第12話 ラグナス 1


「ノヒンさん! ノヒンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 長い長い死闘が終わりを迎え──


 文字通り血と屍で溢れ、せ返るような死臭が漂う死闘の場。マリルが勢いよく飛んできて、血と脂でベトベトのノヒンに抱きついた。間に挟まれたヴァンガルムが苦しそうに悶えている。


「おい、調子に乗ってベタベタすんじゃねぇよ。体中痛ぇし離れろ」

「もう! 言うことはそれだけ? 頑張ったよ私?」


 死屍累々のこの場に似つかわしくはまるで無い、マリルの屈託のない笑顔。確かにマリルには助けられた。一人でやれる、仲間など邪魔だと思っていたが、自分もまだまだだな──と、ノヒンは思う。


「ちっ……感謝はしてるさ。実際マリルがいなけりゃヤバかった」

「……うそ!? 聞いた!? ねえ今の聞いたヴァンちゃん!? ノヒンさんが感謝してるって!」

「ぐぅ……く、苦し……」


 二人の間に挟まれたヴァンガルムが、今にも死にそうな声をあげる。


「うぅ……やっと……やっとノヒンさんが認めてくれた……ノヒンさんが認めてくれたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「どんだけ情緒不安定なんだ。つーか認めた訳じゃあ……むぐぅっ!!」


 不意にノヒンと唇を重ねるマリル。


 柔らかい感触がノヒンの口の中に侵入し、血と脂に塗れた反吐が出るような状況のはずだが……


 マリルの髪からはふわりと女性らしい香りが漂い、ノヒンは死地に立っている自分を一瞬忘れてしまいそうになる。


 そうしてこのままマリルに身を委ね、眠ってしまいたいような衝動が──


「んぐぅっ……ぷはっ! ふざけんじゃねぇぞマリル!! 幻術なんて使ってんじゃねぇっ! 早く元の姿に戻れや!!」


 ノヒンに怒鳴られたマリルがビクンと体を震わせて、元の少女の姿に戻った。少女の姿に戻ったマリルが少女らしい顔で、もじもじとしながらノヒンを見つめる。


「ご、ごめんなさいノヒンさん……。あの姿になるとちょっと大胆に……。あぁどうしよう……ノヒンさんにキス……うぅ……恥ずかしい……」

「ちっ、調子が狂うな……。それよりまだ終わっちゃいねぇんだ。気ぃ抜いてんじゃねぇ」


 そう言ってノヒンがパランの心臓を持ち上げる。心臓からは触手がびちびちと伸びており、パランの顔らしきものまで現れていた。やはり魔石を砕かない限りは何度でも再生するのだろう。


「おいパラン。喋れんのか?」

「……ぐぶぶぅ……見逃してあげますのでぇ……この手を離しな……ぎゃぶぅっ!!」


 パランが言い切る前に、ノヒンが思い切り壁に叩きつける。


「そう言いながら触手使って寄生しようとすんじゃねぇよ。再生はするようだが随分と遅せぇみたいだな? さすがにここまでやられりゃ弱るってことか?」

「ぐぶぅ……ま、魔素が足りないんですよぉ……。この地に溜めた魔素も降魔共の魔素も使い切ってしまいましたからぁ……。あとはその辺の魔素をゆっくりと吸収するしかぁ……」

「へーそうかい。ならすぐに殺さなくても大丈夫そうだな。とりあえず質問に答えて貰うぞ。お前のこの魔石はなんだ? 字名あざな持ちの降魔や魔獣の魔石は黒いだけだが、お前の心臓から覗いてる魔石は赤黒い。グルヴェイグもエインヘリャルもそうだった」

「ぐぶぅ……この魔石は人造魔石の神器なんですよぉ……。ラ、ラグナス様に頂いた貴重な魔石でぇ……魔石に大量の魔素や質のいい魔素を捧げることでぇ……魔神へと至るぅ……」

「人造魔石? 自我を保ったままとか言ってたが……そうは見えなかったのはなんでだ? (……いつかパランにゃあ引導を渡すってラグナスが言ってやがったが……このことか……?)」

「ぐぶぅ……わ、私にもぉ……分からないですねぇ……。私はただぁ……ラグナス様に言われぇ……あぇぶぶぶぶぅ! ぎゃぼんっ!!」


 突然パランの魔石が心臓ごと粉々に弾け飛び、周囲に残骸が飛び散る。飛び散ると同時、パランであった肉塊が黒い霧となって消滅。これによりノヒンの体に魔素が吸収され、傷ついた体も幾分かマシになった。折れて飛び出した骨も修復して補強され、相変わらず痛みは続いているが、もはやノヒンは痛み程度は気にしていない。


 むしろ痛みがあることで、ノヒンは自分を自分として奮い立たせることが出来る。痛みが伴わない戦いなど──


 この世に存在などしない。


「ちっ、なんだってんだ……。おいパラン! パラン!! だめだ……完全に消滅しやがっ──」


 ぞくり──


 と、ノヒンの背筋に悪寒が走る。背後から絶対的な捕食者に命を握られているような、ぴくりとでも動けばたちまち命が奪われるようなこの感覚は──


「……ラァァァァァグナァァァァァァァァァァァァァァァァス!!」


 瞬間、ノヒンは落ちていた槍を拾い、背後に向かって全力で投げ付けた。ビキビキと筋肉が断裂するのでは──というほどの、ありったけの力を込めた渾身の一投。


 槍はバリスタから放たれた矢よりも数段上の速度と威力で飛んでいく。突如として上空に現れた──


 ラグナスに向かって。


「『アクセプト』」


 上空に現れたラグナスが何事かを呟くと、中空に白く光る文字が浮かぶ。と同時、ノヒンが放った槍が地面へと叩き落とされた。


 ラグナスは指で唇を触り、何か考えるような仕草をしている。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ノヒンが狂ったように叫び、走り出す。ラグナスは上空で、走って届くわけはないのだが……


 それでも闘技場から客席に飛び乗り、ラグナス目掛けて獣のように駆ける。


 そんなノヒンに対し、ラグナスはゆっくりと顔を向ける。


 この世のものとは思えぬほどに整った美しい顔。


 肌は透けるように白く、女性のような柔らかささえ感じ──


 髪は長く薄い灰色で、光に照らされキラキラと銀髪のようにも見える。


 そうして見たこともない意匠の銀色に輝く鎧を身に纏い、優しげな顔で微笑んでいる。


「……なにを笑ってやがんだてめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ノヒンは客席の最上部まで到達し、壁を蹴りつけてラグナスに向けて飛び上がる。常軌を逸したノヒンの脚力により、ラグナスへと届く勢いだ。


「ノヒン……君は本当に変わらないな。出来ることなら君と共に歩みたかった。『アクセプト』」

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