編集 必勝!怪獣受験生!!

「やったね、ゴゾさぁ……オサカナマン!」

「ん……終わった」


後ろからの元気な声に振り返ると駆け寄ってくる小さな人影。

怪人キンギョマ……じゃなくて金魚博士君だ。

ゴゾのすぐそばまで息を切らせて走ってきた彼は、鎌首もたげるゴゾを笑顔で見上げた。

普段と変わらぬ無感情な爬虫類の目だが、その奥に多くの感情を確かに感じた。

凶悪な敵と対峙する恐怖、戦いを終えた安堵、被害がでるのではという心配、皆が無事であったことへの喜び。

人ならざる巨大怪獣に人と九通する多彩な感情、る金魚博士君の目に感動が宿った。

ゴゾからすれば、どうしてそんな目で見られているのかサッパリわからなかったが。


「金魚博士、君、どうしたの?」

「ん?ああ、ゴゾさんって、ホントは……イヤ、何でもないよ」

「早く、帰ろう。午後の、試験、始まる」

「そーだね、そろそろ防衛警察も来る頃だし」


振り返ると背後の公園のど真ん中にネズミ怪獣は横たわっている。

怪獣から見れば細いワイヤーだが、ああもグルグル巻きにされれば動けないだろう。

防衛警察が到着してネズミ怪獣を怪獣護送宇宙船に乗せれば事件は終わる。

めでたし、めでたし……とはならなかった。


ギチッ、キィンッッッ!


甲高い音!耳障りな金属音!何かが弾けた、いや切れた?

反射的にゴゾと金魚博士君が振り向く、二人の目に映ったのは切断されて、弾け飛んでくる金属ワイヤー!

たわみ、弧を描きながら二人の頭上へ……


「ゴゾさ……?」「危ないッッ!」


突然のことに驚いて動けない金魚博士君を襲う、数十メートルのワイヤー!

人間に衝突すれば即死確実な大きさ重さだが、それを遮った者がいた。


ガッ!


聞いただけで痛みを感じるような衝突音!

しかし金魚博士君は無傷、代わってダメージを受けたのはゴゾ!

間一髪で金魚博士君の前に滑り込み自分の頭で飛来するワイヤーを防いだのだ。

もちろん無傷、のはずがない。


「ゴゾさ……大丈夫なのッ?!」

「へーき、平気……」


何事もなかったようにゴゾは頭を上げ、鎌首もたげる迎撃態勢。

しかし金魚博士君の目の前に、流れ落ちる流血が大きな血だまりを作る。

恐る恐る見上げると右の目の上に。ウロコ数枚が欠け落ちた大きな傷!

幸いにも眼球は無事らしいが、流れる血で片目をふさがれた状態だ。


「ゴゾさん?目が見え……」

「少し、切れた、だけ。大丈夫!」


大丈夫とは言うものの出血が止まる気配はない。

戦闘中ならば視界を半分奪われた大ピンチだ、幸いにも勝負は既に着いて……いなかった!

たった今まで地面に転がされたままだったネズミ怪獣が、半身起こして座っていた。

強烈な殺気を秘めた目はゴゾに固定され、半開きになった口がワイヤー数本をくわえていた。

その口の中に、ひときわ目立つのが2本の巨大な前歯。

ほかの歯に比べて3倍以上の大きさと厚み!

巨大怪獣ということを考慮しても巨大すぎる。


キリッ、キリッキリッ……キンッ、キンッ、キンッ!


前歯に引っかけられた幾本ものワイヤーが耳障りな断裂音を上げる。

弾けたワイヤーが引き飛びすごい勢いで近くの建物を直撃!

窓ガラスを爆散させ、コンクリートの壁に深く食い込んだ。


「うわわわ……」「あの怪獣、自由になっちまうぞ!」「ど、どーするよ?」


ワイヤーを巻き取っていた警官たちが、衝撃で全員尻もちをついて動けなくなっていた。

目の前では残ったワイヤーを嚙み切ろうとネズミ怪獣が身を揺すっている。

すぐに逃げなければ危険な状況だが、腰が抜けたか立ち上がることもできない。

そうこうしているうちにも、緩んだワイヤーはネズミ怪獣の体から落ちていく。

誰も身動きひとつできない、たった一人(いや、一匹?)を除いて。


ズッ、ズズズッ。

「全員、撤退、して、すぐに!」


一歩前へ歩み出た、いや地を這い出たのはゴゾ!

覚悟と気迫は衰えてないが、目の上の出血はまだ止まりそうにない。

視界の半分を失ったまま、ネズミ怪獣の前へ立ちはだかる。

ネズミ怪獣の方もさっきまでとは段違いの気迫を身に纏っていた。

体半分を縛られていた状態で座り込んでいたが、今は後足で立ち上がっていた。

残りのワイヤーを噛み、ものすごい殺気を込めた視線でゴゾを射抜いている。


キンッ!

「やれやれ、やっと身軽になったチゥ……」


ワイヤーから解放されコキコキと関節を鳴らしながら、ネズミ怪獣はこれまでにない晴れ晴れとした、しかし初めて見せる凶悪な笑みを浮かべていた。

ワイヤーを払い落としてギョロリ、ギョロリと不気味で恐ろしい目で警官たちを睨みつける。

危ない!敵が動き出す前になんとかしないと!

ゴゾは身を緊張させ飛び掛かろうと……


「安心するチゥ。そこのチビ地球人どもより、まずお前が先チゥ」


言い放つ声からは下卑た、相手を見下した口調が失せていた。

スっと前足を地につける、四足歩行獣本来の戦闘スタイルだ。

ワイヤーに捕まる前の二足歩行は彼にとって、レーザーを使うための無理な姿勢だった。


「まったく、負けて当然だったチゥ」


肩に絡みついていたワイヤーに気がついて払い落す。

その間もゴゾに向けた視線は決して外さない。

つけこめるような油断も隙もネズミ怪獣からなくなっている。

レーザーと高熱弾、強力な装備をどちらも使えなくなったというのに……


「レーザーやら爆弾やらに頼って、自分の持ち味忘れてたチゥ」


白く光る巨大な前歯を見せて笑う。

威嚇するために前歯を意図的に見せびらかしているのだろう。

それだけ前歯の切れ味に自信があるのだろう。

これまで以上の難敵になってしまったことをゴゾは痛感した。


「この歯が気になるチゥ?種族的特性チゥ、この前歯でどんな硬いものでも食い破って、俺たちゃ食い物を得てきたチゥ。そしてどんな強い敵でも倒してきたチゥ」


これ見よがしに巨大な前歯、生まれつき備わった武器を見せつける。

余裕たっぷり、自信たっぷりな態度だが、フッと表情に影がさす。

そして自嘲気味自虐気味に付け加える。


「自慢の歯チゥ……もっとも使い道ときたら、積み荷の金属ケース食い破って中身を盗むチゥだの、ぶち込まられた非合法鉱山で鉱石を細かく噛み砕くだのチゥ、武器どころか使い捨て道具扱いチゥ……」


たった今聞いた情報をもとにゴゾは考えを巡らせる。

ワイヤーを噛み切り鉱石を砕くところからすれば硬度は超合金レベル。

鋭さは鋭利な刃物に匹敵するだろう。

ゴゾの鱗もそこそこ硬いが防げるとは思えない。

一時的に防御力を上げるゴゾの奥の手・鱗の金属化なら対抗できるだろうが、そんな猶予をくれる相手ではなかろう。


「ならば、これ、しか、ない!」

シャァァァッ!


これまでにないほどゴゾは大きく口を開けた。

普段は目立たないように心がけてきた二本の長い牙、その牙の先からドロリとした液体が滴り落ちる。

よだれ?いや違う!滴り落ちた地面の色が見る見るどす黒く染まっていくではないか。

ただの液体ではない、強烈な毒を含んでいる!

それを見たネズミ怪獣、恐れるどころかますます闘志を剝き出しにする。


「毒牙……神経毒チゥ?お前もようやく本気でを使う気になったチゥか」

シャァァァッ!


ゴゾは声、言葉ではなく恐ろし気な威嚇音で応える。

しかしゴゾはこれまで一度も、毒で相手を殺めたことがない。

ひと噛みで筋肉を弛緩させ呼吸困難に陥らせ、心臓も停止させて大怪獣でも即死させる猛毒だ。

だがこれまでは、悪党どもにコキ使われていた頃でさえ、数時間麻痺させる程度に留めてきた。

それゆえ臆病者、役立たずと馬鹿にされて最後まで下っ端扱いだった。


「ゴゾさ……何……?」


怪獣同士の睨みあいをオロオロと見上げるしかなかった金魚博士君だったが、自分のすぐそばで唐突に発生した巨大な圧に金縛りとなった。

悪意?害意?殺気?とにかく闘いの素人である金魚博士君でもビンビン感じるほどの破壊的意思の塊だ。

硬直して動かない首を無理矢理動かしてゴゾを見上げる。

そして背筋が凍った。


(こんな、こんなの……ゴゾさんじゃない!)

「ゴ、ゾ、さ……ッッ」


声をかけようとして、息が詰まって声が出ない。

ゴゾは足元(蛇だけに、足はないけど)にいると知っているはずの怪獣博士君を見ようともしない。

まるで間近にいる彼のことなど忘れてしまったかのようだ、それでも。


「金魚博士、君、すぐ、離れて」

「で、でも、ゴゾさん……」

「いい、からッ!急げッッ!」


初めて聞く、怒気すら感じる強烈なゴゾの声。

金魚博士君の硬直が解けた、後も見ないで一気に駆け出す。

同時に腰を抜かしていた警官たちも、弾かれたように走り出した。

その様子をネズミ怪獣は目玉だけ動かして、冷静に観察していた。


「早く逃げろチゥ?お優しいことチゥ。俺様ごときは余裕チゥか?」

「…………黙れ」

「ふふん、せいぜい頑張って地球人どもを守るチゥ。お前だけ倒せば俺様は……レーザーを奪い返してチビ地球人どもを人質にして逃げ切るチゥ」

「さ、せ、な、いッッッ!」


弾ける寸前だったゴゾの怒気に、膨大な殺気が加わった。

普段の温厚なゴゾならば、こんな見え透いた挑発にひっかかることなどない。

見知らぬ惑星で初めての友人を脅されて焦ったのか?

限界まで開いた口で、ヌルリと毒液を纏った牙で、間合いも考えず闇雲に飛び掛かる!


(かかったチゥ!だが……これでも仕留めきれるチゥ?)


ネズミ怪獣は慎重にゴゾの動きを見極め、四肢に十分なタメをつくり、タイミングをはかって跳躍した。

狙いはゴゾの首筋、人間でいう頸動脈。

真正面からぶつかると見せて接触ギリギリで体をひねって牙を躱す。

すれ違いざまに頭蓋の後ろ、脳へとつながる動脈を断つ。

しくじれば即死の毒牙の餌食となる修羅場だが、なぜかネズミ怪獣は嬉しそうに笑っていた。


(ハハッ、生まれて初めてチゥ。自分の生死を自分で決められるのは!)


クワァッと開かれた大蛇の口、目の前に物凄い勢いで迫ってくる死の牙。

コンマに満たない時間の中で、これまでの人生が脳裏に蘇る。


(30匹兄弟の末っ子、ネズミ算式とはよく言ったもんだチゥ)

(出来が良かった兄貴たち3匹残して、後は全部売りやがったチゥ。あのクソ親ども!)

(口減らしが当たり前のクソッたれ故郷だったチゥ)

(売られた先じゃ盗みをやらされ、逃げたら捕まって違法鉱山に即、転売チゥ)

(砕岩機代わりされ、前歯だってボロボロになって何度抜け替わったわからんチゥ)

(でも、これからはッ!)


待ったなし、既に両者とも地を蹴った!

真正面からのぶつかり合いだ、もう止められない。

致命の毒牙と超合金を砕く歯、有利なのは毒蛇の牙か、いや!


(確かに殺傷力は猛毒の方がはるかに上チゥ)

(だが今、お前は片目が利かない)

(半分しかない視界で俺を補足するには)


ありったけの瞬発力で跳躍したゴゾだが、首を右に傾けている。

左目しか見えないゴゾはネズミ怪獣の動きを視野に収めることができず、死角に入りこまれれてしまう。

同時に毒牙の攻撃を命中させるには正面を向き直さねばらず、一瞬のスキが生まれる。

その隙を狙って、ネズミ怪獣は挑発を繰り返したのだ。

そして策は成功した、敵の大蛇怪獣は無理な体勢のまま突っ込んでくる。


(来たチゥ!)

(思った通り顔が横向きチゥ)

(貰ったチゥッ!)


後は相手が首を正面に向け直す瞬間を見切って……???


「テメェ?何で横向きのままチゥ?」

「……ッッ!」


既に激突寸前なのにゴゾは姿勢を変えない、正面に向き直るにはもう遅すぎる!

それどころか敵は口を閉じ、牙を収めてしまったではないか!

