エピローグ
いつかきっと
二年後。
〔もう〜遠い〜、遠すぎるぅ〜! こんなに移動したら絶対痩せたと思うのぉ〜!〕
フゴフゴと鼻を鳴らしながら、大きな器で餌を喰むのは、キセラの従魔である薄桃色の豚型魔獣ココだ。
アルドバンからの長い長い旅を終え、目的地であるイデシル村に辿り着き、住居建物の外で空腹を満たしているところだ。
〔う〜ん? 別に痩せてはないと思うよ?〕
側で可愛く首を傾げ、紺の尾羽根を揺らしてムルナが言えば、ココは口から芋の欠片を盛大に飛ばして反論する。
〔なぁに言ってるのぉ! 痩せたってぇ! どうしよぅこれ以上痩せたら
ココはブルンブルンと頭を振った。
〔わあ! きったねぇ!〕
マリソーが飛び上がった途端、建物の裏口から出てきたテオドルが、ムルナの羽根に芋の欠片が散っていることを目敏く見付け、慌てて抱き上げた。
「こら、ココッ! ムルナが汚れちまうだろ! あ〜あ……きれいな羽根が台無しだぞ、ムルナ」
ぱっぱと手で払い、指先で栗色の嘴を突付くと、ムルナはほわほわと羽根を膨らませて、嬉しそうに青銀の瞳を細めた。
〔ありがとう、テオドル〕
〔何よぅ、ムルナの
ココが不満そうにギュムとテオドルの足を踏んだ。
「いってぇーっ!」とテオドルの叫びが村にこだまする。
裏口から顔を出したキセラが、「またやってるわ」と呆れて笑った。
◇ ◇ ◇
ここは大陸最西端の国、ゴルタナ。
かつて魔竜を倒して封印した英雄王が興した国で、大陸では二番目に若い国だ。
多くの種族が共に暮らす村や街が多く、その気風から、他の国に比べて魔獣に対する規制や当たりが緩い。
そして、このイデシル村に落ち着いていた。
イデシル村はアルドバンの姉妹村で、ゴルタナ国でも魔獣使いの多い村だった。
「ヘッセンの奴、キセラが今日到着するって言ってあったのに、忘れてるのか?」
踏まれた足の甲を擦って言うテオドルは、長い前掛けを着けている。
彼は傭兵を辞め、村の雑用を引き受ける傍ら、趣味が高じて煮込み料理の屋台を出しているのだ。
名物はホロホロの豚肉煮込みで、余所者の出した店だというのに、あっという間に地元の人気店になった。
おかげで
「どうせまた採掘に夢中になってるのよ。川沿いの岩場でしょ、行ってみましょ」
キセラが歩き始めると、マリソーは空に舞い上がったが、ムルナはテオドルの肩に止まった。
そして、前掛けを外すテオドルの足の甲を心配そうに見つめた。
その視線に気付き、テオドルが笑う。
「大丈夫だ、そんなに痛くなかったって」
ムルナの神聖力は、魔獣にしか効かなかった。
あの時テオドルの腕が治ったのは、月光神の
人間の神聖魔法が魔獣に効かないのと同じことなのかもしれない。
それでも、魔獣が神に見放された存在だという認識は覆された。
これから先、もしもムルナのような神獣が増えれば、魔獣に対する認識はどんどん変わっていくのかもしれないと、ヘッセンとテオドルは考えている。
「そうそう、私も来年、
歩きながら言ったキセラに、テオドルが目を丸くする。
「ゼナスに許可してもらえたのか?」
「季節一つ分口きかなかったら、折れたわ」
前々からヘッセン達の所に行きたいと主張していたキセラだったが、父ゼナスの猛反対で先延ばしになっていた。
「郷長の代替わりが決まったの」
「
「爺さまも年だからね……。ディメタもしょんぼりしてるわ」
あの一件の後、荒れるかと思われていたディメタだったが、
求め続けていた
すっかり傷心し、自身もランクを落とし、高ランクの蛇型としてアルドバンに留まっているらしい。
「父も忙しいんだから、娘の人生に口出ししてる場合じゃないのよ」
気の毒そうに苦笑いしたテオドルの顔を覗き込み、キセラが口角を上げる。
「ねえ。テオドルは、私が来るの、嬉しくないの?」
「は? そりゃまあ……」
キュ! キューッ!
ムルナがテオドルの顔を両翼で覆う。
その慌てぶりを見て、キセラは可笑しそうに声を上げて笑った。
「あはは、冗談よ、ムルナ。私、
「まったく、
テオドルはキセラを
ムルナは幸せそうに、嘴を擦り付けた。
「あはは……あっ! ベルキース!」
川沿いに出た所で、小高い丘の上で見張りをしている白い犬に気付いて、キセラは大きく手を振った。
ピッと三角の耳を立てたのは、美しい長毛をなびかせたベルキースだ。
キセラの呼び掛けに、岩場のヘッセンに向けてワフッと一声吠えて知らせると、嬉し気に駆け寄ってキセラの足元を回る。
ココも興奮して一緒に回った。
「久しぶりね! また大きくなったわね!」
キセラが膝をついてベルキースの顔を両手の平で包むと、千切れんばかりに長い尻尾を振る。
ベルキースは普通の犬よりも成長が遅いようで、その身体は成犬よりもまだ少し小さい。
それでも、力強く頭を寄せて、キセラの顔をぺろりと舐めた。
カン、と乾いた音を響かせて、
「丁寧に魔力を読めば、こんな場所でもこれだけの品質のものが採掘できます」
示されたのは、まだ半分岩壁に埋もれて入るものの、間違いなく
「この辺りは魔力脈が細くて、ろくな石は採れないって聞いてたのに……」
魔獣使い達が驚きの声を漏らす。
ヘッセンは、ラッツィーとトリアンを撫でた。
「彼等の協力があってこそです。低いランクでも、皆それぞれ素晴らしい能力を持っていますから」
ラッツィーが柔らかな胸を精一杯反らして見せると、トリアンがフフンと鼻を鳴らした。
ヘッセンは今、イデシル村の年若い魔獣使い達に、最弱ランクの魔獣を探索魔獣として使う方法を教えている。
近年、新しいやり方で高ランクを従属させ、事故に繋がる事例が多い。
イデシルでも、魔力素質の低い者が無理な従属を狙うことが多かった。
見かねたヘッセンが、古い従属契約の有用性を説いたのが始まりだ。
今では、まるで講師のような扱いで、若い魔獣使い達が彼に教えを乞うていた。
ワフッ、とベルキースの声が聞こえて、ヘッセンは講習を終了する。
村に通じる小道の方を向くと、キセラがベルキースを撫でているのが見えた。
テオドルの肩から、ムルナが空へと飛び立つ。
あの日、
記憶はあったが、喋ることも、変態することも出来なくなっていた。
最強の竜型魔獣、ヴェルハンキーズは消滅したのだ。
そして、
ランクの高い魔獣を
ヘッセンは色味の薄い水色の瞳を細める。
白い雲が流れる青い空を、ムルナとマリソーが軽やかに飛ぶ。
軽く駆け上がって来たラッツィーの毛が、頬の横でフワフワと揺れ、つぶらな瞳がキラキラと輝く。
裸眼で見る世界は、なんと美しいのだろう。
いや、今生きているという実感が、見える世界を変えたのかもしれない。
これから
ヘッセンとベルキースは、今も従属契約を交わしている。
しかし、それだけだ。
証はあっても、なんの制約も課していない。
世界はこれからも変わっていく。
変わらないものなどない。
人と魔獣が共に生きるのに、従属契約が必要な時代は、必ず終わりが来るだろう。
いつか、きっと。
〔早く行こう〕と、トリアンの靭やかな尻尾が、柔らかくヘッセンの
「ああ、行こう」
ヘッセンが歩き出すと、ベルキースが気付いて、こちらに駆けて来る。
「ベルキース!」
屈んで手を伸ばせば、白い毛をなびかせて、ベルキースはヘッセンの胸に飛び込んだ。
ヘッセンはベルキースを抱き締めて、日に灼けた毛の感触を愛おしむ。
ああ、私達は、生きている。
生きよう。
これからも、一緒に。
ヘッセンは立ち上がり、従魔達と共に、仲間の元へと足を踏み出した。
《 終 》
∷∷∷∷∷∷∷∷
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
物語とはいえ、魔獣に対する表現に不快感を感じる場面もあったかもしれません。動物愛護の思いも持って物語を描きましたこと、ご理解頂ければ幸いです。
応援ありがとうございました!
評価やコメントなど頂ければ嬉しいです。
また別の物語でお会いできることを願っています。
幸まる
探索魔獣は人と生きたい 幸まる @karamitu
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