受験生、大ピンチ!
「どーゆーことだよ!試験中止って?」
「いや、怪獣が……」
「ゴゾさんなら真面目に試験受けてるじゃない!」
「その、ゴゾさんじゃなくて」
「じゃあ他の怪獣でも出たってのかよ!」
「それが、その、その通りで……」
「…………うそ……でしょ?!」
水を打ったように静まり返った、という比喩そのままに誰もが蒼白の沈黙を経験していた。
連絡を伝えに来た係員は恐縮しながらタブレットを掲げた。
映し出されたのはテレビの緊急ニュース、取り乱し気味のニュースキャスターが早口でまくし立てている。
『……に現れた怪獣は一昨日、プロキシマ星系から逃走した銀行強盗犯と思われます!市街地は封鎖……』
現場からの中継に映る怪獣は全身が茶色の剛毛、尖った顔、小さな耳に鋭い大きな眼、短めの手足、細長い尻尾を鞭のようにビュンビュンと振るっている。
地球でいえばネズミに近い生物だろうか?
いかにも凶悪怪獣?っぽい悪役面だが、右腕だけ手甲のような防具をつけていた。
機械らしきものが埋め込まれていて、内側で光が点滅している。
金魚博士君が係員のタブレットをひったくって、顔をくっつきそうなくらい近づけた。
「何だろ?あの……腕につけてるギプスみたいなの」
「あれ、小惑星、採掘用、の、レーザー、掘削機……」
「あ、ゴゾさん?復活したの!」
頭の上から答えが降ってきた。
精神的石化状態から甦ったゴゾが、金魚博士君の肩越しにタブレットをのぞき込んでいた。
「こいつ、ラトマス星、の、ネズキュラー、っていう、怪獣……」
「ナルホド、地球でいうネズミに近い生物じゃな」
金魚仙人もヒョコッと横から顔を突っ込んできた。
続いてナノさんとダダダンさんも割り込んできた。
「オ、オイ、俺にも見せろよ!」
「ダダダンさん、暑苦しいわよ、もぉっ!」
「こりゃ!お前ら、年寄りに籍を譲らんかい!」
正面で場所を取り合う大人に、タブレットを持ってる金魚博士君も呆れ顔である。
見下ろしてるゴゾと目が合うと同じ思いを共有した。
(この人たち、あてにならないな……)」×2
「あ、はい……まだ協議中ですか?」
背後で電話していた金魚士協会の係員の声でバッと全員の視線が集中する。
集中砲火を浴びた係員は電話を切って、申し訳なさそうに頭を下げた。
「まことに申し訳ありません、まだ決定ではありませんが、皆さんに避難していただくため試験は中止と……」
ドダダダンッッッ!ゴゴゴォォォン……
「な、なんだぁっ?」×全員(怪獣除く)
轟音と受験会場になっている校舎、どころか校舎が建っている山全体を揺るがす振動に皆が振り返る。
そこにはまるで万里の長城のように、横一直線に伸びる丸太のような……
完全に硬直した大蛇怪獣ゴゾが横たわっ、いや腹を上にして倒れていた。
言葉を発することもできずクックッ、クックッと喉で情けない音を鳴らしている。
目も縦割れ瞳孔が開ききっちゃって、かなりヤバイ状態らしい。
「ゴゾさん?ゴゾさん!しっかりして!」
「試験……中止?俺……金魚士に……なれない?」
金魚博士君が必死に呼びかけているが、ゴゾからの反応がない。
苦し気な息の中でうわごとのように絶望の言葉を繰り返すだけだ。
金魚博士君にもゴゾの絶望感は伝わってきた。
だから必死に呼びかけの言葉を重ねた。
「しっかりして、ゴゾさん!」
「なれない、がんばったのに……」
「大丈夫だよ!試験は年2回あるんだ、ぼ、僕の最年少記録はダメになるだけど」
「……………………無理」
「えっ?」
少し落ち着いたのだろう、ゴゾが喉を鳴らす音は止まった。
だがボソボソと呟く声は未だに深く沈み、底深く暗い。
だがゴゾの深い絶望感には理由があった。
「今日の、試験、受けるの、許可証、いっぱい……」
「え、許可証が必要なの?」
「俺、怪獣、だから、人間の、いるトコ、近づけない」
「あ……そうか」
怪獣であるゴゾは人間の居住地に入ることは禁じられている。
ルキィのように警察官として認められていれば、身元保証人が同行していれば街中でも行動できる。
だがゴゾの保証人は地球人の父親を持つ竜神・浦島
彼女自身も怪獣扱いのため人間の生活圏で自由な行動はできないのだ。
「ここ、来るのも、警察の、人とか、に、連れて、きて、もらった……」
「そうだったのか。じゃあ、じゃあ!もう一度許可を出してもらえば、いいんじゃないか!」
「それが……」
公認金魚士試験のための、たった一度の外出。
そのためにだけ必要だった警察、市役所、政府、銀河連の許可は70枚を超えた。
許可をとるために、保証人の乙音、防衛警官の弾太郎とルキィ、銀河連邦火星基地の警備班長ポケケノたちが文字通り奔走してくれた。
自由に動けないゴゾに代わって役所に何十回も通い、何度も頭を下げ、何十時間も粘り強く交渉してくれた。
相当な苦労をしたはずだが、誰も愚痴ひとつ零さず、許可が下りて受験できるようになったことを喜んでくれた。
「そうか、それで……」
「だから、もう一度、やってくれ、なんて、とても、言えない」
ゴゾの表情は変化がない、少なくとも人間には彼の感情を読み取れない。
だが声はそうではない、挫折し挫けた心の内がまるで隠せていない。
たった1回の受験失敗でも『地球の公認金魚士になる』という、ゴゾの夢には致命傷だったのだ。
この時、受験生の一角から勇ましい声が上がった。
「まだだ、まだあきらめるな!ゴゾさん、望みははあるよ!」
「…………?」
ゴゾは目玉だけをグリッと動かして、声を上げた男性を見た。
面識のない大学生くらいの若者で、さっきゴゾを背景委に記念写真を撮っていたひとりだ。
「地球には派遣怪獣警官の『赤い怪獣』がいるんだ!あんなネズミもどきの怪獣1匹くらい瞬殺……」
「あ、赤い怪獣さんは吠犬山ってとこも事件で出払っているらしいです」
……ズダダダンッ!