一番の武器である牙を、毒牙を使わないというのか?

困惑するネズミ怪獣だが、すでに両両者ともに空中、もう退けない!

敵の首筋に自慢の歯で食らいつくだけだ。


「死にやが……チゥッ?!」


衝突の一瞬前、ゴゾはわずかに頭を下げて、そのまま突っ込んできた。

ガッ。空中衝突、ゴゾの頭とネズミ怪獣の前歯がぶつかった。

ゴゾの砕けた鱗と血飛沫が飛散する、対するネズミ怪獣の前歯は……無傷ッ!

これはネズミ怪獣に軍配が上がったか?


「クゥッ、よくも、チ……ゥ」


血塗れになったのはゴゾの頭だが、グラリとふらついたのはネズミ怪獣の頭!

頑丈さでは間違いなく、ネズミの歯が遥かに上回っていたのに?


(な、なんだ?頭が、グワァン、と?)


皆さんは歯医者で虫歯の治療をした経験がおありだろう。

稀に麻酔の効き目が悪く、想像できなかった激痛を体験されたことはないだろうか?

剥き出しの神経を直接刺激される苦痛は拷問というしかないだろう。

この場合は『前歯をハンマーで殴られた』状態とでも言えばご理解いただけるだろうか。

この時、前歯から脳へ直接伝わった衝撃で、ネズミ怪獣は一瞬だが思考不能に陥った。

それもほんの一瞬のこと、ブッ飛びそうになった意識を無理矢理引き戻す。


「これ、しき、う?渦?大渦巻チゥ!」


暗闇に落ちる寸前で踏みとどまった意識に見えたのは、己を呑み込まんとする巨大な渦巻だった。

驚きで急覚醒して渦巻の正体を知る。

大蛇怪獣ゴゾのうねる長い蛇身、長い体の創り出す巨大な螺旋。

その螺旋が正面からは大渦巻に見えたのだ。

衝突で急停止したゴゾの頭に続く、長い胴体は追いつき、追い越していった。

瞬く間にネズミ怪獣の巨体は螺旋の内側に、本人から見れば瞬時に大渦に呑み込まれたように思えた。


「蛇、の、呼吸、百、はち、ノ、型、蛇旋籠落じゃせんろうらく……」

「な、なに、チゥ???」


聞き取れるはずのない刹那の時の間に、言葉にできるはずのない、聞こえるはずのない駅の声が聞こえてきた。

……って、蛇の呼吸にそんな型はない、っていってるだろ!


しゅるるる。

「うっ、くっ、チゥッ!」


全身を取り巻く蛇身の渦がキュゥゥッと締まる。

スローモーションのようなゆっくりした動き、しかし現実には1秒以下の恐るべき早業でゴゾは敵を空中捕獲した、そして。


ゴキゴキッゴキン!

(ウグワッ!かっ、関節がッ!)


腕に走った激痛が再びネズミ怪獣を硬直させた。

続けざまに腕=前足の関節が、両肩、両肘、両手首と外された。

冷たい鱗が毛並みに触れたと感じた瞬間に巻き付かれ、瞬時に加わった強烈な拘束と小刻みな伸縮とで関節部を器用に外されたのだ。

しかもそれで終わりではなかった。


(ウグゥッ、なんとか、脱出……ギャッ!)

ガコンガコンガコンッ!


今度は足、両足の股関節、両膝、両足首が同時に外された。

悶絶するほどの激痛がネズミ怪獣の小さな脳味噌を痛めつける。

苦悶のネズミ怪獣の顔のすぐそばに、ゴゾの冷たくて考えの読めない縦割れの瞳があった。

互いの視線が直結された瞬間、声にならない会話が交わされた。


(最初からこれが狙いチゥかッ!)

(これ、しか、なかった、だけ……)


ゴゾは瞬間的だが強烈だった拘束を解き、スルリと抜けて音も立てずに優雅に着地。

一方のネズミ怪獣は、全く動くことができないまま、ドズンと無様に市民公園のど真ん中に落ちた。

ゴゾはとぐろを巻き鎌首低めの防御体勢、ネズミ怪獣はただ転がったまま動けない。

いや身をのたうたせて立ち上がろうとしている。

しかし関節を外された四肢では体を支えることはできない。

戦闘不能なのはもうどうしようもなかった。


「……もう、一度、言う。降参、しろ」

「降参…………する、チゥ」


蛇VSネズミの異種格闘戦、ここに完全決着!

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