守護(まも)れ!怪獣受験生!!
試験場となった高校に残っていた受験生は皆、麓から広がる住宅地を見下ろしていた。
数分前に大蛇怪獣ゴゾは、そこに向かって足早に駆け下りていった。
蛇だけに、足はないけど。
「ゴゾさん、やっぱり町に行ったのかなぁ?」
「うむ、多分な。居ても立ってもいられんかったんじゃろなぁ」
列に並んだ受験生の中から一歩、前に出たのはガガガンさんと金魚仙人のふたりだ。
口調はのんびりしたもの、表情は穏やかなものだが、目に宿る緊張感は厳しいものだ。
それも当然だろう、このままでは金魚士試験は中止、悪くすれば怪獣であるゴゾは地球から強制退去。
いや、暴れているのは宇宙の凶悪犯罪怪獣!下手をすればゴゾの命が危ないのだ。
「マズイですよね、ゴゾさんが人家密集地帯に近づいたら」
「ううむ、困ったもんじゃが。どうしたらええんじゃろう?」
ガガガンさんと金魚仙人が二人して腕組みして考え込む背後で、大きな声が上がった。
声の主は金魚仙人門下の女子高生・金魚と爬虫類二刀流愛好家のナノさんだ。
係員から奪い取ったタブレットでなにやら検索していたらしい。
「せんせぇー、現場の中継映像出ました!」
「おお、すまんな……ご、ゴゾ君?!」
小さな画面に映し出されていたのは彼らのよく知っている大蛇怪獣―――といってもリアルで顔を合わせたのは今日が初めてだが。
ただ彼らの知るゴゾとは一か所だけ違いがあった。
顔に長い布、目の部分に穴をあけたアイマスクを巻きつけていた。
だがアイマスク以上に、目つきがまるで違う!
いつものオドオド、いや穏やかで優しい?目つきではない。
迷うことなく正面の敵を見据える力強い視線には、普段の気弱さが微塵もない。
「ゴゾ君?……一体、何が君にあったんじゃ?」
★☆★☆★☆★☆★
謎の?大蛇と出くわした凶悪犯罪怪獣は戸惑っていた。
頭はたいしてよくないネズミ怪獣だったが、それでも警察や怪獣警官とやりあうくらいは想定していた。
だが、目の前にいる大蛇怪獣はそのどちらとも違う。
アイマスクで正体を隠した(いや、全然隠せてないんだが)変な奴キターッ、ていう感じなのだ。
「お……お前、誰チゥ?」
「俺は…………」
ネズミ怪獣は息を吞んで、謎蛇怪獣の次の言葉を待つ。
この謎蛇怪獣は一体、何者なのか?
「銀河のッ、果てからッ、やって、きたッ!オサカナ・マン、参上!」
「……???!」
思っていたのと全然違う答えが返ってきた。
油断を許されない状況下なのだがネズミ怪獣は思わず頭を抱えた。
目で見た情報と耳で聞いた情報がまるで一致しない。
というか、この状況をどう判断すればいいのいか?
とりあえず状況をひとつひとつ確認することにした。
「いや、銀河の果てって……お前、スネイク星出身チゥ?あの恒星系はここから割と近くじゃなかったチゥ?」
「果て!から!やって!きたッッッ!」
やはり何を言ってるんだかわからない。
理解できない情報は無視しておくのが得策、ってかまだマシだろう。
「そ、そうチゥ?まあ、それは置いとくチゥ。それよりオサカナマンって……お前、
「…………オサカナマンッ!参ンンン、上ゥッッッ!!」
無視しても駄目だった。
相手は意味のある情報を提供してくれる気がないらしい。
会話が成立する気が全くしないし、戦うにしても不気味すぎる。
だがネズミ怪獣は靴の端を密かに歪めて笑いながら、右腕のレーザー掘削機の安全装置を外す。
(まったくヘンなヘビ野郎チゥ)
(まともに戦うのもバカバカしいチゥ)
(ここはコイツで一気に殺るチゥ)
(どこの誰だか結局わからんチゥが)
(ノコノコ出てきたのが命取りチゥ!)