わずかに見えかけていた希望の光を、例の係員さんの一言が閉ざした。
再び瞳孔が開ききった状態でゴゾは倒れていた。
そして今度は喉を鳴らすこともしていない、完全にヤバイ状態だ!
どうしたらいいのか、わかる者は誰もいない。
その混乱の矛先が向いたのは、当然だが金魚士協会の係員たちだ。
「オイ、アンタら!」
「今の聞いてただろ!」
「何とかしろよ!」
「……そ、そんなこと私たちに言われてもォォォッ???」×係員全員
「しっかりせんか、この未熟者ども!」
泣き出しそうな係員たちがすがるような目線を送ったのは、やはりこの人しかいなかった。
金魚士協会創設者にして前会長、通称・金魚仙人!
この時、一歩前に出た金魚仙人からは好々爺の微笑は消えて、現役時代に世界中を飛び回っていた頃の覇気を甦らせていた。
「諸君、まずは落ち着きたまえ。これしきのことで狼狽えてはならん」
「は、はい、それはもちろん」
「しかし、この後どう……ハッ、ハイ!」
落ち着きは取り戻したものの、動揺はまだおさまらない。
オロオロとするばかりの係員、受験生たちを全員がひと睨みで落ち着かせた金魚仙人の眼力はいまだ現役だ。
全員が落ち着き、次の言葉を待っているのを確かめて金魚仙人は支持を出した。
「この場は全員の安全確保が先じゃ。まずは避難の準備を」
「ハイ!すぐ車の手配を!」
「うむ、すぐに乗車できるように受験生の皆さんは整列を!」
「ハイ!」
「それからウチの受講生諸君じゃが」
「私たちは何を、先生?」
「この事件が終わってからの話じゃが……」
「終わってから?」
「手分けして嘆願の署名集めの準備をしてくれい」
「署名……何のです?」
「たわけ!決まっておろうが!ゴゾ君の許可証をもう一度出してもらうのじゃ!」
「あ……ハイッ!」×その場の全員!
校舎の窓ガラスがビリビリ震える大きな声の返事は、山の木々の葉まで波打たせるほどだった。
とびきり強力な返事に、金魚仙人は満足の笑みをを満面に浮かべる。
自分の人生は間違っていなかったのだ、それを長い人生で初めて確信できた。
そして後ろを向いてゴゾに声をかけた。
「安心したまえ、ゴゾ君。我々が君を……ゴゾ君?どこじゃ?どこへ行ったんじゃ?」
ゴゾの姿がない、消えている!
慌ててまわりを見回す、いた!
山のふもとへ駆け下りていく巨大蛇の姿が見えた!
「ゴゾ君?バカな、勝手に街へ近づいたら!」
許可を受けているとはいえ監督者もなしに人間の住む街に近づけば、それは犯罪怪獣とみなされる。
その場合、即時処分つまり射殺されても文句は言えないのだ!
呆然とするた金魚仙人、その場で膝を折ってうわの空で呟いた。
「何故じゃ、何故こんなことを?」
「あ、ゴゾさんなら大急ぎで外へ出ていきましたよ」
「ナノさん、な……なんと!」
「ええと、『俺、おしっこ!』って言ってました」
受験生係員とも、全員が沈黙してしまった。
もちろん、それが口実なのは理解している。
ゴゾが
このままではゴゾが……だが今、皆の頭に浮かんだのはそのことではなかった。
(巨大蛇怪獣の『おしっこ』……一体どんな?どうやって?どれだけ?)
しかもそれに上乗せされる緊急事態が!
「大変です、金魚博士君もいません!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます