第8話 挨拶

「おはっ……お初にお目にかかります! わ、私はウィリアム・ゴーレフ! どどどうぞよろしく!」


 緊張しているのかその若い市長は部屋に入るなり、大きな声で挨拶をしてくれた。


「お忙しい中突然に申し訳ございません。わたくし、大魔法使いソロモン・アリステリアの弟子、メルディと申します」


 相手は腐っても権力者だ。深くお辞儀をし、なるべく好印象を持ってもらいたい。


「え!? ソロモンの弟子!?」


 そりゃビックリもするだろう。それに変な顔も。


(疑ってるけどそれを隠そうとしてる感じね)


 先程受付で、きっちりと魔法が使える証拠は見せてきた。筆記具を使わず字を書いたり、書類に触れることなくヒラヒラとあっちこっちに移動させた。

 魔力保有の簡易検査も受けた。手にガラス玉を握ると明るく光り、無事魔法使いだと認められたのだ。

 その後、先ほどの窓口男性は動揺しながらも市長に連絡を取り、何度も同じことを説明していた。市長も信じられなかったんだろう。まさか魔法使いが現れるなんて。


「大変失礼ですが、どのような経緯でこの街へ?」


 おずおずと尋ねてくる。態度とは別に目は興味津々な光を放っていた。


「えーっとですね……」

「いえ! 今の質問はお忘れください!!」


 私が何から話そうか考えていると、気分を害したと勘違いしたようだ。慌てて質問を取り消した。


(そんなことで獲って食ったりしないわよ……)


 怯えているような、期待しているような、どちらともとれる態度だった。


「少し信じられないかもしれませんが……」


 初めから説明する。師匠のこと、時空転移のこと、それから2人に会ったこと、この時代の事はまだほとんどわかっていないこと。

 ゴーレフ市長は聞き上手で、え!? なんと!? そんなことが!? とイチイチ驚いてくれる。こちらも気持ちよく話せるというものだ。


「……なるほど……ではしばらくこの街に?」

「はい。どの道行くところはありませんし」

「『約束』の件はもうご存知で?」

「ある程度……」


 ゴーレフ市長は後ろに控えていた彼より年配の男性からまとまった用紙を受け取った。そしてそれをそのまま私に渡す。


「急ぎ用意した資料ですのですみません……また改めてお渡しいたしますが、この街で暮らしていただくにあたりのご案内になります」


 内容は先ほど来た通り、私の身を保障するということと、有事の際は市長かその代理から直接私に連絡が来るということが書かれていた。


「この、魔法使い側の窓口というのはなんでしょう?」

「ああ。直接我々のような人間からの連絡がくるのを嫌がる方もいるので、代理をたてられる方もいらっしゃるのです」


 いかがされますか? と、聞かれたところでどうしたものやら、と思ったがユーリが助け船を出してくれた。


「彼女はまだなにも連絡手段がないんですよ」

「スマホの契約もこれからだしな」


 この世界のことが何もわからない以上、頼れるところには頼ってしまおう。


「じゃあとりあえず2人が窓口ってことで……いい?」


 この2人ならきっといいと言ってくると思ったうえで尋ねるのは我ながら少しずるいが、仕方ない。


「光栄だよ!」

「まあしかたねぇよな」


 私が気にしないよう気遣ってくれたのだろうか。ユーリは嬉しそうに、ライドは別に大したことではないという態度だ。それにゴーレフ市長のホッとしている。


「そりゃこっち側非魔法使いに好意的だと思われたからだろうな」

「そんなに仲悪いの? たった10人と他全人類……」


 帰り道、役所の建物を出るまで多くの人からチラチラと視線を向けられたがそれだけだ。


「10人中7人は名前も顔も所在もバレたんだ。それまでの環境を全て捨てた魔法使いも多いって聞いたな」

「貴重な人材だからね。『約束』なんかクソ喰らえって人間が彼らの元へ殺到したんだ」


 少し心配そうな表情になった。それが私にも今後当てはまるかもしれないと思ってるのだろう。


「魔法は十分科学で代用できるんじゃないの?」

「そうとは限らないさ。何よりやっぱり魔法ってロマンがあるよね」


(ロマンか~)


 私にしてみたら科学にも十分なロマンを感じる。千年後に来て何度か聞いた単語、『平等』というのが、科学にはよくあてはまる。魔力がなくても誰にでも使えるならその方がよさそうだ。


「ま、その『科学』の恩恵を受けられるかどうかは金で決まったり、自然環境やらの面でデメリットもあるんだけどな」

「その辺魔法はエコだよね~」

「ふーん」


 残念ながら私が考えるよりも『科学』にも何かしら問題もあるようだ。


 こんな感じで、なんとも地味に千年後の生活は始まったのだ。

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