右腕のレーザー掘削機の内側で指を動かしてエネルギー充填開始!安全装置を外す。
兵器として製造された機械ではないので、発射するにも10秒ほどかかってしまう。
とっさに撃てるわけではないのだ。
向かい合うゴゾもそれに気づいているらしい。
「……エネルギー、チャージ中、か?およそ、12秒……」
「チッ、知ってやがったチゥか!」
掘削機の点滅が早まったのを見てゴゾは身を緊張させている。
避けるか、速攻か?
どちらにせよ双方ともタダでは済みそうにない。
ジリジリと高まる緊張が、今!弾けようと……
「フハハハッ!ネズミごときのコケおどしが通じるものかッ!」
滅茶苦茶デカい態度で、エラソーなお子様の声が緊迫する戦場に響いた、
大蛇怪獣とネズミ怪獣の首がギギッとぎこちない動きで、すぐ横に向けられた。
デパートの屋上で仁王立ちして高笑いする怪人物(小学生くらい?)に視線が集中する。
「な、何者チゥ?」
「フフフフフッ!我が名はキンギョマン!オサカナマンの盟友だッッ!」
キンギョマン(自称)を見たゴゾは一瞬硬直し、縦割れ瞳孔が一気に全開!
かなり、いや最大限に驚き動揺している証拠だ。
ちょっとの間だけ、言葉を思いつかなかったのか口をパクパクさせていたが。
気を取り直して咳払い一つ、そしてなんとか怒りを抑えた声で詰問する。
「…………金魚博士、君?何、してるの?」
「んーっ?金魚博士?誰のコトかな?わっかんないな―――っ?」
その怪人物・オサカナマン(小学生)は太陽系外から来た者にはさぞや奇怪な姿に見えるだろう。
ただし同じ地球人の視点からは少々感想が異なる。
★☆★☆★☆★☆★
「これ、金魚博士君……じゃないかね?」
驚くの通り越してちょっと呆れ気味の声で、金魚仙人は首を傾げながら、薄炉のふたりに訊いてみた。
「うーん、確かに。金魚博士君だな?こりゃ」
筋肉系インテリのガガガンさんも『納得いかないなー』って顔で首傾げながら、やっぱり疑問符付きで答える。
「あらら、なかなか渋い趣味してるじゃん、金魚博士君」
現役女子高生のナノさんの感性は年配者たちとは、ややズレているらしい。
颯爽と登場した金魚博士君は巨大怪獣2体に比べると遥かに小さいが異形、ではないが……
素顔を隠す覆面、いや唐草模様の風呂敷を鼻の下で結んで
そして背にひるがえるは唐草模様の大きなマント、ならぬ大風呂敷!
いわゆる『昭和の泥棒さん』スタイルなのだッ!
それを見ながら金魚仙人、思い出したようにポツリと言葉をこぼした。
「そういえば金魚博士君、風呂敷派じゃったな」
「唐草模様が一番お気に入りでしたからねぇ」
「おう、『鞄なんかじゃ気分が出ないよ』が口癖だったもんなぁ」
金魚仙人の言葉にナノさん、ガガガンさんも相槌を打つ。
金魚博士君、年齢のわりに趣味が渋いようだ。
……おい、そんなこと言ってる場合なのか?
「ンなんこと言ってる場合じゃないぜ!金魚博士君まで一緒とは……どうします、先生?」
「どうしようと言われても。ワシらじゃ金魚以外のことはどうにも……なぁ、ナノちゃん?」
「……ゴゾ様、なんと凛々しいお姿……」
ゴゾを見つめて、うっとりとため息をつく金魚&爬虫類マニア女子高生・ナノさん。
陶然とした目で小さな画面の中の大蛇怪獣を見つめる彼女の表情に、思わずナノさんを見た金魚仙人とガガガンさんは、冷たい?いや生暖かい?異様な感覚が背中を走り抜けるのを感じた。
★☆★☆★☆★☆★
理解の範疇を超えた地球の非常識に、全然ついていけなかったネズミ怪獣だった。
だが自分が犯罪怪獣だという事実をようやく思い出したッ!
右腕のレーザー掘削機をブンブンと振り回して怒鳴り散らした。
「やいやい!俺様を無視するなチゥ!くたばれチゥ!」
ジュッ……
対峙していたゴゾの顔面に向けて引き金を引く!
