第11話 魔神パラン 2
「どういうことだ……?」
血が足りないせいか頭が回らない。まともに思考することも出来ずに、ノヒンはその場に倒れ込んだ。激しい戦いが一段落したおかげか、ゆっくりとだが体の再生と造血が行われる。
「ちっ、理由は分からねぇがパランの再生も止まったみてぇだな。あとはグルガとバザンを──」
「う、うわぁ! な、なんだよこれ! なにか飛んできたと思ったら! き、筋肉ダルマがぬるぬるうにょうにょの筋肉ダルマになった!! うわうわうわぁ!!」
「ヴァンちゃんあんまり顔を出さないで!」
倒れ込んで休むノヒンの耳に、闘技場の方からヴァンガルムとマリルの叫び声が聞こえた。
「ぬるぬるうにょうにょだと……?」
ノヒンがふらふらの体でなんとか立ち上がり、闘技場の方へと視線を向ける。そこには──
「ぐふふぅ! パラン様復活でぇぇぇぇす!! いやぁー危なかったですねぇ! ギリギリで心臓と魔石だけで逃げることが出来ましたよぉ! 凄いでしょぉぉぉぉぉ? これが魔神になるということなんですよぉ! グルガの体はいいですねぇ! 私よりもパワーがあるぅぅぅぅ!! バザン! バザンも私の糧となりなさぁい!!」
どうやらパランの心臓と魔石が逃げ、グルガに寄生したらしい。グルガの体がパランのような化け物へとなっていく。そのままパランはぐちゃぐちゃと触手を伸ばし、バザンも取り込む。
気付けば臓物のような肉の塊に、苔のような鱗と無数の触手を生やした醜悪な姿へとなっていた。体中の至る所からぶちゅぶちゅと脂を垂れ流し、顔だけパランなのがことさら気持ち悪い。
「あぁぁぁぁぁぁ! 力が漲るぅ!! ほら! ほらほらほらぁ! ほらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
醜い臓物の化け物となったパランが無数にある触手を伸ばし、闘技場内に残る降魔を皆殺しにする。そうして降魔を殺す度、パランの体がぐちょぐちょと不快な音を立てて巨大化していく。
「だ、だめだよマリル! これは無理だって!!」
「う、うん! とりあえずノヒンさんの所に行くね!!」
「まぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! あとはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 半魔のぉぉぉぉぉぉぉぉお前を殺せばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 私は完全なぁぁぁるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
すでにパランの体は十メートルを超そうかという勢いで巨大化している。自我を残した状態で魔神に至ると言っていたが、そんな風にはまるで見えない。あれがパランの望んだ姿だとでもいうのだろうか。
体中から無数に伸びた触手がマリルを捕らえようと、絶え間なく追いかける。
「きゃあっ! なにかベトベトしたのが飛んでくる! 気持ち悪いよぉ……終わったらお風呂入りたいよぉ……」
「お風呂って……。そ、そんなこと言ってる場合じゃないよ! なんでマリルはそんな冷静なんだ!!」
「なんでって……。だってほら……見てよ」
「見てって何をだよ!」
ヴァンガルムがマリルに促され、視線を前に向ける。そこには客席の上部で黒錆の長剣を構えたノヒンが立っていた。その姿は酷くぼろぼろで、立っているのもやっとに見える。
「いやいや無理だってマリル! ノヒンも死にかけじゃないか! ちゃんと見ろよ! 口から血を吐いて今にも倒れそうじゃないか!! とりあえずなんとかノヒンを連れて逃げなきゃ!!」
「でもノヒンさんの目を見てよ! まっすぐこっちを見て……まだ諦めてない! 私はノヒンさんを信じる!! ノヒンさぁぁぁぁぁぁん!」
「………………」
「ほ、ほら見ろマリル! 反応しないじゃないか! ノヒンはもう立ってるだけでやっとなんだって!!」
「そんなことない! 今目が合ったよ! 『そのままパランを連れてこっちに来い。あとは任せろ』って!!」
「なにを恋する乙女みたいに目と目で通じあってるんだよ! 勘違いだって! ほ、ほら! また口から血を吐いてるって!!」
「こ、恋する乙女だなんて……恥ずかしいよ……」
「え!? まさか本当にノヒンのことを!? こんなかわいいマリルがあんな野獣を!? ダメだダメだダメだ! お父さんは認めないぞ! あんな野獣にかわいいマリルはやれ……って……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
マリルが凄まじいスピードでノヒンの元へと向かう。
「任せましたよノヒンさん!!」
「よくやった……あとは任せろ……」
すれ違いざまに短い言葉を交わすノヒンとマリル。ノヒンの「よくやった」という言葉がマリルの胸に刺さる。ようやくノヒンに恩を返すことができた。自分が今こうして生きていられるのはノヒンのおかげ。そのノヒンが「あとは任せろ」と言ったのだ。マリルは祈る思いでノヒンのぼろぼろの背中を見守る。
「ぐぅぶぶぶぅぅぅぅ! のぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉひぃぃぃぃぃぃぃぃん! はぁぁぁぁんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ぐぅぶぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ちっ……まだでかくなりやがるのかよ。こりゃ半魔じゃねぇ……。バルマンと一緒だな。つーことはグルヴェイグかエインヘリャルってとこか? まあどっちでもいいが……お前の敗因はでかくなり過ぎたことだな。行くぞっ!!」
ノヒンが残る力を振り絞り、ギチギチと全身に力を漲らせる。体は酷くぼろぼろで、全身の傷からは血が吹き出す。だがノヒンは敵意を向けられれば向けられるほど、傷を負えば負うほどに力が漲る。傷の再生や骨の補強が追いつかず、血も足りずに視界が霞む。だが──
そんなことには構わず力が漲っていく。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ギチギチと足の筋肉が隆起し、ぶしぶしと血が吹き出す。その足で地面を蹴りつけ、ノヒンは大砲が炸裂するかのような勢いでパランへと飛んだ。折れた腕で真っ直ぐに黒錆の剣を構え──
「ぶびゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! のぉぉぉぉぉひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんんんん!!」
「ちっ! きったねぇ口だぜ!! 終わったら
ノヒンがパランの大きく開いた口に突撃し、巨大な体内へと侵入する。そのまま持てる力を振り絞り、内部からバラバラにパランを斬り刻んでいく。内部もぬるぬるとしてはいるが表面ほどでは無い。むしろ肉の壁がギチギチと締め付けようとするので、斬りやすくすらある。
「ぐぅぅぅぅぅぶびゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
パランが断末魔の叫びをあげ、肉塊となってびちゃびちゃと地面へ落ちる。その雨のように降り注ぐパランの血と脂の中──
魔石の入ったパランの心臓を掲げるノヒンが、しっかりと立っていた。
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