第7話 儀式 2
「なんだ貴様は!!」
ノヒンの喉元に、左右からガチャリと剣を突き付けられる。コロッセオの入口を守っている衛兵だ。
「パラン……パランはどこだ!! お前ら知ってやがんのか!? これからあいつが何をしようとしてやがんのか……」
言いながらノヒンが視線を前方に向けると、やはり中は円形闘技場のようになっていた。その石で出来た舞台の中央には、でっぷりと太った体に成金の典型のような悪趣味な服を身に纏った、厭らしい笑顔を見せるパランの姿。
パランがいる円形の舞台の周りには、数え切れない程の衛兵と屋敷の使用人らしき者達がいた。さらにその周りを取り囲む観客席のような場所には、大勢の子供達がいる。
「おお! これはこれはノヒン殿ではありませんか! 懐かしいですなぁ。どうされましたか? もしやあなたもご
そう言って「ぐふふ」とパランが笑う。
「相変わらず汚ねぇ笑い方しやがるじゃねぇーか。口ん中まで脂肪で溢れてやがんのかぁ?」
「貴様ぁ! パラン様に向かってなんて口を!!」
ノヒンの喉元に突き立てられた剣が肉に食い込み、じわりと血が滲む。
「まあまあ衛兵さんおよしなさい。私の顔なじみです。せっかくなので少し話してあげるとしましょうか」
「し、しかしパラン様……」
「いいのですいいのです」と、パランが右手を向けて衛兵を制止する。
「しかしノヒン殿は相変わらず口が悪いですなぁ」
「そっちは相変わらず顔が悪ぃな。豚みてぇで虫唾が走るぜ」
「ぐふふ、よくこの状況でそんな憎まれ口を叩けますねぇ? 私の合図ひとつであなたの首が飛びますよ?」
ノヒンの喉元に食い込んだ剣先からは、ポタポタと血が滴っている。
「たかが衛兵二人で俺を止められると思うか?」
「まあ……それもそうですねぇ。ですが聞きたいことがあるんじゃないですかぁ? 例えば一年前に起きたあの……」
「てめぇ……」
ノヒンの中で全身の血が沸騰するかのような怒りが湧き上がり、バキバキと歯を食いしばる。
「おいパラン……
「おお、怖い怖い。さすが殲滅鬼ノヒン。並々ならぬ殺気ですな」
「答えろパラン。一年前のありゃ本当にラグナスがやりやがったのか? お前が裏で糸を引いてたんじゃねぇのか? (そんなわけねぇのは分かってる……あの場にこいつぁいなかったしな……だが関係ねぇってこともねぇはずだ……)」
「そんなわけありませんよ。あれはラグナス様の意思です。ラグナス様はあの日のためだけに動いていた。私はあの儀式のために裏で少し動いていただけです。まあ……予想外の侵入者のせいで、少し予定は狂いましたがね? 信じられませんか? まあ……あなたとラグナス様はとても心を通わせていらっしゃいましたが……初めからあなたを利用するつもりだったんですよ?」
「……そうだろうな。お前みたいな小物が黒幕なわけねぇ……。分かっちゃいたが聞いただけだ。だがあの儀式の準備を手伝ったってんなら許すわけにゃあいかねぇ。お前を殺してラグナスも殺す」
「残念ですが……あなたには私やラグナス様は殺せませんよ? タイミングが悪かったですねぇ? ちょうど今朝方に儀式の材料が揃ったのです。もう少し時間がかかるはずだったのですが……あなたが来るこのタイミングで材料が揃うなんて……ぐふふ。もしかしてあなたはこの世界の疫病神か何かなんでしょうかねぇ? とにかくこれで私も完全なる存在へと至れる」
「儀式ってのは一年前のか……? またあれをやるってのか……?」
「ちょぉっと違いますが……似たようなものですかねぇ? 一年前は
パランが両手をあげると、闘技場内に嫌な気配が溢れる。
「
パランが上げた両手をパンパン叩いて鳴らす。すると二人の男が台車付きの檻をガラガラと運んできた。
「やめろ! 出せよここから! 僕はどうなってもいいからマリルだけでも……。い、いやまあ出来れば僕も……って違う違う! ふざけるなよパラン! 許さないからな!」
「ごめんねヴァンちゃん……私に付いて来たせいで……」
檻の中にはマリルとヴァンガルム。檻を運んできた二人の男にも見覚えがある。あの
(ちっ、こんなことなら無理やりにでもマリルを街から追い出したんだが……昨日の時点でパランが儀式をやろうとしてたなんて知らなかったしな。なんにしても悪い方に転がりやがる)
実はノヒンとマリルは以前すでに出会っており、見知った仲である。マリルの両親が亡くなった現場にノヒンはいたのだ。その後、半魔となったマリルとの間で色々とあり──
付いてこようとするマリルを冷たく突き放したことがある。
「あ! ノヒン! ノヒンじゃないか! ご、ごめんよノヒン! まさかこんなことになるなんて……」
「ごめんなさいノヒンさん! 私がノヒンさんのことを追いかけてこの街に来なければ……」
「ちっ、今更キャンキャン騒いでんじゃねぇ! そっちはそっちで何とかしろ! 俺はパランを殺す!!」
ここに至り、衛兵や使用人がざわざわとし始めた。唯ならぬ雰囲気に当てられたのか、観客席の子供達が泣き出している。どうやらパランの従者以外は何も聞かされていなかったようで、ノヒンの喉元に剣を突き立てていた衛兵も「どういうことだ」と、剣を握る手が緩む。
「おやおや、騒がしくなってしまいましたねぇ。まあ騒いだところでどうにもなりませんが……。すでに儀式は始まっているのですよぉ? ぐふふぅ……」
パランが下卑た笑い声と共に、何かを地面に叩きつけて割る。それと同時、闘技場内に溢れ出す黒い霧。
魔素だ。
「ぐふふ、今叩きつけて割ったのは魔素を抑え込む結界の
「ふざ……けんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ノヒンが喉元に突き立てられた剣をバギンと握りつぶし、パランの元へと大砲のように駆ける──が、すんでのところで従者のグルガとバザンがパランを抱えて飛び上がった。およそ人間とは思えぬ跳躍力で観客席の奥、かなり上部にある場所に腰を下ろした。
「ぐふふぅ、我々はすでに一年前にぃ! 魔神へと至る神器をラグナス様から貰っているんですよぉ! 私があなたを殺してもいいのですがぁ……ぐふふぅ。せっかくこれだけ降魔がいるんですぅ! 楽しいショーの始まりですよぉ!!」
闘技場内が黒い霧で溢れ、衛兵や使用人、観客席にいた子供達が苦しみ出す。肌は鬱血したように浅黒くなり、みちみちと筋肉が隆起する。こうなってはもう手遅れだ。降魔が元に戻ることはない。自我を失い、目に映る人間を手当り次第に殺す。
「はっ! いい敵意で溢れてやがる! 同情はしねぇ! 先に地獄で待ってやがれ!!」
ノヒンが両手を鞘の中に入れ、ガチンと金属音を響かせた。
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