第2話 鍛冶師バランガ 1


「くはっ! はぁはぁ……」


 ロックガルムが消滅したことで、ノヒンは地面へと落下。そのまま大の字になって寝転んだ。


「くそっ……身体能力が上がってるとはいえ血を流しすぎたな。体中痛てぇし、しばらくは動けそうにもねぇ。魔素は吸収したが……造血が間に合ってねぇ」

「グルルルル……」

「ちっ、大物倒したってのによ」


 ロックガルムを倒しはしたが、未だ数十頭のガルムが残っている。


「ぐぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ノヒンが叫び声を上げ、満身創痍の体を無理やり叩き起こす。体を動かすだけで激痛が走り、傷口からは血が吹き出す。


「来いよ! ここまで来たら夜が明けて解散なんてつまんねぇこと言わねぇーよなぁ!!」

「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 もはや考えて戦うことなどは出来そうにない。本能の赴くままに、獣のようにガルムを粉砕していくノヒン。


 体中から血を吹き出しながら、殴り、貫き、引き千切る。傍から見れば、ここに人間がいるようには見えないだろう。


 獣と獣の激しい殺し合い。


 いや──


 一方的な殺戮だ。


 どう見ても傷つき、満身創痍なのはノヒンだが、敵意を向ける敵を駆逐するまでは──


 止まらない。


 気が付けば辺りは明るく、ノヒンの周りには既に動くものはなかった。


「ははっ……ざまぁみろ……。お前らに陽の光はもったいねぇんだ……よ……」


 ノヒンは魔人と呼ばれる存在であり、心臓を潰すか頭を潰さなければ死ぬことはない。失った血は大気中の魔素や自身の魔素を使って造血され、折れた骨は魔素を結晶化して繋ぎ止める。だが──


 痛覚もあり、失血による意識障害などもある。ロックガルムを倒した際に大量の魔素を吸収したが、それでも造血が間に合っていない。ここまでの戦闘での大量出血により、造血が間に合わずに意識が遠のいていく。


 そうしてノヒンは膝から崩れ落ち、地面へと倒れ込んだ。


 薄れゆく意識の中、脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。褐色の肌に黒く短い髪。瞳は暗く深い緑色で、切れ長の目でじっとノヒンを見つめる。それを遮るようにして、長い灰色の髪の、女性のように整った顔の男が立ちはだかる。


(ラグ……ナス……お前は……絶対に俺が……)


 ノヒンの胸に激しい喪失感が襲いかかり、そのまま底なしの沼に沈んでいくかのように──


 意識は途切れた。



---



 ──数刻後


「………………ぐぅぅ……ラグ……ナァァァァァァァァァス!!」

「う、うおぉ! びっくりしたぞい」


 ノヒンが目を覚ますと、硬いベッドの上。目の前にはボサボサの白髪頭で、これまた白髪混じりの髭をたっぷりと蓄えた男が立っていた。


「くそっ。気を失ってたのか……」


 そう言って立ち上がろうとするノヒンを、白髪頭の男が制止する。


「ば、ばかかおめぇ! あんだけの怪我ぁしといて動くんじゃねぇよ! わしが見つけた時には死にかけとったんじゃぞ!」

「怪我ならもう大丈夫だ。血なら造血されたし折れた骨も補強されてる」

「造血に補強だと……? もしやあんた……半魔かい?」

「いや、違う」

「……ってことは魔女……いや男だから魔人……か?」

「……だったらどうだってんだ?」


 ノヒンが男を睨みつける。


「ああすまん。悪気はないんだ。こんな世の中で魔女だなんだなんて関係ないじゃろう?」

「まあ……そうだな」

「それより骨を補強ったって痛みはあるんじゃろう? 裂けた肉だって塞がっちゃいるじゃろうが、完全にじゃない。少し休んだところでバチは当たらんってもんさ」

「いや、止まってるわけにはいかねぇんだ」

「それはさっきのラグナスってのと関係あるんかい? どっかで聞いたことがある名前じゃが……はて……」

「ラグナスは……」


 「俺が殺す相手だ」とノヒンが言い放ち、ギチギチと音を立てながら拳を握る。


「殺すとは穏やかじゃない。まあ……なんじゃか分からんが、あんたも大変みたいだな。じゃがもう少し待っとれ。今あんたの鉄甲と剣を弟子に手入れさせとる。血と脂でベトベトな上に酷く傷んでいたぞ? どう使えばあんな厚い鉄の板があれだけ痛むんじゃか」

「……あれが直せんのか? 作ったやつが『普通の鍛冶屋には直せねぇ』って言ってたんだが……確か呪具がどうたら……」

「ぬははっ! わしを舐めるんじゃない! わしこそ唯一無二の鍛冶師バランガ様よ! お主の武器はちと特殊じゃが、わしの弟子たちも相当な腕前じゃから安心しろい! 」


 バランガが得意げに胸をドンッと叩き、豪快に笑う。


「バランガ? どこかで聞いた……っておいおいもしかして……ルイスって知ってるか?」

「んん? ルイス? ああ知っとるとも。ルイスはわしの弟子の中で最高の腕前じゃったな。その腕を見込まれて、どこぞの貴族様に引き抜かれて行ったんじゃよ。聖レイナス騎士団じゃったかな? 前に届いた手紙によりゃあ、団のノヒン? とかいう隊長の武器の扱いが酷過ぎて大変じゃと……おや? なぜルイスのことを知っておる?」

「俺がそのノヒンだが……」


 「ちっ……こんな偶然あんのかよ」と、ノヒンが頭をガシガシと掻きむしる。


「おお! おお! あんたが筋肉長のノヒンか! こんな偶然あるもんなんじゃな! ルイスが世話になった!」

「筋肉長……?」

「筋肉にものを言わせたゴリラ隊長! 略して筋肉長と手紙には書いておったぞ! どんなゴリラ顔の男かと思っていたら……整った顔のいい男じゃな!」


 バランガが豪快に「ぬはは」と笑う。ノヒンは髪こそボサボサではあるが、高い鼻と薄い唇。目は切れ長で涼やか。睨んでさえいなければ、美しい顔の精悍な男性である。


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