『ス…………?』

 ある日、カオはゆうごに頼まれて王都近くのとある村へ来ていた。


「この村の裏側に小さな森があるんですけど、そこにゴブリンの集落が出来たそうなんです」


 ゴブリンは油断すると急増する。地球のGと一緒で見かけたら直ぐに退治するに限る。一匹見たら三十匹いると思えと言われているからだ。


「村で何とか退治しようとしている間にどんどんと増えてしまって手に負えなくなり冒険者ギルドへ依頼したそうです」


「なるほど。でもゆうごがゴブリン程度の雑魚依頼を受けるなんて珍しいな」


「ええ、まぁ通常なら受けませんが、あそこの村は親しくしている人がいて……」


 

 村に着いて、ゆうごが村の爺さん婆さんと話している姿を見てカオは納得した。ゆうごは地球では祖母とふたり暮らしと聞いた事があったからだ。

 この世界でもゆうごはお年寄りには優しかった。


「すみません、カオさん。自分で討伐すればいいんですけど、ゴブリン程度ならカオさんの範囲魔法で集落ごと焼いた方が速いと思ってお願いしました」


「おう、暇だったし全然構わねぇぞ」


 カオは暇だった。マルクがパラルレンダの娘の陽葵ちゃん達とパーティを組んで依頼を受けて出ているからだ。弁当屋の仕事が終わると特にする事がない。最近の皆は家族サービスに忙しそうであり、いつも一緒に出かけていたキックも、レモンさんとラブラブでダンジョンに付き合ってくれなくなっていた。


 あ、ラブラブって死語か?じゃあ、イチャイチャ。イチャイチャも死語?アツアツ。アツアツも死語?

 じゃあ、何だよ?仲良しこよし?これOKか?ダメ?ふぅ。


「カオさん、あそこです」


 小さな森なのでそれほど進まないうちにゴブリンの集落に辿り着いた。パッと見て、20ゴブリンくらいが見えた。


「あれで全部じゃないだろ?出てるヤツもいそうだな」


「はい。ですがとりあえず、あの辺を一気に殲滅してもらっていいですか?」


「わかった。ファイア系は森に延焼するからダメだよな?」


「ええ、この森は村でも薬草や小さい獣を採りにくるので燃やさずにお願いします。風系の範囲魔法ありましたよね?」


「おう、まかせろ!」


 カオは考えた。

『風系……風系……あれだよな?ファイアストームの火が無い系、えぇと何だっけか? 確か、ス……、ス…』



「ストロングぅぅ、うっ? あれ?出ない? じゃあ、スクリィーム!んん? スクロォールか? わかったぞ、スクワームだな!くそっ、出ねぇ、ススス、スットコドッコォイ! スで始まる風がグルングルンしたやつうううう」



 魔法名が思い出せずに焦っているとゆうごが冷静に指摘してきた。



「トルネードですかね?カオさん」


 カオは慌ててステータス画面で魔法名の確認をした。


「あ、本当だ。トルネードだったわ。何で俺、ス何ちゃらって思ってたんだ?」


 知らねぇよとゆうごは思ったが口には出さない。大人だ。


「ちなみに、ストロングは強い。スクリームは大声、悲鳴をあげる。スクロールは巻き物。スクワームは身悶えする、ミミズがのたうつとかです」


 カオの大声に、気がついた数体のゴブリンが直ぐに襲いかかってきたが、ゆうごが斬り捨てた。


「なんだ、じゃあ概ね正解だったんだ」


「えっ……」


 ゆうごが納得出来ない顔をしながらゴブリンを斬り捨てる。集落からこちらへとゴブリンがどんどん向かってくる。


「だってさ、スクワーム身悶えするような、ストロング強い風が、スクリーム悲鳴をあげるように、スクロール巻き上がるわけじゃん?そんな風魔法だからさ。とりあえずトルネェェェェードォ!トルネード!と、吹き飛ばしておくけどさ」


 カオは向かってくるゴブリンから集落へ向けてトルネードを連発した。

 ゴブリンを巻き込んだ竜巻が空高く上がっていく。周りの木々もへし折られてゴブリン共々巻き上がっていった。



「本当はさ、スクワームストロングスクリームスクロールって言いたいけど、まぁ長すぎて覚えられないか。てかさぁ、トルネードって全然被ってないから覚えづらいわけだ。誰が付けたんだよ、この名前」


「え、いや、え?トルネード……英語、かな?竜巻?」


「竜巻?ハリケーンとかタイフーンでもいいよな?でもなんか、スで始まるイメージなんだよなぁ」


 

 カオが何故、風魔法を『ス』で始まると思い込んでいたのかは、ゲームの達人であったゆうごにもわからなかった。多分、誰にも分からないと思う。



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