立ち上がれ!受験生怪獣!
「暴れてる、怪獣…………アイツ、か?」
特に際立った特徴もない地方都市だ、背の高いビルはそれほどない。
だから背の低いビルの後ろに隠れて、ほんの少しだけ顔を出す。
ただし隠れているのは人間ではない、体長500メートルの超巨大な蛇である。
息を潜め、感情を映さない冷たい目で、見据える先には茶色の体毛に覆われた巨大生物!
「チゥ、チゥゥゥ……ったく、シケた田舎惑星に逃げ込んじまったチゥ……」
地球人の大半には理解できない言語でそんなことを愚痴っている。
短めの手足に長い尻尾、大きめの目玉をギョロギョロと動かす様は結構、愛嬌があると言えなくもない。
ちょっとカワイイ感じのネズミモドキの怪獣だが、右腕にはめたギプスか手甲っぽい機械が不気味だ。
「人口は結構多いのに、逃亡に使える宇宙船も保有してねェチゥ!これだから田舎惑星は……」
イライラしながら右腕を足元の建物に向ける。
鉄筋コンクリート3階建ての、スーパーマーケットらしき建物は瞬時に爆発、いや蒸発する。
鉱山開発に使われるレーザー掘削機だ!
射程は短く命中精度は低いが威力は相当なものだ。
イライラしながら辺りを見回すネズミ怪獣だったが、自分を静かに見つめる視線には気づいていない。
「一匹、だけ、か?他に、仲間、とか、いない……?」
ボソボソと呟く巨大な蛇怪獣・ゴゾ。
目の前の獲物、ネズミ系怪獣に目標を定め気配を殺してチャンスを待って……いるわけではなかった。
「それにしても……ど、ど、どう、しょう?何も、考えずに、来ちゃった、けど」
驚き慌てて山間の試験会場から全力疾走してきたはいいが……
戦う度胸も準備もなく、下手に動くこともできなくなり、立ち往生していただけだった。
近づこうにも遮蔽物が少なく、しかもこっちは丸腰、向こうは飛び道具だ。
もし奇襲をかけても結果は見えている。
「でも、ゴゾさんが何とかするしかないよ!」
「けど、アイツ、飛び道具、持ってるし、すごく、強そ……金魚博士、君?どうして、ここに?」
ゴゾの頭の上にいつの間によじ登ってきたのか?
小学生の男の子、通称・金魚博士が腹ばいの姿勢で敵・ネズミ怪獣の様子を窺っていた。
しかも双眼鏡まで持参だ。
「どうしてって……ほら、アレに入ってついてきただけだけど?」
金魚博士君が指さしたのはゴゾの背中、長い体の真ん中あたりに縛り付けられた青い袋。
人間が使うリュックサックに似た
銃弾くらいじゃ貫通できない強靭素材に、深度1000メートルの耐水耐圧仕様!
もちろん怪獣用だがら収納量は大型コンテナ2台分以上!
ついでに大きなポケットには可愛い金魚さん刺繍も入ってる!
これに受験票やお弁当(業務用ツナ缶15トン)、筆記用具や通行許可証を入れてきたのだ。
すごく大きいので子供一人どころか、大人が10人くらい隠れられるぐらいなのだ。
「そう、じゃなくて、どうして、ついて、きたの?とっても、危ない……」
「もぉ、ゴゾさんこそ忘れてるよ。ほら、コレ!」
「?」
金魚博士君が差し出したのは―――許可証。
巨大な怪獣であるゴゾが人間の生活圏に近づくことは禁止されている。
しかし公認金魚士試験を受けるためには、どうしても人口密集地帯を何カ所か通過する必要があった。
その場合は警官、または責任者としての資格ある者の付き添いが必要なのだ。
「誰か付き添いがいないとさ、ゴゾさん。警察のおじさんたちに撃たれちゃうよ?」
「……あ」
金魚博士君がアゴ先でクィッとしめした先。狭い路地に警官が数名、震えながら銃を構えている。
照準はゴゾ、いきなり現れた第2の怪獣に驚き怯えながらも迎撃しようとしていた。
もっとも彼らの所持する拳銃程度ではゴゾの鱗にかすり傷もつけられないだろう。
「う、ううう動くな!」「う、ううう撃つぞ!」
「す、すいま、せん、おまわり、さん。僕、すぐに、帰りま……」
「ままままま、まず子供を解放しろ!」
「え、子供?あ、金魚博士、君の、コトか」
ゴゾの目玉がギョロリと動いて自分の頭の上を見る
頭の上に寝そべっている子供がひとり、乗っかっているというより『くつろいでいる』ように見える。
いや、金魚博士君は実際にくつろいでいる!
