頂点(トップ)を目指せ!怪獣受験生!!

大地を揺るがす大怪獣同士のぶつかり合いが終わり、舞台となった市民公園に静けさが戻った。

ネズミ怪獣が動くことはもうないし、大蛇怪獣ゴゾもスタミナを使い切ってとぐろを巻くのが精一杯だ。

死力を尽くした戦いの決着がひっくり返ることはない。

消耗しきったゴゾを見上げて金魚博士君が大きな声をかけた。


「終わったね、ゴゾさん」

「ん、これで、試験会場、戻れる」

「あ、そうか!早く戻らなきゃ、もう昼休み時間が終わっちゃう」

「急ぐ……」


ふたり、ひとりと一匹は後ろを向いて立ち去ろうと……いきなりゴゾは立ち止まって振り返った。

そこにはもう動けないネズミ怪獣が転がっているだけだ。

もう何の心配も、何の用もないはずだ。

だがゴゾは完全制圧された敵をジィッと見つめている。

耳を澄ませるとネズミ怪獣は小さな鳴き声を出している。


「チゥ、チ、チ、チ、チゥ、チゥゥゥ……」


違う、鳴き声ではない、泣き声だ。

ネズミ怪獣はもう動くこともなく、横たわったまま泣いていたのだ。

金魚博士君もそれに気づいたが、これ以上は長居するつもりはない。


「ゴゾさん、早く戻ろうよ!」

「ちょっと、だけ、待ってて」


ゴゾはチラッと金魚博士君を見てから、動けないネズミ怪獣を見た。

ネズミ怪獣もちょっとだけ泣くのをやめて、ゴゾの方を見た。

しかし何も言おうとはしない、またそっぽを向いて泣き始めた。


「痛む、か?」

「違うチゥ。俺は、俺はやっぱり、生まれた時から全然ッ!……ツイてないチゥ」


ゴゾは首をヒョイと傾げた。

この辺の動作は「ちょっとカワイイわね?」とかいわれたりするが、その辺の自覚は本人にはない。


「ツイ、てない?生まれた、時、から?」

「そーいえば、親に売りとばされたってさっき話してたよね?」

「確かに、聞いた……」


話し声に反応してこちらを向いたネズミ怪獣、目には溢れる涙の半泣き顔だ。

怪獣にあるべき恐ろしさも威圧感も、どこかに消し飛んでしまっていた。

ただ巨大なだけの泣き面が、無様に転がっているだけだ。


「その後、違法鉱山が摘発されて潰れたチゥ」

「エッ?でも、それなら自由の身になれたんじゃ……」

「ンなワケないチゥ!退職金なし失業保険なし再就職見込みなしの三重苦で放り出されたチゥ!」

「ええ、それはヒドイよ!」

「……やっぱり、か」


金魚博士君が手酷い扱いに憤慨する一方で、ゴゾは何か納得している節があった。

自分にも同様な経験があるのだろうか?


