合ったら不意打ちで殺るか、シンを呼びつつ到着まで時間を稼ぐしかねェな。」


「あぁ。俺もSランク冒険者との交戦経験はあるが、片手で数えられる程度だ……それに俺は殺し屋であって、お前達のような戦士じゃない。」


「だが、Sランクを相手にして生き延びたというのは頼もしい実績だ……シンビジウムとトゥームストーンには比較的警備が厳重な研究区画と製造区画の攻略を頼みたい。」


「善処しよう。」


「了解ですわ!」


「監視カメラの多い内務区画はリディア、強力な動物兵器や爆薬が揃っている実験区画はアウトキャストが担当して欲しい……俺は居住区画にいる人達が被害を受けないよう動く。」


「承知した。」


「いいぜ。」


「よし、増援が来る前に行動開始だ……

何かあったら僕の水晶玉に連絡をくれ!」


五人は本社要塞を囲うように散開、

それぞれの思惑と覚悟を胸に目的へと向かった。



ー決着編に続くー




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