煎餅をポリポリかじりながら水筒のお茶飲んでる。
「あ、すいませーん。だいじょーぶでぇーす!僕がゴゾさんの付き添いですから!」
「つ、つつつ付き添い???」
「ハイ!ゴゾさんは今、僕の管理下にありますから!人間の住んでる場所に近づいても問題なしですッ!」
「バ、バカ!問題大ありだよ!」「き、君!早く降りてきなさい!」
ますますパニックする警官たちと、戸惑って目玉をグリグリさせる大蛇と、なんかエラソーに腕組みしてドヤ顔してる小学生と。
怪獣襲来という緊迫した現場が、不気味な蛇怪獣と変な小学生の出現で、ますますカオスな状況に!
誰もが次の手を打てないでいるその時、真っ先に動いたのは……ゴゾだった。
「金魚博士、君、ちょっと、いい?」
「ん、何?ゴゾさん」
「小学生の、君が、僕、みたいな、怪獣の、保護者、って、ちょっと、無理、が、ある、と思う」
ここには避難できていない大勢の市民が残っているし、その市民を守る警官も少ないけれどいる。
なのに一番常識があるのは怪獣で、すぐそばには最も常識に欠ける小学生がいた。
金魚博士君は手にした許可証の一枚をヒラヒラさせていた。
「コレに書いてあったヤツ?『適切な監督者の元で』っていうの。要は保護者だよね?」
「そう、それ……」
「だったら僕がゴゾさんの保護者ってことで問題ないじゃん」
「…………金魚博士、君。それ、本気、で、言ってる?」
「なれるわけないだろ!」「危ないから降りてきなさい!」
最後の野次はゴゾに拳銃向けている警官たちからだ。
一般人の常識を超える怪獣と、常識を破壊する小学生に振り回されっぱなしの彼らだったが、市民を守るという仕事を忘れたわけではなかった。
「大体、君は小学生だろう?」「怪獣の保護者が務まるわけない!」
「務まりますよ、監督者に必要な資格は『社会的に認められる資格を有する者』!僕の公認金魚士一級資格はこれに該当します」
「エッ……?」
警官たちは互に顔を見合わせる、子供が、怪獣の、保護者になる?
想定外の成り行きで生じた心の隙を、金魚博士君は見逃さなかった。
たたみかけるように、次の一手を打つ。
「不足なら宇宙開発局にも問い合わせてみてください。無重力&低重力向け愛玩動物アドバイザーも務めていますから」
「う、宇宙局ゥ?」「って超エリートじゃないか!」「すぐ問い合わせろ!」
「…………?」
ゴゾは頭をひねった。
『宇宙開発局』という名称に警官たちがうろたえている?
宇宙関係の省庁はどこの惑星国家にもあり、特に珍しいものではない。
なのに警官たちは何故、ああも動揺しているのか?
見てみると警官だけじゃなく、遠巻きにして見ていた一般市民も騒ぎだしている。
「あー、ゴゾさんは知らないか?地球じゃ宇宙開発関係はエリート扱いされちゃうんだよ」
「エリー……ト?」
「そうなんだよ。実態がペット購入の相談係でもね……ま、ハッタリだけどね」
意外そうな顔?をしたゴゾに金魚博士君はいたずらっぽい顔で返事を返す。
「でも、それじゃ、保証人、には……」
「無理、かも知れない。けど確認するのに多少時間かかるだろ?その間に……」
「?……その、間、に?」
金魚博士君がゴゾの瞳にズイッと顔を近づけてきた。
ゴゾは感じた、いやな予感を、ものすごく嫌な予感を!
ホントは怖くて話の続きを聞きたくないのだが、聞かなければもっと怖いことになりそうだ。
「ゴゾさんがあのネズミ怪獣やっつければいいんだ!」
「…………???!!!僕が?」
嫌な予感的中。
ゴゾをあの凶悪犯ネズミ怪獣と戦わせる気だ。
「そう、ゴゾさんがッ!」
「あの、怪獣、さん、を?」
「そう、あのネズミ怪獣をッ!」
「やっ、つけ、る?」
「そう、思いっきりやっつけちゃおッ!」
「無理ッ!無理ッッ!無理ィッ!!」
ビビってる、大蛇怪獣ゴゾがマジビビりしている!