赤い光が放たれるより速く、ゴゾは頭を下げてレーザーを躱した。
焦げ臭い空気の中で、敵が次弾装填に入ったのを確認して、素早く金魚博士君を口にくわえる。
「アッ?何すんだよ、ゴゾさん!」
「…………ッッッ!」
金魚博士君をくわえて(正確にはズボンのベルトを口でくわえて)いるのでしゃべれないらしい。
とりあえず危険なマネをした金魚博士君を怒っているのは確かだ。
「くっそぅ、今度こそチゥ!」
バカやってる悪ガキ&大蛇コンビに怒りのレーザーを向けるネズミ怪獣。
エネルギー・チャージより先にゴゾの姿はビルの影に消えてしまっていた。
「待つチゥッ!逃がさないチゥッ!」
ネズミ怪獣はビル影に姿を隠したゴゾを追う!
図体のデカさのわりにはなかなかに素早い!
だが回り込んだ時には、交差点の向こうに曲がるゴゾの姿が一瞬見えただけだった。
「コイツ大口たたいて逃げ回るだけチゥ?待ちやがれチゥ!」
相当に頭に血が上ったネズミ怪獣、追いかけて交差点へ!
またしても相手は間一髪の差で身を隠す。
なかなか見事な逃げ足だ、蛇だけに、足はないが。
「ちょっとゴゾさ……オサカナマン、なんで逃げるの?」
だが消極的な戦いぶりに、同行している金魚博士君は不満らしい。
口にくわえていた金魚博士君を、ゴゾはヒョイと頭の上へ放り上げる。
頭の上で胡坐をかいて座りこむ金魚博士君、全力疾走で激しく揺れる不安定な場所だが……
落ちない金魚博士君のバランス感覚がスゴいのか?それともゴゾの安定走法が名人級なのか?
ってなことは気にもかけず、ゴゾは冷静にボソボソ語る。
「アイツ、レーザー、だけ、じゃない。爆弾、持ってる!」
「エッ、爆弾?」
「鉱山、発破作業、に、使う、高熱発生弾。体毛の、下に、隠してる!」
ここまでネズミ怪獣はレーザー兵器しか使っていない。
だから立てた作戦も『レーザーを封じて速攻で取り押さえる』という単純なものだった。
だが……それ以外にも武器を隠し持っているとなると話は変わってくる!
しかも鉱山開発用の爆弾は広範囲に高熱を発生するという厄介なシロモノだ。
「でも、どうしてわかったの?全然そんなの持ってそうに見えな……」
「俺、熱、見える!左脇の、体毛の、下に、隠してる!」
地球の蛇にも熱を感知するセンサーを備えている。
だが異星の蛇であるゴゾの熱源感知能力は地球産の蛇をはるかに上回っていた。
だから茶色の体毛の中に隠した熱源を見逃さなかった……のだが。
これは同時に事態の悪化を意味していた。
「威力、すごいヤツ?」
「多分、この、都市、くらいは」
「そんなことまで、なぜ知ってるの?」
「地球、来る前、鉱山惑星、バイト、してた!」
苦労人だったゴゾの過去がとんだところで役に立っていた。
ゴゾが知る標準的な高熱発生弾は半径100m程度の岩盤を融解できる。
鉱山以外の開けた場所で使えば、十数キロの範囲に数百度の熱風が吹き荒れるだろう。
こんな小さな都市くらいは十分に壊滅できるのだ!
むろん、使えばネズミ怪獣自身も無事では済まないのだが……そんなことも考えつかないくらい、頭の悪い怪獣らしい。
「そんな!じゃあ下手に攻撃できないじゃん!」
「………なんとか、する!」
キッパリと言い切った!
普段の気弱なゴゾなら考えられないくらいの強い意志!
それほどまでにゴゾの『金魚士試験』に賭ける思いは強かった。
だが残された時間は少ない!
到着が遅れている防衛警察の航空部隊が来るまで、あと3分というところか。
そうなれば追い詰められたネズミ怪獣は高熱発生弾を使うに違いない。
たとえ爆発を阻止できても金魚士試験は中止だろう。
「金魚博士、君……頼み、ある」
「何?ゴゾさん、なんでも言ってよ!」
「ちょっと、だけ、アイツの、注意、引いて!」
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