「だからガサ入れのドサクサに紛れてレーザーと発破かっぱらって逃げたチゥ」

「それ、使って、銀行、強盗?」


ネズミ怪獣は小さくうなずく。

ゴゾはここへ来る前に少しだけニュースで聞いていた。

といっても衛星軌道上の宇宙港で、銀行支店に強盗に入った怪獣が逃走したという程度だ。


「どーして、失敗?」

「支店長のヤツ言いやがった!『ウチはネット決済のみでございまして現金はチョット……』」

「あー地球でも最近はそーいうトコ多いよね、ゴゾさん」

「……下調べ、して、行かな、かった?」

「金もツテもないネズミ風情に、下調べなんかできるワケないチゥ!」


ネズミ怪獣の半泣き顔が完全に泣き顔になった。

鼻水すすりながらチゥチゥチチゥ、と情けなく泣き声を上げている。


「トドメにあの支店長『あのぉ携帯端末とかお持ちではありませんか?スマホとかあれば、すぐにでも』そんなモン買えるくらいなら銀行強盗なんかしてないチゥ!!」

「それはそうだね」

「マジ、不運な、ヤツ」


ここでネズミ怪獣、ピタリと泣き止んだ。

そして恨みがましい目でジィーツとゴゾを睨んでる。


「でも一番の不運はそこの蛇!お前の存在チゥ!」

「お、俺?、俺が、なぜ?」

「鉱山仲間から『怪獣警官一匹しかいないド田舎惑星』って聞いてたチゥ!なんでお前みたいなバカ強い野郎がこんなトコにいるチゥ?」


この惑星にいる怪獣警官といえば……岩のような肌を持つ超怪力の赤い巨獣・ルキィ・マーキシマスしかない。

ゴゾが地球に来た時に出会ったあの怪獣娘だ。

このネズミ怪獣と戦ったのが自分ではなく、ルキィだったら結果は……

ゴゾはちょっとだけ考えてからゆっくりと答えた。


「いや、お前、運、よかった」

「どーゆー意味チゥ?」

「その怪獣、こっち、来てたら、お前の、体、関節、どころか、て粉々、だった」

「え……そんなに恐ろしいヤツチゥ?」

「……『赤い怪獣』、って、聞いたこと、あるか?」

「赤い怪獣?噂話でちょっとだけ。確か『戦った敵全員再起不能』とか『あまりに狂暴すぎて僻地へトバされた』とか、俺でも知ってる有名な悪党怪獣がボコられて泣きを入れ……まさか?そいつがこの惑星の怪獣警官チゥか!?」

「戦った、のが、俺で、お前、ホントに、運、よかった」


ルキィに関してどんな噂が流れているかはわからないが、相当に脚色された恐ろしい怪獣として伝わっているらしい。

ネズミ怪獣はしばらく呆然としていたが、次第に蒼白になってガタガタと震え始めた。

完全に心も折れた、これで二度と犯罪に手を染めることも、地球にやってくることもないだろう。

今度こそ立ち去ろうと後ろを向いたゴゾたちの耳に再び情けないすすり泣きが聞こえてきた。


「どっちにせよ俺の人生終わりチゥ。刑務所出たって、どうせまた……違法鉱山あたりに身売りするしかないチゥ」

「そうか……」


ゴゾは違法鉱山がどういう場所かよく知っていた。

少しの間だけ働いた経験があったからだが、そこには従業員の安全対策などは一切なかった。

それどころか空気さえない真空の小惑星、有毒ガス渦巻く火山惑星なんてのも珍しくない。

事実、ゴゾが知る限りでも7匹の怪獣労働者が死んでいて、うち2匹はゴゾの目の前で落盤に潰された。

しばし思案していたゴゾだったが、何か考え付いたらしく軽く首を振った。

どこから取り出したのか、四角い紙のようなのものを咥えていた。

それをヒュッとネズミ怪獣の目の前に投げた。

地に突き刺さった大きな紙片にはゴゾの名が書いてあった。


「何チゥ?これは、名前が書いてあるチゥな?」

「名刺、初対面の、相手、自己紹介、の、道具。地球の、習慣」

「なんで、俺にこんなモノ?」

「裏にも、名前、書いた……」


言われるままにネズミ怪獣は首を動かして裏をのぞいてみた。

書いてあった名前はふたつ。

『太陽系防衛警察 於母鹿毛島派出所巡査 真榊 弾太郎』

『銀河パトロール 太陽系火星基地警備班長 ポケケノ・ハング』


「何チゥ?こいつらがどうしたチゥ?」

「そいつら、連絡、しろ。きっと、力に、なって、くれる」

「な……」


それっきりゴゾは振り返りもせずに静かに歩き……這い進み始めた。

既にネズミ怪獣への関心はなくなったように見えた。

でも、そうではないことを金魚博士君はよく知っていた。

ぼんやりと見上げる少年の頬はほんのりと紅潮し、瞳にキラキラとした輝き。

憧憬という感情に縁のなかったゴゾにそんな感情を向けられるのは不可解だったろう。


(ちょっと照れてる!ゴゾさん、カワイー)

(でもやっぱり、オトナなんだなー)

(チョット、いや!全然カッコイじゃん!)

(そっかぁ、これが……ヒーローなんだ)


テレビで見たスーパーヒーロー、漫画で大活躍する主人公、ネットゲームで縦横無尽に暴れまわるスタープレイヤー。

そのどれもと違う、目の前にいるのはおぞましい姿の恐ろしい巨大な怪物!

一目見ただけで誰もが敵に違いないと思うだろう。

だが少年は直感的に理解した、今目の前にいる怪獣こそが本物のヒーローなのだ。


「…………???金魚博士君、俺、僕の、顔、なんか、ついてる?」、

「あ、いや!それよりゴゾさん!急がなきゃ、昼休み終わっちゃうよ!」

「そ、そう、だった!金魚博士、君、乗って、早く!」


ゴゾは頭を地につけて、金魚博士君に乗れと促した。

少年が躊躇いもせずに飛び乗ると、再び頭が上げる。

まるで高速エレベータ並みの急上昇だが、怖がるどころか金魚博士君はご満悦だ。


「発信ッ、超特急ゴゾ号!」

「……僕、列車、違う、けど」

「あ、おまわりさんたち!後はヨロシク!ワ―――ッハッハッハッ!」


F1レースのスタート並みの猛ダッシュで、土煙を上げて大蛇怪獣は疾走していった。

少年の、少し、結構、かなり楽し気な高笑いを残して。

激しい攻防と壮絶な決着に呆然とするしかなかった警官たちは、今度は急発進で立ち去る怪獣と少年を唖然として見送るしかなかった。


★☆★☆★☆★☆★

「まだ戻ってきませんか、先生?」

「うむ、まだじゃ。ガガガン君、試験再開の目途は?」

「そっちもまだ連絡こないです」


公認金魚士試験会場となっている高校の校門で白髪白髭の老人・金魚仙人を先頭に受験者たちが心配そうに麓の市街地を見下ろしていた。

テレビ中継で見ていたが、それでも午後の試験開始前に戻らなければ失格となる。


「あっ!今見えましたよ!こっちに走ってくる!」

「お、おおっ!アレじゃな」


木々の上からヒョコッと頭を出した大蛇が、こちらを向いてすごい勢いで近づいてくる。

こんなものを見れば普通なら大パニック必死の緊急事態だが、別な意味で大騒ぎになった。


「ガンバレッ、ゴゾさん!」「後1分!」「あとちょっと!」「30秒前!」


昼休みが終わった時点でゴゾは試験会場内にいなければならない。

さもないと受験資格は取り消し、失格になってしまうのだ!

残り時間わずか、頭に金魚博士君を乗せてゴゾ、ラストスパート!


「5,4,3……」

シュバッ!


カウントダウンの中で最後のダッシュ、全身の筋肉をバネに変えて大跳躍!

驚く人々の頭上高く大怪獣が通過する。


「……2、1、間に合ったか?」

ドンッ


大質量の落下にも関わらず大音響も大した衝撃もなく、全員が振り返る背後、グランドの真ん中にゴゾは着地していた。

ただしその顔つきには全然余裕がない……と、いいたいけれど表情全然変わりなし!

代わりに頭に乗ってる金魚博士君が超緊張した顔でこっちを見ている。

金魚仙人、横目でチラッと係員の方を見る、判定は?

係員は数秒の思案の末、両手を水平に広げるポーズ。


「セーフ!ギリギリですが、セーフです!」


全員が一斉に安堵のため息、しかしもっと大きな問題を思い出してすぐに緊張が戻る。


「おお、お帰り!間に合ったぞ、ゴゾ君、金魚博士君」

「先生、し、し、し……」

「先生、試験はどうなりました、続行ですか?それとも……」

「待ちたまえ。今、協会本部と連絡してるとこじゃ」


そして離れたところで電話中の年配の係員に目を向ける。

緊張して早口で何かをしゃべり続けていた係員の言葉が止まった。

ほんの少しの間の、しかし何時間にも感じられる沈黙、そして。


「……はい、それで決定は?…………続行?続行ですね!皆さん、試験続行ですッ!」


一瞬の静寂の後、ゴゾを除く全が拳を天に突き上げてワァーッと盛大な勝鬨を上げた。

ゴゾだけ何が起きたかわからずにキョロキョロオロオロしていたが。


「オ?オ?オッ、オオーッ!」


すぐに皆の真似をして天に向かって、大声で叫んだ。


★☆★☆★☆★☆★

午後の試験は無事に終了した。

ゴゾに関してはイロイロとトンチンカンな展開もあったのだが、周囲の助力もあって乗り切りことができた。

そして夕暮れ、試験を終えた受験生全員が街から少し離れた海岸へ来ていた。

これから海へ、現在の下宿先である竜宮海底測候所へ帰るゴゾを見送るためだ。


「ゴゾ君、よく頑張ったね」

「……先生、今日、ありがとう、ござい、ました」

「また、会えるよね?」

「うん、金魚博士、君。できる、だけ、早く、次の、試験で」

「ゴゾ様ならきっと合格できますわ!」

「ありがと、ナノ、さん」

「ゼッテーこいよ!俺と一緒に次は2級だぜ!」

「ガガガン、さん、僕も、頑張り、ます!」


ひとりひとり全員と、別れと再会の約束を交わすとゴゾは海に入り悠然と泳ぎ出した。

大きな怪獣の姿は次第に小さくなり水平線に消えそうになる頃、金魚仙人がポツリと呟いた。


「あのゴゾ君が最後の受験怪獣とは思えのぉ……」

「増えますかねぇ、金魚士怪獣?」

「うむ、きっと……な」


うれしそうに笑う金魚仙人の脳裏には怪獣やら宇宙人やらと一緒に金魚を世話する自分の姿が浮かんでいた。


「やれやれじゃ。この年になって次の夢を持ってしまうとはのぉ」


そしてゴゾが消えた水平線の向こうを見つめた。

そして若者のような生き生きとした大きな声で独り言を言った。


「ふぅ、わしゃぁまだまだ死ねんのぉ。ホッホッホッホッ」

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地球防衛します!怪獣たちの日常 境 陽月 @yougetu-sakai

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