毒牙をカチカチかみ合わせ、デカい体をガクガクブルわせて。
あまりの震えぶりに、頭に乗ってた金魚博士君も落っこちそうになる。
「ちょ、ちょッ!ゴゾさん、落ち着いて!落ち着いてってば!」
「で、でも!でも!でも!」
振り落とされまい、としがみつく金魚博士君だが……なにしろツルツルの鱗だ。
もうちょっとで滑り落ちるギリギリで、ようやくゴゾが止まった。
「あ、ご、ごめん、金魚博士、君。大丈夫、だった?」
「う、うん……でも、アイツなんとかしないと!ホントに金魚士試験中止だよ?」
「…………どう、どう、どう、しよう?」
大蛇怪獣ゴゾは見かけはアレだが、もともとは気弱で戦いには向かない性格だ。
ルキィと戦った時は自暴自棄になっていたせいで、そこそこに戦えたわけだが。
素の状態でのゴゾは喧嘩もまともにできないヘタレさんなのだ!
ならば!そんな彼がどうして
そんなことは知らない金魚博士君だったが、何か思いついたようだ。
「そうだ、バックパックの中に確か……」
「えっ?何?何の、コト?」
「ゴゾさん、ちょっと待ってて!」
ゴゾの頭の上にいた金魚博士君は、一気に背中を滑り下りて、バッグパックに上半身を突っ込んだ。
バックパックの中にはお弁当と受験票、たくさんの許可証が入っている。
いろいろと持ってきてはいるが……こんな状況を打破できるアイテムはひとつもないハズだ?
「あった、コレ!これだよ!」
「……お守り?」
金魚博士君が引きずってきたのはお守りだった。
『於母鹿毛神社』と書かれた濃い青地の布に金糸銀糸をあしらったお守り袋だ。
ただちょっと違うのがそのサイズ、普通サイズなら手の中に納まる小さなお守りだが。
昔風にいえば米俵、現代換算で米60キロ以上、小学生の金魚博士君では抱えきれぬ程だ。
クルリと裏を返すと、そこに書いてあったのは?
「危急の時にはこの袋をあけよ」
『三国志演技』あたりで出てきそうな言葉が、下手くそな字で書いてあった。
(しかも『開けよ』の漢字を忘れたらしく、何度も書き直した挙句にひらがなで書いてあった)
蛇の七転八倒みたいな汚い字だが、筆跡には見覚えがあった。
「その字、所長、さん?」
海底水流測候所の所長・浦島 乙音(753歳の竜神の少女)、ゴゾの雇い主にして保護者の筆跡だ。
おそらくは金魚士(3級)試験に臨むゴゾを案じて、こっそりバックパックにしのばせたのだろう。
しかし『危急の時に』とは……試験を危険な試練と間違えているのでは?
とか何とか言ってるうちに金魚博士君が袋を縛った紐をほどいていた。
「何か知らないけど、緊急事態なんだ!とにかく開けてみるよ?」
「そ、それ、は!」
中から引っ張り出された物を見てゴゾは目を丸くした……正確には縦割れ瞳孔が目一杯開いた。
それは……手に持った金魚博士君にも何に使う物なのか見当がつかない。
遠巻きにして見ていた警官たちも、野次馬たちも全くわからない。
だがゴゾだけはそれが何で、どういう意味かハッキリと理解したらしい。
「何だろ、コレ?垂れ幕みたいに長い布だけど。ん?途中に大きな穴がふたつ?」
「……そう、いう、コト、だった、か」
シュンッ!
「ワッ?えっ?なに?」
ゴゾの口から垂れ下がった先割れの長い舌が、鞭のように振るわれて、金魚博士君の手から謎の長い布を瞬時に奪い取り、それを己が頭に巻きつけた。
そして……金魚博士君は呆然としながら尋ねていた。
「ゴゾさん?あなたは、一体……何者なんですか?」
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「クソ、要求した宇宙船はまだチゥ?」
逃亡中のネズミ型怪獣(銀行強盗失敗)はイライラしながら包囲陣の出方を待っていた。
地球にたった一人の怪獣警官は別件で動けないハズだ。
田舎惑星の警察ごとき、畏れるほどでもないハズだ。
自分は街全体を人質にしているのだ、いくら警察でも要求を呑むしかないのだ。
……甘すぎ杜撰すぎの計画だが、不都合な現実を見ないのは人間も怪獣も変わらないらしい。
「さっさと持ってこないと!こんなチンケな町なんぞ丸ごと……何者チゥ?」
ド素人犯罪怪獣にも感じられるモノスゴイ殺気!
思わず振り向いて殺気の主と目線が合った!
そしてネズミ怪獣は硬直した!
刺すような、どころか貫通するような視線!
その視線の主は小さなビルの間からこちらを見ていた。
青いアイマスクをした、でっかい蛇が感情の読めない不気味な目でジッと見つめていた……
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