第3話 鍛冶師バランガ 2


「ルイスのやろぉ……」

「いやいや、ルイスを許してやってくれ。手紙ではお主に対する愛で溢れておったぞ? いい仲なんじゃないのかい?」

「ちっ、色恋の話はよしてくれや(……驚いたな。こいつぁ男同士とか気にしねぇのか?)」

「すまんすまん。それで? 騎士団の隊長様がここにいるってことは、パラン殿に会いに来たのか?」

「残念ながら俺はもう騎士団の隊長じゃねぇよ。……まあパランに用はあるがな」

「騎士らしからぬ呪具といい、凄まじい数のガルムの死体といい……。お主も複雑そうよのぉ。それで? ルイスは騎士団に残っておるのか?」

「何も知らねぇのか? 騎士団は壊滅した。ルイスなら今はエロラフの外れの山に鍛冶場を設けてる。今度会ったら師匠に会ったと伝えておくさ」

「エロラフじゃと!?」


 エロラフとはマルタから南東に位置する、危険な魔獣がひしめく山脈を越えた先にある街。良質な鉄が採掘出来ると云われてはいるが……


 常人が辿り着くなど、まず不可能な場所だ。


「何故わざわざそんな辺境の地に? それならばマルタへ戻ってくればいいものを……」

「まあ……そうもいかねぇ理由があんだ。色々と落ち着いたら会いに来るだろうさ」

「むぅ、ルイスが呪具を打ったとなると余程の事情なのだろうな」

「ところで呪具ってのはなんなんだ? ルイスが説明してたんだが、正直ちゃんと聞いてなくてな」

「呪具とは魔素によって強度が格段に上がった武具じゃ。特殊な性質を付与することも出来る。降魔は分かるじゃろう?」

「ああ。生物が魔に落ちて変異することだよな? 動物なら魔獣で、人なら降魔だ」

「そうじゃ。まあ簡単に言えば、降魔や魔獣の物質版と言えば分かるかの? 魔素溜りの木や岩などが変質するじゃろ? それを武具に応用したものじゃ。この世界には魔素が漏れ出す場所がある。何故かは知らんが、一年程前から魔素の量が増えたしの」

「おいおい次元崩壊も知らねぇのかよ……。なんか黒い球体が迫って来ただろ?」

「次元……? すまんが興味がないことは覚えられん質でな」


 今から一年程前──


 。世界的にも混乱は生じたのだが、マルタは数少ない被害のなかった場所。気にしない者がいても不思議ではない。


「……あんたとは気が合いそうだぜ。それで? 結局呪具ってのはどう鍛えんだ?」

「魔獣の血を使うんじゃよ。出来上がった武具を魔獣の血に浸すんじゃ。そうすれば魔素によって武具は呪具となる。呪具となった武具は呪具でしか鍛え直せん。まあ魔女や魔人であれば己の魔素を使って呪具を鍛えることも出来るだろうが……魔女や魔人の鍛冶師など聞いたこともないわ」

「まあ魔女だってんなら目立つ行動はしねぇだろうしな。んで? 呪具を持ってる鍛冶師なら誰でも鍛え直せんのかい?」


 「いやいやそんなわけなかろう」と、バランガが大きく手を振る。どうもバランガは動作が大きく、豪快な性格が現れている。


「呪具を使うものは呪具に使われる。使ってるうちに取り憑かれて狂っちまうのさ。下手したら命を喰われておっ死ぬか……降魔になっちまう」

「おいおい……じゃあなんでおめぇは無事なんだ? 弟子だってそうだろ? ルイスに関しちゃあ……ってこれは本人から聞いた方がいいか」

「ルイスがどうかしたのか?」

「いや、勝手に話すのもあれだからよ。本人から聞いてくれ」


 そう言ってノヒンがバツが悪そうに頭を搔く。


「んで? なんでバランガ達は無事なんだ?」

「本来の鍛冶師ならばなんとかなるもんなんじゃ。最近の鍛冶師はなっとらんくての」

「どういう意味だ?」

「鍛冶の神への信仰じゃよ。わしら鍛冶師は三年に一度、鍛冶の神の象徴である円錐形の帽子、武具、金床、金鎚、矢床を火山へと奉納する。それによって鍛冶の神の加護を得るんじゃ。マルタの近くにも火山はあるじゃろ? ルイスが鍛冶場を設けたエロラフにもアルドゥコバという火山があると聞いたことがある」

「そういや昔ルイスも大荷物持って火山に行ってたな」

「まあ加護を得たところで、呪具を鍛えるのに危険は付きものじゃがな。気を抜けば気が狂うか命を喰われることには変わりはない」

「危ねぇ代物なんだな」

「そうなんじゃが、わしら鍛冶師にとって最高の武具を作ることは、なによりも胸が熱くなることじゃからな。わしの弟子もお主の呪具を見て胸を高鳴らせておったぞ。特に鉄甲と刃を擦り合わせることで魔素が結晶化し、固定される造りは素晴らしい」


 バランガが身振り手振りで鉄甲と黒錆の長剣を表現しながら話し、ぬははと笑う。


「ルイスの作った剣はそんなすげぇのか?」

「おお凄いぞ! 魔獣の血に浸し、鍛えを何千回も行ったんじゃろう。正直な話、老いぼれのわしなら死んどる可能性があるじゃろうな。その上で……じゃ。お主が何度も魔獣を葬ったおかげで魔素を吸収し、凄まじい強さの呪具になっておる。お主が魔女の系譜とはいえ……呪具に喰われたりするんじゃないぞ?」

「まあ気を付けるさ。おめぇこそ呪具の打ち過ぎで死ぬんじゃねぇぞ?」

「そうそう呪具は打たんさ。なんせ使えるやつが──」


 ふと、バランガと目が合う。


「いや……そうじゃ! いるじゃないか! 目の前に!!」

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