第10話 魔神パラン 1


「おぉぉぉるぁぁっ!!」


 黒錆の剣による致死の一撃がパランを捉える。が──ぬるりとした感触と共に刃が逸らされた。


「無駄無駄無駄ぁ……無駄ですよぉ」

「ちっ! なんだそりゃあ! あぶらでも滲み出してんのかぁ? 気持ちわりぃん……だよ!! ……おるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 黒錆の剣による竜巻のような怒涛の連撃。だが全てぬるぬるとした体に刃を逸らされる。


「ぐふふぅ、噂に名高い殲滅鬼ノヒンとはそんなものですかぁ?」

「ぐっ……ぎぃっ!!」


 ズシンッ、とノヒンの体に衝撃が走る。メシメシと嫌な音を立て、全身の骨が砕けたような痛みと共に吹き飛ばされた。


 朦朧とする意識の中でパランを見ると、右腕が巨大化している。ぬめぬめとした苔のような色の鱗に覆われ、指はうねうねと長い触手のように蠢いている。何より鱗以外の部分が腹の中にある臓物のような色で、グチュグチュと脂のようなものを垂れ流していた。


「ぐぅ……どうすりゃそんな気持ち悪くなれんだよ。なんの半魔だぁ?」

「気持ち悪いぃぃぃぃぃぃぃ? ぐふふぅ……この素晴らしい肉体に嫉妬でもしているんですかぁぁぁぁぁぁぁ!? 見てくださいよぉぉぉぉぉ! この綺麗なピンク色ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! まるで乙女の花弁はなびらぁ……ぐふ、ぐふふふふぅ」

「ちっ……(自我を失いかけてやがんじゃねぇかよ。こりゃ半魔と違うのか……? )……何言ってっか分かんねぇよ! 脳みそまで脂肪になっちまってんじゃねぇだろーな!!」


 ふらつく足でパランに斬り掛かる。だが、やはりぬるぬると刃を逸らされる。ならばと黒錆の短剣に装着し直し、先端で貫くように殴りつけるが……


 やはりぬるんと滑って逸らされる。だが斬ろうとするよりも、剣の先端で突く方が攻撃が通りそうな感覚はした。となれば黒錆の剣よりも先が尖っている槍のような武器があれば……


「弱い弱い弱ぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「ぐぅ……が……ぐ……ぐぎ……ぎ……」


 パランの左腕も巨大化し、両腕による猛攻を受ける。一撃ごとにメシメシと骨が悲鳴をあげ、へし折れた。折れた先から補強されてはいくが……


 パランの猛攻が止まらず、為す術がない。


 一瞬の隙をついてなんとかノヒンが後退するが、傷の修復、骨の補強や造血が遅くなっている。口からはビシャビシャと血を吐き、体の至る所で耐え難い激痛が走る。どうやら内蔵でも損傷したらしく、修復がそちらに集中しているのだろう。


 このままではいずれ動けなくなり、心臓か頭を潰されれば死ぬ。


「どうしたんですぅ? 来ないんですかぁ?」

「ちっ、攻めようがねぇがやるしか……(そういやさっき……ちらっと見えた……)」


 ノヒンが何かを思い出し、後ろに向かって全力で走る。先程吹き飛ばされる時に視界に入った死体──


 下の闘技場で吹き飛ばした降魔の死体なのだが、手に槍を持っている。槍による一点突破ならば、あのぬるぬるの体も貫けるはずだ。


(この槍で……)


 槍を拾おうとして、うまく手を握れないことに気付く。全身激痛で気付かなかったが、両手のどちらともがダメだ。握れない手で何とか鉄甲を外して驚く。右は前腕の尺骨しゃっこつ橈骨とうこつが折れ、手首の手前辺りから飛び出していた。左もバキバキに折れているのか動かない。どこかに身を隠して休めば再生するだろうが、この状況でパランから身を隠すなどできるわけがない。


「ぐふふぅ! それではもう戦えないじゃないですかぁ! 自慢の化け物じみた回復も間に合っていないみたいですねぇ!」

「そうみたいだなぁ……? くく……くくく……くぁはははははははははははは!」


 ノヒンが突然、壊れた人形のように笑い出す。折れた両腕で腹を抱え、得体の知れない狂気を禁じ得ない。


「どうしたんですぅ? もしや絶望して頭がおかしく……」

「いやいやすまねぇ、違うんだ。何をお上品に槍でも拾って戦おうとしてんだと思ってな。よく見たらこの槍ぃ……先が折れてやがるしよぉ。いやぁすまんすまん。ちょっとあいつに言ったことを思い出してな、『諦めるんじゃねぇよ、例え血と骨だけになっても喰らいつけ』ってな……くく……くくく……」

「どうやら本当に頭がおかしくなってしまったようですねぇ……これでも私はあなたを買っていた部分はあるんですよぉ? それがまさかこんな最後とは……。殲滅鬼のそんな姿は見るに耐えませんねぇ。一思ひとおもいに潰して差し上げますねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 巨大化した腕による振り下ろし。当たれば全身ぐちゃぐちゃに潰されるだろう。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 パランの腕による攻撃に向かい、ノヒンがまっすぐ飛び込んで躱す。そのままパランの顎を目掛け、全力で殴りつけた。


「ぐぎぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛い! 痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「どうだぁ? 俺の骨の味はぁ? いい具合に尖ってやがったからよぉ! くっついちゃいねぇが補強されてるみてぇでガッチガチだぜぇぇぇ?」

「ぐぅひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 ノヒンは右腕の折れて飛び出した骨で、パランの顎を突き刺すように殴りつけていた。そのまま飛び上がり、背後からパランの首を両足でギチギチと締め上げる。ぬるぬるとしてはいるが、顎に足を引っかけて抜けないように力を込める。


「ぐうぅぅぅぅぅぅ! やめろぉ! 離せぇ!!」


 パランが自分の首を締め上げるノヒンを、巨大化した両腕でガンガンと殴る。


「がっ! ぐぅっ……! て、てめぇを殺したらぁ! 離してやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「あぁぁぁ! 痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃ!! ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!! やめてやめてやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ノヒンが右腕の飛び出した骨で、パランの頭を何度も殴りつける。パランの頭からはビシャビシャと血と脳漿が飛び散り……


 十数回殴りつけたところで、膝から崩れ落ちてその場に倒れた。倒れたパランはびくびくと体を痙攣させ、立ち上がる気配はない。


「ぜはっ……はぁ……はぁ……。ちっ……こいつも魔石があんのか……? 治りは遅せぇが再生しようとしてやがるな……。左腕ならいける……か?」


 ノヒンが外した鉄甲を口で拾い、左腕に装着する。手を握り込むことは出来ないが、黒錆の短剣は装着されたままである。これならば力任せに殴ればなんとかなりそうだ。


「くはっ……はぁ……はぁ……。ちっ……こいつをやってもグルガとバザンが残ってんだよな……。まあ……ぬるぬるしねぇ分なんとかなる……か」


 ノヒンがふらふらとしながらも、パランの心臓の辺りを全力で殴りつける。


 だが殴りつけた黒錆の短剣の先、魔石がある感覚がしない。ノヒンが動きのぎこちない腕でパランの胸を切り開き、心臓の位置を確認するが──


 あるべき場所に心臓と魔石がない。


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